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グランドの端にリヤカーが到着したところだった。
荷台には何本もの金属パイプがくくりつけられている。数人のスタッフが走り寄り、荷を解き、パイプを外すと、手に手にそれを取って次々と接続し始めた。
ジョイントのネジをレンチで固定して、パイプはどんどん延びてゆく。
そして遂には十メートルほどの、金属製の巨大なサオが出来上がった。
サオの先端部分にはフックがあり、スタッフがなにやらワイヤーらしきものを取り付けている。それが終わると、反対側の端を地面に付けて一人が固定し、他のスタッフがその根本近くをぐいと持ち上げた。
サオはしなやかにたわみながら立ち上がり、さながら巨大な釣り竿といった様子になった。
ふと気づくと、猫選手たちの動きが先ほどと違う。テンでバラバラだった動きを止め、作業に注目しているではないか。
グランドはもはや雑音もなく、張りつめた沈黙に満たされていた。
土手の三人も、固唾を呑んで見守っている。
ホイッスルが鳴った。
試合開始。
「ヨーイサ!」
スタッフのかけ声とともに、ぶん、とサオが空気を切り裂く音がした。サオの先端は空中に弧を描き、右から左へ方向を変える。
いや、先端だけではない。それを追いかけて何か黒い小さな物体が宙を飛んでゆく。
選手たちの視線が瞬時にそれを捉えたかと思うより早く、彼らは猛然とそれを追いかけて突進していた。
スタッフがサオを左に振り切ったとき、その向こうには砂埃がたちこめていた。それが晴れると、猫選手たちが塊になっているのであった。
「リリース!」
審判が叫び、再びホイッスルを鳴らす。
猫選手たちの塊は、すぐにほどけた。
その真ん中には、あの黒い物体が転がっている。
「ゴー!」
ホイッスルが鳴る。
「ヨーイサ!」
サオが反対側へと弧を描く。
先端から数メートルほど延びたワイヤーにくくりつけられている塊は、大きさ三十センチほどの巨大な疑似餌であった。黒い羽虫をかたどったそれはワイヤーに曳かれ、まるで本物の虫のように震動しながら跳んだ。
選手たちはそれを追って再びグランドの反対側に突進する。
何度も激しく往復が繰り返された。選手たちは体力の尽きた者から少しずつ脱落してゆき、遂には疲れ果てて埃まみれになった選手たちがグランドのそこかしこに伸びている様子になった。
そこで長いホイッスルが鳴る。
「試合終了!」
三人はおにぎりを食べるのもそこそこに試合に見入っていたが、ようやく一息つくことができた。
ゆっくりお茶をすすろうかとしたところ。
「オッホン!」
振り返るとあの老猫である。
「どうじゃね、猫ラグビーは」
「あー……えっと……」トキ子は言葉を選びかねていたが、ようやく、
「何がなにやら……いえ、その……これ、どうやって点数をカウントするの、ですか?」
「ウム、良い質問じゃ」
老猫はうなずく。
「そのようなものは、無い」
「はあ?」
三人は呆気にとられた。
「じゃあ、勝ち負けは」
「さよう。勝敗もない。だいいち、チームは一つしか無かったじゃろうが」
言われてみればそうだった。だが。
「いったいこれって、何の目的で」
「ずばり、『健康とストレス解消のため』じゃ。それにもうひとつ。猫はチームワークのない動物だと言われておるが、見るがよい。みごとな集団行動であったじゃろう。良い試合じゃったのう、ふぉふぉふぉ」
と、老猫は満足げに笑うのであった。
(集団行動?)
三人はお互いに顔を見合わせ、異口同音に、言った。
「何か違うような気がする……」