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21話 初めてのエルフ

 風舞




「あ、あの。もう良いですか?」

「はい。もう聞きたい話も済んだので、マイムと一緒にジャミーさんを探して来てください。マイムも頼んでいいか?」

「ええ。ネーシャさんが逃げない様に見張っとけば良いのよね?」

「まぁ、ぶっちゃけて言うとそうだな。それと、質屋にもそろそろ行って来た方が良いんじゃないか?」

「あ、そういえばそうだったわ」



 うっかりうっかりといった様子でそう言いながら、椅子に固定されているネーシャさんのロープを外していく舞。

 さっき質屋で選んだ服のお取り置きをお願いしているって言ってたし、あまり待たせすぎるのも良くないだろう。


 って今はそれよりも、ネーシャさんの話だ。

 まさか団長さんがローズが魔族だって事を誰にも話していないとは思ってもいなかった。

 俺たちと会って話がしたいとか言ってるらしくその思惑は読み取れないが、一先ずは安心して良い気がする。

 今もネーシャさんは俺と目が合うたびにヒッ! て言うし、彼女が嘘をついたという事はないはずだ。



「それじゃあネーシャさん。くれぐれも逃げようなんて考えないでくださいね」

「ヒィッ! 分かってます。分かってますから!」



 ほら、さっきからこの調子なんだよな。

 ファルゴさんと平気で喧嘩したりしてるから本来は気の強い人だと思うんだけど、一体何を吹き込まれたこうなってしまうのだろうか。

 (マイ)ンドコントロールには恐れいったものだ。



「はぁ、それじゃあ気を付けてな」

「ええ。多分一時間ぐらいで戻ると思うわ。ジャミーさんは馬を二頭連れてるでしょうし、見つけるまでそこまで時間がかからないと思うの」

「なるほどな。あ、出来れば外で飯も買って来てくれ。ミレンもそろそろ起きそうな気がするし、ジャミーさん達も昼飯がいるだろうからな」

「分かったわ。それじゃあ行ってきますフーマくん」

「ああ。行ってらっしゃい」

「ヒィ! い、行って来ます」



 そうしてにこやかな顔をした舞と、終始ビクビクと震えていたネーシャさんは、俺達の泊まっている部屋から出て行った。

 そういえば、結局舞はネーシャさんの丸眼鏡をかけたままだったな。

 もしかして気に入ったのだろうか?


 そんな事を考えながら舞達の出て行ったドアを眺めていると、後ろから目を覚ました魔王様に声をかけられた。



「すまんのフウマ。昼飯を用意してくれて助かったのじゃ」

「ああ。やっぱり起きてたんだな。って、あんだけ騒いでれば起きて当然か」

「うむ。とは言っても、妾が起きたのはフウマがあの小娘に質問をしている最中なんじゃがな。くぁぁ」



 そう言いながら伸びをして欠伸をするローズ。

 ローズの鋭い牙が覗き、目も赤いままだし、どうせ変装の術をかけ直すのが面倒だとかで寝ているフリをしていたのだろう。

 目と口さえ閉じていれば、ローズが吸血鬼ではないかと疑う人はそうそう居ないだろうし。



「それなら話は早いな。さっきのネーシャさんの話どう思う?」

「そうじゃな。あの赤毛の娘が何を考えておるのかは妾には分からんが、どうやら妾が魔族であると漏らしてないのは本当の様じゃな」

「まぁ、ネーシャさんのあの怯えようならそうなんだろうな」

「それもあるが、仮に妾が魔族であると知っているのならば、のこのこと少人数だけでやって来るとは思えん。まぁ、あの2人を送り出した後に妾の正体について話しを広めておると考えられぬ訳では無いが、その可能性は限りなく低いじゃろう」

「なるほどな。それじゃあ、あちらさんの言うように3日間はここに滞在するって事で良いのか?」

「うむ。妾達の旅路は一刻を争うというわけでもないし、ファイアー帝王を連れて来てくれるのなら回収する手間が省けるからの」

「そうか。それじゃあ当分はゆっくり出来そうだな。ふぅ、そう思うとどっと疲れが出てきた」



 そう言った俺はベッドに腰掛けてため息をついた。

 ここ最近はいつ追手が現れるか分からないため常にそこそこの緊張状態にいたが、それもどうやら必要がなくなったみたいでホッとした。

 団長さんがローズの件を黙ってる代わりに俺達に何かしらの要求をしてくるかもしれないが、それは3日後に団長さんと話してから考えれば良いし、今は一時の安らぎに身を預けても構わないだろう。


 そんな事を考えながら目頭を押さえていると、掛け布団からモゾモゾと這い出てきたローズが俺の太ももにコテンと頭を乗せて俺の顔を見上げてきた。

 ローズの赤い目をこうしてまっすぐ見るのはかなり久しぶりな気がする。

 ソレイドにいる間も普段は青い目に変えていたし。



「今回は世話になったのフウマ」

「ああ全くだ。今度から気を付けてくれよ。まぁ、今回の件は仕方ない気がするけど」

「ふん。もう同じ轍は踏まんわい」



 そう言って俺の頰をプニプニと人差し指でつついてくるローズ。

 俺もなんとなくローズの頰をムニムニと引っ張りながら話を続けた。



「なぁ、団長さんに正体がバレた時、本当に一人で逃げようと思ってたのか?」

「まぁ、そうじゃな。お主達に初めて会った時に迷惑はかけんと約束しておるし、そうしようと以前から心に決めておった」



 ローズが目を閉じて俺にほっぺをみょんみょんいじられながらそう言った。

 ローズの転移魔法でセイレール村から逃げたあの日、あのままローズが居なくなってしまうのではないかと不安だったが、実際にローズの中でもその考えがあったのか。

 それならローズが起きてすぐに、ああして俺と舞の気持ちをローズに伝えられて良かったのかもしれない。

 現にこうしてこいつは俺達の前にいてくれてるわけだし。



「ふーん。ローズは大人だな」

「そりゃあ、お主からしたらそうじゃろうよ」

「それじゃあ向こう千年は俺達ガキンチョの面倒を見てもらわなくちゃだな」

「ふん。全く手のかかる子供達じゃ」



 ローズが再び目を開いてふんわりと笑いながらそう言った。




 それから別に何をするわけでもなく、ただ二人でぼんやりと過ごす事数分。

 俺の膝枕から体を起こしたローズが目の色を青く変えてスッと立ち上がった。



「さてフウマよ。風呂に行くぞ。妾が湯を張ってやろう」

「まぁ良いけど、そうこうしてる内に舞達も帰ってくるんじゃないか?」

「ここの亭主に伝言を頼めば問題なかろうよ。宿泊日数を増やして貰わねばならんし、ついでじゃよついで」

「そのついでの方が時間がかかりそうな気がするが、まぁいいか。それじゃあさっさと行こうぜ」

「うむ!」



 そうしてえらく上機嫌なローズと共に、髪の色がさっきと違う俺達を見て驚いている宿屋の亭主に言伝を頼んだ俺たちは、この宿の自慢らしい露天風呂へと向かった。

 露天風呂は男湯女湯で区切られているわけではなく、宿屋のイケメンオーナーに一言声をかけてから入る事で男女で入浴時間を分けるスタイルらしい。

 ただ、今日はまだ誰も入っていないし、ローズが子供だからという理由で俺とローズで一緒に入る事を認めてもらえた。


 なんとなくガバガバな営業システムな気もするが、あのイケメンには俺とローズが義理の兄妹か何かに見えているのかもしれない。

 今も俺の肩に勝手によじ登ったローズが頭をペシペシ叩いてきてるし、そう見えるのも分からなくもないだろう。

 っておい、頭をぶつけるなよ?




 ◇◆◇




 風舞




 そうして俺とローズで朝鳥の泊まり木の自慢だという露天風呂に行ってみると、そこは脱衣所やシャワーの魔道具すらない木の塀に囲まれているだけのただの枯れた池だった。

 いや、池と呼べないぐらいには清潔で、浴槽の底もタイル貼りにされてはいるのだが、まだお湯が張られていないためか風呂には全く見えない。



「へぇ。ドアを開けたらすぐに風呂なんだな。脱衣所すらない」

「あそこに荷物を置いて置くのではないか? ほれ、棚があるじゃろ?」

「あ、ホントだ」



 ローズの指差す方向には荷物や着替えを置けそうな棚があり、中にはシャンプーの入った瓶や石鹸なども置いてある。

 これを使って体を洗えという事なのだろう。



「ふむ。それでは早速お湯を入れるか。このオススメの入浴剤というのも気になるしの」

「ああ。そういえばさっきそんなのも貰ってたな。それがあれば風呂にも見えてくるか」

「そうじゃな。これがここの風呂の自慢の理由らしいが、どんなもんか楽しみじゃの」



 そう言ったローズが風呂に水魔法で大量の水を注ぎそこにファイアーボールをぶち込んで、適温へと調節していく。

 速っ。

 10秒もしない内にそこそこ広い湯船にお湯を入れ終わったぞ。

 流石魔王なだけあって、日常的なささいな事に魔法を使うのにも慣れているのだろうか。


 そんな事を考えている内に、雑に入浴剤を放り込んだローズが風呂の隅に積んであった椅子を持って来て俺の前に腰掛けた。

 湯船に張られたお湯は薄い乳白色へと変わっていく。



「さてフウマよ。早速妾の頭を洗ってくれ。寝汗をかいたから気持ち悪い」

「はいはい。魔王さまの仰せのままに」



 俺は棚に置いてあったシャンプーの入った瓶とリンスの入った瓶を持って来て、速脱ぎ名人ローズの頭を洗い始めた。

 なんとなくローズの裸を見るのにもこうして洗髪をするのにも慣れてきた気がする。

 はぁ。

 異世界に来て幼女の髪を洗うのが習慣化している男子高校生ってどうなんだろうか。


 そんな事を考えながらローズの頭を丁寧に洗ってやっていると、ローズが笑いを含んだ声で俺に声をかけてきた。



「のうフウマ。お主は妾の裸を見ても興奮せんのか?」

「するわけないだろ。シャーロットじゃあるまいし」

「ほほう。それは妾が子供の姿をしているからという事か?」

「ん? まぁ、そうだな」



 ローズは何を言いたいのだろうか?

 もしかして妾の体に欲情せんとは何事じゃ! とか言うのか?

 いや、舞じゃないんだしそんな訳ないか。



「ふっふっふ。お主、妾の体を見て何か気づかんか?」

「さぁ、別に何も変わんないんじゃないか? いつものちっこいローズのままだぞ?」



 裸のローズは一応気を使って普段からまじまじと見ないようにはしているが、別にローズに変わったところなんて全くない気がする。



「なんじゃ? 気づかんのか?」

「そういえば、髪が伸びてきたな」

「まぁ、それもそうじゃが。背じゃよ、背! 魔封結晶を一つ取り込んで少しだけ背が伸びたんじゃ!」

「へぇ、そいつは良かったな」

「ふん。そうして油断していられるのも今のうちじゃ。妾が舞と同じくらいの背になった時のお主の反応が楽しみじゃの」

「はいはい。ほら、流すぞ」

「はぁ、つまらん反応じゃの」



 なんだ。

 何を言い出すのかと思えば背が伸びたって話だったのか。

 流石にローズが舞と同じくらいの背になったら一緒に風呂に入ろうとは思わないが、それは当分先の話だし放っといて良いだろう。


 ていうか、本当に背が伸びたのか?

 ちっとも変わってる様には見えないが、5ミリ伸びたとか言うんじゃないだろうな?


 そんな事を思いながらもローズに何回か桶に水を溜めて貰っては泡を流してを繰り返す事数回。

 ちょうど全ての泡が流し終わったなと思った頃、ローズが風呂場のドアの方を向いて口を開いた。



「む、誰か来るの」

「知り合いか?」

「いや、これは知らない者の気配じゃな。……もしかすると、エルフかもしれん」

「マジで?」



 まさかこんなところでエルフと初のご対面をする事になるとは思いもしなかった。

 ソレイドでも極稀に目撃情報があるらしいし、ここにいても不思議ではないが、よりにもよって同じ宿に泊まっているとは。

 もしかすると、俺達の他に一人で泊まっている人がいると言ってたのが、そのエルフなのかもしれない。


 よっしゃ。

 これはエルフと混浴出来るチャンスなんじゃ無いか?

 エルフは美人らしいし、期待に胸が膨らみまくる。


 そうして鼻息を荒くしながらドアの方を見つめる事数秒、遂にドアをゆっくりと開けて耳のとんがった金髪の美人さんが風呂場に入って来た。


 おお。

 長い金髪がステキな美しい方だ。


 そんな感じで俺が美しいエルフに見とれていると、俺と目があったそのエルフが軽く会釈をして口を開く。



「おや、すまない。先客がいるとは思わなかったんだ」

「って男?」

「うん。人間にはよく間違われるが、僕は正真正銘の男だよ」



 そう言って棚の近くに行き、長い金髪を揺らしながらシュルシュルと服を脱ぎ始めるエルフの男性。


 ちっ。

 顔を見て女性だと思ったが、声変わりしたてみたいなハスキーな声をしているし、細身ではあるが骨格も男っぽい。

 それについている。

 はぁ、折角美人と噂のエルフの女性と混浴出来ると思ってたのに。



「おいフーマ。何をそんなに悔しげな顔をしておるんじゃ?」

「べ、別にそんな事ないぞ」

「そうは言うが、四つ足をついてうなだれていては説得力がないぞ?」



 だって、今まで待ち望み続けて、中々その姿を見れなかった初のエルフが男だとは思わないじゃん。

 それにあいつ顔だけは女っぽいし。


 俺はそんな事を思いながらそっとエルフの少年から目をそらして、無言でローズの頭にリンスを馴染ませ始めた。

 そこへ服を全て脱いだエルフの少年が声をかけてくる。



「すまないそこの少年。ちょっといいかい?」

「俺に話しかけるなこの詐欺師め」

「えぇ!? 何の事だい?」

「すまぬ。この阿呆は今傷心中なんじゃ。放っといてやってくれ」

「そ、それは大変だね。僕には事情は分からないけど、元気出してよ」

「その可愛らしい顔で俺に微笑むな!」



 俺はにっこりと可愛らしい顔で笑うエルフの顔を鷲掴みにしてそう叫んだ。

 くそう。

 慌てる顔も無駄に可愛い。



「わっ!? 何だい? 急に何をするんだ!」

「やめんか、この阿呆が!」



 呆れた顔をするローズに蹴られて湯船に頭から突っ込む羽目になったが、今回は俺が悪いわけでは無いはずだ。

 だって、あいつが俺の純情をもて遊ぶのが悪いじゃんね。

 俺は良い匂いのする湯船にプカプカと浮かびながら、真っ青な空を見上げてそう思った。

4月14日分です。

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