117話 大波
風舞
火の国の勇者と話をするにあたって俺が選んだ人物は主に二人だ。
まず一人は…
「あ、いたいた」
「ん? ああ! 探しましたよアンさん! それにフーマさんも!」
「すみません。ちょっと出かけてました」
「もう。この街を解放して冒険者達を帰らせちゃうから、私はどうすれば良いのか困りましたよぉ」
「そうなんですか? てっきり勇者達と一緒に行動するものかと」
「そうしようかとも思いましたけど、彼女達もかなり目立ってましたし、アンさんと一緒にいるなら出来る限りひっそりしていた方が良いかなと思いまして」
「あぁ。それでこんな路地裏で蹲ってたんですね」
「おかげでお尻が冷えちゃいましたよ」
ミレイユさんがここに一人でいるということは、シルビアは勇者達と共に街の復興に手を貸しているのだろう。
聞いたところによればこの街の人の勇者達への感情はそこまで酷くはないだろうし、あっちにはあのまま任せておけば問題ないか。
「後はヴィクトリアがどこにいるのか分かれば良いんだけど、どこにいるのか知ってたりしませんか?」
「うーん。キキョウかシャーロットさんなら知ってるかも」
「それじゃあ、まずはその二人を探す……必要はなさそうだな」
どこからか俺の気配を嗅ぎつけた二人が路地裏へと合流する。
大方、アンの護衛に対する報酬が欲しいといったところか。
「おい人間。アンの護衛はもう良いんだよな? なら、報酬を払え」
「何が欲しいんですか?」
「アンが欲しい」
「……随分懐かれたんだな」
「うん。なんか気に入られちゃったみたい」
「出来ればシャーロットさんと二人合わせてお支払いしたいんですけど、シャーロットさんの方は欲しいものとかあるんですか?」
「ああ。ミレンたんに合わせろ」
「それならすぐに叶えられますけど、今すぐでも良いですか?」
「もちろんだとも!」
俺はそう言って鼻息を荒くするシャーロットさんを舞とローズが今も暴れているだろう前線へと転移をさせた。
きっとシャーロットさんも全盛期にほぼ近いローズとともに戦うのは嬉しいことだろう。
多分。
「さて、キキョウのアンが欲しいって願いはどう叶えたもんかね」
「別に、今まで通りアンの側に置いてくれるならそれで良い」
「それじゃあ、キキョウも連れてくか。後は、ビクトリアを観てないか?」
「ん? そいつらなら、街の外で見たぞ。確か、なんとかって研究者と一緒のはずだ」
「あぁ。そういえばそういう奴もいたな。腕落としと合流して何をやってたんだ?」
「詳しくはなんともだけれど、ベルベットを強化しようとしてたみたいだよ」
「なんとなく心配ではあるけど、敵対してないだけマシか」
一度は舞を追い詰めたあのベルベットが以前よりも強くなっているというのは考えものだが、今はアンの指示の下で動いているらしいし、一先ず横槍を刺されることもあるまい。
「よし。それじゃあビクトリアに会いに行こう」
「…うん」
「ん? 何かまずいのか?」
「まずくはないけど、フーマ様をあの女に合わせるのは少し考えものかも」
「そうなのか?」
「んん…まぁ」
どうにもアンの歯切れが悪い。
別にだからといって彼女を問い詰めるつもりはないが、こういう反応が返って来るとどうにも気になってしまう。
そしてそんな足踏みの間に現れた人物が一人。
「久しぶり」
「ん? あ、フレイヤさん」
そういえば先程はアンに用があったためにスルーしていたが、屋敷の中には彼女の気配もあったんだった。
この様子だと、今の今まで寝ていたのだろうか。
「シルビアには会った?」
「いえ。会ってませんけど…元気ですかね」
「気になるなら見て行けばいい」
「……そうですよね」
今はアンの様子が気になるためにシルビアは後回しになっているが、彼女も大事な従者であることに違いはない。
ただ、それに見合うだけの器量が俺にあるかは別の話な訳で…。
「まぁ、シルビアは元気だから放って置いても大丈夫」
「…そうですか」
「………。今回、波を起こしたのはアン。だからアンの側にいるのは正しい」
「波ですか?」
「そう。三国の戦争は大きく見えるけど、放っておいても勝手に収束した。でも、そこにアンが石を投げたから流れが変わった」
「それはアンの動きが情勢を左右しているってことですか?」
「直接的なことだけじゃない。事実、アンとは関係のないところにも流れが変わってるところがある」
「……というと?」
「詳しくは知らない。でも、エルセーヌが姿を消した理由が分からない」
「エルセーヌが?」
そういえば、アンに会うためにこの街に来てから…というか、修行を終えて淫乱女神の結界から出てからエルセーヌに会っていない。
てっきり今は忙しいから姿を見せないだけだと思っていたが、そうじゃないのか?
「……そうだ。ツヴァイさんなら何か知ってるかも」
「って、期待されてるところ申し訳ないんですけど、自分にも分かんないですね。エリス様の近くにいたはずのアインとヒュンフとゼクスも消息不明です」
「マジすか…」
エルセーヌだけでなく彼女の配下であるナンバーの面々も行方不明となると、いよいよ雲行きが怪しくなってくる。
……ツヴァイさんにシャーロットの相手なんかさせている場合じゃなかったか。
「ちなみに、ナンバーの他の面々は無事なんですか?」
「確認は取れてないですけど、ドライとフィーアとズィーは対ジェイサット戦の情報収集が今の任務なので、おそらく無事かと」
「要は、この街にいた面々に何かあったって事ですか」
「そうっすね。流石に何の痕跡も無く消える連中ではないので、間違いなく何かあったと思います。まぁ、私がハブられていなければですけど…」
「…ちなみにツヴァイさんがハブられてる可能性は…?」
「私、結構人当たり良いですよね?」
「…ですね」
となってくると、本格的に状況が悪くなってきたな。
エルセーヌの性格的に噂話をされていて影から見ているなんて事はないだろうし、これは行方不明になったと見て間違い無いだろう。
ただ、エルセーヌの行先には何の推測も立てられない訳で…。
「とりあえず、予定通りビクトリアに会いに行こう」
「確かに、そうするしかないみたいだね。今は少しでも情報が欲しいし…」
「私はこの街を中心に見落としが無いか、もう一度探してみます」
「ええっと、私はフーマさんと一緒に行動で良いんですよね?」
「そうですね。現状エルセーヌ捜索のために出来る事は無いですし、火の国との交渉を少しでも進めます」
「え? 私、火の国の勇者様とこれから会うんですか?」
「順当に行けばですけどね」
「そ、そうですか…」
あれ? いつもある程度の余裕を見せていたミレイユさんが少しばかり緊張している様な気がする。
もしかして、この世界における火の国って俺の想像よりも重い存在だったりするのか?
「……よし。そしたら、さっさと行動に移すとしよう」
そうして俺はアンとミレイユさんを連れて、再度転移するのであった。
◇◆◇
舞
体内時計である程度外の時間は把握していたものの、ラングレシア王国とスカーレット帝国の調印式までは残すところ3日の猶予があるらしい。
「まぁ、この調子だと私達がいなくても戦線が押されることは無いでしょうし、調印式の間ぐらいなら放って置いても問題ないわよね」
「妾としては酔いが覚めてしまうからあまり長引かせたくは無いのじゃが、そうも言ってられなさそうじゃな」
「風舞くんが調印式に参加してくれれば血を補給できそうなものだけれど、どうしたものかしらね」
「少し前から姿は見えぬと思っておったが、またどこかで面倒事を背負ってそうじゃしのう」
「いっそのこと、私達もフーマくんと一緒に動くというのはどうかしら?」
「いや。妾達が必要になればすぐに声をかけてくるじゃろう」
「むぅ。待たせる女は退屈なものね」
「どうせ事が済めば妾達の者になるのじゃから、そう急くこともなかろうよ」
「仕方ないわね。それなら、しばらくは上がりすぎた調子を整えつつ、不測の事態に従前に備えるとしましょう」
「うむ。妾としてはこの大魔帝の姿で人の前に立つのも久方ぶりのことじゃし、ここいらで一つ大魔帝の復活を喧伝するのもよかろう」
そうして私とローズちゃんは血の流れない戦場を縦横無尽に駆け回り、戦闘員非戦闘員双方を一撃で無効化し続ける。
私とローズちゃんのスピードについて来られるものなどそういないが、一部の兵が大魔帝の戦を一眼見ようと彼女の鮮やかな双剣の軌跡を目で追っていた。
中にはローズちゃんを見て涙を流す者も一定数いるあたり、ローズちゃんが思っているよりも多くの人が彼女も復活を望んでいたようである。
「なんだか。私はローズちゃんのおまけみたいで、どうにも派手さにかけるわね」
このまま戦場で戦っていても面白く無いし、私の本来の目的はアルシャを討伐することだったはずだ。
そのアルシャが行方不明となれば、まずはアルシャを見つけて来ないことにはどうにもならない。
「そういえば、アルシャの能力も“闇”にまつわるものだったかしら」
ローズちゃんがレイザードを倒し、アルシャが乱入した時点で私は満身創痍ではあったが、風舞くんが戦う気配は感じていたし、普段私が振り回しているものに近い何かを感じていた。
「ただ、同じ闇とは言えども、どうにも扱い方というか捉え方が違うのよね」
風舞くんの話によると、アルシャは時空が存在する以前の原初の闇を操るという話だったが、ギフトが開花した今となっては、おそらく厳密には原初の闇を操るという表現は異なるように思える。
アルシャは間違いなく闇を操っているのだろうが、正確には闇を自分の使いやすいように切り分けて色付けしていると考えるのが妥当だろう。
「闇は混沌としたままだとどこにでもある普遍的なものでしかないし、あくまでもアルシャの解釈内でしか闇を扱っていないはず。だとすれば…」
私は風舞くんのように高度な計算をしたうえで動いたりはしない。
即行動を起こし、その結果を見て常に最適を選択するのが私のやり方だ。
「何をしたんじゃ?」
ローズちゃんが何か異変を感じたのか、私の方を振り返って声をかけてくる。
「ざっとこの大陸全てを私の領域に指定してみたわ」
「つまり、今の舞はこの大陸全ての勝敗を操る事が出来ると言うわけか?」
「流石にこの規模では強制力を効かせる事が出来ないから何とも言えないけれど、少なくとも私の領域を拒否している存在はいくつか把握したわ」
「ほう。それで、肝心のアルシャは見つかりそうかの?」
「それぞれが各自で小世界を作っているでしょうから正確な座標までは分からないけれど、ジェイサットの王都に一つあるわね。おそらく、そこに行けば何かしらの手がかりは得られるはずよ」
「ふむ。であれば、一先ずフレンダと共有して策を弄するとするかの」
そうして私達の次なる方針が決まったのであった。
◇◆◇
風舞
体感的にはどつかれた感覚だった。
それもよく知るどつかれ方だった。
「舞か…」
「あら。急に現れておいて、別の女の話かしら?」
「……」
俺のギフトは世界と繋がって深いところにある情報を引っ張ってくることも可能なものであるためだろうが、今の大きな波はほぼ直感として感じ取れた。
というより、この規模感だとこの大陸で自分だけの結界に閉じこもっている淫乱女神様とかももろに余波を受けていそうな気がする。
「この大陸の神全員に喧嘩でも売るつもりなのか?」
「話が読めないわね。私に用があったのではなくって?」
「そうだよフーマ様。何かあったの?」
「あぁ、悪い。多分大丈夫だ」
そうだった。
舞の立てた大波があまりにもインパクトがありすぎて忘れていたが、今はビクトリアに話があったんだった。
「火の国の使者との会談に参加してもらいたい」
「どうして私が?」
「一つはお前の持つ話術のため。そしてもう一つは、俺やアンとは違う勢力から火の国に対峙するためだ」
「前者は分かるけれど、後者ははっきりしなわね。別に私はどの勢力にも与していなくってよ」
「腕落としとベルベットの動きは俺には分からないから何とも言えないが、アルシャを中心とするこの騒乱に何か別の切り口を持っているんじゃないのか?」
「それに関しては貴女の従者の方が詳しいでしょう?」
「そうなのか?」
「腕落としの目的はアルシャのすぐそばにいるアイダシズネだと思うよ。ベルベットは自分の力の強化のために、アルシャを素材として欲しているってところかな」
「今はアンの指示で動いてるんだよな? あいつらにどんなメリットがあるんだ?」
「二人ともアルシャと直接戦いたいというよりは美味しいところが欲しいだけだから、火の国が美味しいとこ取りをするのは避けたいんだと思うよ」
「であれば、腕落としとベルベットにも話を聞いておいた方がいいか」
彼らが火の国への交渉カードを持っている可能性は低くは無いだろうし、ここで一度ベルベットや腕落としと足並みを揃えておくに越したことはない。
「話を聞くとは言うけれど、グレイブがどこにいるのか知っているのかしら?」
「ビクトリアは知らないのか?」
「期待されているところ悪いけれど、彼らの足取りを掴むのは相当に難しいわ」
「ええっと、アンタも知らないのか?」
「フェイル・リヒターだよ。ご主人様が捕まえたんでしょ?」
そうだった。
確か悪魔の研究をしていた学者で、ラングレシア王国に捕縛されていたはず。
「で、どうなんだ?」
「居場所は知らんが、連絡なら送れる。とは言え、一方的な信号を送るだけだがな」
「そういう道具があるのか?」
「とある悪魔の能力を流用した魔道具だ。悪魔は能力の多様性が特徴だからな」
「……そうか」
可能であればその研究成果を悪用せずに正規軍にでも使って欲しかったが、それは過ぎた話か。
それよりも今は待っている間に…
「アンから見て、火の国を抑える方法はあると思うか?」
「ううん。火の国の勇者はその戦力はもちろんのこと、一人一人が魔王に対する存在だから、人族の私には正直お手上げかな。冒険者ギルドの力を借りようとも思ってたけど、それも上手くいかなかったし…」
「私はそっちの事情には詳しくないのだけれど、火の国の何が問題なのかしら?」
「問題は特にないよ。ただ、アルシャの討伐に火の国の勇者が絡んできたら、一方的に恩を売ることになりかねない。火の国は多くの味方だから不当な恩は求めて来ないだろうけれど、国家運営は他の目の評価も気にしなくちゃいけないから、出来れば余計な支出は避けたいといったところかな」
「それなら、さっさとアルシャの討伐に動いた方が良いのではなくって?」
「それはそうだけど、あっちはどうにかなりそうだからな」
「へぇ。それは良いことを聞いた」
「……待ったぞ」
「ここに僕が来ただけでもおじさん褒めてもらいたいんだけれど、いったいどうしたんだい?」
完全に背後を取られてゾッとしたものの、兎にも角にも腕落としと合流する事には成功した。
ベルベットの姿は見えないが、あの悪魔とまともに会話出来る気はしないし、とりあえずはグレイブと話を進めるとしよう。
「火の国に関して知っていることを教えてくれ」
「あぁ、そういう事か。それなら問題ないよ」
「……どういう事だ?」
「だから、僕達は火の国と組む事にしたから、君は何も気にする必要はないという事さ」
「何を……ちっ、そういう事か」
こいつが何を言っているのか一切分からなかったが、この感覚には覚えがある。
俺達は今、ベルベットの領域に捕らえられている。
「お前の目的は火の国が介入しても達成させられるのか?」
「少なくとも君の様な嘘つきよりは信用に値するかな」
「グレイブ…」
「まぁ、アンちゃんとはここまで一緒にやって来た仲だし、このまま外には出してあげるよ」
「それで貴方の復讐は達成出来るの?」
「それは本来、君の様な子が知らなくても良い事だよ」
その腕落としの言葉が最後だった。
気づけば俺とアンとミレイユさんは三人揃って街の外れにただ突っ立っていた。
既に他の面々の姿は無く、足取りを掴めそうなものもない。
「腕落としに出来そうな事を考えるに、アルシャのところまでの道案内とかか?」
「うん……。この後はどうするの?」
「火の国の勇者と話す前に出来れば火の国が求めてるものぐらいは知っておきたかったけど、それが出来ないなら火の国の勇者にこのまま会いに行こう」
「会いに行こうたって、フーマ様はどこにいるか知ってるの?」
「ああ。多分今頃、砂浜にでもいるんじゃないか?」
そうしてアンとミレイユさんがはてなマークを浮かべている間に転移して来たのは、以前トウカさんとデートに来た白い砂浜だった。
つい先程まで中々に寒い港町にいたため、南国の気温が少しばかり体に染みる。
「あ、いたいた」
「あぁぁぁぁ! よくも抜け抜けと顔を出せたものですね!」
「ここ、大事な人との思い出の場所なんです」
「それが言い訳になるとでも?」
「なりませんかね?」
「………はぁ。今回は許しましょう」
どうやらこのおさげのお姉さんはそれなりに甘い性格をしているらしい。
俺だったらいきなり転移魔法で海のど真ん中に転移させられたら、しばらくは口はきかなくなるだろうな。
「それで? 見たところ私に用があってここまで来た様ですけれど…」
「ここにいるアンがこっちにいるミレイユさんと一緒にガランバルギア王国に冒険者ギルドを立てようとしてたんですけど、アンが交渉をするはずだったガランバルギア王家に連絡が付かないんです。何かご存知ありませんか?」
「ガランバルギア王国に冒険者ギルドを?」
「ちょっとフーマ様。火の国は冒険者ギルドとあまり良い関係じゃ…」
「そうなんですか?」
「確かに我々火の国の勇者は冒険者ギルドとは異なる思想を持ってはいますが、何も対立しているという訳ではありません。共に和平をもたらす組織として、手を取り合い脅威に対峙することもあるのです」
「へぇ…」
「へぇ。ではありませんよ。いずれ貴方達も火の国に属するのですから、今から知見を深めておいても何の問題もありません」
「俺は火の国に属するつもりはないですよ?」
「今はそうでしょうね。ですが、いずれ分かる時がきます」
そんな日が本当に来るのだろうか?
火の国はそんなに住みやすい国なのか?
「それより、ガランバルギア王国について知りたいんですけど…」
「あぁ、そうでしたね。ですが、これは少しばかり謝罪をしなくてはいけないようです」
「謝罪?」
「ええ。おそらく、そちらの獣人の方の交渉相手となるお方は、我々火の国の勇者が軟禁していると思われます」
「……マジかいな」
火の国はもうちょっと中立的な組織だと思ってたんだけど、違うのか?




