女公爵クルシェ嬢のとっても長い1日①
初投稿になります。勘違い婚約破棄騒動から始まる女公爵令嬢のアレコレの話です。
よろしくお願いします。
「クルシェ・レイナード」
先程まで夏季休暇の心得を好々爺宜しく説いて居た学園長の姿が消えた壇上から、私を名指す、棘を含んだ声が響く。これから始まるダンスの為、中央を空けようと動き出した人波の中。呼び止められた私は、振り返り、壇上に立ち並ぶ彼等に視線を向けた。
彼等。そう彼等。私の名を呼んだ彼と2人の子息。それと第三王子エドガー殿下とあの娘エリアナ。
私は「面倒くさっ」と心で呟いたと共に、大きく溜息をついた。
見咎める人が居れば、令嬢としてどうかと思われるものだが、人の中に立ち彼等を見上げる自分が馬鹿らしくて、何とも言えない気持ちになった。それに目立つ事は嫌いだ。
そうは言っても、私はレイナード公爵家の令嬢。…いいえ、公爵家を継いだ女公爵。無様に醜態を晒すのを良しとはしない。
意識した指先でスカートを摘み、王家に向けた最上級の礼をする。
壇上。彼等の後では、楽器を運び込んでいた楽団員達が動きを止め、彼等の背を凝視。
左壇下では、ファーストダンスの為にパートナーを連れた第二王子アレックス殿下が、しかめた顔で弟であるエドガー殿下を仰ぐ様に見ている。
フロアに居た者達は壁側へと移る。
私と彼等を遮る者は居なくなった。
上体を起こし、背を正した私は、貴族子女としての表情を繕う。
「エドガー殿下。私に何か御用でありましょうか?」
私を呼び止めたのは、力のある騎士を多く排出している武門の名家、べイギー伯爵家のルキス様。その彼にでは無く、彼等の中で一番地位の高い第三王子エドガー殿下へと問い掛けた。
壇上に並ぶ彼等は、何を考えているのだろう? あからさまに見下す視線を向けてくる。
「クルシェ嬢。貴女は、この場にて呼び止められる心当たりは無いとでも?」
声を上げたのは、現宰相の子息。公爵家のランス・バーディント。
発言をしてもよろしいですか? と、エドガー殿下を見る。
「何と言い訳をするかは知りませんが、貴女のした事は明白ですよ」
「妹であるエリアナ嬢にした事、知られてないと思うなよ」
腰に手を当てて反り返り気味のランス様。
握り拳を前に突き出し、何気無く上腕二頭筋を見せ付けるルキス様。
お二人共、私と同じ歳でしたよね? 16歳ですよね? 貴族教育、何処かに忘れてきてはいませんか? 話し合い、探り合い、優位に立つ為の駆け引き大切ですよ? だからといって、高い場所からの高圧的な態度というのも…考えものです。
取り敢えず、貴族家庭の問題としよう。それを、学園の公式行事にぶち込んで来るなんて、王子が居るからと言ってしていい事ではありません。どうかしてると思われたって知りませんよ? と言うか、思われてますよ? 第二王子を始め、高等科のお兄様お姉様方の冷たい視線。初等科の下級生。中等科の同級生の…気付かないのでしょうか?
それよりも…妹? 聞き捨てなりません。
「お言葉ですが、私にエリアナという名の妹は現在居りません。そして、エリアナ嬢に、私が何をしたというのでしょうか?」
何をしたのか…。強いて言えば、それはお父様だと思うのだけど…。
「認める気も無いのですか? 貴女は取り巻きや使用人をつかって嫌がらせをしたり、今の様に同じレイナード家の令嬢、姉妹であるエリアナ嬢を不当に扱っている」
「お姉様。私、ちゃんと勉強もして、レイナードに相応しい人間になります。だから、妹だって認めて下さい!」
勉強して? 相応しい? 相応しくあろうとする人間の行動か? 何を言って居るのだろう。家名に泥を塗る発言、行為。これだけ大掛かりに仕出かして…本当に妹だったとしても、当主として許せる訳が無い。
「エリアナ嬢? 貴女の御両親は?」
「あの…母、母はもう居ません。お姉様、ご存知でしょ?」
はい、ご存知です。お姉様じゃ無いけどね。
エリアナは俯き、隣に立つエドガー殿下へと擦り寄る。
「悲しい事を言わされて、可哀想に…。大丈夫だよエリアナ」
エリアナの肩を抱き寄せるエドガー殿下。
エリアナの髪へと手を伸ばし、よしよしと撫でるランス様。
エリアナとエドガー殿下の前に立ち、私を睨み付けるルキス様。
誰か、誰でもいい。私を助けて下さい。私の方が可哀想です。
彼女は、育ててくれた母親が亡くなってしまったので、父親の所に保護を求めてやって来た。それが我が家。今の所私の両親は、彼女の事を認知していない。まず、私の母は彼女を産んでいません。父は、国内に居ないので、私との書面でのやり取りはありますが、彼女と話もしていないし、認める発言もしていないのです。
なので現在、彼女を妹と認める訳にはいかないのです。
そして、レイナードの令嬢とありましたが、母が産んだ子供では無い以上、レイナードの娘と認められる訳が無いのです。何故なら、レイナードの血は母からのものだから。
我が父は、色々と問題のある方で、「娘です」「息子です」と名乗りを上げられたら、即否定の出来そうもない経歴の方で…。本人に対応してもらうのが一番なのだが、不在。なので、父の実家のアーデンテス伯爵家と話し合い、14歳の彼女を初等科にいれ、時間を稼ごうとしていた先のコレ。何時の間にこんな事になっていたのだろう?。
エリアナ、エドガー殿下、ランス様、ルキス様ときて、4人の後に立つもう1人の子息、アーデンテス家のエリオットを見た。15歳のエドガー殿下の乳兄弟。私にとっては父方の従弟。
おいおいエリオット君。事情を知っている君は、何故、王子達に現状の認識をさせる事が出来なかったのかな? と、毒づきたいが、地位の上のエドガー殿下と年上の2人。その3人に意見をしても、聞き入れてもらえなかったんだね、多分。でもね、王子殿下にこのまま仕えようと思っているのなら、それじゃ駄目なんだよ?
「エリアナ嬢。私には貴女を妹と認める事は、今現在出来ません。貴女の父親と思われる方に、まず、認知して頂く事が先では無いのでしょうか?」
「だって、お父様はいらっしゃらないじゃないですか…。私、一人ぼっちで不安なんです…お姉様…」
ぼっちで不安? そもそも、後数日で父は帰って来る。それまで待てなかったのか? ここで騒ぐ意味が不明だ。
「これ程健気に姉と慕っているのに、何処までも意地の悪い。その不遜な態度、そんなお前が私の婚約者だと思うと虫酸が走る!」
私は思わず「エドガー殿下!」と、声を上げる。誰でもいい。彼等の口を塞いではくれないものか?。
「婚約者としても貴族としても、お前が相応しいとは思えない。身分を剥奪してやりたいところだが、エリアナは、お前を姉と慕っているのだ。レイナード公爵家の令嬢として受け入れろ!」
どよめきの後の静寂。
エドガー殿下の得意そうな口元。
「それは王子殿下としてのお言葉でしょうか?」
「そうだ」
「失礼ですが、私はエドガー殿下の婚約者ではありません。殿下方の婚約者候補の1人でしかありません」
ランス様が「馬鹿な…」と、呟く。
知らなかっのですか? 婚約者だなんて、公示すらされて無いですよ。そもそも、候補としてだってお会いした事なんて無いですよね? 年頃の高位貴族の娘ってだけで、話に上がっただけですよ。
「身分剥奪ですか? 失礼ですが、エドガー殿下。殿下にその裁量はございません。そして今、不当に扱われているのは、エリアナ嬢では無く私です!」
これでもかという程大きい声を意識して、もう1人の高位の方を呼ぶ。
「アレックス第二王子殿下!」
私の目の前へと歩み寄る第二王子殿下。壇上へと向かう側近と護衛騎士達。
「私、レイナード公爵家当主、クルシェ・ジス・ハレス・レイナードは、王家並び関係三家からの謝罪を求めます!」
「クルシェ・ジス・ハレス・レイナード。貴女からの申し出、ここであった事、正しく王家と三家へ伝えよう」
「兄上?」
戸惑うエドガー殿下の声がする。
私はアレックス殿下へと臣下の礼をとる。
「クルシェ嬢。今、私の言葉で王家として謝罪する事は出来ないが、兄として言わせて欲しい。すまなかった」
私は「はい」とも「いいえ」とも言わない。ただ礼をとったまま頭を下げ続けた。
本当は、この兄王子殿下に言ってやりたい事はある。が、そこは綺麗に終わらせたいので、大人しくしよう。王家に貸しだ。
「クルシェ嬢。顔を上げてくれないか?」
その言葉を待って、私は顔を上げる。
控え目に微笑みを浮かべ、だけど声音は固い。会った視線は沢山の事を物語ってると思う。お互い、言いたい事あるよね。理不尽極まりないよね。自分の事じゃ無いのにさぁ。だけど、立場的にもスッキリおわらせたいよね? 今後の為にもさぁ? それは、私もなのです。協力し合いましょう。
左手を取られ、皆へと向き直す。
軽くキュッと手を握られた。
私から? 私からですか? そうですか、それではお先に…
「皆様とって大切なお時間を、私事で台無しにしてしまった事、お詫び申し上げます。我が家に関する事は色々とございますが…一つだけ、先程の言葉の中、取り巻きや使用人とありましたが、そのような者達ではありません。大切な、愛する兄妹達の事だと思います。兄妹達が誤解されたらと、それが心配です。お詫びと申しながら、身内の保身を図る我が身ですが、兄妹達に不信無き事をお願いしたいと思います」
アレックス殿下に手を預けながら、謝罪の為に膝を折る。
「この度。弟の仕出かした事、兄として、王家の者として、皆に済まないと思う。多くの言葉を尽くしても、皆の時間は戻らない。本来の流れに戻す為、強引だが、ファーストダンスをと思う!」
キュッと握られた手に合図。そのまま外側へと手を引かれ、体が持ち上げられた。向き合う体。背中へと回された大きな手。視界を遮る広い胸元に寄り添う手を上げ肩へと伸ばす。繋がれたままの手が強く握られ、それを合図に私達は大きいモーションで一歩を踏み出した。