109話 拍手!
風舞
拝啓フレンダさん。
いかがお過ごしでしょうか。
今日も美しく軽いお胸をどうにか膨らまそうと苦心しているのでしょうか。
「フウマよ。生きておるか?」
「………ムリ。死んでる」
「ふ、ふふふ。私はまだまだ余裕よ」
現在、ラングレシア王国が王都の王宮にて、今日も今日とて俺は死にかけています。
「あらそうなのぉ? ならぁ、えい!」
「カフっ」
俺の横でどうにか立ち上がろうとしていた舞が一瞬で俺の視界から消えていってしまった。
「あの、今日はもう終わりでも良いですか?」
「でもぉ、残り24日でアルシャに勝てるのかしらぁ?」
そう。そうなのだ。
俺達が毎日のように死にかけているのは、レイザードを誑かしジェイサットを混沌に沈めたアルシャという神を倒すためではあるのだが…
「お母様! 流石にこれ以上は見ていられません! 教えるにしても、もう少しやり方はあるでしょう!!」
「えぇ〜。でもぉ、私は天才だしぃ」
「その天才の修行法がコレとは笑わせますね!」
正直、俺もお姫様の意見には同意だ。
いくらなんでも、毎日死にかけるまで……というか、死んでもまだ3秒経ってないからセーフ! みたいな実戦形式の修行はおかしいと思う。
「ローズ。立てるか?」
「うむ。魔力は尽きておるが、どうにか吸血鬼としての…」
「あらぁ、そうなのねぇ?」
「なっ!?」
今度は立ち上がろうとしたローズがかっ飛んで行ってしまった。
もう嫌だ。
この修業。今までで一番頭がおかしいって。
「お母様! お母様には人の心がないのですか!?」
「無いわよぉ?」
「またそういう事を悪びれもせず…。とにかく、今日はこれでお終いです! お母様はもうお部屋に戻って大人しくしていてください!」
「ふふふ。この私に意見しようなんて、セレスちゃんも大きくなったわねぇ」
「そういうのは良いですから、ホラ早く!」
「あらあらあらぁ〜」
そうして俺達を痛ぶるだけ痛ぶった女神様が顔は似ているものの、身体は清楚な娘さんにグイグイと押されて奥へと引っ込んで行く。
「やっと終わったか。ローズ、舞。生きてるか?」
「う、うむ。指の一本も動かんがの」
「私も同じくよ」
遥か後方の二人からそんな声が届くが、同じく指一本動かせそうにない俺は愛する二人が傷ついていようと駆け寄る事も出来ないわけで。
「はぁ……今日もシルビアが号泣する未来が見える」
俺はそんな事を呟きつつ、体力と気力の限界を迎えて意識を手放すのであった。
◇◆◇
フレンダ
「なんとなく、馬鹿にされた気がするのですが」
「オホホホ。その胸では仕方ありませんわ」
「ふんっ!」
「エリス様!!」
目を覚ましたフーマやお姉様達が修行のために帝都を立った数日後、レイザード襲撃の事後処理やラングレシアとの政治的な調整を手伝っていた私は仕事の合間にエリスを蹴り飛ばしていた。
これまでであれば床に転がるエリスに手を差し伸ばす者は特にいなかったのだろうが、影に潜む気のなくなったエリスの配下のナンバーとやらがエリスの顔を心配そうに覗き込んでいる。
「オホホ。心配要りませんわ」
「エリスも偉くなったものですね」
「オホホホ。それを言うなら、彼女には敵いませんわ」
そう言ったエリスが立ち上がり視線を向ける先には、深く暗いクマを作ったアメネアが両手だけでなくその蛇の尾までもを使って政務に追われていた。
「遅いぞフレンダ! どこで油を売っていた!」
「別に遅くはありません。それよりも私は初代皇帝の親族なのですから、一定の敬意というものを…」
「敬意? 適当にとんでもない量の執務と立場を押し付けた元皇帝に敬意だと?」
「オホホホ。随分と気が立っていますわね」
「それが皇帝としての責務の重さです」
「うるさい! 良いから早くこっちに来て手伝え!」
彼女がこうなったのは、フーマ達が目を覚まして数時間後のことだった。
「というわけで、俺と舞とローズは王都に戻って修業なんだけど、フレンダさん達はどうしますか?」
目を覚まし、簡単な食事や着替えなどを済ませて一息ついたフーマが私やシルビアにそう問いかける。
私としてはフーマと共に行動したい反面、お姉様が気兼ねなくラングレシア王国へ迎えるようにこちらに残るつもりではあるのだが、シルビアやトウカに関しては確かに確認しておいた方が良い内容だろう。
「私はフーマ様と共にラングレシア王国へ向かいます。アンの事も気になりますし、ここにいても出来る事はあまりありませんから」
「それじゃあ一緒に戻るか。トウカさんとフレイヤさんはどうしますか?」
「私はこちらに残ります。フーマ様もその方がよろしいでしょう?」
「俺は別にどっちでも良いですけど…」
「それじゃあトウカさんはこっちに残ってもらいましょう。フレンダさんやエルセーヌが無理をする事が心配で修行に集中できないのは避けたいものね」
「すまぬ。苦労をかけるな」
「おいフーマ」
「いや。そこで俺を睨まれても困るんですけど」
「オホホホ。ラングレシア王国と正式に国交を結んだわけですし、ご主人様が次期皇帝になっても良いのですわよ?」
「ダメよ。風舞くんは私の夫として終身雇用が決まっているもの」
「だとさ。その点エルセーヌは現状無職だし、皇帝とかやってみたらどうだ?」
「オホホ。そんな貧乏くじ要りませんわ」
「不敬罪で処罰しますよ?」
「お、オホホホ。そういえば私、そこはかとなく重要な用事があったのを思い出しましたわ」
こういう時ばかり逃げ足が上手くなっているエリスは一度しっかりと躾ける必要はあるが、当のお姉様が柔らかい笑みを浮かべているから今はこれ以上は追求せずとも良いだろう。
ただ、後継者に関してはしっかりと考えなくてはならない事に変わりはない。
これまではお姉様の類稀なる才能と努力によりこの国は保たれてきたものの、お姉様の今後を考えれば二代目皇帝は早く見つかればそれに越した事はないのだ。
ただ、皇帝たる力を持つ者がいるかはまた別の話な訳で…。
「まったく仕方ないわね。皆が余計な事に頭を悩ませているみたいだから、この私が10秒で全て解決してあげるわ」
「マイ?」
「ねぇ、ローズちゃん。一個だけお願いを聞いてくれるかしら?」
「む? 別に構わんが、お願いとは何じゃ?」
「一言だけ何も考えずに許可すると言ってくれれば良いわ」
「う、うむ。そのぐらいなら…」
「それじゃあ風舞くん。頼んだわよ」
「はいはい」
こういう時のフーマとマイの連携はかなり巧妙で私にもフーマの考えを読みきる事は出来ないが、ろくな事にならない未来は目に見えている。
ただ、今回もこの二人の手口はあまりにも無駄がなく鮮やかすぎた。
「ええっと。こんなもんかね」
「? これは一体?」
転移魔法のLvが上がった事で、視界の外にあるものでも転移させる事が出来るようになったフーマの転移魔法によってアメネアが舞の目の前に召喚され、周囲の状況に首を傾げる。
「少し失礼するわね」
そしてそんなアメネアの僅かばかりの隙をマイは見逃さず、アメネアの手に僅かな傷を作って垂れる血を親指に塗り広げた。
「ローズもちょっとごめんな」
「む?」
一方のフーマもお姉様の指をとり小さな傷を作って親指を血で染める。
そしてその親指をたった今取り出した書類に…
「まさか!?」
「これでよし。ローズちゃん。許可すると言ってちょうだい」
「む? 許可する?」
気付いた時に全てが終わっていた。
アメネアとお姉様の血判がついた書類が契約魔法が締結された光を放ち、フーマのアイテムボックスへと消えていく。
「というわけで、次期皇帝の誕生に拍手!」
「は? はぁぁ!?」
「おめでとうアメネアさん。今日から貴女が皇帝よ」
「ど、どういう事じゃ?」
「どういう事も何も、たった今、ローズちゃんはアメネアさんに帝位を譲るという契約を結んだでしょう?」
「妾はその様なこと…まさか!?」
「どうやらそのようです。おいフーマ。お前はやって良い事と悪い事の区別ぐらいはつくと思っていたのですが?」
「………ローズ。嫌ならさっきの契約書は燃やしても良い。ただ、俺はもう何があってもローズと離れたくはない」
「……フーマ」
「おい! ちょっと待て! まさかそんなくだらない恋物語で私を皇帝にまつりあげ……」
「ふふ。少し黙っていなさい」
視界の隅でアメネアがマイに絞め落とされ、その隙にフーマがお姉様との仲を進めて有無を言わさぬ雰囲気を作っていく。
流石にあの程度の契約魔法であればそこまでの強制力はないために、お姉様が望めば皇帝としての位を譲らずとも済みそうではあったのだが、お姉様にその気がなくなってしまえば契約は遵守されるわけで…。
「…これからはただのローズとしてよろしく頼むのじゃ」
結局、なんだか良い雰囲気の中で、お姉様とフーマは硬い抱擁を交わすのであった。
そしてそんなラブストーリーの被害者が一人。
「私はまだ認めていないからな! 正式な手続きを踏んでいない以上、私は皇帝ではない!」
「オホホホ。今日も良い天気ですわね皇帝陛下」
「だから私は!」
「確かにあの強引な流れには私も同情こそしますが、アメネアも一時は皇帝の座を狙っていたのでしょう? 大願が成就したと思えば良いではありませんか」
「確かに皇帝の座という野望はあったが、それは断じてくだらない恋現に左右されて良いものではない! だというのに、あの腐れ勇者どもが!!」
「オホホ。道理と政治を識り、それをくだらないと嗤うマイ様を相手にした時点で、真っ当な大人が勝てるはずはありませんわ」
「あの小娘。次にあったら確実に息の根を止める」
「それは外交問題になるので控えるべきだとは思いますが、神以上の災害が通ったと諦めるべきですね。エリスの言うように、マイを止められるのはフーマぐらいのものでしょうから」
「オホホホ。ドンマイですわ」
「っっっ。はぁ……」
フーマの直属の従者であるエリスの無責任なセリフに怒髪天をつきそうになったが、エリスに言っても仕方ないと思ったのか、アメネアはデスクへと戻り政務を再開する。
「これでアルシャとかいう神に負けるような事があったら、今度こそ私が殺してやる」
そう呟く彼女の顔色はやはり悪く、とても仕事に対して前向きな顔には見えなかったが、それでも以前のような不満を腹に抱えた泥ついた表情ではない事だけは見てとれるのであった。




