2. 急降下爆撃
■ 2.2.1
眼下に広がる暗黒。そして頭上に広がる満点の星空。東の空にかかった、満月に近い月。
ブラックドラゴンの闇に溶ける鱗が、月光を受けて僅かに光る。
視界は良好。月夜の空は案外明るいことを知った。
頭上には、夏の大三角が瞬いている。地平線近くの東の空にアンドロメダ座。オリオンの三連星はまだ地平線の下だ。
地球と同じ星空。見慣れた月。
改めて、この世界はやはりグレートサモナーオンラインの世界であると認識する。
誰がこんな小細工をしたのかは分からないが、地球から見える星空のテクスチャが貼り付けてあるのだろう。
エルヴォネラ平原上空20000m。
地球であれば、ジェット機すら飛ばない高空。
その高空を、軍師服のまま、酸素マスクさえ付けずにドラゴンの背に乗って俺は飛んでいる。
肩にはアズミ。そして後ろにはミヤさん。
アズミは、俺が行くところに全て付いて行くのは当然と云った風で、ごく自然に着いてきた。ダムさんも何も言わなかった。
ミヤさんは、その命に代えても俺の身を守れと魔王陛下から指示されていると言って、同行を求めてきた。
ダムさんが微妙な反応を示したのだが、魔王陛下の名前を出されては引っ込むしかない、と云った風で、半ば渋々とミヤさんの同乗を許可していた。
しかし意外なことに、ミヤさんは空を飛ぶこと、もしくは地上の見えない暗闇の中を飛ぶことを怖がった。
気丈に振る舞おうとしていたが、高度が1000mに達する頃に、僅かに震える声で半ば涙目になって、俺の腰に掴まっても良いか訊いてきた。
もちろんOKだ。こんな美人に後ろから抱きつかれるなんて、拒否する男が居るわけがない。
高度がどれだけ上がろうと、地表が真っ暗で見えないのはどのみち変わりないのだが、どうやら「暗闇の中高度がどんどん上がっている」と云うこと自体が怖いらしく、高度10000mを超える頃には、完全に後ろから俺にしがみつく様な形になっていた。
いやあ、役得、役得。
べ、別に、高度20000mはもっと密着したくてという訳じゃ無いからね!?
ちなみにアズミは特に何も反応はなく、普通に俺の肩に座っている。
ドラゴンには巨大な翼があるが、実は羽ばたいて飛ぶためのものではない。
その膨大な量の魔力を、翼をコンバータの様にして推力に変換して空を飛んでいるのだと、ダムさんが教えてくれた。
言わば、翼全体がエンジンの固定翼の飛行機のようなものだ。
そしてその魔力は推進力にのみ使われるわけではない。
空力的にもさほど有利とは言えないドラゴンの身体の形状で、軽く音速を超えるスピードを出すため、飛行中は常に周囲に障壁を張って空気抵抗をいなしている。
その障壁の性質を少し変えることで、ドラゴンごと包み込まれ、地上と同じ気圧と気温を保てる極めて快適な空間が出来上がる。
そのお陰で俺は、酸素マスクも無しに普段の軍師服のまま、高度20000mという高さで平気な顔をしてダムさんの背中に乗っていられるのだ。
推進力に空気を必要とせず、魔法障壁でその様な環境を保てるならば、ドラゴンに高度的な限界は無いのではないかと思って、これもダムさんに訊いてみた。
昔、若気の至りで、昼間でも空が真っ暗になり、大地が青くまん丸になるまで高度を上げてみたことが実際にあるそうだ。
特に問題は無く、その不思議な空間をしばらく楽しんだ後に、ごく普通に地上に戻って来れたとのことだった。
つまり、ドラゴンに乗れば、そのまま宇宙に行ける。
必要も無いので、そんな事をする気は無いが。
「来たわよー。」
ダムさんのほんわかした声が聞こえる。
ダムさんの首が向いた方に目をこらしてみるが、所詮人間の俺の眼には何も見えない。
しかししばらくすると、同高度を飛ぶドラゴンがこちらに急速に接近してきているのを確認することが出来た。
青く月明かりを反射するドラゴンが、翼を大きくバンクさせて旋回し、速度を調整して横に並んだ。
航空戦力でもあるが、地上戦でも充分に力を発揮するドラゴン達は、エルニメン砦から潰走する魔王軍を少しでも護ろうと、無理な戦い方をして大きく傷付いた。
ドラゴンの回復力と治癒魔法による治療の甲斐あって、傷付いたドラゴン達は快癒し、続々と戦線復帰してきており、今魔王軍には大小16頭のドラゴンが居る。
今回の作戦は、この充実してきた航空戦力に助けられるところが大きい。
「で? どこに落とせば良いのかな?」
ダムさんと翼を並べるブルードラゴンが、首をこちらに向けて訊いてくる。
足元を確認すると、この高度からただの人間の俺の眼でもはっきりと確認出来るほど、夥しい数の松明が燃えているスロォロン砦が見える。
「あそこです。スロォロン砦です。松明の明かりめがけて投下してください。」
「でも、この高さじゃちゃんと砦に当たるかどうか分からないよ?」
「当てなくて良いですよ。いやむしろ、砦そのものには当てないでください。砦の周りに10万近い軍が野営していますので、その中に落ちればOKです。狙いは大体で大丈夫ですよ。」
「なーんだ。そんなの簡単じゃん。」
そう言うと、ブルードラゴンはひらりとロールし、垂直降下を始めた。
要は、急降下爆撃の要領だ。
1000mほど垂直降下しているうちに狙いが定まったらしく、両手両足に持っていた巨石を手放す。
ドラゴンは翼を捻り上昇に移る。巨石はそのまま重力で加速しながら、スロォロン砦に向けて落下していった。
体格にも依るが、ドラゴンは1頭で大体5~6トンの荷物を運べるらしい。
無理をすれば10トンくらいいけるらしいのだが、大事な航空戦力を疲弊させるわけにも行かない。
そもそも今行っている「爆撃」は、何か直接的な戦果を期待したものでは無い。
ちなみに、航空自衛隊でも採用しているF15の兵器搭載量が11トン程度なので、恐ろしいことにドラゴンは、速度でも兵器搭載量でも、現代の戦闘爆撃機並の性能として運用することが出来る。
ただの空飛ぶ火を吹くデッカい蜥蜴では無いのだ。
「良いところに落ちたわねー。なんかちょっとだけ偉そうなテントの近く?」
眼の良いダムさんが戦果報告してくれる。
「どれ位の被害が出ましたか?」
「一般兵士のテントがかなり吹き飛んだわねー。100人位は死んだかしらねー。ちょっと偉そうなテントは、シールド張ってあったらしくて無事。残~念。」
充分だ。
大気中で物体が落下するときには、終端速度というものが存在する。
確か、パチンコ玉で時速200km程度だったと記憶している。計算式などもちろん覚えていないが、まあだいたい似たようなものだろう。
重さ1トンの巨石が4個、新幹線の速度で落下してきて辺りを跳ね回れば、100人は死んでおかしくない。
だが、俺の狙いは帝国の兵士を投石で殺すことではない。
それから約1時間、スロォロン砦から数十km離れた辺りの上空で、ダムさんと、ブルードラゴンのシェリアさんと駄弁って過ごす。
「次、来たわよー。」
次のドラゴンの到着をダムさんが教えてくれる。
また巨石を手足に抱えたグリーンドラゴンが、ダムさんに翼を並べる。
「スロォロン砦の近くの帝国軍野営地に落としてください。砦に当てなくて良いですよ。」
そしてグリーンドラゴンもまた、翼を捻って急降下爆撃を行った。
今度も一回目同様の被害を帝国軍野営地に与えた。
「じゃあ、我々は明日に備えて帰りますね。スロォロン砦に当てなくてもいいというのは、申し送りお願いします。あ、帝国のドラゴンナイトが上がってきたら、さっさと逃げてください。戦力の温存第一です。宜しくお願いします。」
グリフォンナイトや、ペガサスナイトは20000mの高空まで上がってくることは出来ない。
唯一ドラゴンナイトのみがここまで到達出来る。
だが同じドラゴンだからと云って応戦する必要は無い。折角復活してきた大事な航空戦力を、避ける事が可能な偶発的な格闘戦で消耗したくはなかった。
青と緑の二頭の竜が頷くのを確認して、翼を翻し俺達は魔王城に向かった。
■ 2.2.2
翌朝、朝食を摂った後に早速再びダムさんに乗せてもらい、スロォロン砦上空に到着する。
砦の周りに10万近い軍が野営している光景というのは、上空から眺めてもなかなか圧巻だ。
目をこらして野営地を眺めるが、昨夜の断続的な爆撃の跡は今ひとつよく分からない。
「最後はみんな楽しんでたみたいよー?」
ダムさんによると、当初は精度を高めるために気合いを入れて急降下爆撃をしていたドラゴン達だったが、精度は求められていないという事を知り、途中から水平爆撃に切り替えたらしい。
水平爆撃から、誰が一番敵陣に近いところに着弾させるか、一投4個の巨石で誰が一番沢山帝国軍兵士を殺せるか、をゲーム感覚で競っていたらしい。
地球の軍隊なら、不真面目な勤務態度で上官にこっぴどくどやされているところだろう。
まあ、良いんだけれどね。
そもそも俺が立てている作戦が、やられる帝国軍側からしてみると不真面目極まりない、激怒モノの作戦だし。
幾ら魔王軍の戦力が徐々に復帰し始めているとは言え、戦力差はまだまだ大きい。
こんな戦力差で真面目に正面からぶつかり合いする奴はバカだよ。
それに、種族も何もかも雑多な寄せ集めの魔王軍に、人族の軍隊の様な統制を求めるつもりもない。出来るとも思ってない。
もう一つの仕掛けの方は、上空からの観察では分からない。
実は昨日のうちにウンディーネに頼んで、スロォロン砦の中に湧き出す井戸の水と、砦の外から運び込まれる樽詰めの水を全てエールに変換してもらってある。
帝国軍兵士は喜んでいるだろう。養老の滝状態だ。水の代わりに酒がタダで飲めるのだ。
指揮官達は当然こちらの計略であると想定して身構えているだろう。
構わない。
エールを飲んでくれても飲まなくても、こちらの計略は成功する。
「そろそろ見えてきますかねえ。」
今日もダムさんは高度20000mを飛んでいる。
明るく周囲が見える状態であればそれ程怖くないらしく、今は後ろのミヤさんは俺にしがみつく事もなく落ち着いている。
アズミは鼻歌など歌いながら、ほぼ彼女の定位置と化した右肩に乗って足をバタつかせている。
可愛い小動物を肩に乗せ、クール系美人メイドを後ろに乗せて、ドラゴンに乗ってファンタジー世界の空を飛ぶ。
最高だな。
「来たわよー。」
ダムさんに教えられ、足元のエルヴォネラ平原に目を凝らす。
見えた。
魔王城の方角から、一筋の土煙が立ちのぼっているのが見える。
魔王軍だ。
数が戻りつつあるダークナイト部隊約200騎を中心にして、勇者、デーモン、ダークメイジ、ダークプリースト、地竜などで組織した、ごちゃ混ぜの混成部隊だ。
ビシッと統一された鎧で整列する帝国軍騎士団と較べて、掻き集めた感満載のちょっと残念な見てくれの軍勢だが、現時点でこれ以上のものを作れないんだからしようがない。
どうやら帝国軍野営地の方も接近してくる魔王軍を認識したらしい。
急に全体が慌ただしくなり、野営地全体から砂埃が立ち上り、ゴチャゴチャと人の動きが激しくなった。
騎馬が列を為して野営地を駆け抜け、人の流れが一方向に集中していく。
人の流れは幾つもの縦列や横列を形作っていき、1時間も経たないうちに帝国軍の野営地前面に10万近い兵士達で構成される陣が出来上がっていた。
流石と云うべきか、帝国軍はよく統制が取れており、上空から見ると兵士達が綺麗な列を形成しているのがよく分かる。
「こっちも来たわよー。」
も?
ダムさんに示された方を見ると、遥か低空を移動するペガサスナイトとグリフォンナイトの群れが見えた。いずれも50騎ずつくらいが確認出来る。
どうやら脚のある航空部隊は、スロォロン砦から離れたところに野営していたようだった。
とすると当然。
「ドラゴンナイトは接近してきていませんか?」
近代兵器の運用に置き換えれば、ペガサスナイトは戦闘ヘリ、グリフォンナイトは亜音速の戦闘攻撃機に近い。
対地戦闘では強みを発揮するが、高空ががら空きとなり、今俺達がいるような高高度からドラゴンナイトに突入されると一気に蹴散らされてしまう。
その為、高空から援護するドラゴンナイトが居なければならないはずだが。
「来たわよー。」
ダムさんには見えるが、まだ俺には見えない。
「方位と高度は?」
「南南東に50km、高度は8000mくらいかしらねー。」
高度8000か。少し心許ないな。
「ダムさん、高度を25000まで上げて下さい。」
「はーい。」
どこぞの星の三番機の様に、超高高度から高みの見物とさせてもらおう。
ダムさんが急角度で上昇する。
ちなみにドラゴンは、その気になれば垂直上昇が可能だ。
垂直上昇が出来ない地球の戦闘機に較べて、ドラゴンの方が飛行性能で勝ると言って良い。
高度25000ともなると、地平線は明らかに球の形を帯び始め、頭の上の空も暗い。昼間でも星が見え始める。
足元の戦いはさらに小さくなって、もう細部まで確認出来ないほどだ。
構わない。
今日俺が地上の魔王軍に期待することはそれ程難しいことではない。
帝国軍を一日中臨戦態勢にさせておき、疲弊させることだけだ。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ドラゴンは荷物を持った状態でも垂直上昇が出来ますので、当然推力が体重を大きく上回っています。
さらに、身体(機体)が自由に曲がるので、旋回力など地球の戦闘機の比ではありません。
シールドで空気抵抗を小さく出来るので、音速の数倍の速度を簡単に出せます。
良く異世界もので地球の戦闘機がミサイルなどで簡単にドラゴンを叩き落としますが、本作の世界のドラゴンでは多分無理です。ミサイルよりもドラゴンの方が遙かに速くて、旋回能力も上です。
対空ミサイルの飛散弾体など、シールドで弾いた上に、鱗を突き通すことも出来ないので、地球の戦闘機でドラゴンに勝つ事は出来ません。
逆に、紙装甲しか持たず、推進に空気が必要な地球の戦闘機は、多分ドラゴンブレス一撃で撃破されます。
でも、タングステンよりも遥かに硬いはずのオリハルコンやアダマンタイトで作った剣で切ることの出来ない鱗を持つドラゴンって、そういう事ですよね。
・・・APFSDS弾を正面から直撃させれば、もしかしたらイケるかも?