表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第一章 なにこの無理ゲー。
12/39

12. 美少女系小動物出現


■ 1.12.1

 

 

 目が覚めると、キーボードの上だった。

 どうやら思いっきり寝落ちしてしまったらしく、頬っぺたにキーボードの跡が付くほどだ。

 キーボードに涎でも垂らしていないか確認して、それから時間を確認する。

 部屋の外は真っ暗で、PCの時計が指している時刻は日曜日の早朝というよりもまだ土曜日の深夜、と言った方が正しい時間だった。

 寝ていた、とは言ってもほんの一時間程度だろうか。

 変な姿勢で寝ていたせいで強張った首筋をゴキゴキと言わせながら、取り敢えずトイレに行って身体を軽くする。

 

 随分楽しい夢を見ていた。

 ファンタジー世界で魔王に会って、ドラゴンに乗って空を飛んで。

 グレートサモナーオンラインをやりながら寝落ちしたのが原因だろう。

 

 ・・・本当に夢だったか?

 よく考えると、さっきのゲームをプレイしていた記憶がない。

 神聖アラカサン帝国皇帝からまた対戦要求が来て、要求を受けたつもりも無いのに勝手に画面が進んで。

 そして「召喚しますか?」とかいう、意味不明なダイアログをOKして。

 どこかに落ちていって。

 落ちた先は魔王城。

 

 不審に思って、ゲームシステムの中に用意されているマイページを開く。

 さらに進んで、ゲーム履歴、そして対戦履歴。最新の記録。

 

 ・・・あった。

 

 マップ名「アルフィドレア峡谷」、作戦名「囚われのウンディーネ」、対戦相手「神聖アラカサン帝国皇帝」、対戦結果「勝利」

 

 ああ、これはあれだな。

 対戦しながら、オレ様自慢の妄想力が爆発して、最新のVR技術など足元にも及ばない、超リアルで超生々しくて、音も匂いも触った触感もパーフェクトに脳内再生された結果だ。

 

 他にこれといった特技は無い俺だが、妄想力だけは誇れるものと自負している。

 世界妄想力選手権でもあれば、社会人の部で県代表になれるくらいには、リアルな妄想をいつも楽しんでいる。

 今回も、オレ様の妄想力の勝利だったに違いないな。

 

 ・・・そんなわけあるか。

 

 全て覚えている。

 魔王城の床の冷たく滑らかな感触、案外に柔らかく快適だった自室のベッドに沈み込んだときの肌触り、軍師服に手を通したときの少しごわついた感じの手触り、ひんやりとしながらもどこか暖かいドラゴンの背の鱗、ドラゴンから降りる時に手伝ってくれたミヤさんの柔らかい手、ドラゴンの鼻先を撫でた鱗の感触、魔王と酌み交わした蜂蜜酒の味と香り。

 俺は確かに、あの世界に居た。

 

 自分の部屋が、いやこの世界が、急速に色あせていく気がした。

 朝起きて仕事に行って、仕事が終わったらコンビニで弁当を買って帰る、代わり映えのしないクソの様な毎日。

 どうでも良い様なことばかりが問題になり、手前勝手な事ばかり言い募る連中を相手にして頭を悩め、胃の痛い思いをするだけの仕事。

 毎日の飯を買って、家賃を払って、車の維持費を払って、光熱費など生活に必要なものを払って、そうするとろくに手元に残らない、いつまで経っても大して上がりもしない給料。

 どれだけ働いても成果と利益は会社に搾取されるだけで、自分の手元には何も返ってこない、残らない、このクソなシステム。

 ゲームをしてネットをして、TVのクソの様なバラエティ番組を見て笑うくらいしか無い、楽しみ。

 

 この世界で生きていく理由なんてあるか?

 

 煙草を吹かしながら画面を眺めていた俺は、煙草を灰皿に押し付けておもむろに立ち上がり、リュックサックの中に取り敢えず思い付く必要なものを詰め込み始めた。

 

 

■ 1.12.2

 

 

 俺は待っている。

 

 電気を消した真っ暗な部屋の中。

 青白い、PCモニタからの光だけが部屋の中に光を投げかける。

 眼の前には、グレートサモナーオンラインのロビー画面。

 何人か、知った名前から対戦の誘いが来たが、全て断った。

 

 もしかしたらこれでこの部屋や、この世界からおさらばかも知れない。

 不思議と感慨など無かった。もちろん、心残りも無かった。

 それよりも、次のマップの作戦内容はどんなものだろうと、ある意味前向きになっている自分の事が少し奇妙で、でも「そんなもんだよな」と納得も出来た。

 

 煙草を五~六本分ほど待たされて、待ちに待っていた対戦要求が現れた。

 神聖アラカサン帝国皇帝。

 どうせ何を押しても強制的に対戦を受ける事になるのだろうが、しかしそれでも一つ一つ念入りに確認しながらボタンを押していく。

 

 マップ名「スロォロン砦(エルヴォネラ平原中央部)」、作戦名「スロォロン砦奪還」

 

 と云うタイトルが見えたところで、見覚えのあるダイアログが開いた。

 

 召喚しますか?

 

 俺は足元に置いてあったリュックサックを膝の上に抱え、OKボタンをクリックした。

 

 召喚します。

 

 の表示とともに、また真っ暗な闇の中に落ちていった。

 

 

■ 1.12.3

 

 

 手と膝の下の硬く冷たい感覚。

 椅子に座っていたはずなのに、なぜ召喚された先では「挫折」な体勢で床の上にいるのか。

 召喚された側の体面とか、見栄えとか、そういう所にもう少し気遣ってくれても良いと思うんだ。

 誰に文句を言えば良いのか分からないけれど。

 

「軍師殿。よくぞ再び参られた。」

 

 左上方から低く太い声が響く。

 俺は足元にリュックサックが転がっていることを確認すると、そのまま居住まいを正して膝を突いた。

 

「魔王陛下。再びお呼び戴き光栄の至りです。」

 

 ネット小説とかで読み囓った程度の敬語なんだけれど、これで正しいだろうか。

 語尾とか、ですます調でなくて、「ございます」って言った方が本当は良いんだろうけど、前回無理してそう言おうとしたら思いっきり噛んでしまって、「ごじゃりまする」になってしまい、軍議中にルヴォレアヌに大爆笑されてから言うのを止めた。

 ホント時々マジムカつくわあのババア。

 もっとも、魔王国では目上の者に対する態度は、ちゃんと敬意を払っているという事が態度に表れていれば、細かな言葉遣いまではとやかくうるさく言われない様なのだが。

 それもそうか。

 人族の国の様に、誰もが言葉を喋る事に堪能な訳でもないだろうし、全ての種族の言葉を理解出来るのは、どうやら魔王陛下と俺だけみたいだし。

 

「また軍師殿に働いてもらわねばならん。先ほど軍議が終わったばかりで、今日はもう遅い。身体を休めて明日からに備えよ。」

 

 成る程。軍議の結果、あいつを呼べ、という事になったのか。

 王の間は窓が全く無いので、外が暗いのか明るいのかさっぱり分からない。

 この広間はいつでも薄暗くて、壁も床も天井も真っ黒で、いかにも魔王のおわす所でござい、という感じだしな。

 

「有り難きお言葉。ではこれにて一旦下がらせて戴きます。」

 

「うむ。大義である。」

 

 うーん、魔王陛下の雰囲気がなんとなく前回よりも親しみやすいぞ。あの思わず後退って泣いてしまいそうな強烈な威圧感を感じない。

 俺にしてみればつい数時間前の出来事なのだが、夜に俺の自室を訪ねてきてくれて僅かな時間でも一緒に酒を酌み交わした事と、今回召喚に応じた事が効いているのかも知れない。

 あれ、そもそもこっちではあれから何日経ってるのだろう?

 

 などと、相変わらずどこからか突然姿を現したミヤさんに連れられて自室に向かっている間、どうでも良い事を考えていた。

 今回はまず何とか言う名前の砦を奪還するのだって事は分かっているけれど、それ以上の情報が無いからね。今うだうだ考えていても何の意味も無い。

 

 ドアを開けてもらい、自室に入る。

 ほんの数時間の事なのに、なぜか懐かしい気がするのはなんでだろう。

 

「ミヤ。私が元の世界に戻ってから何日経っていますか?」

 

「五日です。」

 

 その時間の流れの大きな差は、世界が違うからなのか、それともこの世界がゲームの中だからなのか。

 分かったところで俺のやる事に変わりは無いのだけれど、時間があるときにでも少し調べてみようか。

 

「そうですか。ところでお湯をお願いしても良いですか? 寝る前に身体を拭いておきたくて。」

 

「畏まりました。少々お待ちください。」

 

 異世界転移の定番なのか、魔族にその習慣が無いだけなのか、訊いてみたのだけれど魔王城に風呂は無い様だった。

 元の世界に居た頃も、風呂にお湯を張るのが面倒で殆どシャワーだけで済ませていたので、何か問題がある訳ではないのだけれど、人間というのは不思議なもので、無いとなると無性に風呂に浸かる事が恋しくなって来たりするものだ。

 

 いや、それよりも温泉かな。

 一仕事終わって温泉でのんびり。いいよねー。

 俺、この戦いが終わったら温泉行ってのんびりするんだ、なんつって。

 ・・・やめよう。次の戦いで死んでしまいそうな気がしてきた。何か立ててはいけないものが立ってしまいそうな気がする。

 

 馬鹿な事を考えていたら、ミヤさんがお湯を用意してくれた。

 服を脱いで身体を拭き始めたところで妙なものに気がついた。

 

 ベッドの上に何か居るぞ。

 具体的には、体長20cm位のコビトが。ベッドの上にチョコンと座っている。

 身体を拭く手を止めて、思わずその小人をじっと見つめてしまう。小人もこちらをじっと見ている。

 そこで気が付いた。小人はどうも女の子らしい。

 なんで気が付いたか?

 裸だから胸の膨らみとその先っちょのポッチが良く見えたんだよ。

 そりゃもう、これ以上ないくらいバッチリ。

 どこかの虹ヨメの1/8スケールを誰かが置き忘れたとかじゃないよね?

 

「やあ。部屋の中に可愛い侵入者が居ますね。」

 

 裸だというのに気付いて、流石に目を逸らしながら声を掛けてみる。

 見たい。

 いやでも見ちゃいけない。いくら何でもダメだろやっぱり。紳士として。

 

「大精霊様が、あなたと一緒に居ろって。」

 

 大精霊の知り合いなど一人しか居ない。

 ウンディーネが送って寄越したという事は、この1/8虹ヨメみたいなのは、水の妖精が顕現したものだろう。

 ああ、成る程。

 ミヤさんに身体を拭くための水を用意してもらったので、部屋の中に現れたのか。

 

「一緒に居る理由は?」

 

「あなたが大精霊様に用事があるときに呼ぶように、って。」

 

 繋ぎ役を送って寄越した、という事か。

 

「分かりました。御礼を言っていたと、ウンディーネさんに伝えてください。」

 

「ん。」

 

 水の妖精は相変わらず俺の顔をじっと見ながら頷いた。

 いかん。

 顔を見て話をしているつもりが、気付くといつの間にか視線が下に。

 嗚呼、哀しき男の(さが)

 いろいろ限界突破してしまう前に、この格好を何とかしてもらおう。

 

「貴女の名前は?」

 

「無い。付けて。」

 

 よく有るパターンか。まあ、この世に山ほど居る妖精にいちいち名前なんて付いていないか。

 俺、ネーミングセンス無いんだよな。

 

 水の妖精。

 水・・・水と言えば?

 ふと、近くのスーパーでよく買っていた、ミネラルウォーターの名前を思い出した。

 

「アズミはどうでしょう?」

 

「アズミ。私、アズミ。」

 

 その瞬間、1/8虹ヨメの身体がポウッと光った様に見えた。

 そして、表情が生まれ、俺の顔にただ焦点が合っているだけだった視線に力が籠もった。

 

「ありがとう。良い名前。」

 

 1/8・・・もとい、アズミが初めて表情を動かしてニッコリと笑った。

 ああ、これがネームドというやつか、と思った。

 

「ところでアズミ。」

 

「なに?」

 

「目のやり場に困るので、服を着て貰えませんか?」

 

「・・・服? 大丈夫。私困らない。」

 

 俺が困るってんだよ。

 

「服って、知ってますか? 持っていますか?」

 

「服、知ってる。持ってない。要らない。」

 

 ダメだこりゃ。

 

「ミヤ、居ますか?」

 

「はい、こちらに・・・」

 

 どこに居たのかよく分からないのだけれど、後ろから声が聞こえた次の瞬間、眼の前を黒い影が横切った。

 まるで瞬間移動でもしたかの様に、俺とアズミが座るベッドの間に両手に漆黒の刀身を持った抜き身の片刃刀を握ったミヤさんが割り込んだ。

 

「軍師様、お下がりください。間諜がこの様なところまで。」

 

 イヤイヤイヤイヤ、ちょっと待った!

 

「待ってください! その子はアズミ。ウンディーネさんが連絡役にと送って寄越した水の妖精です。」

 

 ミヤさん、いまマジ殺る気満々だよね!?

 てか、その刀、どこから出したの!? 刃渡り50~60cmあるよね? 握り入れたら80cmとかあるよね? メイド服の中に隠すの絶対無理だよね!?

 しかも黒い刀身だよ。暗殺者(アサシン)御用達の奴とかだよね!?

 

「水の大精霊が、ですか? 確認は取れていますか?」

 

 うおう。流石デキル侍女。

 取引先のキレッキレの女管理職みたいな台詞だよ。

 

「アズミ、ウンディーネさんを呼べますか?」

 

「ん。」

 

 アズミが僅かに小首を傾げると、ミヤさんに持ってきてもらったバケツのお湯から水煙の様なものが立ちのぼり、一瞬で女の人の形になった。

 だからなんであんた達はみんな裸なの!?

 

「呼んだかしら?」

 

 ドラゴンの上で背中から抱きついてきた、見知った顔が微笑む。

 

 ・・・ちょっと待て。

 俺は大変な事に気付いてしまったぞ。

 今裸という事は、あの時も裸だったのか?

 裸の超絶美人に「後ろから抱っこ」されてたのか、俺は!

 なんてこった! 格好付けてクールな対応なんてせずに、キッチリ向かい合っていろいろお話ししたり、目の肥やしにしたり、隅々まで・・・

 

「ねえ? そのマヌケ面なんとかして、早く要件を教えてくれないかしら?」

 

 ゲフン。

 もとい。

 

「この子・・・『アズミ』と名付けましたが、ウンディーネさんが私の元に送り込んだ繋ぎ役という事で、間違いありませんね?」

 

「ええ。間違いないわよ・・・ああ、成る程ね。」

 

 先ほどから殺気を放ち続けているミヤさんが、両手に刀を持ってアズミと対峙している状況を見て、何が起こっているか察してくれたらしい。

 

「でも、私がここに来た事で確認は取れたでしょう? 警戒は解いて貰えないかしら?」

 

 ミヤさんの肩からすっと力が抜けるのが分かった。 

 

「大変失礼致しました、大精霊様。」

 

 ミヤさんが構えを解き、床に片膝を突く。

 ・・・刀、どこ行った?

 

「分かって貰えた様で何より。良い名前を貰ったわねえ。」

 

 ウンディーネがアズミを見て微笑んだ。アズミもウンディーネに笑い返す。

 うっ。

 かっ、カワイイ! なんか、美少女系小動物がニッコリ笑ってるのって、ムッチャ可愛いんですけど!? 何これマジヤバいんですけど。

 

「まあ、そういう事だから。かわいがってやってねえ。」

 

 と言いながら、ウンディーネは出現したときの逆回しの様にして、水煙になって消えていった。

 

「と言う訳です。ご理解戴けましたか?」

 

「はい。早とちりしてしまいました。申し訳ありませんでした。」

 

 そう言ってミヤさんは深々とお辞儀をした。

 これで当初の目的に戻れる。

 あの美少女系小動物に早いとこ何か着せないと、俺の忍耐力がガリガリと削れていく。新しい世界が開けてしまいそうで怖い。

 

「ミヤ、アズミに何か着るものを与えてくれませんか? 小さいとは言え、流石に裸はちょっと。」

 

「・・・良いのですか?」

 

 どういう意味だそれ?

 

「ミヤ。何か今、とっても失敬な事を考えていませんか?」

 

「気のせいです。生地はありますから、今夜中に仕立てます。」

 

 という事は、今夜一杯俺は悶々としながら過ごさなきゃならないのか。

 ティッシュペーパーみたいなもの、あったかな。

 

 ・・・鼻血止めに鼻に詰める用だからね!?


 拙作お読み戴きありがとうございます。


 どこまで第一章にしようかと思っていたのですが、この辺りで第一章を区切ります。次話から第二章になります。


 ミネラルウォーターから名前を取っていますが、さすがに「バナジウムちゃん」とか、「フジちゃん」とか、「ロッコーちゃん」とかってどうよ? と思ったのでアズミにしました。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ