29話 気まずい
風舞
「それじゃあちょっと出かけてくるわ」
「は、はい。先程はお見苦しいところをお見せしました」
「ああ、別に気にすんな。それじゃあ行って来ます」
「行ってらっしゃいませ、フーマ様」
服を着て髪を自分の部屋で乾かした俺はシルビアさんに見送られて適当に散歩でもしに行く事にした。
ここ数日寝っぱなしで身体が鈍ってるし、その後のみんなの様子も気になるしな。
ていうか、なんとなく家にいるのが気まずい。
「まずは冒険者ギルドに行ってみるか」
ミレイユさんやガンビルドさんには結構お世話になったし、しっかり御礼を言わなくちゃな。
そんな事を思いながら途中でバナナの様な果物サンバを買って空いていた小腹を少し満たしながら歩き冒険者ギルドに到着した。
「あれ? ドア閉まってる」
冒険者ギルドはいつもドアが大きく開かれていて中から喧騒が漏れ出しているのだが、今日は何故かドアが閉まっていて閑古鳥状態になっていた。
「潰れたのか?」
俺がそんな失礼な事を言いながら鍵のかかっていなかったドアを開けて中に入ってみると、椅子が机の上に全てあげられていて、明かりは窓から光が差し込むのみで照明はついておらず、まるで売り出し物件の様な有様になっていた。
「やっぱり潰れてたのか?」
「もう、潰れてませんよ。こんにちはフーマさん。お身体の調子はどうですか?」
俺が冒険者ギルドに入って辺りを軽く歩きながらキョロキョロしていると、2階からミレイユさんがやって来て微笑みながらそう言った。
今日も立派なウサミミだ。
冒険者ギルド職員の制服を着ているし、仕事中なのかもしれない。
「はい。もう大丈夫です。それよりも何でこんなに人がいないんですか?」
「2日前から冒険者ギルドはお休み中なんです。詳しいことは上で話しますからこちらへどうぞ。ギルマスもフーマさんの事を心配してましたし、良かったら顔を見せてあげてください」
「おお、ガンビルドさんもいるんですか。そういえば、上に行くのは初めてですね」
「2階は倉庫と事務室しかないですからね。冒険者の方だと入ったことない人の方が多いと思いますよ」
こうして俺はミレイユさんのふさふさ尻尾を眺めながら階段を上り、事務室へと案内してもらった。
事務室では数人の職員があわただしく動きまわり、とても忙しそうに働いている。
そのうちの一人であるガンビルドさんが俺が訪ねてきたことに気が付いて、俺の元へやってきて話しかけてくれた。
よかった。わりかし元気そうだな。
「おおフーマ! よく来たな。茶ぐらいしか出せないがゆっくりしてってくれ。ミレイユ、茶をいれてくれ!」
「はい。ちょと待っててくださいねー」
ミレイユさんはそう言うとお茶を入れにぱたぱたと小走りで走って行った。
こんな事ならなんかお土産でも持ってくればよかったかもしれない。
そんな事を考えながらも俺はガンビルドさんに案内されて隣の休憩室に入り、ガンビルドさんと向かい合って椅子に腰かけた。
「それで、ミレイユさんに冒険者ギルドがお休みだって聞いたんですけど何があったんですか?」
「ああ。そういえば、フーマはここ最近寝たきりだったから聞いてないのか。いやな、簡単に言うと職員が減りすぎて仕事が回らねえんだ。今は本部から人材が補充されるのを待ちながらダンジョンだけでも開放できるように調整しているところだな。夏には祭りも控えてるし、それまでには何とかしたいと思ってんだ」
「ああ、なるほど」
どうやら悪魔の叡智に与していた職員がごっそりといなくなったから、一般業務がこなせなくなってしまったらしい。
確かに冒険者ギルドの職員は見かける面子があまりころころ変わったりしてなかったし、余剰人数が少ないのだろう。
「まぁ後3週間の辛抱ってところだな。ダンジョンの開放はあと数日で何とかなりそうだし、人員も補給されれば直ぐに通常通りの運営ができるだろうよ。ああ、それと嬢ちゃん達には既に渡してあるんだが、おめでとう。今日からお前はC級冒険者だ」
ガンビルドさんはそう言うとポケットから銅でできた冒険者証を取り出して俺に手渡してくれた。
おお! 念願の金属製の冒険者証だ!
いままでは木製だったたから急に階級が上がった感じがするな。
いや、実際E級から2階級上がってるわけだし結構上がってんのか。
「ありがとうございます! 超嬉しいです!」
「ガッハッハ! フーマは功労者なのに俺にしてやれる事はこんくらいしかないからな! 本当は報奨金も出してやりたいんだが、今回の件の黒幕が悪魔だってことは公表しない様に上から言われてるし、ここでの戦闘も冒険者同士のケンカで処理するよう言われてるからフーマに金を渡す名目が作れねぇんだ。本当にすまない」
「頭を上げてくださいよガンビルドさん。むしろ俺の方がガンビルドさんに世話になったんですから、何かお礼をしたいぐらいです」
「いや、お前がいなかったら俺はいつまで経っても悪魔の祝福の件を解決できなかった。それに今回俺がお咎めなしなのもお前のおかげなんだろ?」
ん? 全然身に覚えがない話だ。
でもまぁ。ガンビルドさんのお咎めを無くせるとしたらあの人しかいないか。
この後そのお礼も言っとこう。
「それは俺じゃないですね。でも、ガンビルドさんがいなかったら何もできなかったのは俺も同じです。最後のアセイダル戦でもガンビルドさんがいたから倒せたと思いますし。だからそろそろ頭を上げてください」
「いや、別に俺は大した事してねえよ。俺に一番大切な事を気づかせてくれたのはフーマだ。俺はもうフーマの前で一生この頭を上げねぇ!!」
やばいよこのおっさん。
言ってることが結構ぶっ飛んでるんですけど。
え? 俺この後ガンビルドさんに会うたびにお辞儀されながら話すの?
こんなイカツイおっさんに常に頭下げさせとくって、傍から見たら俺のイメージ悪くなんじゃんよ。
そんな感じで俺が評判の低下の危機に直面して困っていると、お盆に紅茶とお茶菓子をのせたミレイユさんが部屋に入ってきて驚いた声をあげた。
「ぎ、ギルマス!? どうして机に頭をこすりつけてるんですか!?」
「ああ。俺はこれから先フーマに頭を下げ続ける事にしたんだ。俺にできる事はもうこのぐらいしかないからな!」
ガンビルドさんは机に顔面を押し付けたままガッハッハと笑った。
もうやばいよ!
絶対病んでんじゃんこの人!
「ミレイユさん、マイムにミレイユさんをモフる様に頼んどくからこの状況をなんとかしてください!」
「えぇ!? そこはやめる様に言ってくださいよぉ! 私がマイムさんの虜になったらどうするんですか!!」
「まぁ、ハッピーエンド?」
「そんな爛れた結末は嫌ですぅ!」
そんな感じでどたばたしつつも、なんとかミレイユさんにガンビルドさんの頭をあげてもらい俺は紅茶を一杯だけいただいて休憩室を後にした。
因みにミレイユさんがガンビルドさんの頭を上げた方法はてこの原理を使った頭脳プレーだった。
流石だなミレイユさん。
「はぁ、なんだかどっと疲れました」
「大丈夫ですか? 俺の知り合いにウサミミ専門のマッサージ師がいるんだですけど紹介しますか?」
「結構です!」
「あ、そうっすか」
「もう、フーマさんもマイムさんと一緒で大概意地悪ですね」
「俺達の国のお国柄だと思いますよ?」
「どんな国で育ったらこんな人たちになっちゃうんですかね」
ミレイユは遠い目をしながら哀愁を漂わせた。
きっと舞のモフりを思い返しているのだろう。
そんなあり得ない事を俺が考えていると、黄昏の世界から帰ってきたミレイユさんがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、本当に今日の夜に打ち上げやるんですか?」
「打ち上げ? なんの事ですか?」
「最近色々あって忙しかったからそのお疲れ様会をフーマさんが起きた日にやろうってマイムさんとミレンさんが言ってましたよ? 私は起きて直ぐで大丈夫なんですか? って聞いたんですけど、悪魔の叡智が壊滅した日の夜にお二人がフーマさんは酒と肉と女さえあればすぐに元気になるってここで大声で騒いで聞かなくて」
いや、確かにまちがっちゃないけどそれは大声で言いふらしちゃダメなやつだろ。
これから先ソレイドでそんな悪評が広まったらどうすんだよ。
「すみませんミレイユさん。ちょっと用事ができたんでまた今度!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいフーマさん! これ、ダンジョンに落としていた剣を忘れてますよ!」
「ん? ああ、そういえば第27階層に置きっぱだったけ。回収してくれた人にお礼を言わなくちゃですね」
完全に剣のこと忘れてたわ。
ベルトが切れてるし、手で持って帰るか。
しかし、鞘まで落としてた事に全く気付いてなかった。
折角異世界に来て最初に手に入れた愛剣なんだしもっと大切にしよう。
「それじゃあボタンさんにそう伝えてください。フーマさんを治療した後で第27階層の未調査領域を調べてくれたのはボタンさんなんです」
「そうだったんですか。丁度この後行くつもりだったしついでにお礼を言っておきまず。あ、それと打ち上げは今日で大丈夫です。まぁ、ミレイユさんに用事がなかったらですけど、大丈夫ですか?」
「はい! 楽しみにしてますね!」
「それじゃあまた後で」
「はい、あ、そうだフーマさん」
俺が冒険者ギルドのドアを開けて外に出ようとしたその時、またもやミレイユさんに呼び止められた。
「今回はよく頑張りましたね。いい子いい子」
ミレイユさんがそう言いながら姉みのある笑顔で俺の頭を撫でる。
「ミレイユさん?」
「あ、すみません。いや、でしたか?」
「いや、別に全然嫌じゃないです」
「そうですか。それは良かったです。それじゃあ今晩を楽しみにしてますね」
「あ、はい。また」
俺はそう言ってそそくさと冒険者ギルドを後にした。
「可愛すぎかぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺は道行く人に驚かれながらもスキップをして街を駆け抜けた。
◇◆◇
舞
「ローズちゃぁぁん。風舞くんと顔を合わせづらいぃぃぃ」
「おい舞! 胸を妾の頭にのせるな!」
私は風舞くんが脱衣所を出て行ってしまった後、折角だし水着を脱いでローズちゃんと一緒にお風呂に入っていた。
風舞くんは私の水着姿を見て眉毛を数センチ動かして直ぐにいなくなってしまったし、お風呂に一緒に入って距離を縮めちゃえば恥ずかしくなる作戦は失敗してしまった。
「だって私、風舞くんに大好きとか言っちゃったし、もうどんな顔して風舞くんの前に立てば良いかわからないのよ」
そうなのだ。
私はアセイダルの一撃を受けてその治療をボタンさんにしてもらってダンジョンの外で起きた時に、フウマくんに告白っぽい事を言ってしまった。
それに他人にはあまり見せない泣き顔まで見せてしまったし。
思い返してみると凄い恥ずかしい。
それに加えて、起きてすぐの寝ぼけてシルビアさんに抱き着いた風舞くんをビンタしてしまったのも気まずい原因の一つだ。
でも、あれは風舞くんが悪いわよね!
どうせなら私に抱きついてくれれば良かったのに。
「それで行き着いた先がフウマの入っておる風呂に突撃というのがよくわからんのじゃが」
「だって、一緒にお風呂なんて恥ずかしさ最大級の事をしたら顔を合わせるぐらい訳なくなると思ったんだもの」
「で、その結果がフウマを引き留められずに失敗という訳じゃな。お主は潔いのか女々しいのかよくわからんの」
「どぅあってぇぇ」
「これ、中年のオヤジではないのじゃから管を巻くな」
私は抱き着いていたローズちゃんに引き剥がされて、湯船の中にぺいっと投げ飛ばされる。
私は広い湯舟でぷかぷかと浮かびながらこの世界に来てからの事を思い返してみた。
この世界に来て風舞くんと一緒に暮らすようになって、沢山お話して沢山いろんな事をした。
日本にいた頃とは比べ物にならないほど彼と仲良くなれたし、これからももっと仲良くなりたい。
勿論ゆくゆくは恋人同士に、なんて事も考えてはいた。
「でも、もう少しこのままでいたかったわ」
私は思わずそんな本心を口にした。
あの日から風舞くんの寝顔を見るだけでさえ、春に感じる様な高揚感と不安を何百倍にもした感覚が私の心をざわつかせる。
私は思っていたよりも臆病なのかもしれない。
「まったく、そんなに悩む程の事でも無かろうに」
「そんな事ないわ。現に今、私は人生で一番悩んでいるもの。私には男と女の戦いなんてまだ早かったのよ」
「戦い、か。それならば、お主が今回フウマにしたことは奇襲じゃ。まだ完全に攻め切った訳ではないのじゃろう?」
「まぁ、それはそうね。でも、限りなくそれに近い事を私は言ったわ」
「奇襲はその攻撃が思いもよらぬところから思いもよらぬ火力でくるからこそ、動揺するのじゃ。あれでフウマも結構慌てておるのじゃろうよ。ああしてそそくさと風呂を後にしたのがその何よりの証拠じゃな。それに丁度今一人で出かけて行きおったみたいじゃし、少し自分の心に整理でも付けたいのじゃろう」
「そうかしら」
「うむ。千年を生きる妾が言うのじゃから間違いない」
「まだ私は風舞くんと今まで通りでいられるかしら」
「それはお主次第じゃな。フウマはかなり奥手のようじゃから、お主が手を進めんかぎり何も変わらんじゃろう。まぁ、戦局を握っているとも言えるの」
「そうよね。考えてもみたら風舞くんは私がアプローチしても誤魔化そうとするし、きっと今回も内心慌てながら顔には出さない様にしているんだわ。そう考えたらむしろやる気が出て来たわ! 見てなさい風舞くん! あなたのその仮面をいつか粉々に砕いて私を好きって言わせてみせるわ!!」
「うむ。その意気じゃ」
私はここにはいない最愛で最大の敵にむかって宣戦布告をした。
絶対に負けられない乙女の戦いはまだ始まったばかりなのである。
「やっぱり、ローズちゃんは千年を生きる魔王様なだけあって恋愛経験も豊富なのね。すごく為になったわ」
「ま、まぁそうじゃな。妾は今まで沢山のお、男をこの牙にかけてきたからの」
「あら? もしかしてローズちゃん」
「な、なんじゃマイ? その手つきはなんじゃ? お、おい! どこを触っておる!?」
どうやら今日は朝からローズちゃんと長風呂をしてしまいそうである。
ふふふ。ローズちゃんの恋愛遍歴を暴いてみせるわ!




