119話 失敗
ガランバルギア王国の魔族に会うのはこれが初めてのことである。
ましてやそれがいきなり王族ともなろうとは思いもしていなかった。
「いや。そういえばスカーレット帝国で初めて会ったのはローズだったか」
「ん? なんの話?」
「なんでもない。それより、アンはあんまり緊張してないんだな」
「そうでもないよ。ただ、あまり顔に出てないだけ」
それだけ冷静なセリフが出るならだいぶ冷静だとは思うが、緊張と理性は別の話か。
なんて思っていたら、おさげの勇者のお姉さんが扉を開けた。
そういえば、このお姉さんの名前知らないな。
「これはこれはミトリツバメ殿。ようこそいらっしゃった」
あ、名前聞けたな。
それにしてもミトリツバメか。
となると、あっちに座ってる勇者は兄弟か何かか?
「お久しぶりですクルシュ王子。突然の来訪をお許しください」
「何をおっしゃる。私とミトリ殿の仲ではないか」
クルシュ王子はそう言いながら立ち上がり、ミトリツバメことおさげの勇者と握手を交わす。
王子って聞いてたから若い美青年を想像してたのに、まさかこんなおっさんだったとは。
肌が灰色で耳も尖ってるし、歳をとってるように見える種族なだけか?
なんて思いながらぼんやりしていたら、後ろにいるアンにつつかれた。
どうやら会話の主導権が欲しいらしい。
「はじめましてクルシュ・ガルボ・ガルシア王子、レビ・ガルボ・ガルシア王子。私はタカネフウマ。ラングレシア王国の勇者でございます」
「ラングレシア王国の?」
「はい。現在はラングレシア王国に身を置いております」
「ツバメ。これはどういうことだ?」
「こちらの方がクルシュ王子とレビ王子にお話があるそうです」
「そうではない。何故、どこの馬の骨とも知らぬ者を王子の御前に?」
「ですからそれは…」
「ツバメ」
「よいよい。突然の訪問に驚きはしたがその者も勇者というのであれば、無碍には出来ぬ。それにツバメ殿の紹介ともなれば尚更な」
「申し訳ございません」
そうして頭を下げているのが、三鳥朱雀で間違いないだろう。
二十代半ばの短髪に黒縁メガネか。
出来るビジネスマンってかんじだな。
「それで、タカネフウマと言ったか。何か話があるのではないか?」
「恐れ入ります。それでは失礼して…」
俺はつい先ほどアンに聞いた冒険者ギルドの支部をガランバルギア王国に設立したいという話をかなり迂遠な表現をしながら、火の国とガランバルギアをヨイショしつつ説明した。
細かいところまではまだアンに聞いていなかったが、大まかなあらすじは間違ってはいないはずだ。
「なるほどなるほど。そうであったか。その話であれば、我が国は冒険者ギルドの設立を求めておらぬ。遥々足を運んでもらったところ悪いが、お引き取り願おう」
「………」
「そんな…。クルシュ王子、もうすこし詳しい話だけでも」
「ツバメ。我儘を言うな」
「でも…」
「下がれ」
「……わかったわ」
そうして俺たちとおさげの勇者ツバメさんは部屋を外に出て、そのまま先程の浜辺へと転移した。
まさかあれほどまでにとりつく島がないとはな。
事前の話では火の国の勇者がガランバルギアの王族を軟禁しているという話だったが、あの二人の王子はミトリスザクに対して不快感を抱いている様子はなかったし、俺が思っていたよりも状況は複雑だったらしい。
「ごめんなさい。もう少し力になれると思っていたのですが」
「いえ。王子に会わせてくださっただけでも十分ですよ。それに、火の国の勇者にツバメさんのように親切な方がいることも知れましたしね」
「……私は当然のことをしたまでです。それと、兄を悪くは思わないでください」
「はい。問答無用で叩き出されなかっただけ、充分です。いきなり押しかけた無礼者は俺たちなんですから、ツバメさんが気にすることはありませんよ」
「フーマ様はツバメさんをいきなり転移させるような人なのにね」
「うるさいぞ」
「はーい」
「……ふふ。ありがとうございます」
俺とアンの戯けた姿を見てツバメさんは笑みをこぼす。
ただ、それ以上俺たちとツバメさんの間にこれといった交流はなく、再開を願った後に彼女はどこかへ去って行った。
そうして浜辺には俺とアンとミレイユさんの3人が残る。
「さて、どうしたものかね」
「……きっとツバメさんが少しは気にかけてくれるだろうし、無駄ではなかったと思うよ」
アンがそう言いながら柔らかく笑みを浮かべる。
俺にはそんなアンの顔がなんとなく乾いたものに見えてしまった。
「ごめんな。アンの策を中断させて、こんなとこまで連れて来たのに」
「ううん。どちらにせよ私の作戦は失敗だったし、フーマ様でもダメなら諦めもつくよ」
「……ここでこうしてても仕方ないし、とりあえずシルビアやアスカ達を連れてフレンダさん達と合流するか」
「そうだね。それが良いと思うよ」
そうして俺はアンに話したとおりにシルビア達と合流してフレンダさん達のいる野営地へ向かった。
それからの野営地での時間は舞と一緒にあちこち歩き回ったり、調印式への準備があったりと、あっという間に時間が流れた。
その間もアンとも何度か顔を合わせて一緒に行動することもあったが、俺は彼女の中にあるしこりを取り除くことは出来なかった。
そして、ラングレシア王国とスカーレット帝国の講和条約の調印式当日。
「むぅ。勇者はみんな同じ正装なのはつまらないわね」
「学校では同じ制服を着てただろ?」
「それは昔の話よ。今の私はスーパーフリーダムウーマン舞よ!」
「へぇ。売れないピン芸人みたい」
俺は横に座る舞にそんな雑な返事をしながら、調印式が始まるその時を待っていた。
場所はスカーレット帝国の帝都で、俺たちラングレシア王国の勇者は一箇所にまとめて座席が配置されており、近くには緊張した顔で眼下の記者達に手を振る明日香もいる。
「何か悩み事かしら?」
「いや。二国の条約なのに、帝都でやってラングレシア王国に不満は無いのかと思っただけだ」
「国民からすれば帝国側は言うまでもなく我らが帝都で開催はめでたいって感じらしいし、王国側はあの大魔帝の治める帝都に我らが姫君が迎え入れられるのはすごいことだってなってるみたいよ。人属の寿命からすればローズちゃんは伝説そのものでしょうし、帝都がラングレシア王国との国境沿いにあるというのも一因のようね」
「へぇ。さすがはローズだな」
「ふふ。その顔はアンちゃんのことで悩んでいるわね。エルセーヌのことも心配だけれど、そっちは調査結果と報告の解析待ちって顔をしているわ」
「……」
俺の彼女の察しが良すぎる。
いや、今まで舞に隠し事なんか出来たことないか。
「考えるだけ無駄よ。風舞くんの悩みはアンちゃんが悩んでいることで、アンちゃんの悩みはアンちゃん自身が向き合うべき課題よ」
「でも、俺のことで悩んでるんだぞ?」
「あら、それは風舞くんの勘違いかもしれないわよ?」
「そうなのか?」
「アンちゃんは風舞くんのことで悩んでいるわ」
「どっちだよ」
「どちらにせよ風舞くんに出来ることは何もないのだから、悩むだけ無駄よ」
「いいや。俺がもっとしっかりしてればアンは悩まずに済む……はずだ」
「自信がないのね」
「そうだな」
「ふふ。主従で似たもの同士ね」
「はぁ。どうしたもんかね」
「大いに悩むと良いわ。それだけお互いに大事に思えるというのも、素敵なことよ」
舞がそう言いながら社交モードの表情をつくり、記者達へのサービスを始める。
そんな舞をぼんやりと見送りつつ、俺は豪勢な椅子の背もたれに体重をかけてよく晴れた空を見上げ……
ようとしたら後ろから誰かに小突かれた。
「おい。仮にもフーマも我が国の国賓なのですから、シャッキリなさい」
「仮じゃないです。招待状ももらいました。ほら、フレンダさんの手書き」
「はぁ。なら、なおさらです。私が招くに値する行動をとりなさい」
フレンダさんの登場に、記者の注目が一斉に集まる。
フレンダさんはそれに応えるように手を振り、舞と挨拶を交わす姿を見せてからまた俺の方にやってきた。
「アンのことなら、しばらくは私もよく見ておきます。ですからフーマはこれまで通り、伸び伸びとやりなさい」
「…お願いします」
「ふん。アンも大事な弟子ですから、当然のことをするまでです」
「頼りになります」
俺がそう言ってすれ違うフレンダさんを目で追うと、彼女は微かなバラの香りを残して何も言わずにどこかへと去って行った。
……かっこよ。
◇◆◇
調印式は豪華な演奏や、お姫様や次期皇帝であるアメネアさんの感動するスピーチなど色々と見所はあったが、これといった問題もなく順調に進んだ。
そうして調印式並びに祝賀パーティーも終えた後、日付を跨いだぐらいの時間に俺たち一行は久しぶりに一同に介していた。
とは言えみんなで談笑という空気ではなく、話はアルシャ討伐及びここにはいないエルセーヌの行方に関してでだった。
「なるほど。報告は受けていましたが、エリスが消えたことすら始めは気づかなかったと」
「申し訳ございません」
「お主が謝ることではなかろうよ。のうフーマ?」
「ああ。ツヴァイさんは俺の近くにいたんだし、エルセーヌの行方が分からないのも無理はないです。それに、やっぱり何の痕跡も無かったんですよね?」
「おそらくではありますが、あの場には何の痕跡もありませんでした」
「となるとエリス及びその配下を攫った者はかなりの手練れということになりますが…」
「どちらにせよ、アルシャを潰せばエルセーヌの行方候補を一つ潰せるのだし、早いところ討伐に出ましょう。既に準備は出来ているのよね?」
「はい。可能であれば調印式の前に済ませておきたかったのですが、エリスが行方不明ということもあり慎重にならざるを得ませんでした」
「いいや。フレンダの判断は間違っておらぬ。こうして式典を開いたことでクロード達第一師団もこの場に居合わせておるのじゃからな」
「大魔帝のご期待に添えるかは分かりかねますが、全力で事に当たりましょう」
「よいよい。そう堅苦しいのはいらぬぞ。ほら、妾は今日の式典では一言も話しておらんかったろう? 妾は既に隠居の身じゃ」
「それをおっしゃるのでしたら我が国も国王ではなく代理の私が出席しましたし、お恥ずかしい限りです」
「戦時中に条約を開こうと無理を持ちかけたのは我が国の方じゃ。その程度の催事気にはせんよ。それよりも今はアルシャのことじゃ。フレンダ。策は出来ておるんじゃな?」
「はい。全て滞りなく」
「うむ。ではこの長い騒動に幕を引くとしよう。いざ、行動開始じゃ!」
そうしてスカーレット帝国とラングレシア王国の二国のエリートによる超高速首魁討伐作戦が開始した。
作戦の立案はフレンダさんが担っており、これからの指揮はお姫様とアンの補佐を交えながら行われるらしい。
そして俺はと言うと、舞とローズとクロードさんというどう考えても主力戦力を集めましたみたいな部隊に配属されたいた。
我が部隊の目的はもちろんアルシャの討伐である。
「はぁ。俺もシルビアやトウカさんやツヴァイさん達と同じエルセーヌ救出隊が良かったな」
「ふふ。その場合は風舞くんの仕事はアイダシズネを討伐しつつ、エルセーヌを捜索するものになっていたわね」
「ん? アイダシズネも俺たちが相手するんだろ?」
「ええ。でも、風舞くんという特急戦力が追加されれば、あっちに討伐目標が流れることもあると思うわ」
『そうですね。とは言え、今回の指揮は全て私が担います。フーマはせいぜい足を引っ張らないよう、マイとお姉様を支えなさい』
「はいはい」
『はいは一回でよろしい』
そんな小学校の先生のようなセリフを遠隔地にいるフレンダさんから聞けるのも、つい最近開発された魂空間接続型念話装置が実装されたためである。
なんでもスカーレット帝国の技術者に俺の空間魔法を使った遠隔通話能力をモデルに作らせたら、インカムに似た魔道具が出来たらしい。
未だ一般人には魔力の消費が多いのが難点らしいが、魂同士を繋ぐために事実上どれだけ離れても通話がリアルタイムで出来るというのはかなり便利な代物である。
「ふっふっふ。話はもう良いわね? ようやく全力で戦えそうで、さっきから武者振るいが止まらないのよ」
「うむ。ではフーマよ。ジェイサットの王都へ転移するんじゃ」
「はいはい」
『ですからはいは一回でよろしい』
そうして俺達はスカーレット帝国から東方にあるジェイサット魔王国の王都に転移した。
既に先遣隊により安全なキャンプが設置され始めており、こちらの勝利を実感させてくれる。
「出来れば何もやりたくないなぁ」
「そうもいかないみたいよ。ほら、あそこにいるの、アイダシズネでしょう?」
「まぁ、そうなるわな」
先遣隊が武器を構え臨戦態勢を維持する中、多くの悪魔に囲まれながらアイダシズネは俺を見ていた。
これまでも転移の予兆を察知して出現先に視線を向ける相手は何人かいたが、アイダシズネもその例には漏れてくれないらしい。
「ふふん! 出し惜しみなどしないわ! 【勝敗覇喰】」
舞が勝敗を分かつ領域を展開し、悪魔を薙ぎ倒しながらアイダシズネへ一息で斬り込む。
一方のアイダシズネはただ無言のままに剣を構え、舞の攻撃を腕一本で受け止めた。
「舞の領域を中和してるのか?」
「じゃろうな。さて、妾達はこのまま城へ乗り込むぞ」
「ただでさえ人数が少ないのに、別行動を勝敗をして良いのか?」
『問題ありません。一人一人がアルシャを討伐し得ると見込んでの編成です。疾く進攻を』
「というわけじゃ! 先に行っておるぞ!」
「ええ! ここは任せて先に行ってちょうだい!」
明らかに死亡フラグが立つセリフをあえて口にするぐらいの余裕はあるみたいだし、ここは舞に任せても問題無さそうである。
というより、どちらかいうとここで舞の戦力を失った俺たちの方が心配な気がする。
「はぁ。気が重いなぁ」
俺はそんなぼやきを吐きつつ、ものすごい勢いで城へと駆け上がるローズとクロードさんの後を追うのであった。
◇◆◇
マイ
アイダシズネと鍔迫り合い、一度間合いを図り直して刀を構える。
「時間稼ぎの割には、随分とザルなのね。もう3人も走って行ったわよ?」
「別に問題ない」
「それなら、貴女がここに立つ理由も無いのではないかしら? 捨て駒ということもないでしょう?」
「アルシャ様のそばにいてもやる事が無いだけ」
「ふむ。やはりアルシャは何かの実験中なのね」
剣戟の合間にアイダシズネの眉がピクリと動く。
どうやら私の推測は間違っていないらしい。
「となると気になるのはアルシャの実験内容だけれども、これも察しが付いているわ」
「何を…」
「アルシャの研究内容はそうね…魔物の特性の抽出と配合といったところかしら」
闇を操り異物を融合させる能力をもち、悪魔の軍勢を率いて一国を堕とした神。
悪魔は使い捨て同然の駒であり、様々な薬品や呪術を使って悪魔を強化し、そして人族と従魔契約を行わせ、力の総量を傘増しさせる。
そしてそれはおそらく。
「悪魔と吸血鬼のハーフであるエルセーヌをモデルに神としての特性に魔物の特性をインストールしたいのでしょうけれど、エルセーヌは紅血の作品よ。凡夫にその真奥を覗くことなど出来ないわ」
「その口を閉じろ」
「こうして相対しているのだから、自らの望みは武でもって押し通して欲しいものね」
「…後悔するぞ」
ようやくここからが前哨戦。
さぁ、存分に楽しませてもらうわ!
◇◆◇
舞と別れてから城へと入り、目的地を見つけるのにそう時間はかからなかった。
がらんとした部屋の中に大きな額縁が立っており、本来鏡があるであろう場所に闇が嵌め込まれている。
「明らかに入ってくださいって感じだけど、これはマズくないか?」
「そうかの? 要は神の領域の絶対力から身を守るベールを作れば良いだけのことじゃろう?」
「それはそうだけど、俺は舞以外の領域を喰らったことが無いんだぞ?」
「要領はそう変わらん。先を急ぐのだろう?」
クロードさんがそう言って闇に腕を突っ込み、中へ入って行ってしまった。
残された俺がローズへ視線を向けると、グッと親指を立てて同じように闇の中へ消えていく。
「フレンダさん。応援の言葉をお願いします」
『フーマさま! 頑張って!』
「あぁ、頑張る」
あの性悪吸血鬼、俺がアンの声援に弱いことを分かってて、アンに命じやがった。
しっかりとアンを見ていてくれることには感謝しかないが、なんか思ってたのと違う方向に進んでいる気がする。
「はぁ。そろそろギアを上げるか」
従者の応援に思わず口角を上げた俺はそう言いながら、闇へと身を投げるのであった。




