第2章SS 『戦争相手』 『友達』
『戦争相手』
舞
「あんなの卑怯よ」
風舞くんが魔法を使えなくなったという説明を聞いた後、私は一人自室のベッドの上で横になりながらそう呟いた。
「だって、あんな事言われたら我慢できなくなっちゃうじゃない」
さっき風舞くんは私と同じ気持ちだと言ってくれた。
もし、これが私が風舞くんを好きだと言った事に対する言葉なら、それはつまりそういう事になる。
もう少し今の関係を続けていって、ゆくゆくは風舞くんに告白してもらおうと思っていたけれど、危うく私の方から告白してしまいそうになった。
「それに嬉しいって、人生で一番嬉しかったって。うふ、うふふふふふ」
私は枕に顔を埋めながら脚をバタバタさせて、ついつい笑い声を漏らした。
もうニヤニヤが止まらない。
私の好きな男の子が私の事を好きなのかもしれない。
こんなに嬉しい事はそうそうないだろう。
「でも、落ち着くのよ土御門舞。ここで自分の欲望に任せて風舞くんとの関係を進めてしまっては、私の月下のバルコニーでプロポーズしてもらうという夢が叶わなくなってしまう可能性が出てくるわ。ここは我慢。我慢よ私」
私はローズちゃんとお風呂に入った時に、今の風舞くんとの距離感をもうしばらく保つ事を決めたのだ。
だって、まだ異世界に来て2週間くらいしか経ってないし、もっともっとこの関係を楽しみたいんですもの。
「ふふふふふ。覚悟しなさい風舞くん! いずれ貴方の事をコテンパンにしてやるわ!」
いつか私の事を好きで好きでたまらなくなった風舞くんが告白してくれるまでは、今のままの関係を満喫してやろう。
私はそう思いながら改めて私の戦争相手に向かって宣戦布告をした。
「覚悟しなさい風舞くん! いずれ貴方の事をコテンパンにしてやるわ!」
俺がローズとリビングでフレンダさんの近況について話していると、舞のそんな大声が聞こえてきた。
因みについ先程帰って来たシルビアさんはアンの様子を見に行っているので、ここにはいない。
「なぁローズ。俺、なんか悪い事したか?」
「さぁ。妾が知る限りそんな事は無いと思うが、強いて言うならシルビアに抱き着いた件ではないか?」
「あれは今朝散々怒られたし、何回も謝ったぞ?」
「ふむ。因みになんと怒られたのじゃ?」
「ああ、破廉恥だの欲望大魔神だの歩く性欲だの散々に言われたな」
「それは。お主も流石に怒ってよいのではないか?」
「まぁ、もとはと言えば俺が悪いのは確かだし、久しぶりに舞の顔を見れたから別に良いかと思ってな」
「なんじゃそれは。お主の言う事は時々全く理解できんの」
「男子高校生は多感な時期なんだよ」
「そういうもんかの」
「そういうもんだ」
そう言った俺は丁度直し終わった剣のベルトを腰に巻き、ローズが預かってくれてたという炎の魔剣を装備してリビングのドアに手をかけた。
「出かけるのかの?」
「ああ。ここにいたら舞にコテンパンにされそうで怖いからな」
「さっきまでの台詞はなんだったんじゃ」
「それとこれとは別だ。なんならローズが俺の事を守ってくれても良いんだぞ」
「ふむ。妾も暇を持て余しておった事じゃし、お主の逃走劇に力を貸してやろう」
こうして頼もしい仲間を手に入れた俺はローズと一緒に街へ繰り出した。
結局舞が追ってくる事はなかったが、いつかコテンパンにされてしまう日はくるのだろうか。
そう思うと少し不安だ。
◇◆◇◆
『友達』
シルビア
「という訳で、私はフーマ様の従者として正式に仕える事が決まったの」
「おおぉ。それは良かったねシルちゃん。ずっとフーマ様の従者だってフーマ様自身に認めて貰いたがってたもんね」
雲龍でのお疲れ様会の後、私がアンの様子を見に行ってみると、アンは私たちの帰りを起きて待ってくれていた。
もう夜も遅いしお話は後にしようと言ったのだが、フーマ様がお風呂をあがるまでで良いからと言われたので、こうして今日あった事をアンに報告している。
「うん。これからの私はフーマ様の筆頭従者として誠心誠意頑張っていくよ」
「うんうん。シルちゃんが嬉しそうで私も嬉しいよ」
「ありがとうアン」
「どういたしまして。ところでシルちゃん」
「どうしたのアン?」
「シルちゃんはこの後どうするつもりなの?」
アンが真面目な顔で私にそう尋ねてきた。
それを聞いた私が言葉に詰まっていると、アンが苦笑いを浮かべながら両手をふりつつ再び口を開く。
「ああ、違うよ。フーマ様の従者になるのは私も大賛成だし、私も病が治ったらフーマ様の従者にしてもらう約束してるからそれが悪いって訳じゃないんだけど、いつまでもフーマ様やマイム様やミレン様のお世話になる訳にもいかないでしょ?」
私は最近ずっと悩んでいた事をアンに言葉としてぶつけられて、深く考え直させられた。
アンの病が治るまでは家にいて良いとフウマ様達は言ってくれたけど、これから先もフウマ様のお傍にいるには私はあらゆる面で力不足だ。
戦力としてもその他の面でも孤児院出身の私は勇者様であるフウマ様の従者として求められるレベルには達していない。
「フーマ様達がユグドラシルの朝露を取りに行って下さる間は私はソレイドに残るつもりだけれど、願望を言うならそれより先はフーマ様のお傍にいたい」
「シルちゃんにここまで愛されてフーマ様は幸せ者だねぇ」
「そ、そういう訳で言ったんじゃないよ。でも、私ではフーマ様の従者として力不足だし、金銭的にも精神的にもフーマ様にご恩を返す当てもない。フーマ様はそんな私でも許してくださるかもしれないけれど、私はフーマ様を支えられるぐらい優秀な従者になりたい」
今の私は何もかもが足りていなくて、それどころかフーマ様達のお世話になりっぱなしだけれども、いつの日かその御恩の全てをお返しして、胸を張ってフーマ様の従者と言えるようになりたい。
「そっか。ようやくシルちゃんにも将来の夢が見つかったんだね」
「ごめんね。一緒にパン屋をやって生きていこうってアンが誘ってくれたのに」
「ううん。これはフーマ様にも言ったことなんだけど、パン屋を初めたのは私がただパンを沢山食べたかっただけだし、私はシルちゃんと一緒にいられればそれでいいの。それに、シルちゃんが初めてやりたいことを口にしてくれたんだから、私はそれを全力で応援したいかな。なんたって私の大事な友達の夢なんだからね」
アンはそう言って私に笑いかけてくれた。
このアンの笑顔は私が孤児院に入って初めて会った時からいつも私に向けてくれた優しい笑顔だ。
私はつい涙をこらえきれなくなり、アンを抱きしめながらお礼を言った。
「ありがとうアン。アンが私の友達で本当に良かった」
「もう。シルちゃんは相変わらず泣き虫だなぁ。そんなんじゃフーマ様に嫌われちゃうよ」
「そんなことないもん。フーマ様は可愛いって言ってくれたもん」
「え? どういうこと!? ちょっとシルちゃん、そこら辺もっと詳しく!」
私のこんなに大事な友達を救ってくれるフウマ様になんとしても御恩を返そう。
そして、フーマ様がユグドラシルへと行ってくださってる間に少しでも従者としての力をつけよう。
私はそう決心し、涙を拭ってアンをぎゅっと抱きしめてから離れた。
「アン。私、頑張るよ。これからもよろしくね」
「うん。こちらこそよろしく。ってそうじゃなくって、可愛いってどういう事!?」
まったく、アンは病人なんだからそんなに騒いだら駄目だよ。
私は興奮するアンをなんとか宥めてお風呂場に向かった。
次話から第3章突入です。




