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無能な軍師が魔王様に呼びつけられたら。  作者: 松由実行
第一章 なにこの無理ゲー。
1/39

1. いろいろおかしい。


■ 1.1.1

 

 

 もう夜中と言っても良い時間。

 仕事を終えた俺は、5年住み続けているアパートの階段を駆け上がる。

 今は金曜日の夜。

 そしてこの週末は珍しく休日出勤も無い。つまり、土日二日間遊び倒せる!

 ああ、休日出勤が無くて二日とも休みの週末なんていつぶりだろう。

 

 ブラック企業とまでは行かなくても、かなり相当黒に近いダークグレーな会社に勤めて早5年。

 自分の見た目はそんなに悪いとは思っていない。いわゆるフツメンって奴だと思う。

 身体の方も、まだメタボにはなってない。筈だ。

 労働基準監督署だか何かから指摘されて、会社が嫌々始めた毎年の健康診断でも今のところは引っかかっては居ない。

 それでも、残業だらけの毎日に、週末は殆ど当たり前のように休日出勤。

 これで給料が安ければブラック企業まっしぐらなのだが、地方都市の中小企業にしてはまあまあの給料を貰っているので、ぐっと堪えて金のために働く毎日。

 当然彼女なんて出来るはずも無く、休日に友人と一緒にスポーツやアウトドアなんてする気力も残っているはずも無く。

 出会いが無ければ、彼女はおろか友人だって出来るはずが無い。

 もちろん可愛い彼女は欲しいが、今のところ愛する彼女はモニターの中と、風呂場で毎日俺の帰りを待ってくれているピンクな柔肌のエラストマー・・・ゲフン。

 

 もとい。

 

 リアルな彼女も友達も居なくても、俺の友達はモニタの中に居る。

 ヴァーチャルじゃないぜ? モニタの向こうの、もひとつのモニタの向こう側に居る、多分リアルな奴等。

 本名も顔も知らないけれど、おかしなハンドル名で毎日のように出会っていればお互い嫌でも名前を覚える。

 そんな奴らが居るところで、そしてここ数年嵌まり込んでいるオンラインゲーム。その名を「グレートサモナーオンライン」。オンライン対戦型のストラテジーゲームだ。

 

 残念ながらいわゆるMMORPGとかじゃないので、ここにもロクな出会いなんてありゃしない。

 どうせモニタの向こうの対戦相手なんて、ピザロンゲメガネで風呂なんて先週から入ってないヒキオタニートばっかりだってのは分かってるさ。

 モニタを介してやりとりしてる分には、相手の姿も見えないし、においが漂ってくるわけじゃ無いからな。

 

 子供の頃からストラテジーゲームが大好きだった。

 中学校に入って初めて買って貰った自分専用のPCで、軍事マニーなりかけの父親からお下がりで貰った国民的超有名ストラテジーゲーム「大○略」をやったのが事の始まり。

 いきなりハマリ込んで、徹夜明けの日曜の朝に母親からこっぴどく叱られたのを覚えている。

 母親がツノを生やそうとも、思いのままに部隊を動かして、思考ルーチンの裏をかいて絶対相手が予想してない場所から電撃的に急襲、一気に敵の本拠地まで攻め上がり、勝利条件も何のその、敵は殲滅全土占領、マップの上から全ての敵を消し去って完全勝利をしたあの瞬間の快感は、一度やったらもう止められない止まらない。

 

 MMORPG全盛期のこの世の中で、数年前にサービスを開始したファンタジー系ストラテジー「グレートサモナーオンライン」を見つけたときには、小躍りしたね。

 退屈なプログラム思考ルーチン相手じゃ無くて、これで本気の対人戦が出来る、ってね。

 戦車や空母、戦闘機が出てくるわけじゃ無い。だけどそんなのは些末な事だ。

 駒の名前と見てくれが違うだけで、やること自体に変わりは無い。

 逆にこのゲームを始めてから、それまで余り興味の無かったファンタジーなモンスターのことをいろいろ調べる様になって、それなりに詳しくもなったつもりだ。

 画面に表示されるパラメータとは別に、プレイヤーには知らされない隠しパラメータが明らかに存在した。

 例えばうっかりある日森でドラゴンに出会ってしまった人間のファイターは、ドラゴンの威圧で普段通りの力が出せない、とか。

 地上ではオラオラで向かうところ敵無しのパラディンが、勢い余ってグリフォンの群れと闘うと、パラメータじゃ間違いなく互角なはずなのにボコボコのタコ殴り状態にされるとか。

 

 能書きが長くなって済まないね。

 

 俺は右手に持ったコンビニ弁当を電子レンジに放り込み、慣れ親しんだ手順で表示を見ることも無くダイヤルを回してボタンを押した。

 PCの電源を入れ、立ち上がるまでの間に会社の作業着を脱いで、脱いだ作業着は丸めて洗濯機の中に放り込む。

 Tシャツとトランクスだけだが、誰が見ているわけでも無い。

 冷蔵庫から冷えたビールを取り出して、暖め終わった弁当でちょっと火傷しそうになりながら、デスクトップ画面を表示しているPCの前に座った。

 さてやるぞー。二日もあるぞー。やりまくりだぜ。

 思わずにやけ顔になるのを自覚しながら、俺はデスクトップ上のアイコンをクリックしてゲームのロビーにログインした。

 

 

■ 1.1.2

 

 

 ペガサスナイトを敵の城下に移動。編隊を組んで行動しているあと3騎のペガサスナイトもその後を追う。

 地上戦力としてダークナイト20騎をペガサスナイトの下に展開。

 追い詰められた敵は苦し紛れにゴブリンを幾つも召喚するが、そんなものダークナイトの敵では無い。

 だけど既に全ての街を占領されてしまっている敵には、ゴブリン程度しか召喚する力が残っていない。

 もう殆ど詰んでいるのだが、それでも今日の対戦相手はなかなかギブアップしない。

 

 それならばと、敵の城の裏山から、遠路はるばる潜伏移動してきた虎の子のドラゴンナイト8騎をけしかける。

 城の防衛強度が見る間に減っていく。

 ペガサスナイトを高空から追い抜いて、ワイバーン4匹で城の外壁に設けられたバリスタに向けて投石爆撃。

 もひとつおまけにロック鳥が更に巨石を落として嫌がらせ。

 更にダメ押しで油袋投下。そこにアークメイジが遠距離火炎攻撃で放火。バリスタ丸焼け。城内に延焼。燃えながら城壁からこぼれ落ちる兵士達。

 ゲームも終盤になると、戦力が充実していて攻撃のバリエーションが広がって楽しい。

 

 足の長い航空戦力で反復攻撃をしている間に、他の地上戦力が敵の城を取り囲み始める。

 ラージアースドラゴンが城の正門正面からブレスをぶちまけ、門の防衛強度を見る間に削る。

 防壁のバリスタやカタパルトを全滅させたところで、馬車を4台城壁に向かって突っ込ませ、防御が紙のアークネクロマンサー達が馬車から降りて城壁に肉薄する。

 城内に大量のスケルトンソルジャーが湧き出す盛大な嫌がらせをする。

 スケルトンソルジャー単騎ではそれ程の強さは無いが、大量に湧かれるととにかく邪魔だし、ちまちまと体力を削られるのはイライラする。

 アークネクロマンサーは魔力が尽きるまで繰り返して力一杯嫌がらせを続ける。

 その頃になってやっと追いついてきた足の遅いアイアンゴーレム部隊が、城門周辺に壁パンの連打。

 とうとう防衛強度ゼロとなった城門が崩れ落ち、大きく開いた開口部からダークナイトが城内に雪崩れ込んだ。

 

「ギブアップ。無理。何だよあのスケルトンソルジャー。有り得ねえだろ。性格最悪だなお前。そもそも何でネクロマンサーが最前線で肉薄攻撃とかしてんだよ。カタパルトもねえのに投石とか油袋とか、有り得ねえし。自分のスケルトン火ぃ着いて燃えてたぞ。マジかお前。」

 

 出来るんだからやらなきゃ損だろ。航空戦力は絨毯爆撃のためにあるのだよ。

 スケルトンに火? 関係ないね。幾らでも作れるし。

 対戦相手がギブアップを宣言し、燃える城をバックに対戦結果がザラザラと表示される。

 その脇で、チャットウィンドウに対戦相手からの非難? 苦情? 負け惜しみ? がまるで土石流のように大量超高速で流れていく。

 

「よく言われる。孔子も言ってる。『己の欲せざるところ人に施して大勝利』って。」

 

「言ってねえよ! クソ、負けだ負け。寝る。」

 

「あいよー。お疲れー。オヤスミー。」

 

「お疲れー。またな。」

 

 熱中していたら、窓の外はもう薄明るくなっていた。もう朝だ。そりゃみんな寝始めるよね。

 だが俺には、この週末には二日間の休みがある。

 弁当の空き容器と、ビールの空き缶をキッチンに持っていって片付ける。

 寝る間も惜しい。俺にはこの二日間の休みを有意義に過ごして満喫する義務があるのだ。

 ・・・いかんな、徹夜の明け方で少しハイになっているかも知れない。

 

 トイレに行って身体を軽くし、再びPCの前に座って煙草に火を付けたところでチャイム音が鳴った。

 対戦申し込みの音だ。

 こんな明け方から対戦希望とはなかなか精進しておるなお主、とか馬鹿なことを呟きながらダイアログウインドウのOKボタンを押した。

 

 対戦相手は「神聖アラカサン帝国皇帝」。

 ・・・ヤバイ。イタイ人と対戦OKしてしまったかも知れない。

 それでもこんな早朝に対戦相手を見つけるのは一苦労するので、居ないよりはマシかとそのまま画面を進めていく。

 ちなみに俺のハンドルは「厚切り糸蒟蒻」という。

 気にしないでくれ。ノリで付けただけだ。

 

 オンラインストラテジーの対戦には、幾つかのパターンがある。

 双方とも何も無いまっさらな状態から始める場合、ある程度戦局が進んだ状態から始める場合。あるいは、限定的な局地戦で短時間で決着を付けるもの。

 

 それぞれにメリットがある。

 まっさらな状態から始めるなら、時間をかけて自分好みの軍団を作り上げ、腰を落ち着けて楽しむことが出来る。良く知った相手とわいわいやりながら、のんびりじっくり楽しむ場合に多い。

 

 ある程度戦局が進んだマップであれば、移動や配置などの前置きを全て飛ばして、始めてすぐに対戦相手との激しい戦闘に突入する。

 駒も出揃い、生産力も上がり、取れる戦術の幅も広がった終盤戦をいきなり楽しむことが出来る。

 

 局地戦であれば、短時間で決着する極めて激しい戦闘にいきなり突入し、有力な駒を生産する事よりも手持ちの駒をどう生かすかという戦いになる。あまり時間が取れない時にでも楽しむことが出来る。

 

 どうやらこの「神聖アラカサン帝国皇帝」さんは、大型のマップで戦局が進んだ状態からのスタートを望んでおられるようだ。

 俺は何でも構わない。

 今日は大型のマップでも攻略する時間は十分にある。

 

 画面を進めていくと、相手が指定したマップ名や、現在の戦況、勝利条件などが次々に表示される。

 それらの条件が気に入らなければ、いつでも対戦をキャンセルできるし、対戦相手に条件の変更を提案することも出来る。

 

 だが、画面が進んで行くごとに俺は自分の眉間に縦皺が寄っていくのを感じていた。

 

 マップ名「オグインバル城下(エルヴォネラ平原北端)[LARGE]」

 ・・・聞いたことが無いマップ名だが。

 もちろん、オンラインゲームであるからには随時アップデートパッチが当たっており、新マップも次々と追加される。俺もその全てをプレイしたわけじゃ無い。

 それにしても、聞いたことも無いマップというのは妙だ。

 

 状況「開戦当初破竹の勢いで進撃していた魔王バイルークの軍勢は、エルニメン砦攻略中に突如現れた神聖アラカサン帝国が召喚した勇者によって、エルニメン砦の攻略に失敗した。魔王軍は当初の勢いを全く失い、反撃に出た神聖アラカサン帝国軍とその勇者に追い立てられるようにして壊走、そしてその軍勢の大半をも失ってしまった。魔王軍は神聖アラカサン帝国の進撃を止めることが出来ず、遂には本拠地であるエルヴォネラ平原への侵攻を許してしまった。戦いは最終局面にあり、魔王軍に唯一残されたオグインバル城とその周辺の僅かな山塞に立て籠もる魔王軍に対して、神聖アラカサン帝国軍は宮廷神聖騎士団、宮廷神聖魔法軍団を中心とする20万の軍勢を、オグインバル城正面のエルヴォネラ平原に展開している。あなたはこの追い詰められた状態から魔王軍を勝利に導かねばならない。」

 

 ・・・は?

 それどう考えてももう終わってるよね? これ以上無いくらいに詰んでるよね?

 城一個と、その周りにちょこっと残った戦力が、20万の軍勢に包囲とか。

 最終局面ってそれ、あとは「降伏」ボタンを押すことくらいしか出来ないよね? ホントに最終じゃねーか。

 イヤイヤイヤ、こんな条件で対戦申し込むとか、非常識にも程があるでしょ?

 

 戦力比「魔王軍:26個体 / 神聖アラカサン帝国軍:約20万個体」

 

「アホかーい!!」

 

 夜明けの静寂に俺の絶叫が木霊する。

 ユニット数26ってなんだそれ。ありえねえ。お前いっぺんランチェスターさん()に弟子入りしてこい。

 ヤメだ止め。こんな対戦やってられるか。

 こんな失礼な条件を提示して対戦を申し込んでくるような奴に遠慮することはない。いきなりキャンセルボタンを押す。

 

 あれ?

 キャンセルボタンを幾ら押しても、ボタンが押せなくてキャンセル出来ない。

 静かな部屋の中に、俺がマウスのボタンをカチカチする音だけが響く。

 おかしい。マウス壊れたかな。

 試しにOKボタンも一度押してみる。こっちはちゃんと押せる。マウスは壊れていないようだ。良かった良かった。

 ・・・じゃねえ!

 画面が進んでしまったじゃないか!

 

 勝利条件「①エルヴォネラ平原に展開する神聖アラカサン帝国軍の殲滅 ②エルヴォネラ平原に展開する神聖アラカサン帝国軍の15日以内の撤退」

 敗北条件「①魔王バイルークの死亡 ②オグインバル城の破壊/占拠 ③16日以上の経過 ④オフレン砦に匿われている王女エリンゼの死亡、もしくは拉致 ⑤オフレン砦に匿われている王妃イレーヌの死亡、もしくは拉致」

 

 画面が進み、勝利/敗北条件が表示された。

 えーと。

 一日が4ターンで設定してあるようなんだけど、この戦力差で普通に考えて15日以内に敵が撤退するって、あり得ないよね。

 実際の戦争に置き換えて、敵が撤退したくなるような被害を受ける事が、敵側の敗北条件なんだろうけれど。

 1/3が撤退の条件としても、敵側に7万の損害。こちらは26ユニットで。

 ランチェスターさんが烈火の如く怒り狂いそうな戦闘結果だ。

 

 て言うか、王女と王妃。何で駒としてマップ上に居るんだよ。

 匿われてるって事は、お前等たぶん非戦闘員だろ。

 確かに非戦闘員を戦闘地域から脱出させる作戦のマップとかもあるが、このマップにはそんな勝利条件は存在しない。ならば存在する意味が無い。

 

 俺はもうこんな何もかもおかしいマップになんかこれ以上付き合いたくなかった。

 勝利条件画面の下に表示されるキャンセルボタンを再び押した。

 相変わらずキャンセルボタンは押せなかった。

 かくなる上は、必殺技タスクマネージャからの強制終了を行おうとしたとき、押してもいないOKボタンが押されて、画面が進んだ。

 何を言っているか分からないだろうが、俺も何が起こったのか分からなかった、とはこの事だ。

 

 画面がさらに進んでいく。

 タスクマネージャは起動しない。

 そしてとうとう「開戦」の赤文字がどーんと画面に表示され、そして画面がマップに切り替わった。

 

「・・・ウソん。」

 

 それは巨大マップの反対側の端まで余すところ無くびっしりと赤い敵のユニットで埋め尽くされ、左上の隅に僅かに残った空白地帯に自軍の青いユニットが配置された、作った奴は頭がおかしいか、或いは小学生程度のガキが悪ノリだけで作ったマップとしか思えないものだった。

 

 拙作お読み戴きありがとうございます。


 ファンタジー書いてみました。第一話は全然ファンタジー色無くて済みません。次話からファンタジー入ります。


 某社の某ファンタジーストラテジーとよく似ている気がする人もいるかも知れませんが、気のせいです。

 気のせいです。


 本日、第五話まで断続投稿します。

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