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123話 決着 / chapter0 プロローグ

 

 舞




 闇の中は闇だった。

 てっきり中には禍々しい城でも広がっていると思ったのだが、ここには何もない。



「フレンダさん、私を結界から出してちょうだい。私のギフトでこの世界の領域に干渉してみるわ」

「危険です。マイが干渉できるということは、アルシャにも同じ事が可能と考えるべきです」

「それなら尚更急がないと風舞くんやローズちゃんが危ないわ」

「……分かりました」



 リスク計算を終えたフレンダさんに結界から出してもらい、闇の中に足を踏み込む。

 どうやら自由落下こそしないが地面すらも無いらしく、奇妙な浮遊感が身体を包んだ。



「それじゃあ、少し深く潜るから護衛をお願いするわ」

「はい。マイには指一本触れさせません」

「ええ。お願いするわ」



 さて、それじゃあ綱引きを始めましょうか。



 ◇◆◇



 フレンダ



 マイが集中を始めた直後、それは形を持たずに現れた。



「これは、魂への直接干渉!?」



 以前の私であればその干渉に気づくことすら出来なかっただろう。

 しかし、ここにきてフーマの魂に長居していたことが役立つ日が来るとは思いもしなかった。


 魔力もなく質量もないが、禍々しく歪な何かが舞に迫る。



「させません!」



 マイがアルシャの領域に干渉している以上、マイを覆う様に結界を張っては、マイの目論見を邪魔してしまう。

 であれば、アルシャからの干渉を余す事なく、叩き潰す他に方法はない。



「くっ……。流石に神が相手では、出力が足りませんか……。ですが、私とて漫然と日々を少していたわけではありません!」



 魂とは、魔力を生み出し精神を動かす動力炉だ。

 この動力炉は本来そこから産み出される魔力で守られているが、私自身の動力炉を対象の動力炉に繋げることで、内部からの相互干渉が可能になる。


 当然、それだけではただの押し相撲になり、強大な力を持つ神格を相手には押し負けてしまうが、魂という動力炉をクロックアップさせ、自らの肉体をも壊しながらも超出力を得る術を持つ少年を知っている。



「出来ればもう少し効率化を済ませてから使いたかったのですが、今こそ我が勤めを果たします!! (たぎ)れ! エンハンスコア!」



 意識を向けるまでもなく身体が軋む音が聞こえるが、フーマはこれを平気な顔で受け入れ、その上で自在に扱っていた。

 そして誰よりもその姿を近くで見てきた私であれば、この暴走とも呼べる状態を操り昇華させることも出来るはずである。



「今ここで、私は只者から抜けてみせます!!」



 ◇◆◇



 風舞



 およそ肉体と呼べるものを感じられない。

 今まで何度も身体を壊し、作り替え、人から吸血鬼に近い存在になったが、今はその肉体の温もりを何も感じない。


 ただそこにあるというだけ。

 それだけなのに、精神が磨耗していく。


 これまでも自らの精神世界で様々な経験をしてきたが、あれは肉体があって初めて成り立つ状態なのだと思い知らされた。



 ここには何もない。



 いいや。正確には周りの一切合切の情報を得られない。

 周囲に何があるのかではなく、そもそも存在と非在を区別できない。



 少しずつ。

 それでも確かに自分という存在が消えていくことが分かる。


 溶けて消える様に、暴かれ晒される様に、折られ崩される様に、あらゆる形で自我が犯されていく。



 既に時間と呼べる感覚は消えていた。



『…今、助けに行くわ!!』



 声が聞こえた気がした。

 しかし、それは都合の良い妄想だとすぐに思い知らされた。



 その証拠に、また剥き出しの魂が穢され、毟り取られ、粉々にされていく。

 これならば、一思いに殺された方がマシだ。



 頼む。早く殺してくれ。



 ◇◆◇



 舞



 結局やった事はしらみ潰しだった。


 アルシャという存在によって定義された闇を、私という存在で定義する闇で一つ一つ塗りつぶしていく。

 流石は神を称するだけのことはあってその一粒一粒に込められた情報量が莫大すぎて、それを知覚した脳内でプチプチと何かが千切れる音が聞こえるが、この程度の損傷は想定外と言うほどではない。


 ただ、一つ想定外の事態があったとすれば、上書きしていたアルシャの闇の中に、風舞くんの情報があったことだ。



「これは…牢獄? と言うより、解体場かしら。拷問部屋というには破壊的すぎる」



 私はそこで作業を止め、今の今まで私を守ってくれていたフレンダさんに合図を出した。

 それと同時にフレンダさんが私と彼女自身を同時に結界に包み、私に顛末を尋ねる。



「アルシャの居場所が分かりましたか?」

「………」

「…マイ?」

「風舞くんが、アルシャに捕えられているわ」

「救出は難しいのですか?」

「ええ。この状態では何をどうしようとも、私達が風舞くんにたどり着くよりも先に、アルシャが風舞くんの喉を掻き切る方が速いわ」

「その情報に間違いはないのですか?」

「アルシャが見せた誤情報だと仮定する事も出来るわ。けれども、あれが嘘だと断定する事もできない」



 仮に読み取った情報が真実だった場合、風舞くんは肉体どころかその精神までも激しく損耗している。

 あらゆる手を尽くして肉体を再生出来たとして、それでも風舞くんがこれまで通りの生活を送れる可能性は、ほぼゼロに等しいだろう。


 魂を一時的に損傷しただけでほとんどの魔法の使用に制限がかかったのだ。

 それが魂の輪郭を失うほどに壊されたとなると、もはやどうやって命を保っているのかすら想像もつかない。


 そのあまりにも酷すぎる惨状故にブラフだと考える事もできるが、それでもアレだけはあってはいけない。



「……分かりました」

「……何を、するつもりかしら?」

「ここからは私一人でも対応可能です。予定通り、アルシャを討伐します」

「盾にされている風舞くんをどうするつもりかしら?」

「マイが見た情報が真実だと断定出来ない以上、方針は変わりません」

「そう。そうね。確かにテロリストの要求を飲む政治家はいないもの、それが正しい選択よ」

「はい。ですから、この刀を納めてください」



 フレンダさんが私が突き付ける星穿に視線を落とし、低い声でそう言う。

 確かにフレンダさんの意見は間違っていない。


 ここで足を止めても風舞くんが帰って来る訳ではないのだし、迷わずただアルシャを討伐すれば良い。

 風舞くんであれば、あの危機を脱する事もできるはずだ。



「けれど、万が一それで風舞くんの命が晒されるとしたら?」

「仮にアルシャがフーマの命を握っていたとしても、マイに出来ることは変わりません」

「私のギフトであれば、勝敗を覆す事も出来る。私なら、あの絶望からでも風舞くんを救える」

「マイはアルシャの策に乗るほど愚かではないでしょう?」

「ええ。確かに今の私は一ヶ月前のレイザード戦の時よりも強いし、見えるものも多いわ」

「それでもマイはこの刀を下ろさないのですね」

「……ええ。私の全ては風舞くんのためにあるもの」

「そうですか。分かりました」



 それだけ。

 たったそれだけだった。


 フレンダさんは私を説得する事も、罵倒する事もなく、私を結界に残してどこかへ向かった。

 有り体に言えば、私は見限られたのだ。



 そして誰もいなくなった闇の中で、私は虚空に剣を向けたままそこから動けずにいる。



「……分かってる。これは単純な二択よ。いくら思考を深めようと、答えは出ない」



 力はある。

 アルシャを討伐し、風舞くんを救う力が今の私にはある。


 しかし、それ故にアルシャの思考が、戦力が明確に分かってしまう。


 確かに私はアルシャを討伐出来るはずだ。

 ただ、それよりも先にアルシャは風舞くんを殺せる。


 確かに私は風舞くんを救うことが出来るはずだ。

 ただ、それで救われた風舞くんは話すことも考える事も出来ないだろう。



「あの絶望の断片をアルシャが意図して私に流したのか否かはこの際どうでも良い。ただ、あれは間違いなく風舞くんだった。あの風舞くんが、自ら死を望むほどに、彼は追い詰められている」



 ただ全力で風舞くんを救うために動く事は出来る。

 しかし、それは風舞くんを救う自分に酔って、思考を停止しているだけでは無いだろうか?


 いいや。ここで動かねば私は後悔する。

 しかし、この後悔で風舞くんが無事なら、私はあらゆる未来を捨てても良い。



 そうして終わりのない思考の反芻はしかし、そう長くは続かなかった。

 始め、私はそれに気が付かなかった。


 いいや。正確には理解出来なかった。



「ふむ。やはりかなり追い詰められていた様じゃな」



 私の思考が目の前の状況を正しく理解出来たのは、ローズちゃんのそんな声を聞いた瞬間だった。



「オホホホ。ようやくあの気持ち悪い世界を抜け出せましたわ」



 そこは暗い闇の中でも、闇によって創られた城の中でも無かった。



「あれがアルシャか」

「ご無事でしたかエリス様!」



 闇の中に取り込まれていたのだろう、アインさんがエルセーヌに駆け寄っている。

 その側ではラングレシア王国において最強と呼ばれるクロードさんが、油断なく剣を構えていた。



「これは一体……いえ、今はそれよりも」



 そこには先ほど別れたばかりのフレンダさんの姿もあった。



 そして。

 そして、そして、そして。



「アル……しゃ?」



 そこには倒すべき敵がいた。

 金髪で幼い姿をした神の一柱。

 ジェイサットを潰し、世界をその手に収めようとする諸悪の根源。



「チッ……クソッ! クソッ!! このウジ虫どもが!!」



 そう叫ぶアルシャの身体には無数の傷があった。

 彼の身体から湧き出す闇もかなり乱雑で、とても柔然に扱えているようには見えない。



「こんな所で、こんな所で死んでたまるか!!」



 歪にして不規則な闇を纏う最大の敵は、まさしく瀕死の重体だった。



 ◇◆◇



 アン



「やった。フレンダ様がやってくれたんだ!!」



 ただ祈る様に、変わらない戦場を魔道具でジッと見つめていた私は、ジェイサットの旧王城にローズ様やフレンダ様やマイ様達の反応が現れた事に気が付き、思わず声を上げた。

 私と同じ様に戦場を監視していたスカーレット王国の兵士も私と同じ様に安堵の息を漏らしているし、戦況は間違いなく好転している。


 しかし、その吉報と共に現れたあまりにも強大すぎる反応が、すぐさま歓声を消し去った。



「こ、これが神の力……」



 誰かが思わずといった様子でそう呟く。

 その呟きに同調する様に、誰もがアルシャの大きすぎる気配に身を震わせていた。


 しかし、フレンダ様が形も無く漠然とした闇でしか無かったアルシャを暴き、戦場に引き摺り出してくれたのだ。

 この好機を逃すことは出来ない。



「直接戦闘に介入出来なくとも、余計な横槍を防ぎ戦場を保つ事は出来るはずです! 私達の主君が作り出したこのチャンスを、私達の総力で支えます!!」



 足手纏いになる様な事は決して出来ない。

 それでもここで沈黙を守るというのも、私の主の名に恥じる行いだ。


 だからこそ、せめて主人達が目の前の敵に集中できる様に、露払いぐらいは私がやるべきことのはずだ。



「第四から第八班は至急周辺域の再調査を! 羽虫の一匹とて中に入れるな!!」



 スカーレット帝国の代理指揮官によって出されたその令により、静まり返っていた司令部が忙しなく動き始める。

 夢中で声を上げていた私はその中で代理指揮官に頭を下げ、礼を述べた。



「ありがとうございます」

「いいえ。礼には及びません。むしろ大きな戦力を持たぬ貴女だからこそ、呑まれかけていた我々を奮い立たせたのです」

「……それでも、ありがとうございます」

「…。ベルベットに勝利したシルビア様や世界樹の巫がこちらへ向かっています。正確に情報を伝えるには、我々よりも貴女が適任でしょう。異変があれば早急にお伝えしますので、貴女は我らが戦友にご指示を」

「はい!! ありがとうございます!!」



 そうして私は規律に従う騒音で賑わう本部を出て、こちらへ向かう仲間達と合流するために走り出した。


 これなら、これならきっと大丈夫。

 私の大好きなご主人様達なら、きっとどんな敵にも負けはしない!!



 ◇◆◇



 舞



 状況は見れば分かった。

 つい先ほど無限とも言えるほどに拡張されていたアルシャの世界が、闇がその形を失っている。


 アルシャは自らの領域を維持することすら出来ず、ただ力をそのまま溢れさせているだけだった。


 それでもアルシャは確かに脅威的だ。

 その力も魔力も神を名乗るに恥じない猛々しさがあるし、決して油断出来る相手ではない。



「……風舞くんは! 風舞くんはどこ!!」

「見て分からないのか凡夫!! 既にこの僕の闇は、領域を完全に破壊された!! そうだ! たかが吸血鬼紛いの人間一匹の命すら弄べないまでに、完膚なきまで破壊された!! ちくしょう! ちくしょうが!!」



 アルシャが嘘をついている様には見えない。

 であれば、風舞くんは無事であるはずだ。

 彼の気配を全くもって掴めないが、アルシャという闇が崩れたのであれば、先ほどまでの袋小路とは話が違う。



「………マイ」

「ええ。分かっているわ。ここでアルシャは潰す。彼が風舞くんに干渉していないのであれば、ここでアレを殺さない理由はない」

「うむ。ここで幕引きじゃ!!」



 そうして私はローズちゃんやフレンダさん達と肩を並べ、アルシャの討伐に成功した。




◇◆◇










◇◆◇


 風舞



 目を覚ますとそこは知らない部屋だった。

 点滴のチューブが腕に繋がれ、口には呼吸を補助するのだろうマスクが付けられている。


 どうやらどこかの病院らしい。



「…ここは」



 一瞬。その声が自分の声だと分からないほどにしわがれていた。

 身体に力を入れて上体を起こそうとするが、思う様に身体が動かない。



「良かった。目を覚ましたのね」



 誰か、知らない女性の声が聞こえる。

 白く清潔感のある服を着た彼女は、どこか現実感のないファンタジーらしい装いだった。



「もう大丈夫。今はお姉さんに任せて、ゆっくり休んで」



 黒く長い黒髪に赤い瞳を持つ女性はそう言って、柔らかく俺の頭を撫でる。



「……ここ……は?」

「…医療院の一室よ」

「医療院……」



 何となく意味は分かるが、聞き覚えのない単語だ。

 病院とは異なる施設なのだろうか。



「……確か、数学のテスト中で、それで…」



 そうだ。

 確か夏休み前の試験を受けていて、その途中で教室が暗転し、意識を失ったはずだ。



「……そうね。やっぱりこういったことは初めに伝えておくべきよね」



 女性は俺の手を取り、両手で包み込んで少しだけ目を伏せる。



「…癒しをここに。ヒール」



 彼女のそのつぶやきと共に、淡いきらめきが俺の手を包みこみ、それと同時に身体にまとわりついていた倦怠感が少しずつ霧散していく。

 そうしてどうにか上体を起こせるぐらいに体力が回復したところで、彼女は唖然とする俺の手を離してこう切り出した。



「ここはキミがいた世界とは別の理の世界。言うなれば、別世界よ」



 それはこれまでの平凡な高校生活を過ごしていた俺にとって、正しく人生を変える一言だった。

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