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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第二章 真面目に戦う奴は馬鹿
17/39

5. デルタ編隊


■ 2.5.1

 

 

 翌朝、まだ日が昇らないうちから起き出す。

 昨夜は俺達に付き合わず、ずっと地上にいたミヤさんが起こしてくれる。

 ちなみに俺はテントの中で寝ることが出来た。と言うよりも、野営の経験も無い体力的にも不安ありまくりなひ弱な奴は屋根の下で寝ておけ、という皆さんの優しい(?)心遣いの結果だ。

 皆と同じように外で寝ようとしたら、最後の詰めの日である明日、風邪など引かれてダウンされたら大迷惑だから、と、強制的にテントの中に押し込まれたのだ。

 

 とは言え、夜中まで上空でパスファインダーまがいの仕事をしていたお陰で、3~4時間しか寝ていない。

 眠い。

 

「先ほど、ダミー野営地に夜襲がありました。払暁前1時間程の時刻でした。規模は騎馬ばかりで5000騎ほど。我が軍がいないと分かると、突入後そのまま駆け抜けて自陣に戻っていきました。」

 

 ダムさんに乗る直前の俺の前に姿を現したのは、上忍コウさんの配下のくノ一の一人だった。

 エルニメン砦での潰走と、それに連なる残党狩りで散り散りになっていたコウさん配下の忍者部隊も、徐々にメンバーが復帰しており、今では20人ほどにまで戻っている。

 魔王軍は徐々にその力を取り戻しつつある。良い事だ。

 

 しかしやはり夜襲はあったか。

 5kmも離れていれば、例え本当の野営地を発見されたとしてもタイミングが合わず、夜が明けてタイムアップと思っていたが、その通りになって良かった。

 例え騎馬でも、敵に気付かれずに野営地に接近しようとすれば、その進軍速度は人が歩く程度にまで落ちる。

 5kmを1時間。夜襲の常識として、突入予定時刻は払暁直前に設定されるだろう。

 5kmも離れれば、本当の野営地に向けて移動している間に夜が明けてしまい、夜襲が成り立たなくなる。

 ま、そもそもこっちにはドラゴンや魔導士など、寝ていても敵の接近を何kmも手前から気付ける生体レーダーみたいな連中が山ほどいるので、どのみち夜襲は失敗するのだけれどね。

 

「ご苦労様です。連絡有り難うございます。夜襲、失敗して良かったです。引き続き監視任務を宜しくお願いします。」

 

 俺がそう言うと、地面に片膝を突いていかにも忍者という姿勢を取っていた彼女は、軽く黙礼をし、そして次の瞬間、消えた。

 さすが、くノ一。

 

「さて。ダムさん、行きましょう。」

 

「はーい。」

 

 野営地を畳み、出撃の準備をする舞台の脇から漆黒の竜が飛び上がる。

 俺達を乗せたその竜はぐんぐんと高度を上げ、既に夜の明けた高空へと向かう。

 乾燥したエルヴォネラ平原上空は、今日も雲一つなく良好な視界を保っている。

 さあ、決戦の日だ。

 今日こそこの平原から帝国軍を蹴り出し、魔王城の安全確保と、魔王国内の流通の確保を行うのだ。

 

 

■ 2.5.2

 

 

 帝国軍の布陣は、明らかに昨日と異なっていた。

 万単位の個体数を一目でざっと把握する事ができない俺の眼にも、帝国軍の兵士数が昨日に較べて減っているのが分かる。

 

 日中の気温が40℃を超え、50℃にも達しようというエルヴォネラ平原中央部。

 そこで丸一日、陣を組んで臨戦態勢で待機するのは相当に消耗する。

 ましてや、夜間の嫌がらせ投石によって何度も睡眠を邪魔され、或いは巨石に潰される恐怖で眼を閉じることも出来なかった兵士達は、ほぼ全員が寝不足に陥っている。

 臨戦態勢の中、まともな食事は取れずともせめて水を飲むくらいは、と持ち込まれた水樽の中身は全て高品質なエールに変わっていた。

 昼間からエールを飲んでいた兵士達は、夜もまたエールを飲み続ける。

 だが所詮はエール。

 巨石が落下してくる恐怖を忘れるほどに酔っ払うことも出来ず、しかしその利尿作用は兵士達の身体からさらに水分を搾り取る。

 兵士達は寝不足且つ脱水症状気味の身体で今日の朝を迎え、そして今日もまた陣を組み、臨戦態勢で炎天下の一日を過ごすのだ。

 

 もう分かっただろう。

 俺が狙っているのは集団での熱中症だ。

 毒による計略は、最初の一人が発症したところで簡単に見破られる。発症する以前に、水などに入っている毒の存在を気取られる可能性もあるだろう。

 水に毒を入れるなど、誰でもすぐに考えつく計略だ。当然敵も警戒しているだろう。

 疫病はもっての外だ。スロォロン砦はこの後すぐに俺達が使うのだ。妙な病原菌をばら撒く訳には行かなかった。

 

 熱中症は自覚症状が出てから、前後不覚、意識不明になるまで症状の進行が急速に進む。

 炎天下でバタバタと兵士達が倒れ始めてから対策を打ったのではもう手遅れなのだ。

 

 もちろん連中にも軍の運用の知識の一つとして、高温で兵士達が体調を崩すことは知っているだろう。

 その為のエールと、投石による睡眠不足だ。

 

 まだ仕掛けるのは早い。

 太陽が空高く昇り、辺りの気温が耐えられなくなるほどに高くなってから、とどめの一撃を食らわす。

 気をつけなければならないのは、既に熱中症でダウンする兵士が出始めている帝国軍が、これ以上患者が増えて部隊全体が戦闘不能に陥る前に、短期決戦を仕掛けてくる可能性だ。

 

 魔王軍はゆっくりと進軍してきて、昨日と同じ様にスロォロン砦前面に展開する帝国軍から少し距離を取って停止した。

 帝国軍が焦って突っ込んで来る可能性を考えて、距離は昨日よりも多めに取ってある。

 

 そしてそのまま睨み合いが続く。

 俺達魔王軍にとっては、睨み合いというよりも時間稼ぎなのだが。

 中世風の戦争は、こういうところがのんびりしていてやりやすい。

 

 太陽が真南に達する頃、痺れを切らしたか帝国軍が動き始めた。

 いきなりドラゴンナイトが砦周辺から飛び上がった。

 短期決戦に持ち込みたいのか、ただ単に熱中症にやられ始めた歩兵部隊を動かすことが出来ないのか。

 いずれにしても、本来ならもう数時間待って、真昼の一番暑いときに掻き回してやろうと思っていたのだが仕方が無い。何もかも思い通りとは行かないものだ。

 

 ドラゴンナイトが上がってきたときの対応は決めてある。

 15000m辺りで滞空していたこちらのドラゴン部隊が、一斉に急降下に移る。

 ドラゴン達は手にそれぞれ数トンの岩を持って上空待機していた。

 行きの駄賃とばかりに、急降下しながらその石を地上部隊の上にぶちまける。

 パワーダイブで、放出した石を遥か後方に置き去りにし、敵ドラゴンナイト部隊の斜め後方上空から襲いかかる。

 もちろんドラゴンナイト達も、上空から襲いかかってくるドラゴンに気付き迎撃行動をとる。

 しかし、上空に占位している優位性と、高度15000からのパワーダイブで獲得した速度は、魔王軍のドラゴン部隊を圧倒的優位に立たせた。

 敵陣上空で手当たり次第にブレスをぶちまけながら、高速で飛び抜けるドラゴン達。

 綺麗に形作られた幾つものデルタ編隊が、捻り込みで陽光を反射してキラリと光る。

 ドラゴンナイトは迎撃態勢を取るが、その最大の特徴である騎乗する騎士は今、ドラゴンの限界機動を制限するただのお荷物でしかない。

 割れ物のように脆弱な肉体を持つ騎士を乗せ、手枷足枷を嵌められた状態のドラゴンナイトと、持てる力を全て発揮出来る上に位置的および運動エネルギー的な優位性を確保した魔王軍のドラゴン部隊とでは、そもそも戦いが成立しないほどの戦力差が存在した。

 

 帝国ドラゴンナイト27騎の集団の中を一瞬で通過した魔王軍ドラゴン部隊15頭。

 超音速(ソニック)衝撃波(ブーム)を引き、瞬きをする一瞬よりも短い時間のうちにドラゴンナイトの群れの中を抜けたドラゴン部隊から、翼を炎に包まれたドラゴンが一頭、凄まじい勢いで地面に叩き付けられ、土煙を上げて地上を滑って行く。

 

「くっ。」

 

 完全有利とは言え、流石に無傷とは行かないか。

 

「戦争なのよー。」

 

 俺が思わず漏らした呻きに、ダムさんが反応する。

 

「・・・ええ。分かっています。その通り、我々は戦争をしているのです。」

 

 そうだ。ダムさんの言うとおりだ。これは、戦争なのだ。

 戦争であるからには、敵が死に、そして当然味方も死ぬ。

 ユニットリストから一行データが消えるのではない。

 今朝、朝飯を一緒に食った、見知った顔が命を落とし、二度と会えなくなる。

 理解し、受け入れるしかない。

 

 しかしダムさん、素晴らしいフォローだな。とてもドラゴンとは思えない。まるで、年上の人間の女と一緒に居るようだ。

 長く生きていると、自分の種族以外に対してもその心の動きなどに敏感になれるのだろうか。

 

 気を取り直して、帝国軍陣地の方に眼を向けると、こちらは魔王軍の被害などよりも遥かに悲惨な状態だった。

 魔王軍ドラゴン部隊が上空を通過しながら無差別好き放題にぶちまけたブレスで、地上の歩兵部隊は分断され、部隊によってはブレスの直撃で大きな被害を出しているものもある。

 そして当然集中的に標的にされたドラゴンナイト部隊は、予想以上の損害を出していた。

 火に包まれ地上に叩き落とされたドラゴンナイトが8騎、騎士を失っているものが4騎。

 どうにか滞空しているが、翼を大きく傷つけられ、明らかに戦闘不能であるものが3騎。

 合計15騎を減じて残り12騎。こちらのドラゴン部隊は14頭。

 

 勝った。

 ドラゴンの数で負けていることが唯一の不安材料だったのだ。

 まさか初撃でひっくり返せるとは。

 後はどうとでもなる。

 

 敵陣上空を飛び抜けたドラゴン達は一箇所だけ欠けてしまった5つのデルタ編隊を崩さず、そのまま大きく旋回して魔王軍部隊の上空で急制動する。

 本気で迎え撃つことを示すかのように、デーモンやダークメイジなど、飛行可能な連中は全て部隊上空で浮遊し、さらにその上空をドラゴン達が守っている。

 これは、帝国軍側から見れば、まさに魔王軍、と言った光景だろう。

 暗黒の(ダーク)騎士(ナイト)を前面に立て、その上空に浮かぶ闇の魔導士、悪魔、悪霊(レイス)達。さらにその上方にこちらを見下ろすドラゴンの部隊。

 ・・・俺だったら絶対やだね。こんなのと戦うの。見ただけでちびりそうだ。

 

 しかしそれでも上官に行けと言われれば突っ込むしかないのが軍隊。

 傷付いたドラゴンナイト部隊を引っ込め、帝国軍の地上部隊が魔王軍部隊に向けて前進してくる。

 同時に後方から魔法部隊による先制支援攻撃が行われた。

 

 幾つもの巨大な火球が発生し、兵士達の頭上を飛び越えて魔王軍部隊に迫る。

 火球は魔王軍部隊に着弾する寸前、空中でなにか見えない壁にぶつかったように突然ひしゃげて止まり、砕け散るようにして消滅した。。

 同じ様に帝国軍側から飛来した(ロック)の槍(ミサイル)も、同じ位置で見えない壁にぶつかって砕け、弾き飛ばされる。

 魔王軍の眼の前で地面が突然泥濘化し広がるが、やはり魔王軍に到達する直前でその変化は止まる。

 無数の光の矢が兵士達のすぐ上を真っ直ぐ急速に伸びてくる。

 一瞬で前進する兵士達の陣を追い抜き、そしてまた魔王軍の手前で壁にぶつかったように弾き返され、消滅する。

 地面が突然怪しく赤く光り、次の瞬間真上に向けて炎が噴き出す。

 それはまるで地面が炎の絨毯を纏ったかのようで、美しく、しかし毒々しく咲く真っ赤な花のよう。

 だがそれも全て魔王軍を守るシールドの外のみ。

 魔王軍の足元には、何の代わり映えも無いエルヴォネラ平原の乾燥した地面が静かに横たわっている。

 上空から何本もの光の筋が降り注ぐ。

 やがて光の筋はまるで獲物を見つけた捕食生物の触手のように魔王軍に向けて終結し、そして同様にその上空で弾かれ、獲物を仕留めることが出来ないままに消滅する。

 中空から突然無数の稲妻が発生し、地上目掛けて電光が走る。

 球状にドラゴンを守るシールドと、それに接続されつつさらに大きな球が地上の魔王軍を守っており、まるで天と地を縫い止めるかのような多数の稲妻はその表面を滑り伝うだけでシールドの中に侵入するものは無い。

 

 その魔法の連続はまるで壮大なスペクタクル映画のようだが、しかし魔王軍は全てを撥ね返した。

 

「凄いですね。一方的にやられているようにも見えますが、その全てを防いでいる。」

 

 帝国軍からは先制攻撃の為の大規模殲滅魔法が次から次へと、魔王軍に浴びせ掛けるように叩き込まれているが、一発たりとてシールドを抜けて魔王軍部隊に到達したものは無い。

 これだけの連続的な大規模魔法の攻撃を受けて、魔王軍にはかすり傷一つ付いていないだろう。

 

「鼻歌交じりよー?」

 

 そうなのか? そんなに余裕なのか?

 

「凄いですね、マリカさん達は。」

 

 防御魔法を中心的に発動しているのはもちろん、マリカさん率いる僧侶達だ。

 デーモンなどで一部防御魔法が使える者は参戦しているかも知れないが。

 

「まあねー。あれだけ暗黒(イーヴル)司祭(ビショップ)(ダーク)僧侶(プリースト)が居ればねー。」

 

 闇だ暗黒だ邪悪だと、アレっぽい名称のオンパレードでなんかこう背中の辺りがむず痒くなってくるようだが、仕方が無い。魔王軍なのだ。

 ある意味、その()のものの総本山とも言える軍なのだ。

 逆に魔王軍に光り輝いて天然のシルク効果なんてかかってる白金色の鎧を装備した騎士の部隊なんか居たりしたら・・・いや、無茶苦茶胡散臭くて逆に良いかもしれないぞ。

 今度誰かに話してみよう。

 いやそれよりもその内俺も「暗黒軍師」とか「闇の計略者」とか呼ばれちゃったりなんかしちゃったりするんだろうか。

 何てカッコ・・・いや恥ずかしい。ダメだ、ダメダメダメ。イカンイカン。

 

 ダムさんの上でプルプルと俺が頭を振っている頃、ついに魔王軍も動き始めた。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 結構中二病な名前嫌いじゃないです。ふふ。

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