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22話 集結

 風舞




 突如現れた謎のエルフの美少年ユーリアくん。

 彼の身長はおそらく舞よりも数センチ低いぐらいで、その上可愛らしい顔をしているが、断じて勘違いしてはならない。

 彼は男なのだ。

 それに俺よりも歳上。


 くそう。

 どうして待ちに待ったエルフが普通に美少女じゃないのだろうか。

 もしかして最近美少女や美人さんと風呂に入りすぎたせいでバチでも当たったのか?


 俺はそんなくだらない事を考えながらも、湯船に浸かって話をしているローズとユーリアくんの話に耳を傾けつつ、自分の体を洗っていた。



「ほう。つまりお主は故郷へ帰る途中なんじゃな」

「そうだね。最近は姉さん達に顔を見せてなかったから、久しぶりに会いに行こうと思ったんだ。それに里で何かあったみたいだし、それも気になるからね」

「ふむ。何か心当たりでもあるのか?」

「うん。里の内部の事情だから詳しくは話せないけど、いくつか想像はできてるよ。ただ、だからこそあり得ない事態なんだけどね」

「む? よくわからんのじゃが」

「まぁ、君は里の外で産まれたみたいだし、分からないのも無理ないよ」



 そう言ってローズにふんわりと微笑むユーリアくん。

 因みにローズはユーリアくんに自分は里の外で産まれたハーフエルフだと説明していた。

 ユーリアくんにその話を疑っている様子はなく、本物のエルフから見てもローズの変装は見破れないものらしい。


 しかしこうなってくると、魔法に長けたエルフですら分からないのに、あの団長さんがどうしてローズの正体を見破れたのか益々わからなくなってくる。

 もしかして野生の勘なのか?



「それじゃあ、俺達がエルフの里に行っても入れなかったりするのか? 警戒態勢だから余所者はお断りみたいな感じで」

「いや、そんな事はないと思うよ。ここ最近の里はどんな人や物でも受け入れる方針で動いているし、フーマは黒髪だから入れない事は無いだろうね」

「ん? 黒髪だとなんか良いことあんのか?」

「うん。僕たちの里は数百年前から勇者が大好きだから、勇者と同じ黒髪だと縁起が良いとされているんだ」

「へぇ。そいつは良いこと聞いたな」



 体を洗い終わった俺は、タオルで股間を隠しつつ湯船に入りながらそう言った。

 この前のローズの話だと、600年前にエルフの長老衆を殺したのが勇者だという話だったが、エルフの里では何故か勇者が大人気らしい。

 もしかすると、エルフの里でも勇者がやったことは世界樹の崩壊を招こうとする長老衆の粛清だと広まっているのかもしれない。


 仮にそうだとすると、なんとなく事情を知っている俺には微妙に喜び辛い話だ。

 歴史的背景を何も知らなかったら、エルフの里に行ったら美人なお姉さんにちやほやしてもらえるかもって素直に喜べたのに、昔の勇者がエルフの長老衆を殺したおこぼれに預かるのかと思うと複雑な気分になる。



「まぁ、僕は長らく里に行ってなかったけど、フーマ達が里に来たら案内してあげるよ」

「ああ。その時はよろしく頼む」

「フーマ達とはまた会えそうな気がするし、その時を楽しみしてるよ。それじゃあ、そろそろ僕はお先に失礼するね」

「む? もう上がるのかの?」

「うん。日が沈む前に今日の野営場所を探しておきたいし、今日の昼のうちにこの村を出る予定だったんだ」

「へぇ。何だか忙しそうだな。よくわかんないけど頑張れよ」

「ありがとう。近頃は魔物が活性化してるみたいだからフーマ達も気をつけて来てね。それじゃあまた会おう」



 そう言ってにっこりと微笑んだユーリアくんは一瞬で濡れていた体を乾かし、これまた一瞬で服を着た後で、俺達にお辞儀をして風呂場を去って行った。


 すごいな。

 流石は魔法の名手で有名なエルフなだけあって、これぞ魔法って感じの難しそうな魔法をなんでも無いように使っていた。

 あれがエルフの種族特性によるものなのか、ユーリアくんの個人の実力によるものなのかは分からないが、それでも戦ってみたら俺よりは大分強いというのは何となくわかる。

 多分今の俺では勿論、仮に魔法が使えたとしても勝てるか怪しいぐらいの強さな気がする。


 まぁ、それはともかく、やっぱりエルフの里の近くで魔物が活性化していたのか。

 ファルゴさん達が戦ったというブルーパンサーも世界樹ユグドラシルの手前にあるグラズス山脈から出て来たらしいし、それも魔物の活性化による影響の一つなのかもしれない。

 おそらく生態系のバランスが変わったみたいなもんだろう。


 そんな感じでユーリアくんの出て行ったドアを眺めながら、魔物の生態について何となく考えていると、隣に座っていたローズが(うつむ)きがちに声をかけてきた。

 ローズがこんなしおらしい態度を取るなんて珍しいな。



「のうフウマ」

「ん? どうした?」

「確証は無いんじゃが、ここらで最近騒ぎになっておる魔物の騒動はもしかすると妾の魔封結晶が原因かもしれぬ」

「マジで?」

「マジじゃ。この村に入ったあたりでようやく魔封結晶の気配を掴んだんじゃが、どうもその気配が世界樹ユグドラシルのあたりから出ている気がするのじゃ」



 両手の人差し指をツンツンと合わせながら申し訳なさそうにそう言うローズ。


 ローズの魔王としての力が封じられている魔封結晶は、近くにいる魔物を活性化させるとこの前のイビルエルダートレントやアセイダルとの戦闘の時に身をもって学んだ。

 あのかなり強かったアセイダルですら持て余すほどの力が封じられていたみたいだし、世界樹ユグドラシルからグラズス山脈までの、かなりの広範囲の魔物を活性化させているというのもあり得なくはない気がする。



「まぁ、エルフの皆さんには悪いけど、一石二鳥って事で良いんじゃないか? どうせ世界樹ユグドラシルには行かなきゃならないんだし、ついでに魔封結晶を回収すればいいだろ」

「むぅ。それはそうなんじゃが」

「ほら、そろそろ俺達も上がろうぜ。そろそろ舞達も帰ってくる頃だろうしな」

「うむ。分かったのじゃ」



 ローズは尚も腑に落ちないといった感じの顔をしていたが、俺が先に上がって体を拭き始めると、後に続いて湯船から出て大人しく上がり湯を浴びていた。

 心優しいローズには自分の力が封じられている魔封結晶のせいで多くの人が困っているのが申し訳ないのかもしれないが、世界樹ユグドラシルの近くに魔封結晶があるのはローズのせいではないし、割りきってもらうしかない気がする。

 それに、ユーリアくんの話ぶり的にただ魔物が活性化しているというだけではなく、エルフの里でも何か別の問題がある様だし、ローズがそこまで気に病む事ではないはずだ。


 そんな事を考えつつも部屋に戻って来た俺は、リュックサックに入っていたドライヤーの魔道具でローズの髪の毛を乾かしていた。

 ローズは椅子に腰掛けて足をプラプラさせながら大人しくしている。


 そうして髪を乾かしている内に少し気をとりなおしたローズが、自分の手のひらを光に透かしながら俺に声をかけてきた。



「そういえば、フウマは散髪の技術も身につけておるのか?」

「まぁ、一般人よりは少しマシってぐらいじゃないか? 俺が切った事あるのは練習用の人形と母さんの髪だけだし、そこまで上手という訳ではないぞ」

「そうか。それならば、妾の髪を少しだけ切ってくれんか? 前髪が目にかかり始めて少し邪魔なんじゃ」

「まぁ、それぐらいなら別に良いけど、鋏が無いと切れないぞ?」

「それならば、ほれ、これで良いか?」



 そう言ってローズがアイテムボックスから取り出したのは、俺にとってそこそこに馴染みのある種類の散髪用の鋏だった。

 普通の鋏とは違って刃の部分が髪を切るのに適したものになっている。

 おお、手入れもされてるみたいですぐに使えそうだな。



「なぁ、こんなに立派な鋏どうしたんだ?」

「以前ソレイドでマイと一緒に歩いておった時、古物商で偶々マイが見つけてきた物じゃな。それなりの値段ではあったが、これでフウマに髪を切って貰えるとマイも言っておったし、珍しい魔道具じゃったから妾も欲しくなったのじゃ」

「へぇ。これ魔道具だったのか」

「うむ。魔道具とは言っても、錆びずに刃こぼれしにくくなるように魔法で加工されておるから手入れの手間がほとんどかからんというだけなんじゃがな」

「ふーん。便利なようで微妙な効果なんだな」

「まぁそう言うでない。刃こぼれしにくい刃を作るというのはかなり難しい事なんじゃぞ?」

「へぇ。それじゃあ早速やってみるか。この鋏がどんなもんかも試してみたいしな」

「うむ。よろしく頼むぞ!」



 という訳でローズの前髪を切る事となった俺は、ローズの肩にシーツをかけて前髪を切り始めた。

 前髪を切るだけならそこまで難しくないし、ローズの髪の毛は癖が強いという事もないから結構やりやすい。

 よし、眉毛に少しかかるくらいでいいか。


 そんな感じでローズとたわい無い話をしながらも、かなり使いやすい散髪用の鋏を丁寧に動かしていると、部屋の外から何やら聞き覚えのある騒がしい声が聞こえてきた。

 あ、何か俺の直感のスキルが少し大変な事になるって言ってる。



「人間の少女よ。僕はもうこの村を出なくてはならないから、そろそろ下ろしてくれないかい?」

「駄目よ。折角こうして生のエルフに会えたんだし、もっとお話ししましょ」

「なぁマイム。彼の意思を無視するのは良くないんじゃないか?」

「大丈夫よジャミーさん。私達がユーリアさんをエルフの里まで送り届けるから問題ないわ」



 あー。もう舞達が帰って来たのか。

 今の俺とローズのこの状況を見られたら、確かに少し面倒なことになりそうだな。

 とは言っても、もう部屋のドアノブが回されてるから、今更何が出来るって訳じゃないんだけど。



「今戻ったわフーマくん。ミレンちゃん。ほら見て! さっきそこでエルフの男性とばったり遭遇したの!」



 そうこうしている内に、舞が元気な笑顔でそう言いながら部屋に入って来た。

 舞の肩にはさっき別れたばかりのユーリアくんが困った顔で担がれている。

 ちょっと舞さん?

 もしかして念願のエルフを見つけたからって、捕まえて来ちゃったんですか?



「ようユーリアくん。さっきぶり」

「ああフーマ。すまないがこの少女に僕を下ろすように説得してくれないかい? さっきから何を言っても離してくれないんだ」

「ってフーマくん!? どうしてローズちゃんの髪を切っているのかしら!? 私の髪も切ってちょうだい!」



 はぁ、想像の3倍はややこしい事態になったな。

 俺は目の前で俺の腕を掴んでブンブンと振る舞と、相変わらず肩の上で可愛い困った顔をしているユーリアくんを見てため息をついた。

4月15日分です。



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