15話 診断
風舞
「さて、着替えも済んだし忘れ物もないな」
「はい。一通り確認してきました」
城での用を済ませた俺達は一度宿に戻り正装から着替えてソレイドに帰る準備をしていた。
「戻ったら忙しゅうなるなぁ」
「ああ。一気に片をつけていつも通りの生活に戻るぞ。俺もシルビアさんも家から出られないなんて退屈だからな」
「はい。私も微力ながらお手伝いさせていただきます」
「ああ、頼りにしてるぞ。あ、それとソレイドに帰る途中に少し寄り道させてくれ」
「寄り道ですか? 少しくらいなら構わないと思いますが」
「ボタンさんにも少し協力してもらいたい」
「うち? まあ、かまへんけど」
こうして俺達は少し寄り道をしてソレイドの自宅に帰還した。
どこに寄ったかって?
川と山だよ。
◇◆◇
風舞
俺達が3人揃って自宅の玄関に転移するとちょうどローズが近くにいたので俺は声をかけた。
「ただいまっと。お、ミレン。そっちの首尾はどうだ?」
「う、うむ。マイムが精神的疲労で少し休んでおるがアンは無事救出出来たのじゃ。今は上の部屋で寝かせておる」
「精神的疲労? 大丈夫なのか?」
「うむ。特に問題はないのじゃが、今は一人にしてやって欲しい」
あの舞が精神的な理由で疲弊するなど想像ができない。
きっとアンさんの救出作戦はかなりハードなものだったのだろう。
そう考えると悪魔の叡智は舞とローズでも一筋縄ではいかない相手の様だし、俺も気を引き締めてかからないとだな。
「あの、フーマ様」
「ああ、悪かったな。アンさんの様子を見てきたらどうだ?」
「ありがとうございます。失礼します」
俺とローズが話をしていたためシルビアさんはアンさんの様子を見に行くことを躊躇っていたようだ。
今すぐにでも駆け出して顔を見に行きたかっただろうに、悪い事をしたな。
「なあ、アンさんの病の原因はわかんないのか?」
「うむ。妾はもともとそういった事が得意でない上に、スキルのLVも足りんからの。妾では呪術が原因ではないという事までしかわからん」
「それじゃあうちもアンはんの具合を見て来ようかね。うちは病とかの治療は得意分野やし何か出来るかもしれへん」
「ああ。悪いな」
「かまへんよぉ〜」
ボタンさんはそう言うとシルビアさんの後を追って階段を登っていった。
ボタンさんにはシルビアさんにかかっていた呪術を解いて解毒までした実績があるし、もしかするとアンさんの方も治せるかもしれない。
そんな事を考えつつローズと一緒にアンさんの部屋に行くと、ボタンさんがアンさんの額に手を当てたり眼球を調べたりしてその容態を確認していた。
アンさんは犬獣人のようだがこの前話を聞いた通り背はシルビアさんより大分低く幼い顔立ちをしている。
もしかするとローズより小さいんじゃないか?
「どうだ? 治せそうか?」
「そうやなぁ。これが普通の病ならうちの魔法で治せたかもしれへんけど、どうやら違うみたいやなぁ」
「ふむ。それで何が原因でアンは倒れておるおるのじゃ?」
「この症状と話を聞く限り魔力拒絶反応みたいやね。この子の体内の魔力は周囲から取り込んだものがほとんどやし間違いないやろな」
「それはどのような病なのですか? アンは治るのですか?」
シルビアさんが凄く不安そうな顔でボタンさんの顔を見上げて質問をする。
「魔力拒絶反応は体内の魔力が少ない状態が長く続き、それを身体が無理になんとかしようとして周囲から魔力を取りこんで起きる拒絶反応やね。体内の魔力が少なくなる原因は未だ解明されてないんやけど、世界樹ユグドラシルから採れるユグドラシルの朝露を何回か服用すれば体内の魔力精製が促されて自分で魔力を作れるようになるんよ。その方法で治療をして魔力拒絶反応が再発したって話は聞いた事ないし、アンはんの病も同じ方法で完治できるはずやよ」
「そうですか。アンは助かるのですね。良かった。本当に良かった…」
シルビアさんはそう言うと握っていたアンさんの手を額に近づけてポロポロと涙を流し始めた。
たった一人の友人を助ける為にダンジョンに一人で挑み、自分の身を削ってまで戦ってそれでも治療法が得られず心を痛めていたシルビアさんにとって、治療法が見つかるというのは凄く喜ばしい事なのだろう。
今はシルビアさんとアンさんの二人きりにさせておいてあげた方が良いだろう。
そう考えた俺達3人は誰からともなく黙って部屋を後にした。
俺とローズとボタンさんがリビングに戻ると、舞が一人で紅茶を飲んで待っていた。
「大丈夫かマイム。ミレンに凄く辛い事があったって聞いたぞ?」
「え、ええ。そう大した事ではないわ。後でミレンちゃんとお話しすれば良いだけですもの」
そう言って舞はにっこりと微笑んだ。
ん? どうしたローズ。
なんで俺の後ろに回ってガクガク震えてるんだ?
「それで、アンさんの容態はどうだったのかしら?」
「ああ、どうやらユグドラシルの朝露ってのを飲めば治るらしいぞ」
「そう。それは良かったわ。これで心置きなく悪魔の叡智と戦えるわね!」
「そうやね。それじゃあまずはお昼ご飯にしましょか。うちが腕によりをかけて作るんよ」
「そうね。私達もお昼はまだだし私もお手伝いするわ」
舞とボタンさんの両名はそんな感じで話しながらリビングから出て行った。
あの二人の組み合わせって初めて見た気がする。
俺そんな事をぼんやり考えながら一体どんな料理を作ってくれるのか想像していると、ローズが震えた声で俺に声をかけてきた。
「ふ、ふーみゃ。妾はもうダメかもしれぬ」
「さっきからどうしたんだ? 様子がおかしいぞ」
「それは妾の口からはとても言えんのじゃが、大変なのじゃ。当分は妾と共におってくれ」
「ん? まあ、良いけど」
一体俺達がいない間に舞とローズに何があったのだろうか。
俺がそんな事を考えながら震えるローズの頭を撫でているとシルビアさんがリビングにやって来た。
「フーマ様。少々宜しいでしょうか」
「ん、どうかしたか?」
「アンが目を覚ましたのでフーマ様を紹介させて欲しいのです」
「わかった。今行く」
俺はシルビアさんの後に続いてアンさんのいる部屋へ再び向かった。
ローズも俺の後ろをてこてこと付いてくる。
本当にどうしたんだよ。
「アン。フーマ様をお連れしたよ」
「あ、貴方が私とシルちゃんを助けてくれたフーマ様なんだね。どうもありがとう」
アンさんは顔のみを俺に向けてそう言った。
熱もかなりあるらしいし話をするだけでも辛いのだろう。
「別に俺は大した事はしてないぞ。アンさんの事はシルビアさんがちゃんと治してくれるから安心して今はゆっくり休んでくれ。後で病人食を作って持ってくるから食べられそうなら食べるんだぞ。栄養を摂るのは大事だからな」
「うん。ありがとう」
アンさんはそう言うと目を閉じて再び寝息を立て始めた。
3ヶ月以上はもうこのままらしいし、体力も大分落ちているのだろう。
アンさんが体力に優れた獣人で無かったら既に息絶えていたかもしれない。
「ありがとうございます。フーマ様」
「気にすんな。アンさんの看病がひと段落ついたら食堂に来てくれ。昼飯にするぞ」
「はい。ありがとうございます」
俺とローズは何度もシルビアさんにお礼を言われながら部屋を後にした。
リビングに戻って紅茶でも飲むかねと思いながら廊下を歩いていると、ローズに聞いておきたかった事があるのを思い出した。
「なあローズ。そういえば俺に新しい称号が付いてたんだよ」
「ほう。何がついたのじゃ?」
「何だっけな…あ、そうそう、大物食いってやつなんだけど知ってるか?」
「おぉ、中々珍しい称号を手に入れたの」
ローズが少し驚いた顔をして俺に言った。
へぇ、珍しい称号なのか。
少し嬉しい。
「で、どういう称号なんだ?」
「うむ。それは弱きものが自分よりも数段格上の相手を倒す事で得られる称号じゃ。その効果は格上に対して強くなる事じゃと言われておるの」
「へぇ、今回は精神的なものじゃないんだな。でもその条件なら別に珍しくないんじゃないか?」
確かに格上の相手に勝つ事は難しいが、この世界ならスキルや魔法の相性とかでどうとでもなるだろうし、そこそここの称号を持ってる人は多い気がする。
「いや、この弱きものという条件が中々厳しくての。スキルや魔法を覚えすぎていたりレベルが高かったりするとこの条件に引っかかってしまうのじゃ。強者同士の戦いなら格上に勝つ事はよくある事なのじゃが、戦闘経験の浅いものが強者に勝つ事はそうないしの。根性でこの差を詰めた者にのみ手に入る憧れの称号じゃな」
「へぇ、結構良い称号なんだな。格上ばっかの俺にはピッタリだ」
「まぁ、強くなるとは言ってもその上昇率はごく僅かじゃ。くれぐれも慢心せぬようにの」
「ああ。最近も格上相手に負けたばかりだし気をつけるよ」
剣闘大会では自分よりレベルが20も高い相手にコテンパンにされた。
もしかすると俺の記憶が読めるボタンさんはこの事を見越して俺を剣闘大会に出場させたのかもしれない。
ってあのボタンさんに限ってそんな訳ないか。
ただ、良い称号を手に入れたぐらいじゃ勝てるようにはならないって事をしっかりと覚えておこう。
そんな事を考えながらリビングに戻って紅茶を飲んでいると舞が昼食が出来たと言って迎えに来てくれた。
それじゃあ次の方針を話し合いながら昼飯にしますかね。




