113話 北限の街
舞のギフト【勝敗覇喰】は言ってしまえば、ただのチート能力だった。
最初は舞の周囲の景色が戦場に転じ、それに伴い舞の基礎能力が飛躍的に向上しただけかと思っていたが、舞の猛攻を避け続けてどうにか切り札を切ったら、いつの間にか俺が首に剣先を突きつけられている。
勝敗すらも喰いつくすとはよく言ったもので、物理的にというか、概念的に舞に勝利することは出来なくなってしまったらしい。
「ふふん! まぁ、ざっとこんなものね!」
「なんじゃあ? ふぅまは情けないのぅ…」
どこぞの酔っぱらいはお気楽な事を言っているが、これは相手をしてみないと分からない理不尽さがある。
例えるなら子供相手にオセロをしていたら、理不尽に盤面をひっくり返されるようなものなのだ。
それもその子供は自分が限界を数歩飛び越えなくてはオセロで勝てないような相手で……何を言っているのか分からないと思うが、俺にもよく分からない。
要は…
「俺の彼女が強すぎて辛い」
「ふふふ。自慢して良いわよ?」
今日も舞ちゃんは強くて格好良くて最高に可愛かったとさ。
◇◆◇
明日香
シルっち達と合流してから数日後、ウチらはラングレシア王国の北限にあるエゾイルという港街に来ていた。
冬場という事もあり、かなり厚着をしてここまでやって来たのだが、それでも海際の街という事もあってか、かなり寒い。
というか、多分氷点下を軽く下回るぐらいの気温な気がする。
ただ、そんな環境でガクブルしているのはウチら勇者組だけみたいで、ここまで案内をしてくれたエルセーヌさんやシルっちやフレイヤさんは厚着はしているものの、普段通りに活動していた。
「…シルっちは寒くないん?」
「寒くはありますが、私は寒さに強いタイプの獣人なので」
「あぁ、獣人のみんなはそういうのあんだっけ?」
「はい。基本的に長毛の獣人は寒さに強いとされています」
言われてみればシルっちの耳も尻尾もフサフサだし、この冬にもちょっと温まりたくて何度か尻尾に手を突っ込ませてもらったりした覚えがある。
良いなぁ……私もケモミミがあれば……
「オホホホ。ケモミミがあっても、ご主人様が明日香様を毛繕うことは無いと思いますわ」
「……別にそんなことは考えてないし」
「オホホホ。それは失礼いたしましたわ。それと、目的地に着きましたわよ」
「これが……」
そう言って私が見上げた先にあったのは、この世界では初めて…というか、日本にいた頃も生では見た事がないぐらいに巨大な船だった。
多分、タイタニック号と同じぐらいの大きさだろう。
「でっか」
「オホホホ。既に一般の乗船手続きは終了し、あと数分で出発しますの。私達は飛び入りらしく、このまま甲板に飛び乗りますわよ」
「え? マジで?」
「オホホホ。マジですわ」
エルセーヌさんはそう言うと数階分ほどの高さにある看板へと飛び去って行き、シルっちとフレイヤさんもそれに続いて上へと飛んで行く。
「まさか、乗船口すら使えないほどにスケジュールに余裕がないとはね」
「あれ? 天満くんはこういうの乗ったことあんの?」
「数える程度ではあるけれど、こうしてデッキに直接飛び乗るのは流石に初めてだよ」
「そりゃそうだろうけど、とりまウチらも上行こっか」
そうしてウチらも甲板へ上がる一歩を、というよりも一跳を踏み出した。
ウチらにとっての一歩はお姫ちんの元を離れて動くと決めた瞬間以外には無いだろうし、これまで同様にウチらで話し合った総意は何があろうと覆ったりはしない。
「にしても寒いなぁ」
ウチはそんなことを呟きながら、冬の海に浮かぶ大型船へと飛び乗るのであった。
◇◆◇
アン
「やれやれ。見つかるだろうとは思っていたけれども、まさか勇者様達を連れて来るとはね」
私はそう言いながら手元の書類から目を上げ、不意に訪れたエルセーヌさんと目を合わせた。
彼女とこうして会うのは一か月ぶりほどなのだが、なんとなく久し振りに感じるのは周囲の環境故かもしれない。
「オホホホ。勇者様方に関してはついでですわ。彼ら彼女らもそれぞれで思うところがあるのだと思いますわよ」
「だろうね。まぁ、その思うところを悪い大人に利用させまいとここに連れて来たのはどうかとも思いますけれど…」
「オホホ。近頃の勇者様はそれなりに出来ますわ。各地への派遣や紛争など様々ないざこざを経て、少しばかり顔つきが変わりましたの」
「私が言いたいのはそういう事ではないけれど、まぁ良いか。それで、今日はどうしたんですか?」
白々しい質問ではあるが、私が手に入れた資産の一つであるこの客船にやって来たのはエルセーヌさんの方だし、この船の指揮を預かる身である私にはそれを聞く権利があるはずだ。
「オホホホ。別に大した用事はありませんわ。ただアン様がお元気か、少し顔を見に来ただけですの」
「へぇ。顔をね……」
「オホホ。ラングレシア王国に籍を置くとある冒険者ギルド協会の理事を連れてガランバルギア王国へ多数の冒険者を派遣し、そこで新たにこの大陸では初の魔族領域に拠点を置く冒険者ギルドを開設し、さらに冒険者という名の義勇兵を使ってガランバルギア王国にもジェイサットに圧力をかけてもらう事など、別に興味はありませんの」
「やっぱり知ってたんですね」
「オホホホ。腰が重いガランバルギア王国を、冒険者ギルドという超法規的国際組織の力で動かそうとは、随分と思い切りましたわね」
「まぁ、身内に冒険者ギルドの友人もいますしね」
「オホホホ。そういえば、ミレイユ様はどちらにいらっしゃいますの?」
「確か部屋でディナーを……勇者様達って、今はどうしてますか?」
「オホホ。初めて乗る客船に興奮して各所を回っていますわ」
「つまり……」
「オホホホ。私はアン様が乗船していることをシルビア様には言っていませんが、どこからか情報が漏れる可能性はありますわね」
「ちなみにエルセーヌさんの力を借りられたりは……」
「オホホ。私、今はシルビア様の下で動いていますの」
「ちっ…」
思わず舌打ちが漏れてしまった。
だって、何となくシルちゃんと再開するのは、もう少し先の私がある程度の功績を建てた後の事だと思っていたし、いくらシルちゃんと仲が良いとは言え、あの別れ方では少し気まずいところが無いわけでもない。
「はぁ。考えても仕方ない。シルちゃんに会うとしましょう」
「オホホホ。てっきり結界に篭っているからその気は無いのだと思っていましたの」
「これは暗殺を防ぐためのもので、そのつもりはありませんよ」
「オホホ。ちっとも気付きませんでしたわ」
「ちっ。次は殺す」
「ああ。同感だ」
結界と同様にトップクラスの諜報員に軽くあしらわれた私の護衛2人が物凄い顔でエルセーヌさんを睨んでいるが、いくら何でもこと潜入に関しては相手が悪いし、私の身の安全という意味ではエルセーヌさんに殺気が無かったのだから、侵入を防げなくてもそこまでの問題はない。
だから深く捉えることもないとは思うけど…
「やっぱり、魔力と気配で別々に集中した方が良くないか?」
「いや。それじゃあどっちかが動けないと感知に穴が出来るし…」
まぁ、やる気があるのは良いことだし、放って置いても良さそうかな。
それよりも今は…
「さて、ここは潔く謝るが吉かな」
私はそう言いながら無駄に豪勢なコートを羽織って、部屋を出る。
急いては事を仕損じるとは言うが、急がねば損じる費用もあるのだ。
私は私らしく、ズル賢く頭を下げるとしよう。
とか格好付けてはいたものの…。
「そう。それで、次はどうするの?」
出会い頭に深々と謝罪をした私に返って来たのは、幼馴染のそんな淡白な返事だった。
「あれ? もしかして怒ってる?」
「どうして? アンは怒られる様なことをしたの?」
「ま、まぁ。心当たりはいくつかあるけれど…」
「そう。でも、アンが間違えるところは見たことがないから、別に私は怒らないよ」
幼馴染の信頼に胸が熱くなる瞬間だった。
そして同時に顔から火も出る思いだった。
「………ごめんなさい」
「?」
そうしてシルちゃんの温かい友情に己の汚さを呪うことしばらく。
どうにか平静を取り戻した私は、シルちゃんに今後の大まかな方針を話した。
かくかくしかじか、出来る限り分かりやすく話した。
「うん。何となくは分かったけど、どうしてガランバルギア王国から攻め込むの?」
「あぁ、それはウチも謎だったわ。結局ウチらで攻めるなら、ラングレシア王国からでも良くない?」
シルちゃんと船内での行動を共にしていたアスカ様がそう言う。
彼女達を連れて来たエルセーヌさんは理解していたとは言え、彼女達も共通の認識であるかは別の話か。
「理由はいくつかありますが、一番は情勢故にでしょうか」
「情勢? ウチ、魔族側の政治はあんま知らないんだけど…」
「いえ。話はそう難しくはありませんよ。単に、ガランバルギア王国に今回の戦争に参加するだけの決定的な動機が無いから、その理由を作ろうというだけの話です」
「……どゆこと?」
「そうですね。アスカ様はこの大陸の魔族の中で最大勢力はどこか知っていますか?」
「え? スカーレット帝国っしょ?」
「はい。その通りです。そしてそのスカーレット帝国はつい先日、ラングレシア王国と共にジェイサット魔王国へ宣戦布告をしたと声明を出しました」
「あぁ。つまり、他所の獲物には安易に手を出せないってことか」
「乱暴に言えばそうですね。普通に考えればスカーレット帝国とラングレシア王国を敵にして国土を維持できる国などこの大陸にはありませんし、戦後を視野に入れるならスカーレット帝国と敵対してまで参戦することは得策ではありません。そこに大きな理由が無いのなら尚更」
「アンはそこに理由を作れるの?」
「まぁね。冒険者ギルドは言ってしまえばこの世界の秩序を司っているようなものだから、冒険者ギルドの魔物を討伐し世界に平和をもたらすという意に即した行動をとったと主張すれば、内情はどうであれある程度は融通が効くの」
「へぇ。実際にはもっと複雑な話だと思うけど、なんとなくわかったかも」
そう。アスカ様の言うように実際にはもっと複雑な話だ。
一つの側面から見れば対ジェイサットの戦力が増える事はメリットに見えるだろうが、冒険者ギルドという超法規的組織を介入させる事は同時に、他の組織の介入を防ぐ事にも繋がる。
冒険者ギルドは世界中に名を轟かせると同時に、人魔の味方であり、それ故に汚職を嫌いことごとく潔癖であろうとする。
その性質はどのような国家も主張も主義も、そして役目を終えた勇者であっても揺るがす事は叶わない。
「まぁ、考えすぎでもあるだろうけれど、石橋は自ら作るぐらいでちょうど良いだろうしね」
「アン?」
「ううん。何でも無いよ。それにしても、まさかシルちゃん達と一緒に動けるとは思ってもいなかったよ」
これは本心だ。
私の予想では、私とシルちゃんが再開するのはジェイサット王都での最終局面でだと思っていたし、まさかそこに勇者様も加わるとは予想だにしていない。
「そういえば。アスカ様は、どうしてラングレシア王国を離れて動く決断をされたのですか?」
「あぁ、やっぱ意外? ウチらみたいな箱入りがこうして国を出るとは思わんかった?」
「まぁ、そうですね。やはり意外です」
「やっぱそっか。でもまぁ、別に大したあれじゃ無いよ。ウチらがラングレシア王国にお世話になりっぱなしなのは良くないって決まっただけ。ジェイサットとのいざこざが終わった後、ずっとお姫ちんの世話になり続けるのはどうかって話になって…」
「なるほど。確かに勇者様の様に特殊な位の方が、長く城内にいらっしゃるのも厳しいところはあるかもしれんません」
「だしょ? その点、風舞や舞ちんはそれぞれで収入があるわけじゃん? お金が全てでは無いとは言え、やっぱりあるに越したことは無いしね」
「あはは。まぁ、確かに…」
マイ様はともかくとして、フーマ様はそこまで稼いでいないために、曖昧な返事になってしまった。
まぁ、その分私が頑張れば良いのだけれど、フーマ様は私やシルちゃんの収入はそれぞれの財産だと思っている節があるし、少しばかり主人のお財布事情が心配だったりもする。
「ま、皆それぞれ理由はあるけど、いつまでも歳下の女の子に責任を持ってばかりもいられないって事だね」
「オホホホ。ご主人様にも見習って欲しい懸命さですわね」
エルセーヌさんがどこからか持って来たワインボトルを傾けながら冗談混じり言ったそのセリフに、思わず同意してしまった事は貼り付けた表情の裏に隠しておこう。
だってフーマ様は政治向きではないとは言え、それ以上に格好良くて強いし、多少お金周りに弱くとも、私であればきっと支えていける。
うん。老後までばっちりサポートするから、任せてねフーマ様。




