chapter7 皇族軟禁
ローズ
叔母上の住む居城にていくつか質問を終えた後。
五日間の滞在が決定した妾は客間へと案内され、オズ殿やイズ殿は事の顛末をラングレシアとスカーレットの両国へ伝えるため祭壇へと蜻蛉返りする事となった。
「では、我々は一度スカーレット帝国の祭壇へと戻り伝達を終えた後、再度こちらへ戻って参ります」
「うむ。知っての通り叔母上の協力は妾が軟禁される事で取り付けた約定故、妾はここから動けぬ。手間をかけるが、よろしく頼むぞ」
「ああ。お前であれば戦力に問題はないだろうが、くれぐれも注意してくれ」
「オホホホ。ローズちゃんの護衛はお任せくださいまし」
「特にコイツには足を引っ張られるだろうから…」
「オホホホ。そう心配ならすぐに戻って来て自分で壁になれば良いのですわ」
「おいちょっと待て! おい!」
そうしてエリスに押し出される形でゲートに送られたイズ殿に続き、オズ殿も軽い会釈をしてその後に続く。
先程は直接叔母上の前まで転移させられたが、今後はこの部屋に備えられた両開きの扉がスカーレット帝国の祭壇へと繋がる玄関になるとの事だ。
「オホホホ。さて、これでお目付役は1時間は戻って来ませんの。これでしばらくはゆっくりと羽が伸ばせますわね」
「別に妾は何もするつもりはないぞ」
「オホホ。今のうちにアガスティア・クリムゾン様のクローゼットを漁っても良いんですわよ?」
「お主が何を期待しておるのかは分からぬが、ここで動いても望む物は手に入らぬよ」
「オホホホ。スケスケの下着は好みではありませんの?」
「そうではなく、ザンベイ岬に関しての情報やこの浮大陸の内情の事じゃ。お主が探ろうとしておるのはその辺りの事じゃろう?」
「オホホ。私では力不足だと?」
「有り体に言えばそうなるじゃろうが、こればかりは相手が悪い」
「オホホホ。ここのメイドを見る限りではそこまで強大な国には思えませんわ」
「確かにここまで見た使用人はそこまでの戦闘能力は持っていないじゃろうが、あれは妾達がそう判断する様に用意された人材じゃ。仮にお主が動いた場合、それを対処するのに過不足ない資材がお主の前に現れる」
「オホホ。つまり全てはアガスティア・クリムゾン様の手平の上というわけですのね。では、行って参りますの」
「……お主、つい先程妾の護衛をすると言ったばかりじゃろう」
そんな妾の声も空を切り、エリスは妾を守る結果すらも解除してどこかへ消えてしまった。
後を追おうと思えば出来なくはないだろうが、妾が軟禁される事で叔母上の協力を得た以上、あまり自由に動いては交渉に影響が出る可能性も無くはない。
「しかしこうして部屋に閉じこもっておっても仕方がないか…」
そう思い動き出そうとした。
正しくその時だった。
「ローズ様。アガスティア様より、此度の件についていくつか文献がご用意されております。目録をお持ちいたしましたので、ご確認をお願い致します」
「………うむ。心得たのじゃ」
この使用人はおそらく妾が動き出そうとした事など、何も知らぬし気づいてもいない。
ただ、上からの指示に従って、本人の意思のままに行動したら、妾の動きに合わせたタイミングであった。
ただそれだけのことだ。
「時に叔母上の様子はどうじゃ?」
「ローズ様にお会いできた事が大変嬉しいらしく、最高級のおもてなしをする様に仰せつかっております」
「叔母上は相変わらずじゃな」
妾が幼少の時点で叔母上に対して最も有効だと感じた心得が一つだけある。
それは出来る限り叔母上に逆らわず、かといって媚びず、離れすぎず近づき過ぎないこと。
要するに叔母上の興味を引かない。
ただそれだけである。
叔母上は曲がりなりにも最古の吸血鬼と謳われる存在であり、それだけにあらゆる力が多方面に突出し過ぎている。
その様な大岩の如き存在である叔母上に殴り掛かろうと思えば、殴る事も出来なくはないが、それをするだけの理由も無いし、実際に行動に移せば妾も少なくない被害を受ける事は既に目に見えている。
「この目録の8つ目と11、18、29、30、38番目は要らぬ。即刻焼却するのじゃ」
「ローズ様がそうおっしゃった場合に差し出す様に命じられた文書もございますが、いかが致しますか?」
「もちろん必要ない。どうせ妾がすげなく扱う事に対しての不満でもたらたらと書き連ねておるのじゃろうが、今の妾は一国の代表であった頃よりも重い立場でここにおるのじゃ。叔母上の道楽に構ってやる義理はないの」
「左様でございますか」
「うむ。お主には悪いが、先の指示通り…」
「しかしローズ様がこの文書の受け取りを拒否した場合、今後予定されているローズ様の会談が伸びる事になるそうですが、本当によろしいのですか?」
「う……うむ。叔母上に屈するよりも、そちらの方がまだ…」
「そして延長された会談の時間に話題として取り上げる内容は、ローズ様の肩に刻まれた火の国式の身請けの印に関してのお話になるそうです。スカーレット帝国の大魔帝として再びご活躍される様になってからは公の場で顕にしてはいない様ですが、流石に良い歳して恋人との関係をその様な形で表現するのは………おっと。誤解がない様にお伝えしておきますが、これは私の意見ではなく、アガスティア様のお言葉を代読しているものでして……」
「あぁ、もう! 分かった! 降参じゃ! 叔母上の用意した日記だの、妾が幼い頃に描いた手紙に対する無駄に長い感想だの、何でも持って来るが良い! もうこの際じゃ! 全て目を通して、むしろ添削までしてやろう!」
「承知いたしました。それでは少々お待ちください」
使用人はそう言うと無駄に礼節を弁えた一礼を挟み、音もなく客間から姿を消す。
あぁ、もう。これだから叔母上に関わるのは嫌なのじゃ!
妾とて長命種に名を連ねる存在として既に長い時を生きてきたというのに、それを遥かに凌駕する叔母上の前ではどの様に行動しようとも子供の様に扱われてしまう。
妾が本気で抵抗すれば叔母上も手を引くじゃろうが、その抵抗すらも叔母上の日記には微笑ましい子供の反抗期と記録されてしまう。
「はぁ。特に妾の立場を脅かす様な事は決して行わないところなど、本当にタチが悪い。叔母上に我が国が敵視される事などあってはならぬが、それにしても妾個人に集中しすぎではないか!? あぁ、もう! 本当にもう!」
そうして行く宛の無い感情を口にしつつ、湧き上がる羞恥心をどうにかこうにか抑えようとしていた時に、ふと思ってしまった。
もしかするとこうして妾が年甲斐もなくはしゃいでいるところまで叔母上の想定通り、今の妾の姿も何処かに記録されているのではないか?
「ま、まぁ。久方ぶりの再会なのじゃ。たまには叔母上の相手をしてやらん事もないかの…」
そんなしどろもどろな独り言を呟いてしまった時点で、妾の負けは確定したのであった。
◇◆◇
フレンダ
お姉様が叔母様の元に無事に辿り着いたと報告を受けた頃、私はジェラルド商会の取締役剣スカーレット帝国使節として、ジェイサットの復興支援策の会議に参加していた。
「悪魔の被害により社会そのものが廃れている現状では、一時的に司法や立法及び行政を代行する機関が必要です。ただ、隣国のフレイダールやガランバルギアより復興支援を名目に侵略行為を行っているとの指摘もあります」
「まさかそれを名目に火種を大きくしようという動きがあるのですか?」
「いいえ。元より我が国スカーレット帝国を含め、フレイダール、ガランバルギア、ジェイサットは互いに鎬を削る相手でしたし、ジェイサットの崩壊を見過ごしていた以上、ジェイサットの独立を名目に大きな動きを起こす様な真似はしないと予測しています。大方、ジェイサットを解体するのであれば分前を寄越せといったところでしょうが、フレイダールは西方教会と、ガランバルギアは火の国と交易を始めたと見る声がある事は見過ごせません」
「ラングレシア王国とスカーレット帝国の同盟が周辺国にプレッシャーを与えていると……。となるとやはり、此度の火の国への使節団には何としても火の国との関係構築に尽力してもらわねばなりませんね」
「アンからアスカを含め勇者数名が使節団に加わる事は聞いていますが、会談の代表は誰が?」
「………お母様です」
「……………正気ですか?」
「表向きには私の直属の文官である外務大臣が代表という事になっていますが、お忍びで王妃である私の母も使節団に同行する事となっています」
「ソフィア・ラングレシアがただの王妃であれば外交上の選択として考えられなくもありませんが、それが一国を容易く傾ける神々に類するものとなれば話は変わってきます。貴国は未だ大きな揺らぎの中にあるこの大陸を戦火で染めるつもりですか?」
「………我が国の外務部の代表として責任不足である事は重々承知していますが、この話は火の国の代表と我が国の女神ソフィア・ラングレシアに加え、紅血アガスティア・クリムゾン様の合意の元にあると聞き及んでおります」
「……そうですか。この緊急の会談はそのためのものだったのですね」
「はい。我々の預かり知らぬところで神々によって国家の行末が左右される。これは本来あってはならない事だと考えています。ともすれば神々への叛逆と取られかねない内容ではありますが、今後の両国のため動かねばなりません」
歯痒さと硬い意志を混ぜた複雑な表情でセレスティーナはそう語る。
確かにこれは一国の長として見過ごして良い状況ではない事は確かだ。
「しかし私達は神々についてあまりにも知らなすぎる。策を弄するにしても、まずは相手を知らねばどうにもなりません」
「……フレンダ様には何か糸口が見えていらっしゃるのですか?」
「セレスティーナが私にこうして話を持ちかけているという事は、貴国の女神ソフィアは当てには出来ないのでしょう? であれば当然。
選択肢は限られます」
「それはつまり……」
「ええ。つい先程お姉様が叔母様との最初の面会を済ませた報告があったばかりですが、我々もそれに続きましょう。力では敵わない以上、速さで遅れをとるわけにはいきません」
◇◆◇
マイ様の気配を追えなくなってから、既に一ヶ月が過ぎようとしていた。
3柱の神々を相手に勝負を挑み少しずつフーマ様の元へ近づいている実感はあった。
しかし……。
「トウカ。いくらドライアドの私と世界樹の力を持つトウカでも、これ以上は現実的じゃない」
「では、このままマイ様まで行方不明になっても良いと!?」
「そうは言ってない。一度トウカは休む必要がある」
「しかしそれではマイ様の足取りが……」
「トウカも分かっているはず。マイが消えたのは私達の目の前で光に飲まれてだった。あんな攫い方が出来るのは、神々しかいない」
「ですからその行方を調べて……」
「でも、何も掴めずに時間だけを無駄にしている」
「…………そう。ですね」
アルシャとの決戦以降、行方不明となったフーマ様を探すために、マイ様はすぐに行動に移し、険しいながらも着実に情報を集め、フーマ様の足取りを掴むために邁進していた。
アルシャはランバルディア大陸において知らない者はいないぐらい派手に動いていたため、その力によってフーマ様が失踪したのであれば、アルシャに対抗するために研究を進めていた神々がいるはずだという推測のもと、神々に挑み、時には恩恵を、時には敵対して日々を過ごしていた。
それがマイ様が失踪してからというものの、何の成果も変化も上げられないまま時間だけが過ぎてしまっている。
「こういう時は一度休んで、人脈を当たるしかない」
「確かにフレンダ様であれば何か情報を得ているかもしれませんし、一度情報の共有に移るべきですね。ありがとうございます」
「いいや。マイの様に一人で多くをこなせる人間を見ていると、自分で動かなければと思ってしまうのも仕方がない。ただ、一人で動くマイは正しくとも万能ではない。マイとは違った方法で結果を求めること未来の可能性を広げてくれる」
「………時々ふと思うのですが、フレイヤさんはかつて大きな組織の上層部に所属していたのですか?」
「…昔の話」
「そうですか……」
あまり話したくはない事を掘り下げても仕方がないし、狭窄していた視野もフレイヤさんのおかげで少しだけ平静に近付ける事が出来た。
一先ずはラングレシア王国に戻り、フレンダ様に手紙の一枚でも書くところから始めよう。
そう考えた私はフレイヤさんと共に人気のない深い森から、光溢れる賑やかな王都を目指して旅路を進むのであった。




