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chapter1 行方不知

 


 明日香



 ラングレシア王国とスカーレット帝国の最精鋭がアルシャを討伐してから、およそ半年。

 数々の祝勝会と戦場に引っ張りだこのウチら勇者は、ラングレシア王国で王族の次ぐらいに有名になっていた。



「いやぁ。いくらアルシャが管理していた悪魔が野に放たれてあちこちで一斉に悪さする様になって、それを私達で潰そうって事になったとは言え、私ら忙しすぎじゃない?」

「それじゃあさっちんは人族相手に戦いたい?」

「いやいや。それは無いけど、でもさぁ」

「なるほどなるほど。じゃあ、天満っちのとこに転属願い出しとくね。確か今は悪魔の熱に当てられて革命を起こそうとしていたどこぞのお貴族様との会談が…」

「いやぁ! もうドロドロの政権争いは嫌なのぉ!! あんなの続けてたら胃に穴が開くどころか、もう一個胃が新しく出来ちゃうからぁ!!」



 草場桜子ことさっちんがそんな訳の分からないセリフと共にウチに泣きついて来る。



「まぁまぁ。私達は勇者の中でも戦闘に重きを置いているパーティーなんだし、政治的な魅力はかなり少ないんだから、そう心配しなくても大丈夫でしょ?」

「良かったねさっちん。まゆちゃんせんせーがこう言ってくれなかったら、さっちんは明日にでも王都でドレスアップしていたと思うよ」

「い、嫌だなぁ。アハハ。ワタシ、マモノ、カル、トクイ」



 そう言いながら剣を掲げたさっちんを見て、ウチらが魔物を討伐するまでその被害で困っていた村人達が一斉に歓声をあげた。



「まさかこんな小さな村にまで、勇者様が来てくださるとは思いませんでした!」

「ありがとう。貴女方のおかげで、私達はこれから先も生きていくことができる」

「流石はラングレシア王国最強の勇者様だ!」



 そう。

 私達はラングレシア王国で最強の勇者。

 私達よりも功績を上げ、私達よりも先を走っていたあの2人の勇者は……もういない。



 ◇◆◇



 アン



 記録を見返す。

 ローズ様が、マイ様が、フレンダ様がアルシャを討伐した記録を見返す。



「やっぱり。何もおかしなところはないか…」



 あの日。

 アルシャが討伐されたあの日。


 私達はローズ様達が傷だらけになってどうにかアルシャを倒した後、あの場にいるはずのフーマ様を何日も探し続けた。


 フレンダ様の話ではアルシャに捕えられていたという話だったが、既にアルシャは討伐されてその死はラングレシア王国の女王である一柱の女神によって認定されている。

 実際に戦っていたローズ様やクロードさんにも話を聞いたが、アルシャの死は間違いないものであり、既にアルシャという脅威はこの世界から滅却されたらしい。


 だが、それでも私達のご主人様はどこにもいない。



「あぁ! 会長!! やっぱりここでしたか!! ちょっと大変なんです! また例の神殺しが出たそうで!!」

「う〜ん。やっぱり会長は、フレンダ様の方が良いんじゃないかなぁ。ほら、私は小さいし、強くもないし」

「なに言ってるんですか会長! フレンダ様も会長が会長であることを認められています! それに、この商会を再興させたのも会長じゃないですか!」

「そうは言うけどねルピーちゃん。本来なら、前商会長の御息女である貴女がこのジェラルド商会を引き継ぐべきじゃないかな?」

「いいえ! 私よりもアン様の方が会長に向いています! これはそう、商会の利益を最大化するための戦略的戦法なのです!」

「そっかぁ。戦略的戦法かぁ」



 彼女、ルピー・ジェラルドはアルシャとは別口のとある悪魔によって乗っ取られていた商会の、唯一の血統的後継者である。

 つい数ヶ月前までは一族全て皆殺しにされ絶望に打ちひしがれていたが、その後どうにか持ち直して今は私の補佐でありながらも、その商才をジェラルド商会のために役立ててくれている。



「それで、報告は何だっけ」

「ですから、神殺しです! 例の神殺しがまた現れました!」

「あぁ、そうだったね」



 神殺し。

 それは近頃この大陸を騒がせる、とある犯罪者の通称だ。

 その犯罪者はこの大陸でひっそりと暮らしている世間ではあまり知られていない神々から、多くの人々に祀られている有名な大神に至るまで、あらゆる神々を襲撃しているらしい。


 その目的も動機も不明で、誰もその犯罪者の顔も性別も知らないらしい。



「とはいえ、その神殺しさんの被害に遭うのは神様だけなんでしょう? 別に私達一般人には関係ないんじゃないかなぁ」

「またそんな事言って!! 街の人も、そんな恐ろしい存在が暴れ回っているというだけで昼も眠れないと言っていました!」

「夜には寝れていそうなセリフだね」

「あれ? そうです…ね」

「とにかく。何か事件がある度に何でもかんでも神殺しさんのせいにしようとする風潮は良くないと思うよ」

「でも、今回は今までとは違うんです! ラングレシア王国の東にあるザンベイ岬をご存知ですよね?」

「ああ。あの一年中霧が出ていることで有名な…」

「そう! そのザンベイ岬です! そのザンベイ岬が何と……」



 そうしてルピーちゃんが話を勿体ぶって一生懸命息を止めていたその時だった。



「アン! ザンベイ岬が消滅しました! ラングレシア王宮から調査の協力依頼が来ています!」

「……来てるんです」

「? どうしましたか?」



 ガックリと肩を落とすルピーちゃんを見てフレンダさんが私にそう尋ねるが、今はそっとしておいてあげてほしい。

 ルピーちゃん…今日のお昼は私が奢ってあげるね。



 ◇◆◇



 ザンベイ岬消滅が判明したのは今からおよそ7時間前。

 ルピーちゃんが私に知らせに来た5時間前の事らしい。



「原因不明。それが我々の出した結論です」

「オホホホ。つまり、何にも分からないという事ですわ」

「既に周辺住民の避難は完了していますが、油断は出来ません」

「オホホホ。とは言っても、歳で完全にボケていたど田舎暮らしのおじ様を1人移送しただけですの」

「ジェラルド商会の皆様には、この事件の解決までの物資の支援などをお願いします」

「オホホホ。自分の領分を弁えることですわ!!」

「やかましいわ!!」

「オホホホ。遅い。遅すぎますわ!!」



 エルセーヌさんは現在、スカーレット帝国からラングレシア王国の騎士団に特使として派遣され、ラングレシア王国の主に諜報活動に従事しているらしい。

 エルセーヌさん曰く専門は暗殺や工作なのだが、それを仕事にし続けていては泰平の世では食いっぱぐれるだろうからと、これまでとは違う場所で自分の居場所を作りたいそうだ。



「これこれ。あまりオズとイズを困らせるでない」

「オホホ。ローズちゃんがそう言うならそうしますわ」

「はぁ。エリスがご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」

「なに。今のエリスは妾と同じ立場じゃし、多少のことは気にせんよ」

「オホホホ。流石はローズちゃんですわ」

「……少しエリスを甘やかしすぎでは?」

「元は貴殿の部下だろうが。情操教育からやり直せ」



 ちなみに、先程からエルセーヌさんに鋭いツッコミを入れたり、フレンダ様を物凄い剣幕で睨みつけている茶髪の女性の名前はイズさんである。

 何でも以前からラングレシア王国の諜報員として活動しており、ジェイサット潜入作戦でフーマ様とも共に行動した事があるらしいが、彼女についての情報はあまり多くはない。


 普段は同じ役職のオズさんと二人一組で行動することが多いらしく、エルセーヌさんの無茶振りにいつも手を焼いていると、ローズ様が手紙で語っていた。



「しかし、こうして妾達が顔を合わせるのは久しぶりじゃな。今日はシルビアはおらぬのか?」

「うん。今日のシルちゃんはスカーレット帝国に出稽古に行っています」

「久方ぶりにシルビアの顔も見たかったのじゃが、今回は火急の招集じゃし仕方ないか」

「そうですね。シルちゃんには、ローズ様が残念そうにしていたと伝えておきます。それで、今回の件ですが…」

「ようやくか…とはいえ、見た通りだ。ここから先、ザンベイ岬があった場所が丸ごと消えている」



 そう言ってイズさんが目を向けた先は、綺麗に切り立った崖になっていた。

 その崖は天然ではまずあり得ないほどに鋭角で削られており、その異変がかなりの距離まで続いている。



「霧が濃くて崖の下は見えませんが、どうやら海水が流れ込んでいる様ですね」

「オホホ。その辺りは調査済みですわ。お母様の言う様にこの崖の下は海水が侵入していますの。そして海底もこの崖と同様に真っ平に削られていましたわ」

「となると魔物の類では無さそうですね…」

「やっぱり神殺しの仕業ですよ! きっと神殺しがここで神の一柱と戦ったんです! こんなの普通の方法じゃ不可能です!」

「確かにルピーちゃんの言う様に普通の魔法やスキルでこの規模で地形を変える事は出来なさそうだけれど、神殺しさんの仕業では無いと思うよ」

「それはどうして…」

「ううん…何と言うか、神殺しさんが暴れたらもっと不規則な破壊になるだろうからね。ここまで綺麗な形にはならないと思う…」

「それはどういう……」

「まぁ、何かしら超常の存在が関わっている確率は高そうだし、早速拠点を築いて調査を開始しましょう。ルピーちゃんはここの周辺の詳細地図を用意してくれる?」

「わ、分かりました!!」



 そう言って荷台へと走って行くルピーちゃんを私は見送り、短くため息をついてローズ様に先ほどは聞けなかった質問を投げかける。



「実際のところ今回の件に、神殺し…マイ様が関わっている可能性はどのぐらいあるんですか?」

「アンの言う様に、マイはこれには関わっておらぬよ。これまでのマイが暴れた痕跡には濃密な魔力が染み付いておったが、この辺りには何の魔力の残滓も感じられぬ。それ故に、妾たちも事態を知るのに時間がかかったぐらいじゃしの」

「そうですか……」

「オホホ。アン様はこの異変がマイ様によるものであって欲しいと望んでいましたの?」

「まぁ、そうですね。マイ様がフーマ様を探しに旅に出て一度も連絡がありませんし、やっぱり心配ではありますから…」

「オホホホ。そんなアン様に朗報がありますの」

「朗報?」

「オホホ。実は半年前から一切反応の無かったこの契約紋に、今から7時間前に反応があったのですわ」

「それって…」

「オホホホ。確かにマイ様がこの件に関わっている可能性は低いですが、私達のご主人様。タカネフウマ様がこの件に関わっている可能性は十分にありますの」



 ◇◆◇



 明日香



 私達のパーティーの主な仕事は、各地で魔物の被害に遭っている人々の救助と、その原因の排除である。

 冒険者ギルドでは少額の報酬しか用意出来ないために後回しになっている案件を処理するのが私達の役割だ。



「今回も高音くん達の情報は無かったね」

「いつものこととは言え、こうも空振りばかりだとヤキモキするなぁ」

「まゆちゃん先生は、例の噂どう思う?」

「ああ、神殺しが勇者の一人だって話?」

「そうそう。それそれ」

「うーん。高音くんか土御門さんだったら嬉しいけど、それと同じぐらい心配でもあるかなぁ」

「おお。今のなんか先生っぽい」

「いやいや。一応私、教育実習生ではあったけど、先生ではあるからね?」

「またまたぁ」



 まゆちゃん先生がさっちんに揶揄われて何やらはしゃいでいる。



「へぇ。知ってはいたけれど、教育実習生の子も風舞達と一緒にここに来てたんだね」

「うん。私達がこの世界に来た時からずっと………っ!?」



 確かに今は戦闘の為に意識を研いでいなかったし、さっちん達の話を聞いて想いを魔力に変えるギフトが動き出そうとしているのをどうにか抑えようと、周囲に注意は払っていなかった。

 けれど、いくらなんでも。



「おっと。危ない危ない」



 そう言って振り向きざまに剣を振った私から距離を取ったのは、どこか聞き覚えのある女性の声をしていた。



「貴女は誰!?」

「ん? あぁ、そうだったそうだった。まずは認識阻害を解かないとか」

「動かないで! 少しでも動けば吹き飛ばす!!」

「え? あらら。あっちでは何かとハンドジェスチャーが便利だったけど、確かにこっちじゃそんな暇ないか」



 その女性は両手を挙げたまま、余裕のある口調でそう話す。

 認識阻害がどうとか言っていたが、まるで雑踏をぼんやりと眺めている様に彼女という個人を捉える事ができない。



「あーちゃん! その……なんだ? 何それ!!」

「分かんない! でも、多分強い!!」



 私の魔力がぶち上がった事を察したさっちん達が私を中心に陣形を組み加勢に加わってくれる。



「おお、良いね。これで1年ぐらいだっけ? 練度評価はAプラスってところかな」

「答えて。貴女は誰?」

「ええっと。それを答える為に少し動いても良いかな? 認識阻害を解きたい」

「…………分かった」

「よし。じゃあ、はい。これでどうかな?」



 そう言って無造作に両手を叩いた女性の輪郭が次第に顕になる。

 その女性は黒髪で、白いシャツに濃紺のジーンズを履いていた。


 ん? ジーンズ?



「あれ? ちゃんと解けてるよね? もしかして私のこと覚えてない?」

「え? え? どういうこと? 日本人? は? あーちゃんの知り合い?」



 私の横で剣を構えていたさっちんが私と彼女の顔を交互に見て、疑問を口にする。

 いや…でも、そんなまさか。



「……舞姫(まき)さん?」

「おういぇす! そうです! 私は高音舞姫。みんなご存知高音風舞のお母さんだぜ! どうぞよろしくぅ!!」



 そう言ってバチコーンとピースする女性は、私の記憶の中の彼女と寸分違わない容姿で私達の前に現れたのであった。

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