Chapter9 収束暗転
ローズ
「では、私が知る全ての情報をもって、貴様の問いに一つだけ、嘘偽りなくまごう事なき真実を話してやろう」
崩れ落ちた城から別の建物へと移り、アンが席に着いた事を確認した叔母上は、大仰に脚を組みながらそう切り出した。
「時間の流れに左右されず世の全てを見通す事の出来る紅血様に自由に質問出来るとは、こんな経験二度と出来ないでしょうね」
「本来であればこの権利はローズに使って欲しいところなのだが…」
「アンに任せよう」
「と、意思は固いらしい」
「あははは。これは責任重大ですね。よく考えてから質問しないと」
「そう固く考えずとも、何でも良いぞ。何なら、貴様の主人の居場所でも教えてやろうか?」
「あ、そうですね。それじゃあそれでお願いします。フーマ様はどこにいるんですか?」
叔母上も冗談で言った言葉にそう返されるとは思っていなかったのか、少しばかり表情を固くする。
一方のアンは叔母上のそんな空気の変化も特に気にした様子もなく、話を続けた。
「いやぁ。本当に困ってたんですよ。あちこちで情報を収集しているのに全く持って手掛かりもありませんし、本当にもうお手上げで…」
「………何を考えている」
「? ご主人様を第一に考えるのはおかしな事ですか?」
「ああ。おかしいな。この場ではまずはザンベイ岬とツチミカドマイが失踪した場所から見つかったキューブに私が関わっているのか揺さぶりを入れる確率が最も高い。フレンダが自らの代わりに送り込む交渉人だ。最低限そのぐらいの知恵は働くだろうし、ここに移動するまでのやり取りから儂がつまらぬ揚げ足で質問権を消費したとくだらぬ戯言を吐かない事も見抜いているはずだ」
「そうですね。アガスティア様は優しい方ですから、きっと私の知りたい事を正確に教えてくれると思います」
「それだ。その顔が分からない」
「私、そんなに変な顔をしてますか?」
「いいや。貴様は普通だ。どこにでもいる普通の、主人を妄信しているだけの馬鹿な娘にしか見えない」
「実際その通りだと思いますよ? ほら、そこにいるローズ様もちょっとびっくりしていますし」
確かに妾もフーマの情報を得るために叔母上に仕掛け、どうにかこの機会を獲得するに至った。
しかしまさかアンが、あの才能溢れるアンがこんなにも単調な質問でこの場を流す事があり得るのだろうか。
ただ、仮にアンに何か深い思惑があったとしても、叔母上にそれを見抜かれぬというのもそれはそれで想像も出来ない。
一体何が、アンは何を考えているんじゃ?
「それで、どうなんですか? フーマ様の居場所は教えていただけるんですか?」
「………ああ。先にも言った通り、貴様の質問に対して貴様が求める情報を与える。この言葉に二言はない」
「それは安心しました。それじゃあ、早速教えてください」
「………タカネフウマは火の国にいる」
「……そ、それって……」
「ああ。少し特殊な状態だが、タカネフウマは生きている。今後の貴様達の選択次第では、タカネフウマが無事に貴様の元に帰って来る可能性もあるだろう」
「……そっか。良かったぁ……フーマ様。生きてたんだ………本当に良かったぁ……」
叔母上はそう言って涙を溢し、シルビアと喜び合うアンの姿をじっくりと観察していた。
そしてアンを観察する事で獲得出来る情報はそれ以上は無いと考えたのか、妾の方に視線を向けて話しかけてくる。
「タカネフウマとは、貴様達にとってそれほど重い存在なのか?」
「そうじゃな。フウマは何物にも変えられぬ存在じゃ」
「…………そうか。では、タカネフウマを攫ったのは儂だと言ったらどうする?」
「………無論、矛を交える事になるじゃろう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいローズ様! 今はそんな事をするよりも、フーマ様の安否をちゃんと確認して、何か問題があるなら解決するのが先決です!」
「………」
「それに、まだ私の望む答えは全部聞けていません!」
「………うむ。この場はアンに任せると言ったのは妾じゃ。場を乱して悪かったの」
「ふぅ。いやぁ、流石にローズ様とアガスティア様が戦い始めたら生き残れそうにもありませんし、ドキッとしましたよ~」
「そうか。で、私に聞きたい事とは?」
「嫌だなぁ。意地悪言わないでくださいよ〜。フーマ様が特殊な状態にあるっていうのは、どういう意味ですか? 私が望む情報はフウマ様の現状です。居場所だけ話してお終いだなんて事は言わないですよね?」
「ああ。タカネフウマは魂の一部を火の国の勇者共の手によって奪われ、それによってこの世界に来てからの記憶を失っている」
「記憶を……」
「どうすれば記憶が戻るのか、聞かないのか?」
「教えてくれるなら聞きたいですけど、これだけヒントをもらえたら十分です! さて、それじゃあ早速情報収集から始めないと…」
アンはそう言うと出された茶菓子をサッと口に放り込み、一息で緑茶を飲み込んで、重そうなコートを羽織って帰り支度を始める。
「オホホホ。何というか、拍子抜けでしたわね」
「……うむ」
「え~。二人とも、私に期待しすぎですよ~」
「オホホ。しかしまぁ、ご主人様の居場所がわかっただけでもかなり大きな前進ですわね」
「うん。それに、アガスティア様がザンベイ岬の消失の犯人じゃ無いって分かったのも、大きな前進ですね!」
「オホホホ。そんな話、していませんでしたわよ?」
「こう見えて私、人を見る目には自信があるんです! アガスティアさんは良い吸血鬼さんなので、そんな酷いことはしないと思います! 多分ですけど……」
「質問は一つまでだ」
「あははは。ですよね~。さてと、それじゃあ余り長居しても悪いですし、そろそろ失礼しますね! …あ、ローズ様はアガスティア様ともう少しお話して行きますか?」
「いいや。これ以上ここにいても妾がする事はないじゃろう。妾もアンと共に王都に戻ろう」
「了解です! それじゃあアガスティア様。今回はありがとうございました。また何かあったら、その時は助けてくれたら嬉しいです! 失礼します!!」
「ああ。息災でな」
そうして背中越しに手を振る叔母上を見て満足そうに頷いたアンを先頭に、妾達は浮大陸から王都へと戻り、妾達の早い帰りを驚いたフレンダやトウカと合流し、アンの心中を問いただしていた。
「え? 何か考えがあるのかですか? ……も、もしかして他に聞いた方が良いことがありましたか?」
「そうではないが、アンの事じゃから会話を誘導してザンベイ岬やマイの件についても情報を聞き出すものだと…」
「それは何と言うか……ご期待に応えられず…」
「オホホホ。パワハラですわ」
「あぁ、いや。違うんじゃ。そういう意味で聞いたのではない。妾としてもフウマの居場所が分かったのはこれ以上ない成果だと思っておる! ただ、その何じゃ……」
「アンは何故叔母様がザンベイ岬の件に関わっていないと判断したのですか?」
「そうじゃ! 妾もそれを聞きたいと思っておったのじゃ!」
「え? アガスティア様はザンベイ岬の消失に関わっていると思いますよ?」
「オホホホ。つまり、どういう事ですの?」
「え、えっと……私はアガスティアさんはザンベイ岬を消失させた犯人じゃ無いって言っただけで、おそらくどこかしらのタイミングで関与はしていると思います」
「……その根拠はあるのですか?」
「………………えっと」
「オホホホ。パワハラ姉妹ですわ」
「エリスは少し黙っていてください」
「オホホ。ついでにD………お口チャックですわ」
フレンダに睨まれたエリスが口を閉じ、もう邪魔をしないとばかりに部屋の隅に行って、ルピーを相手にちょっかいを出し始める。
少々ルピーが気の毒ではあるが、今はアンの話が先じゃ。
「えっと、アガスティアさんって、物凄く長生きで、物凄く頭が良いんですよね?」
「そうじゃな」
「それなら、私がいくら考えて会話を誘導しようとしても、どうにもならないと思ったんです」
「それでフーマの所在を尋ねたのですね」
「はい。ザンベイ岬の消失の件も大事な事ですけど、アガスティアさんが犯人だって分かってもどうしようもないと思って……」
「確かに叔母上を相手取るのは現実的ではないの……」
「一方フーマの所在であれば、確かに具体的な行動に移す事も出来るでしょう……」
「では、ザンベイ岬の犯人が叔母上ではないと考えたのは何故じゃ?」
「…勘です」
「…………そうか」
「…………勘ですか」
思わず妾とフレンダは顔を見合わせてしまった。
まぁ、実際のところ叔母上を相手にここまで有益な情報を入手できたのだから、これ以上望むものは無いのだが、まさかアンの口から勘という言葉が出て来ようとは…。
「で、でも! 後になって気付いた事ですけど、基本的に私達の行動はアガスティアさんに筒抜けじゃないですか。その中で、私達がアガスティアさんについてどのぐらい真相に迫っているのか判断材料を減らせたって点では、少しだけ勘で話を進めた……事も……悪く……やっぱりダメでしたかね?」
「い、いえ。確かにこちらから不用意に質問をしていては、叔母様に私達の思考を推測されていたでしょうから、アンのやり方は最適だったと思います」
「……すみません」
「そう謝る事はない。アンに任せると決めたのは妾とフレンダじゃし、実際妾やフレンダが叔母上と話していては、フーマの所在を確かめる事は出来なかったはずじゃ。妾もフレンダも、当然エリスやシルビアもアンの行動を責めたりはせぬ。むしろ、よくやったと賞賛したいぐらいじゃ! いいや、賞賛する! ありがとうアン!」
「そうですね。大変な役目を想定していたよりも大きな功績を立てたために驚きましたが、やはりアンに任せて正解でした」
「え、えへへ……。それなら、良かったです」
「オホホホ。よくやりましたわ」
少しエリスが偉そうな気もするが、今はアンの働きに免じて許してやろうと考えていたら、フレンダに叱られていた。
そうして一先ずの話題がキリの良いところまで進んでいたのを見ていたトウカが、軽く手を挙げて注目を集めながら新しい議題を投じる。
「しかしそうなると、マイ様は一体何を知ってしまい、攫われてしまったのでしょうか」
「う~ん。一応推測ならありますけど……聞きます?」
「オホホホ。これは期待が高まりますわね」
「おい。お前も少しは私達を期待させたらどうなのですか?」
「オホホ。ついさっきの発言も、皆様の期待通りですの」
「まったく……アン。このお調子者は私が縛っておきますから、その推測を聞かせてください」
「そうですね……とは言っても、薄々みんなが感じていた通り、マイ様がトウカさん達に残したキューブと、ザンベイ岬にあったキューブは同じ物だと思うんです。ただ、アガスティアさんがそのキューブの製造元……とか、主要な犯人では無いっていうのが、私の推測です」
「アンには叔母様以外に、あのキューブを製造した者の候補があるのですか?」
「残念ながらそこまでは分かりませんけど、マイ様がキューブを残した場所が、消失していない事が気になって……」
「確かに言われてみればそうじゃな。周囲の魔力を完全に吸収するあの物体は、空間内の全てを吸収した際に副産物として……まさか、そういう事なのか?」
「はい。マイ様は対アルシャ戦においても、唯一空間を操作する事でアルシャに対抗可能な存在でした。つまり、本来キューブが吸収し消失させるはずだった空間を……」
「マイ様は自らが生み出す闇で満たし、結果として周囲の地形に変化がないまま、あのキューブだけが残されたと…」
「あくまで推測ですけど、一応筋は通ると思います」
確かにこれならばザンベイ岬が消失したのに対して、トウカが見つけたキューブの側に舞が残したメッセージが残る程度まで破壊の痕跡が少なかったのも頷ける。
「となると残る疑問点はあと一つです。マイは一体何を求めて私にキューブの解析を求めたのでしょう?」
「それが私も分かんないんですよね……フーマ様の失踪に関わっていると判断したとはちょっと考え辛いですし、かと言ってマイ様が初見の攻撃の正体を知るためだけに、フレンダさんに解析を求めるとも考え辛くて…」
「確かにマイ様は毎日のように初めて見る攻撃を凌いでいましたから、戦闘の解析とは考えられませんね」
「ふむ。現時点では、マイがザンベイ岬の消失の犯人は叔母上だと推測しておって、その原因と思われる攻撃に直面したため……という可能性が一番高いじゃろうが、マイがザンベイ岬の消失した場所にキューブがあったと知る手段がないのう」
「そうなんですよね…トウカさんはマイ様がザンベイ岬について何か話しているのを聞きましたか?」
「いいえ。というよりも、ザンベイ岬が消失するよりも前に、マイ様は連れ去られているはずです」
「となると妾の推測は外れているのか…」
「オホホホ。ローズ様が、もう一度アガスティア様の腕を斬り落とせば、マイ様の行方を聞く事が出来るのではありませんの?」
「お、叔母様の腕を斬り飛ばしたのですか?」
「ん? ああ。偶然じゃがの」
「……ま、まさかお姉様がそれほど力をつけていらっしゃったとは、私も精進せねば」
「オホホ。とは言っても、アガスティア様はすぐに腕を再生していましたわ」
「では、次はエリスが叔母様に挑みますか?」
「オホホホ。もう一度お口チャックですわ」
結局、その後もアレコレとマイの思惑を皆で考えてみたが、コレといった案は出ずにその日の話し合いは終了した。
◇◆◇
舞
「やぁやぁ初めまして舞ちゃん。ご機嫌いかがかな?」
ブツブツと途切れ途切れの蛍光灯が光る部屋で、後手にパイプ椅子に縛られてから、およそ60時間後。
私の前に、ピンク色の髪と無駄にフリルのついたゴテゴテとした服を纏った女が現れた。
「この拘束は何かしら? 看守がいれば成り立つのであれば、私を縛る必要は無いでしょう」
「そう? でも、その親指同士を縛る結束バンドは舞ちゃんでも千切れないと思うよ?」
「……そうね」
何回か千切れないか試しても千切れそうには無かったが、縛られたままというのも動き辛いため、親指の損傷を気にせず無理やり外した。
「うへぇ……清楚な見た目の割に、やる事はエグいなぁ」
「で、用件は何かしら? 火の国の代表さん」
「自己紹介を潰してくれてありがとう。別に用は無いよ。少し話をしてみたかっただけ」
「そう。なら……星穿ち、鎧袖一触」
「え? 何それニチアサの変身能力? と言うか、その刀と鎧は封印してたはずだけど?」
「封が甘いだけでしょう」
「う~ん。そっか。でも、流石に私の面会中に脱獄されたらみんなに怒られちゃうから、とりあえず殴るね」
「!!?」
モロに鳩尾に拳が入った。
視界に火花が飛び、意識が暗転する。
「うへ~これでまだ一年ちょいとか、嫌だねぇ。私の拳を見て避けようしてたよ~。あぁ、くわばらくわばら」
最後に聞こえた声は、そんな気の抜けたセリフだった。




