27話 それぞれの気持ち
ジャミー 朝鳥の泊まり木食堂にて
予定より一日早く到着した団長とファルゴ、それに俺とネーシャを足したセイレール騎士団の全団員は、朝鳥の泊まり木の食堂を亭主に借りて、今後の方針を決める会議をしていた。
「それで、私はネーシャの親父に最近のグラズス山脈の異変を調べるように言われてるし、今回の誘いを受けようと思うんだがお前らはどう思う?」
「俺は賛成です。フーマ達と一緒なら団長の身も安全でしょうし、エルフのユーリアさんも一緒なら万が一世界樹ユグドラシルが原因だった時も手詰まりにはならなそうですからね」
「そうか。それじゃあ、私は明日からミレン達と当分は旅に出るから、お前たちはここら辺の村の事を頼んだぞ」
「え? 俺達もシェリーと一緒に行くんじゃないのか?」
「私は団長と一緒に行きますよ!」
どうやらファルゴとネーシャは団長と共に世界樹ユグドラシルに行きたいみたいだ。
とはいえ、セイレール村から北の村や街を管理しているネーシャの父であるグルーリア男爵の依頼は、村に害をなす魔物の討伐とグラズス山脈の異変の原因解明だし、俺達全員で世界樹ユグドラシルまで行く訳にはいかないだろう。
団長は赤い狂人である自分がここらで普通に住まわせてもらえるのは、しっかりと依頼をこなしてきたからだってよく言ってるし、今回も完璧な仕事をするためにそう判断したのだと思う。
ただ、俺としてはもう少しだけファルゴの気持ちを考えてほしくはあるのだが。
「いや、お前たちでは山脈を超えるには力不足だし、全員で行ったらここらを守れる奴がいなくなるだろ?」
「それは、そうなんだけどよ」
「わかりました。私は団長の指示に従います。わがままを言って足を引っ張るのは嫌ですし」
「ああ。悪いな。それじゃあ話は終わりだ。私たちも昼飯に行こうぜ。さっきから腹が鳴りっぱなしなんだ」
「はい団長! 私がおススメのお店を紹介しますね!」
「おいこらクソ眼鏡! シェリーにくっつくんじゃねぇ!」
そんないつものやり取りをしながら、ファルゴと団長、それにネーシャの三人は食堂から騒々しく出て行った。
俺は一人後に残って、全員が使った椅子をしっかりと元通りに戻しておく。
「はぁ」
そうして最後に開けっ放しの食堂のドアを閉めた俺は、先程の会話を思い出してついついため息を漏らしてしまった。
団長はファルゴの事を心から愛していて、それが故に今回も彼を危険な事から遠ざけようとしている。
一方のファルゴももう良い大人だし、そんな団長の心遣いと自分の力が足りてない事が分かっているため、自分もついて行きたいなんて事は言いだせずにいる様だった。
つまる所、あの二人は優しすぎるのだ。
団長はファルゴに怪我をして欲しくないし、ファルゴはそうしていつも一人で抱え込む団長の事が心配でも彼女の仕事の邪魔をしたくは無いと思っている。
互いの幸せを常に考えているのに、二人ともあまりにも不器用で自分の本心を相手に伝えられていない。
俺はそんなあの二人の関係を見ているのが、どうしようもなくもどかしい。
「おいジャミ―! 早くしないと置いてくぞ!」
「ああ! 今行く!」
はぁ、もう少し俺達が強ければこうはなってないのかもな。
俺はそんな事を考えながらも、いつもの笑顔で俺の方へ手を振るファルゴ達の元へ足早に向かった。
◇◆◇
風舞 朝鳥の泊まり木 風舞達の宿泊部屋にて
「ん? ローズはどこ行ったんだ?」
団長さん達がこの村に到着した日の夜。
3人の中で一番最後に風呂に入った俺が戻ると、数十分前まではこの部屋にいたはずのローズが居なくなっていた。
もしかしてトイレか?
そんな事を考えながら頭をタオルで拭きつつ部屋に入ると、舞が俺の疑問に答えてくれた。
「さっきユーリアさんが話があるって訪ねて来て、一緒に外に出かけってたわよ」
「へぇ、もう夜なのに外行ったのか」
「ええ。少し遅くなるかもだから先に寝ててくれって言ってたわ」
ふーん、ローズは夜の町にユーリアくんと繰り出したのか。
俺達未成年組には分からない大人の世界でもあるのかもしれない。
ローズとユーリアくんは100歳を超えるものすんごい大人だし、きっと超大人の世界に行ったのだろう。
「ふーん。それじゃあ、今晩は俺と舞だけなのか」
「そういう事になるわね」
舞が俺から顔を逸らしながらそう言った。
なんか今晩の舞が凄く色っぽい気がする。
ソレイドで初めて修行をした日の夜と同じ黒のネグリジェを舞が着ているからそう思うのかもしれない。
あの日の夜は突然舞が俺の部屋を訪ねて来て凄い緊張したし。
俺はもう一ヶ月近くも前にあったそんな事を思い出しつつ、風呂上がりの髪を乾かすためにドライヤーの魔道具を手に取った。
何となく舞が座っているのとは反対側のベッドの上に腰掛けてしまったのは、俺が女性経験の少ない男子高校生であるが所以だろう。
「ねぇ風舞くん。もしよければ私が乾かすわよ?」
「あ、ああ。それじゃあ頼む」
「ふふっ。任せてちょうだい」
そう言った舞が俺との距離をぐっと詰めて、俺の目の前に立ってドライヤーの魔道具を使って俺の髪を乾かし始めた。
ちょうど舞の胸が目の前にあるし、何となくどこに目を向けていればいいのか分からなくなった俺はとりあえず目を閉じておく事にした。
ああ、うちの美容院に来て髪を切ってもらってる間、目を閉じていた人はこういう気分だったのか。
俺は今まで母さん以外に髪を切ってもらってたから分からなかったけど、今ならあの人達の気持ちが分かる気がする。
なんか、超恥ずいんだよね。
「ふふっ。なんだか弟が出来た気分だわ」
「弟? なんでまた」
「なんでかしら、風舞くんがこうしてされるがままにされてるのが何となく可愛いらしかったからかもしれないわ」
「へぇ、舞姉ちゃんもこうしてると大人っぽく見えるな。なんか日本にいた頃の舞を思い出す」
「あら、風舞はお姉ちゃんの私と普段の私だと、どっちの私の方がお好みかしら?」
「そうだなぁ。………どっちも良いと思うぞ」
「風舞は欲張りね」
「弟なんてそんなもんだろ?」
「ふふふ。まったく手のかかる弟だわ。はい、乾かし終わったわよ」
「ああ、ありがとな」
俺は舞姉ちゃんにそうお礼を言ってドライヤーの魔道具をリュックサックに仕舞いに行った。
それにしても、舞がお姉ちゃんか。
今まで考えた事も無かったけど、それはそれでありな気がする。
毎朝俺に馬乗りになって起こしてもらいたい。
そんな事を考えながらふと顔をあげると、舞のエッチなメイド服が目に入った。
どうやら俺が風呂に入っている間に洗濯をしたみたいで、部屋の隅にまだ若干濡れている桶が置かれている。
俺達は旅の間洗剤の節約のために2日に一回まとめて洗濯をしていたけど、舞は1着しかないこの服を着回すために一昨日から毎日洗濯をしていた。
普通に面倒くさそうだな。
「そういえば舞。これ着るの今日までで良いぞ。明日からはまた旅が始まるから流石にこの格好は危ない気がするし」
「でも、これは決闘に負けた私への罰なんだから、途中で投げ出す訳にはいかないわ」
「それなら、勝者の俺からのお願いって事で受け入れてくれ。舞のあの格好は時々見るからグッとくるんだって、今日気づいたんだ。ああ、ありがとう」
俺は舞から魔法で注いだ水の入ったコップを受け取りながらそう言った。
お、今日の水もかなり美味いな。
もしかして、舞直産だからなのか?
「ふふっ。風舞くんはエッチな男の子なのね」
「そりゃまぁ、俺も健全な男子高校生な訳ですし」
「それじゃあ、健全な風舞くんのお言葉に甘えてあのメイド服は明日の朝にしまっておくわ。でも、後18日分は保留にしておくから、着て欲しかったらいつでも言ってちょうだいね?」
「ああ。せいぜいその日を怯えて待つ事だな」
「あら、まだ1日風舞くんのメイドさんになるという約束も果たして無いし、これは恐ろしい約束をしてしまったかもしれないわね」
「まぁ、その内暇な時にでもお願いするわ」
そんな事を話しながら俺は、舞が腰掛けているところから少し離れてキングサイズのベッドにどさりと横になった。
まだあまり眠くはないが、先ほどまで長風呂をしてしまったため、まだ若干頭がぼんやりとする。
そうして天井から吊るされているライトをぼんやりと眺めていると、舞がベッドの上を這い這いで移動して来て、俺の枕元に腰掛けた。
舞が自分の髪で俺の頰をくすぐりながら話しかけてくる。
おい、流石に鼻の穴に髪を入れようとするのはどうかと思うぞ。
「ねぇ風舞くん」
「ん? どうした?」
「風舞くんは私に聞いて欲しいお願いとか無いの? 一昨日私のワガママを聞いて髪を少しだけ切ってくれたし、私も風舞くんに何かしてあげたいの」
「お願い。お願いかぁ」
舞にして欲しい事か。
今日までメイド服を着てもらってたから今はそれはいいし、それ以外のお願いなんて特に浮かばないな。
強いて言えば、コーラが飲みたいけど、舞に頼んだところでどうにもならないし。
ん?
ていうか、今の今まで気付かなかったけど、特にお願いがないなんて俺ってば結構なリア充なんだな。
ちょっと優越感。
「ねぇ、風舞くん。どうしてそんなに誇らしげな顔をしているのかしら?」
「ああ、いや、何でもない。それで、舞にお願いだったか?」
「ええ。一つくらいあるでしょう?」
「うーん。って言われても別に何もないな。むしろ、俺は舞のお願いを聞く方が好きなのかもしれない」
「えぇ、何よそれ。今なら何でもしてあげようと思ったのに……。本当に何もないのかしら? その、す、少しくらいなら、え、エッチなお願いでも良いのよ?」
そう言った舞の顔がみるみる赤く染まっていく。
今の舞はあのエロメイド服よりも露出が多いし、そういう雰囲気を出されると凄く緊張する。
何となく寝ているままだと男子高校生的に少しマズくなってきた俺は、とりあえず体を起こしてあぐらをかいた。
それにしても、少しエッチなお願いか。
少しエッチってどこまでなら許されるんだ?
ここでいきなりぶっ飛んだお願いをしたら舞に引かれるかもしれないし、その線引きが分からないと何も言えない。
はぁ、舞からOKの出た折角の機会だけど今回は見送るか。
まだ告白もしてない内からそういう事するのもアレな気がするし。
「んー。やっぱり特に無いな。逆に舞は俺に何かして欲しい事ないのか? 寝るまでに出来る事なら何でもしてやるぞ」
「むぅ。風舞くんは奥手なのね。でもそうね。それなら折角だし一つだけお願いを聞いてもらおうかしら」
「ああ。俺は何をすればいいんだ?」
やっぱり俺は舞に何かをしてもらうよりも、こうして舞のお願いを聞く方が性に合ってるみたいだ。
断じて尻に敷かれてるとかそういう訳じゃないぞ。
あれ? ないよな?
「それじゃあ、はい。……撫でてちょうだい」
まだ顔を赤くしたままの舞が俺の太ももにコテンと頭を乗せて小さい声でそう言った。
どうやら舞のお願いは膝枕と頭を撫でてもらう事らしい。
なんか今日の舞のお願いは控えめで凄く可愛いな。
普段は一緒にお風呂に入ろうとか言ってくるのに、今晩は膝枕だけで良いのか。
しかも、それだけのお願いなのに凄い恥ずかしそうにしてるし。
そんなしおらしい舞の横顔を見ていると、なんだか俺まで恥ずかしくなってきた。
俺はそんな緊張によって生まれた手汗をベッドのシーツでそっと拭きとってから、舞の頭をそっと撫で始める。
「んっ」
「だ、大丈夫か?」
「え、ええ。問題無いわ」
「そ、そうか」
そんな短い会話の後、俺はそこそこに長い時間舞の頭を無言で撫で続けた。
始めの数分は緊張して何も考えられなかったが、その緊張にも次第に慣れて舞の頭を撫でる事に集中出来るようになった。
一度手の動きを止めてもう一度動かし始めると、舞の口元がニヨニヨするのが微妙におもしろい。
そんな事を考えながら舞の頭を撫でるのを楽しんでいると、急に舞が体を仰向けにして俺の顔を見上げてきた。
舞の綺麗な目と急に目が合ってドキッとする。
今度ばっかりはドライヤーの時とは違って目を閉じる事すら出来なかった。
「ねぇ風舞くん」
「ん? どうした?」
「好きよ」
…………………。
「は?」
「私、風舞くんに撫でてもらうのが好きよ。今度からいつでも私の頭を撫でる事を許可するわ」
「あ、そうすか」
「ふふっ。そうっすよ」
はぁ、どうやら俺は舞に弄ばれてしまったようだ。
もう舞は体を起こして俺に背を向けているためその顔を見る事すら出来ないが、後ろから覗く首筋が真っ赤に染まっているし、舞もかなり恥ずかしかったらしい。
あぁ、もう。
こういう時、何て言えば良いんだよ。
俺はそんな事を考えつつも、コップに残っていた水を一気に飲み干して部屋のライトを消した。
舞はすでに掛け布団を頭まで被っているし、今日はこれで就寝という事で良いだろう。
そうして窓から差し込む月明かりを頼りに俺もベッドに入ると、スッと掛け布団から顔を出した舞が俺の顔を見て口を開いた。
「おやすみ風舞くん。明日からもよろしくね」
「あいよ。おやすみ舞」
俺は舞にそう言った後、彼女に背を向けて目を閉じた。
はぁ、心臓の音と舞のさっきの声が頭の中で響いて全く眠くならない。
あの「好きよ」が物凄く気になってしょうがないのだ。
結局俺はローズが帰って来てから、2人で軽く晩酌をするまで全く眠りにつく事が出来なかった。
4月20日分です。
遅くなりました。




