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17話 久しぶりの朝稽古

 ジャミー セイレール騎士団詰所にて




「さて、ジャミーとネーシャには今からミレンとかいうあのガキ達の後を追ってもらう」

「後を追えって言われても、あの3人がどっちに行ったかなんて分かりませんよ?」



 フウマ達が忽然と姿を消した日の翌朝。

 俺とネーシャは朝から呼び出されて、ベッドの上で横になったまま動けなくなっている団長の元に集まっていた。

 昨晩は近所に住む人々に謝罪をして回ったり、穴の空いた詰所の壁を最低限補修したりと何かと忙しかったため、こうして落ち着いて話す時間が取れなかったのである。

 まぁ、団長は見ての通り動けないし、ネーシャとファルゴはいつも通り喧嘩していただけのため、忙しかったのは俺だけのような気がしなくもないが。  



「ああ、それなら街道を北へ向かえば見つかるはずだ」

「いつもの勘ですか?」

「そうだ。私の勘がよく当たることはお前達なら知ってるだろ?」

「はい! 団長の言うことはいつも正しいです! そのミレンとかいう不遜なクソガキの首を取ってくれば良いんですね!」



 興奮した様子でベッドの上の団長に詰め寄るミーシャ。

 いつもだったらファルゴが止めに入るか、団長に雑に扱われて茂みに頭を突っ込まれる所だが、団長が動けなくてファルゴもいない今のネーシャは好き放題している。



「このバカ! そうじゃねぇよ。ただ私があの金髪のガキと話がしたいだけだ。第一お前は昨日戦いを挑んでコテンパンにされたじゃねぇか」

「それはそうですけど。でも、ちょっとくらいなら攻撃を仕掛けても良いですよね?」

「駄目だ。お前に頼むのはあのガキ達を見つけてどこかの街で引き留めとく事だけだ」

「そんなぁ」



 ネーシャが団長の胸に顔を埋めて揉みしだきながら残念そうな声を上げる。

 ネーシャは昨日の昼間ミレンと団長の戦いに割り込もうとしたところで、マイムに止められて気絶させられたと昨日団長に聞いた。

 おそらく完全武装で素手のマイムにやられた腹いせに、あわよくばリベンジでもしてやろうと考えているのだろう。

 こいつはそういう女だ。


 そんなめげない女ネーシャを呆れた顔で眺めていると、美味そうな料理を持ったファルゴが鼻歌を歌いながら部屋に入って来た。

 いつもは団長に世話になりっぱなしのこいつは、団長の世話を焼ける事がかなり嬉しいのだろう。

 昨日も団長を風呂に入れて髪を乾かしてやりながら上機嫌に歌ってたし。



「待たせたなシェリー。朝飯を持った来たぞ! …ってこのエロ眼鏡猿! 俺のシェリーに何してんだ!」

「団長は貴方のものではありません! その証拠にほら、私のことをいつもみたいに投げ飛ばさないじゃないですか!」

「それは動けないから仕方なくそうしてるだけだ!」

「違いますぅ。私の愛を団長が受け入れてくれたんですぅ」



 そうしてファルゴとネーシャのいつもの喧嘩が始まった。

 俺はファルゴが暴れ始める前に持っていた料理を受け取って安全な位置に移動させる。

 そんな俺の様子を見て団長が声をかけてきた。



「おいジャミー。ネーシャの事頼んだぞ」

「はぁ、それって団長がファルゴと一緒にいるのを邪魔されたくないだけじゃないですか」

「ば、馬鹿お前、そんなわけないだろ! 私はただあのガキと話がしたいだけだ! 分かったらさっさと行ってこい!」

「はいはい。了解しました団長殿」



 俺は胸に手を当てて敬礼をとった後、ネーシャとファルゴの喧嘩を仲裁して馬に乗ってセイレール村から北へ向かった。

 ネーシャが団長とあのクソ野郎を二人きりにはしておけないってブツブツ言ってるし、こいつが暴れ出す前にフーマ達を見つけたい所である。

 マジで近くにいてくれよフーマ。




 ◇◆◇




 風舞




「お、おはようローズ。良い朝だな」



 昨夜の賭けに勝ち舞の一日メイド御奉仕権を手に入れた俺がその興奮が抑えられなくて朝早くから剣の素振りをしていると、舞の横で寝ていたローズがモゾモゾと起きてきた。



「うむ。おはようフウマ。何やら上機嫌じゃな」

「そりゃあ、俺は過酷な賭けに勝った訳だからな。上機嫌にもなるだろう」

「そうは言うが、お主が先に正解を言ってしまったから舞は何も答えてはいなかったではないか。先に正解じゃと言ってしまった妾がこう言うのも難じゃが、賭けのルールは正解を言い当てた者の勝ちなんじゃろ? 今回の賭けはフウマの勝ちで良いのかの?」

「え、それじゃあ俺は舞にメイド服を着てもらってあんな事やこんな事もして貰えないのか?」

「さぁ、マイに何をさせるのかは知らんが、後で聞いてみたら良いのではないか? フウマが正解を言った事に変わりはないんじゃし、それなりに譲歩はしてくれるじゃろ」

「それもそうだな。あ、そうだローズ。久し振りに稽古つけてくれよ」



 アセイダルとの戦いが終わってからの俺は一応病み上がりという事で実践的な訓練はしていなかったし、少なからず強くなった俺をローズにお披露目してみたくもある。

 今の俺はなら毎回ローズに回し蹴りをされるという事はないはずだ。

 多分。



「む? まぁ、良いじゃろう。…ほれ、かかって来るが良いぞ」



 舞が寝ているところから離れたローズが軽く脚を肩幅に開いて手招きしてくる。

 まずはスキルの直感は使わない様にしてやってみよう。

 素の自分の実力も気になるし。


 そう考えた俺は剣を抜きながらローズの方へゆっくりと歩いて行った。

 魔封結晶を取り込んでステータスの上がったローズには、未だレベルアップした俺のステータスでも届かないだろうし、スピードに乗って攻めても自分の攻撃の精確さが落ちるだけでそこまでのメリットがない。

 最低限の攻撃の勢いと鋭さは必要だが、詰将棋の様にローズの行動を絞りながら剣を振るう事を念頭に置こう。


 まず一撃目。

 剣の間合いにローズが入るまでもう少しといった所で、俺はソニックスラッシュを使って一気にローズの懐に潜り込みながら一文字に剣を振った。

 ローズは俺の攻撃を後ろにバク転する事で避け、

 逆立ちをした姿勢で俺の顎を狙って鋭い蹴りを放ってくる。


 どうやら今回のローズは反撃もしてくれるらしい。

 俺は修行が次の段階に進んだ事を喜びながら身を横にそらしてローズの蹴りを避け、

 左足を逆立ちしているローズの手をすくう様に素早く動かした。

 俺のローキックをまた後方に跳んで避けたローズが着地をしながら俺に賞賛の声を送ってくる。



「まさかあの蹴りを避けられるとは思ってなかったが、お主もなかなか成長している様じゃな」

「ああ。見えない速さの攻撃が変な位置から来るのには結構慣れてきたからな。何となく攻撃が来るなっていうのは読み取れた」

「ふむ。それでは妾も何か武器を持って戦うかの。今のフウマならそこそこに楽しめるじゃろう」



 ローズがそう言って木に立てかけてあった舞の槍を取りに行った。

 マジかよ。

 俺の武器は片手剣でそこまでリーチがある訳じゃないのに、これで勝負になるのか?


 そんな事を思って内心冷や汗をかいていた時、俺は胸元に入れていた炎の短剣の事を思い出した。

 そういえばファルゴさんも片手剣の強みは剣を握ってない方の手にこそあるって言っていたし、両手で使わざるを得ない槍相手なら手数の多さで差をつけられるかもしれない。



「ふむ。槍は久し振りじゃが強くなってきたフウマも魔剣を使う様じゃし、少しくらい本気を出しても良いじゃろ」



 そう言いながらローズが槍をヒュンヒュンと振り回す。

 やべー。何かローズの師匠魂に火がついたらしい。

 手数で押そうと思ってたけど、あっちの方が攻撃速度と頻度が高いんじゃないか?



「よ、よし行くぞ」



 俺は魔力の手をローズの顔の前でウロウロさせながら再び間合いをゆっくりと詰め始めた。

 別に魔力の手自体は何の効果も無いが、気を散らすぐらいの事は出来る筈だ。

 結構リアルな手の形にしてるから意味が無いと分かっていてもついつい気にしてしまいそうだし。


 そんな無駄な作戦を立てながらさっきと同じ様にローズの懐に一気に潜り込んでソニックスラッシュを放とうとしたが、俺の進む先にローズが槍の穂先を置いていたため最後まで踏み込めなかった。

 再びローズから距離を取って片手剣と炎の魔剣を構え直す。



「ほれ、出し惜しみをしてないで本気でかかってこんか。直にマイが起きるし、もう稽古の時間はあまり残って無いんじゃぞ」



 ローズが槍で肩をトントンと叩きながら俺にそう声をかけてきた。

 確かにもう日もすっかり昇っているし、舞が起きるのも時間の問題だろう。

 今日もセイレール村から離れるために移動をしないといけないし、いつまでも稽古をしている訳にもいかない。

 よし、直感も使って戦うか。

 今のローズと戦うならそのぐらいはしないと勝負にすらならないだろうし。



「行くぞ!」



 俺は心を静めつつ集中力を保ってローズに向かって一気に走った。

 先程と同じ様にローズが槍の穂先を俺の目の前に出してくるが、俺はそれを片手剣でいなしながら尚も距離を詰める。


 ローズは俺が肉薄したのを見て蹴りを放ってくるが、

 俺はローズの蹴りが始まる前にその膝を片手剣を捨てて右手で押さえる事で蹴りの衝撃を最低限に抑えた。

 ローズと肉薄したままの俺は左手で持っていた炎の魔剣に魔力を流して、金属の短剣から炎の長剣に変える事でローズの身を貫こうとする。


 よし、流石のローズもこの位置でこの速さで攻撃されたら流石に動けまいと思ったその時、

 俺の放った炎の刺突はローズのギフトによって作られた血の盾によって防がれてしまった。


 ローズがニヤリと口角を上げるのが見える。

 ああ、またこれか。


 俺は地面に突き立てた槍を上手く使ったローズの回し蹴りを顔面に受けて吹っ飛んでいった。



「くそぅ。もう少し上手くいくと思ったのに」

「ふむ。槍をいなした所までは良かったが、片手剣を捨てたのは悪手じゃったな。あれではこれから魔剣で攻撃するから防いでくださいと言ってるようなもんじゃ」



 ローズがそう言いながら地面に大の字に倒れている俺の元へ寄って来て手を差し出してくれる。

 大分手加減されててもまだまだローズに敵わないのか。

 何となく強くなった気がしてたけど、戦いにおける選択肢が増えただけで一つ一つの技の扱いが雑になっていたかもしれない。


 初心忘れるべからずとはよく言ったものだな。

 一度基礎に立ち直って視野を広げる事を意識して訓練した方が良いだろう。

 直感を使ってる時は周りの状況に気をとられない様にしようとして、視野が狭くなってしまってるし。


 そんな感じで今日の稽古の反省をしながらローズの手を掴んで引っ張り上げてもらうと、木の下で寝ていた舞がゴソゴソと起きてきた。



「ふぁぁ。あら、ローズちゃんに風舞くん? 朝早くから起きて稽古をしてたのね。私も起こしてくれれば良かったのに」

「そうは言うが、お主は満面の笑みで気持ち良さそうに寝ていたではないか。あんなにいい顔で寝ているのを起こすのは流石に気が引けたのじゃ」

「ああ。舞の寝顔はいつも笑顔だよな」

「そ、そうかしら? 何だか自分の知らない時の自分のことを言われるのは恥ずかしいわね」



 そう言って自分の頭の寝癖を撫でつけながらモジモジと恥ずかしそうにする舞。

 俺はそんな寝起きの舞の様子を見てなんだか微笑ましい気分になりながら朝食の準備を始めた。

4月10日分です。

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