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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第二章 真面目に戦う奴は馬鹿
13/39

1. 水の妖精


■ 2.1.1

 

 

 朝。ミヤさんに起こされる。

 寝ているところにミヤさんが部屋にやってきて、窓のカーテンを開けて朝の光を入れる。

 まぶしさに流石の俺も目を覚ます。

 

「お早うございます。お湯とお召し物の用意が出来ております。お食事はお部屋でなさいますか?」

 

 視野に金髪碧眼のクール系美人が現れる。

 細面の輪郭に、涼しげな目元、鼻筋の通った小ぶりな鼻と、少し薄めの形の良いピンクの唇。

 台詞は少し親しげなのに、それを全くの無表情でクールに言うところがまた良い。

 寝惚け頭に「え!? なんで俺こんなスゲエ美人な外人に声かけられちゃったりしちゃってんの!?」という驚きは、眠気を吹き飛ばす強烈なインパクトがある。

 幸せを感じる一瞬だ。

 

 のそのそとベッドから降り、寝衣を脱いで用意された服に着替える。

 いつまで経ってもミヤさんが部屋から出て行かないので、恥ずかしくて服を着替えられなくてモジモジしていたら、メイドは空気だと思って行動しろと、ミヤさんから初日に言われた。

 流石にパンツまで脱いで素っ裸になるのは恥ずかしいが、ミヤさんがベッドを直しているすぐ脇でのたのたと服を着替える程度は、もう慣れてしまった。

 

 顔を洗っていると、俺が脱いだ寝衣をミヤさんがポイポイと籠の中に放り込む。

 

「ふんぎゅ。」

 

 ミヤさんがカゴに放り込んだシャツとかの中に、今なんか人型のモノが混ざっていた様な気がする。

 

「あら。居たのですか。申し訳ありません。」

 

 ミヤさんが籠の中からアズミをつまみ出し、ベッドの上にポイと放り投げる。

 アズミの小さな身体が、ベッドの上でバウンドする。

 ・・・なんか、ミヤさん、アズミの扱いが微妙に雑でない?

 これだけの事をされてまだ寝続けている奴も寝続けている奴だが。

 

 その後、居室のテーブルで朝食を摂っていると、食事の匂いに釣られたかアズミが起きてふわふわと漂ってくる。

 こいつ、飛べるのか。そうか、妖精だもんな。

 アズミは俺の右肩に着地し、朝食をじーっと見ている。

 

「食べますか?」

 

 フォークに刺したフライドベーコンを向けると、頭を振って黙ってサラダを指差した。

 どうやら相当寝起きが悪いらしい。

 成る程。肉よりも植物性のものの方が良い訳か。なんとなく納得出来る。

 というか、肉食な妖精ってなんとなく嫌だし。普段何食ってんだろう、とか考えると。

 

 小さめのレタスを一枚渡すと、アズミがレタスを囓るシャクシャクという音が耳元で聞こえる。

 クッ、カワイイ。

 ハムスターの様な小動物的なかわいさと、小さい作りながら超美少女のかわいさと、両方併せ持つとは余りに卑怯すぎる。

 

「お礼。」

 

 アズミがぽつりと呟くと、テーブルの上のコップに注がれた水の色が変わった。

 ・・・これは、ワイン?

 いやいやアズミさん、お気持ちは有り難いんだけれど、これから魔王陛下も出席する軍議に出ようというのに、朝からワイン飲んで酔っ払うわけにはいかんですよ。

 てか、水の妖精ってこんなコトできるのかよ。アズミ一人居れば無限に生み出される酒を売ってウハウハだなおい。

 

「ありがとうございます。でも今はお酒を飲むわけにはいかないのですよ。」

 

「なぜ? 水がお酒に変わると、人間喜ぶ。」

 

「そうなのですけどね。今からお仕事なのですよ。また夜に夕食の時にお願いしますね?」

 

「ん。分かった。」

 

 アズミがそう頷くと、コップの水が元の透明に戻った。自由自在だなオイ。

 今日からは、飲むものにだけは苦労しなくて済みそうだ。水の妖精サマサマだ。

 ふと思い出して、リュックサックの中から携帯用のステンレス魔法瓶を取り出す。タンブラー型のあれだ。

 

「アズミ、この中に冷たい水を入れて貰うことは出来ますか?」

 

 蓋を開けて魔法瓶の中を見せる。

 

「ん。冷たいの、無理。水だけなら大丈夫。」

 

 冷たい水の魔法は高度なのかな。構わない。いつでも水が飲めるというだけで十分だ。

 

「普通の水でいいですよ。この辺までお願いします。」

 

「ん。」

 

 アズミの返事と共に魔法瓶が突然重くなる。中を覗くと指定した大体八分目まで水が入っていた。

 いやマジすげえわ。一家に一人水の妖精だな。

 

「ありがとうございます。助かります。」

 

 蓋を閉めながらアズミに礼を言う。

 

「ん。」

 

 ふと気付くと、ドア脇に控えているミヤさんがこちらをじーっと見ている。

 俺が食事をするのを見ているのはいつもと同じなのだが、なんとなく今朝はその視線に鋭さを感じるのは気のせいだろうか。

 もしかしてミヤさん、アズミ嫌いなん?

 

 食事を終えて、王の間に向かう。軍議を行う会議室は、王の間からの続き部屋だ。

 玉座には魔王陛下は居らず、王の間をそのまま素通りして会議室に入る。

 会議室には既にルヴォレアヌとマリカさんが居た。

 

「おや、可愛いのを連れて居るの。水の妖精かや。珍しいのう。お主は無能者じゃと云うに。」

 

 こちらを見たルヴォレアヌが、俺の右肩に座るアズミに気付いて言った。

 

「ウンディーネが送って寄越しました。連絡役です。」

 

「なるほどのう。大切にせいよ。人間に、ましてや無能者に妖精が付くなど、相当珍しい事じゃて。」

 

 そうなのか。いつの間にか居たから、余りありがたみを感じなかったのだが。

 

「妖精はの、普通なら付いた者の魔力を食うのじゃよ。お主は全く魔力を持っておらぬので、本来妖精が付くはずなど無いのじゃがの。余程気に入られたらしいの。」

 

 ルヴォレアヌは右肩のアズミを見てしわくちゃの顔をさらにシワシワにして、ニコニコと笑っている。

 マリカさんも、微笑みながらこっちを見ている。

 

「ウンディーネから俺と一緒に居る様に指示されたらしいですから。」

 

「それでもじゃよ。気まぐれな妖精じゃ。ウンディーネから言われた程度で、無能者に付くとは思えぬ。気に入られたのじゃろう。」

 

 そんな気に入られるようなことをしたか?

 ウンディーネを解放したのは、それ程の事だったのか?

 多分そうなのだろうな。

 右肩のアズミを見ると、アズミもこっちを見返してきて小さな顔でニコッと笑う。

 クッ、可愛すぎる。

 

「そうですか。あ、彼女に名前を付けました。アズミと言います。」

 

「名前を付けてやったか。ならば尚更じゃの。大切にしてやれば一生付いてくれて、お主にいろいろな幸運をもたらしてくれるぞえ。」

 

 成る程。良い勉強になった。

 まあ、こんなに可愛いんだ。粗末にすることなどあり得ないけどな。

 

 その時俺が入ってきたのとは別のドアが開き、魔王陛下が入室してきた。

 ルヴォレアヌとマリカさんが席を立ち、挨拶する。もちろん俺もする。

 

「楽にせよ。まだコウとベリンダが来て居らぬな。ボルゾはどうした?」

 

「ボルゾはまだ傷が癒えぬとの事で、戻っておりませぬ。」

 

「そうか。ならば仕方ない。」

 

 もう一度ドアが開き、もうひとりのマッチョが入室してきた。勇者。

 広い会議室の筈が、いきなり狭く暑苦しくなった様な気がする。

 魔王陛下が一番の上座に座り、その左側に勇者が座った。

 

 そこで俺の後ろのドアが開いた。

 

「遅くなりました。面目ない。」

 

 上忍のコウさんと、将軍のベリンダさんが続けて入ってきた。

 その後ろからもうひとり。

 浅黒い肌、銀色の長髪、尖った耳。ダークエルフだ。

 そう言えば、魔王城攻防戦の時にダークエルフが一人居た。彼女だろう。

 全員が着席する。

 

「さて、始めるか。スロォロン砦に集結している帝国軍への対処についてだ。可能であれば撤退させ、戦線を押し上げたい。最低でも再侵攻を一月は遅らせたい。まずは状況からだ。コウ、ベリンダ、頼む。」

 

 

■ 2.1.2

 

 

 スロォロン砦。

 魔王国中央部に広がるエルヴォネラ平原のさらに中央部にある軍事的な要衝だ。

 魔王城攻防戦で大きな被害を出した帝国軍は、一旦兵を引いてこのスロォロン砦周辺に集結している。

 神聖アラカサン帝国からの後続軍も到着しており、軍勢を立て直して再度魔王城への攻撃を意図していることは明らかだ。

 ここに帝国の大軍が存在して魔王城を窺っている事も問題ではあるが、そもそも国土のど真ん中に敵の大軍が存在すること自体が問題だった。

 この大軍をどうにかして南に押し戻し、魔王城の安全を確保した上で、魔王国内の移動の安全性を引き上げたいところだ。

 

「スロォロン砦周辺に集結している帝国軍は約9万。王城を攻撃した残部隊の殆どがスロォロン砦まで下がり再集結しているものと思われます。」

 

 上忍のコウさんが状況を報告している。

 

「さらに、エルニメン峡谷を抜けて帝国軍の増援約3万が北上しているのも確認されております。増援がスロォロン砦に到着するのは、約20日後と見込まれております。」

 

 つまり、これを何とかしろと俺は呼ばれた訳だ。

 相変わらず無茶を言う。

 

 エルニメン峡谷出口に設けられたエルニメン砦で大敗潰走した時に散り散りになってしまった魔王軍の兵や部隊も、徐々に復帰しつつあるとは云えまだまだ絶対数が全然足りない。

 幾ら各個体の戦闘力に優れる魔王軍とは言え、今の状態でスロォロン砦周辺の帝国軍と正面からぶつかれば、壊滅的な被害を出す事は明白だった。

 

 そう言えば今回の軍議では、ルヴォレアヌお得意のSF的マップ表示が出てきてないな。

 どうしたのだろう。

 

「ルヴォレアヌさん、スロォロン砦周辺のマップを表示して戴く事は出来ますか?」

 

「構わぬが、余り意味は無いぞえ?」

 

 意味が無い? どういう意味だろう。

 ルヴォレアヌが手元で何かすると、彼女の眼の前の空間に淡い色で長方形が表示された。

 そのまま回転する。

 回転するのはいいが、いつまで経ってもマップ表示にならない。

 そう思いながら、ルヴォレアヌの手元で回る長方形を眺めていると、彼女が面白そうに笑いながら言った。

 

「これが地図じゃよ。スロォロン砦周辺の。」

 

「は?」

 

「じゃから、これが地図じゃよ。砦の他に何も無いんじゃ。砦があって、その周囲数十km真っ平ら、何も無い。それがスロォロン砦じゃ。」

 

 何ですとー!?

 

「さしもの軍師殿も、この地形では奇計を弄する訳にもいかぬじゃろう。50km以内には、河川の一つ、小山の一つも無い、ただただ真っ平ら。それがこの砦の頭の痛い所じゃ。」

 

 つまり、軍を動かせば砦に近付くどころか、数十kmも前から丸わかりで、伏兵をしようにも隠れる場所もない、と云うことか。

 大平原のど真ん中での軍の激突は、余程の力量の差、もしくは余程の兵器性能の差が無ければ、そのまま数の差で勝敗が決まる。

 

 ・・・いや、待てよ?

 

「スロォロン砦ですが、もしかして海から遠く離れた、乾燥した内陸にありますか?」

 

「はい。最寄りの海まで200km以上は離れています。砦周辺は乾燥しているため、森もありません。雨季には膝丈の草原となりますが、今はまだ雨季ではありません。」

 

 上忍のコウさんが答える。

 

「水はどうしているんでしょう? 砦の中に井戸が?」

 

「はい。砦の中には200m以上も掘り込んだ深井戸が3本あります。足りない水は、約20kmほど離れたラケ、ソルトサ、イムラワーラなどの村から毎日樽に詰めて運んでいるようです。」

 

「何故彼らはそれ程に野営しにくい場所に集結地点を設けたのでしょうか?」

 

「エルヴォネラ平原南端を流れるエルニメン川から王城までの最短直線上にあり、平野であるため物資輸送も比較的楽に行えます。」

 

 なるほど。

 水の問題はあるが、それはまだ何とか現地で調達が付けられる。しかし現地調達が出来ない食料や武器、馬などの兵站を考えるとここが一番有利なわけだ。

 

「内陸の乾燥した平野でしたね? 今の時期、昼間の気温はどれくらいになりますか?」

 

「40℃を超えますが、50℃になることはありません。」

 

「そして夜は10℃位まで気温が下がりますか?」

 

「その通りです。」

 

 ほぼ砂漠だな。

 

「スロォロン砦から500km以内で、人間よりも大きな岩が沢山手に入りそうなところはありますか?」

 

「はい。ジロルドの港より北の海岸線であれば、その大きさの岩が大量にあります。」

 

「王城からジロルドの港までの距離は? ジロルドの港からスロォロン砦までの距離は?」

 

「王城から500km、スロォロン砦から400kmほどです。」

 

 行ける。

 

「軍師殿。例えドラゴンでも、一度に運べる岩の量には限りがある。帝国軍にそれなりの打撃を与えるとなると、無理だぞ。」

 

 と、勇者がニヤニヤ笑いながら言う。

 うるさい脳筋。

 脳味噌どころか魂までキンニクで出来ていそうな奴に笑いながら指摘されるとムカツクわ。

 岩を落として10万人も殺そうなんて思っちゃいねえよ。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 「脳味噌まで筋肉」を「脳筋」と略しますが、「魂まで筋肉」を略すのはヤバそうで止めました。

 ・・・スンマセンほんとに。


 人に取り憑いた妖精は、その人の魔力を食って生きていきますが、無能者の主人公に魔力はありません。なので食事をする必要があります。

 野生の肉食系の妖精。

 ・・・食事風景を想像すると結構マジ怖いです。

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