第二王子アレックス殿下のまだ終わらない1日
前話、⑤の後。
クルシェ嬢が退場しても、まだ続いていたアレックス殿下目線の話です。
アレックス殿下が王宮へと戻った時の一コマとなります。
当事者となったクルシェ嬢を寮へと見送って、エドガーを連れ王宮へと向かう馬車へと乗り込んだ。
多弁だと感じた彼女であったが、必要が無くなれば、ぴたりと黙り込む。そして思いもし無い事を言葉にする。身近には居なかっタイプである。
考え方というか発想が男と違っているからなのかも知れないが、女の…というには、それこそ身近な令嬢とは違った気がする。
その最たるものが、
「仲良しですよのアピールを早目にした方がいいと思いますの」…だった。
提案されてみれば…その手もありかと思わされた。
即決出来ないので俺達の持ち帰りで話を終えたのだ。
「…兄上」
エドガーが声を掛けてきた。
馬車に乗り込んでから思案の海に沈んでいたエドガー。何か思う事でもあるのかと視線を向ける。何だと促してやると、ぽつぽつと話出す。
「…申し訳ありませんでした。本当にごめんなさい。」
大きく息を吸い込む。
「兄上が僕の事を考えてくれた事とか、してくれた事とかに、ごめんなさいもありがとうございますも言って無かったです。ありがとうございました。…クルシェ嬢が言った事とか、今まで何一つ考えた事無かったです。これから考えて、行動して、民の為…国の役に立つ人間となるのは、今からでも間に合うでしょうか?」
「自覚すれば直ぐだろう?」
俺はそう答えた。
そう答えながら、自分も間に合うのかと漠然と思ったのは、エドガーには内緒だ。
クルシェ・ジス・ハレス・レイナード。
今日が初見であったが、彼女の事をもう少し知る事になったのは、この後、王である父の執務室に足を踏み入れてからだった。
「アレックス。報告を…」
宰相であるランスの父、エスト・ジス・バーデイント。公爵家当主。
ルキスの父、レイモンド・ジス・べイギー。伯爵家当主。
エリオットの父、エリック・ジス・アーデンテス。伯爵家当主。
…この三家は、分かる。当事者になってしまった家の家長だ。
王太子である長兄の姿があるのも分かる。
だが、何故だ?
王都警護統括の第二師団団長ルイス・アンバース。
近衛統括の第一師団団長ロイス・ジス・ギース。伯爵家当主。
将軍などとは老兵の名誉職だと豪快に笑い飛ばすのが常のヴァイス・リヒター将軍。
この、なんで居るのか分から無い3人の騎士のその先に、国王である父が居た。
少女を連れ出したエリオット、今後の為にと動いただろうランスから既に聞いているだろう。そんな事を掻い摘んで報告をする。
そして、その後彼女の口から出た提案だ。
その事を話出した時…騎士3人の様子が鋭いものとなった。
言葉を続ける事を一瞬躊躇う程、空気が変わったのを感じないではいられなかった。
「クルシェ嬢から、学園生として和解した事を学園内で周知させる事は、今後を考えれば有効ではないかと提案がありました。」
「…どういう事だ?」
「まず問題の少女ですが、レイナード家の保護の元、学園に入学しております。その人間が問題を起こした内の1人になります。そして王家と貴族三家。断罪と言いますか…?」
断罪の言葉と共に無言の圧力を感じる。緊張に肩が強ばる…何でだ?
「…言い掛かりを付けられた形ではありますが、クルシェ嬢自身、彼女の監督責任があったと認め、我々も誤解からクルシェ嬢に不当行為を公衆の前でしてしまったと謝罪する。和解が整ったと学園生に周知させる事が、お互いの今後を考えれば良いのでは無いかという事でした」
問題三家でもある宰相が、やたらと鋭い眼光を向けてくる。
「初等科は、貴族子息子女です。明日には、夏季休暇で自宅へ引き上げる者が殆どとなります。家に帰れば、学園であった事は伝わるでしょう。そして中等科、高等科も同じ。ただこちらは、自身がこの夏の社交界に出てくる者であるのは、間違い無い事実になります。そこで王家と三貴族家とレイナード家の五家が連名で、学園生に向けて和解の成立がなったと周知させる。そういう事をするのはどうか? という事ですが…」
俺は言葉を切った。
この場に流れる空気が微妙だ。
騎士3人の目元が和らぎ、宰相の顔が険しさを増した気がする。
「アレックス殿下は…その必要があると考えてますか?」
宰相だ。
「王家としてでは無く、一学園生としてなら、それも有りかと思います」
「一学園生?」
「王家としてそれをするという事は、おもねる感じが強く出てしまうでしょう。ですが、何もしないでは示しが付かない事も事実です。学園の公式行事の出来事です。その行事を妨害した詫びを、迷惑を掛けてしまった者にするだけです。問題のあった者を罰するのはそれぞれの家で、ただ五家の間では和解済。そういう形で進められないか? と言うのがクルシェ・ジス・ハレス・レイナードからの提案です」
第一、第二師団団長2人が見合っては、口元を緩める。将軍閣下の目は笑んで細くなっている。どういう事だ?
あ、第一師団団長はギースだ。クルシェ嬢の異母兄の関係者?
「私は、この提案を受ける権限は無いので、持ち帰りとしてきました。陛下はどの様にお考えになりますか?」
王である父は微笑んでいた。あれは、面白いものを見付けた時の顔だ。
宰相の顔に苦渋の皺が寄る。
並んでいると、とても対照的だ。
「エスト、どうだ?」
「…そうですね、具体的にどうするかによりますが、大事としないのであれば…考える余地のあるものかと」
「そうか。…アレックス。具体的な案は出てたのか?」
「1番は、同じ行事を執り行う事ですが、帰省を考えると直ぐに実行は無理です。が、休暇明けを待つと時間が開きすぎる。」
めちゃくちゃ宰相に見られているので、視線を向けて見た。
「期限は今年最初の舞踏会までに。消え物か何かの粗品と、詫び状を添えて…。というのはどうだろかと言っていました。ただ、レイナード家だけでは駄目。王家含めた四家だけでも駄目。五家揃ってでないと意味の無い事だそうです。私もそう思います」
如何なものかと宰相を見る。
「私は思わぬ事過ぎて分から無いのですが…、奥向きに携わる奥方などが、詫び状やお礼状を添えて行う社交の方法だそうです」
男の俺には、思いもしない事だった。最初に聞いた時には、耳を疑った。だが、理解すれば、穏便に済ませる方法としては悪くないと思ったのだ。
が、決定権は父達にある。
「さすがだ! お嬢!」
ビックリだ。ヴァイス将軍の声が上がる。
いっそう宰相顔が苦味を増す。
「…クルシェ嬢自身も、サロンで奥方達に教わった事で、実践した事は無いのでそれが一番良い方法かと言われたら、断言は出来無いと言ってました。なので陛下や宰相の意向を確かめて欲しいと言っていました。如何なものでしょうか?」
「消え物などの粗品とは、具体的な物は出ましたか?」
エリック・ジス・アーデンテス。クルシェ嬢にとって伯父である彼はある意味静かである。凪ぎ…というか、穏やか? エリオットと顔の造作も良く似ている。
「消え物といったら日持ちする焼き菓子などですが、敢えて小物などにしてみてはとは言っていました」
「…小物?」
「菓子も消えたら終わりです。が、人の記憶は同じ様には消えてはくれない。ならば消え無い物を。した事の記憶は消えませんが、和解の事実も消えません」
父である陛下を初め、宰相を含む三家が、思案に口をつぐむ。
第一師団団長のロイス・ジス・ギースが俺を呼んだ。この場に来た理由。クルシェ嬢との関係を教えてくれた。
彼は途中考察した様に、グレイ・ギースの関係者。伯父だそうだ。
なら第二師団団長はというと、クルシェ嬢の異母姉の夫。
ではヴァイス・リヒター将軍は? これも複雑な血縁かと思ったが、前々公爵繋がりのクルシェ嬢の後見人だという。これには言葉が出なかった。将軍と言っても実は男爵だ。叙勲の際に陞爵の話が出ても、爵位が上がって領地を貰っても、まともな領地経営が出来無ければ民の迷惑になるからと受けなかったという堅物だ。爵位が男爵であっても、伯爵位は確かだった程の人物だ。それで将軍閣下なのだから、公爵家の後見人として確かだと納得するものがあった。
「お嬢の一大事と聞いてな。アーデンテスの小僧が居るから心配無いとは
思ったが、経験の無いお嬢が虐められたらと思うとな…」
じっとして居られなかったという事らしい。
そして小僧とは、渦中のエリオットでは無く、アーデンテス伯爵家当主のエリックの事らしい。老将軍にとっての小僧ラインがそこならば、俺は赤子だろう。まだまだだな…。
「虐めも何も…クルシェ嬢自身、随分しっかりして居るとの印象を受けましたが?」
「そうか? だが、可愛い子を心配するのも爺の特権であろう?」
「クルは領地経営は得意でも、社交はして来なかったので上手く立ち回れ無かったらと思うと、一報を受けた時どれだけ肝を冷やしたか…。ですが、流石クルです」
クル? クルシェ嬢の愛称か? 愛おしさを満面に浮かべた男の顔はいったい何だ? 異母姉の夫であるから義兄か? それなのにコレか?
それに一報? 何の一報だ? 事が起こった時、警護の騎士からの報告が、その時点で上がってたのか?
何だか恐ろしいぞ…ルイス・アンバース。
騎士団どうなってるんだと兄を見る。
兄である王太子殿下は…構ってくれるなとばかりに、目を瞑っていた。
何でだ? 俺が来る前の状況くらい教えてくれよ!
「公爵位を既に継いでいるからでしょうか? 心得は確かにあると思いました。ですが…位高に振る舞う事も無く、順序だてて話す様は女性的というか…何と言えばいいのか微妙ですが、表に出て来て無かった事が不思議だと思う程の令嬢だと思いました」
「アレックス殿下もそう思われますか? あの娘は、利口な子だから教えた事は直ぐに吸収する。そんなあの娘に対する心配事は、実践出来るかどうかだけだったのですが、問題無い所かそれ以上だ!」
我が子の様に褒めるロイス・ジス・ギース。
異母兄の伯父であるだけで、クルシェ嬢との血の繋がりは無いよな?
初めに感じた殺気の様なものは、微塵も感じられなくなってた。それよりも、事を大袈裟にしないようにとのクルシェ嬢の機転や行動を称賛する親馬鹿(親じゃ無いけど)が…3人いた。
本気で恐いぞっ!
「アレックス殿下」
思案の上、打合せを済ませたと宰相が声を上げた。
「はい」
「私達は、アレックス殿下がお持ちになったクルシェ・ジス・ハレス・レイナードの案を受け入れます。そしてその全権をこちら側からとしてアレックス殿下に委ねたいと思いますがどうでしょうか?」
「こちら側?」
「レイナード家としてクルシェ嬢が、王家と三家の代表としてアレックス殿下がという事です」
「エドガー本人達じゃ駄目なのか?」
「駄目だ! エドガー達には、反省の為の罰を用意している」
ピシャリと言い切る親父殿。
「各家から人を出します。其れを使って事を成して頂きたい」
「どうでしょうか?」何て言葉を使っても決定事項だ。俺は「応」というしか無いだろう。だから「応」と答えた。
「なぁ、親父殿?」
「親父殿じゃ無い、陛下だ」
「なら…陛下?」
「何だ?」
「クルシェ嬢は、公爵家の当主で間違い無いか?」
「間違い無いな。女公爵だ」
「当主であっても年頃の令嬢だろ? 何で今まで表に出なかった?」
「それはどういう意味だ?」
「どういう意味も…。家柄からも、エドガーが勘違いしたが、王太子妃でも王子妃でも可笑しく無いだろ?」
「そうだな」
「あ、それは私も知りたいですね。自分の妃は、今の妃で満足ですが…。今まで一度も上がってこなかったのが本当に不思議です」
「それは、奴等が大事に囲っていたからだろう」
「「あぁ、成程!!」」
「それに、先代公爵の結婚に王家として介入した事で、先代にも現当主の娘にも可哀想な事をしてしまったからな…。娘自身が表に出るまでは介入しないし、表に出ても、望まない事はしないと約束させられた…」
誰に? と、出かかった言葉は呑み込んだ。
少し異常な溺愛馬鹿達を思い浮かべたからだ。
「妃以前に、人材として手に入れたい人間だと思ってしまいますね」
「………」
「アレが欲しいか?」
親父殿が言った。「欲しいか?」と言った。
どうだろう? 欲しいのだろうか? それは分から無いが、関わりたいとは思った。
「アレが、自分からお前を欲しない限り…邪魔はされるな」
俺は何とも答えて無いのに、親父殿が呟いた。
呟きなのに、俺にはハッキリと聞こえていた…。