104話 少女達
風舞
どうにかローズの機嫌を直して5人揃って風呂へとやってきた後、いち早く脱衣所を抜けて手早く身体を洗った俺は一足先に湯船に浸かっていた。
「あぁ……良い湯だな」
「きちんと身体を洗ったのですか?」
「洗いましたよ」
流石に下着姿の女性に囲まれているのは気恥ずかしくて逃げる様にお湯に浸かっていたのだが、フレンダさんが湯船へと入って俺の側へやって来る。
フレンダさんも俺も互いの身体を隅々まで把握しているためか、彼女の方には裸を見られる事への羞恥心はそこまで無いらしい。
「そういえば起きたらすぐに聞こうと思ってたんですけど、俺が気を失った後はどうなったんですか?」
「あの瞬間を正確に把握する事は出来なかったので事実とは少し異なるかもしれませんが、フーマが倒れるのとあの金髪の小僧が倒れるのはほぼ同時でした」
「金髪の小僧っていうのは、あの神のことですよね?」
「はい。おそらくですが、あれが悪魔を先導しレイザードを唆した黒幕なのでしょう」
「一緒にいた黒髪の女性はどうなったんですか?」
「金髪が気を失うと同時に彼奴を抱えて逃げ出しおった。エリスが後を追ったが、それっきりじゃな」
「それっきりって大丈夫なのか?」
「うむ。結局見失ってしまったらしく、今朝方帝都へ戻って今は寝ておるわい」
「そうか。良かった…」
あの神とつるむ女性となると相当の強者だろうし追跡も一筋縄にはいかないだろうが、兎にも角にもエルセーヌが無事で安心した。
本人としては見失ってしまった事を悔いているかもしれないが、あの神の本拠地はおそらくジェイサット王国の何処かだろうし、捜索自体はそこまで難しくはないだろう。
「となると考えるべきはあの神に一ヶ月でどうやって勝つかだな」
「一ヶ月? どうして一ヶ月なのかしら?」
「叔母様…ローズの叔母さんが一ヶ月もあれば俺達であの神に勝てるだろうって言ってた。て事は、一ヶ月はあの神が動く事はないんじゃないか?」
「つまり、件の神が気を失ったのは、ローズ様の叔母様のおかげという事なのですか?」
「はい。それは間違いないと思います」
俺自身は世界にアクセスして何かを召喚しようとしたタイミングでほとんど出来る事は無くなっていたし、神を戦闘不能にしたのは叔母様の力で間違いないだろう。
「一ヶ月か…あまり猶予はなさそうじゃな」
「ああ。とりあえず俺は色々と確認が終わったらラングレシア王国に戻るつもりだ」
「ラングレシア王国に?」
「叔母様が淫乱女神に俺達に力を貸す様に言い付けてくれたらしい」
「なるほどね。そういう事なら私も一緒に戻るわ」
「……妾は」
「お姉様。こちらは私にお任せください」
「しかし…」
ローズには未だこのスカーレット帝国でやるべき事があるのか、言葉に詰まる。
そんなローズに俺はどう声をかけるべきか悩んでいると、フレンダさんに早くしろとでも言わんばかりに視線を向けられた。
「…ローズ」
「フウマ?」
「……俺達と、俺と一緒に来てくれ。俺はローズと一緒にいたい」
「妾は…」
「ていっ!」
「あだっ!? い、いきなり何をするんじゃ」
後ろから舞にチョップをされたローズが舞の方を振り返りながらそう言うが、舞はそんなローズなどお構いなしに湯船に浸かって足をくむ。
「今の攻撃、私が星穿ちを持っていたらローズちゃんは真っ二つになっていたわ。そして魔王が勇者に負けたらどうなるかは分かるわね?」
「じゃが…」
「それでもローズちゃんが一緒に来てくれないのなら、私はスカーレット帝国を滅ぼすわ。今はあの神には勝てないけれど、私と風舞くんならそのぐらい余裕よ」
「ほう。良い度胸ですね」
「何で俺の方を見るんですか」
「フフ。フーマ様は私がお守りいたします」
俺はスカーレット帝国を滅ぼそうなんて毛程も思っていないぞ。
だからほら、お風呂の中で喧嘩はしないでくださいね。
「この国を滅ぼす話って冗談はさておき、一ヶ月であの神に勝つためにはローズちゃんの力は間違いなく必要よ。国を守るために少しの間修行をするぐらい、みんな許してくれると思うわ」
「………フレンダ」
「お姉様。私もマイの意見に賛成です。それにお姉様は私達がこうしてここに在れるその時を目指して頑張って来たではありませんか。本来であれば帝都の復興の指揮もお姉様がなさる必要はないのですよ?」
「しかし国民は不安に身を震わし、いつまたあの様な災禍が身に降りかかるのかと怯えておる。それであれば妾は…」
「焦ったいわね」
舞はローズ言葉を遮ってそう言うと、立ち上がってローズの元へ向かい、彼女の顔を両手で包んで真っ直ぐに目を覗き込みながら、真剣な表情で口を開いた。
「ローズちゃん。私はローズちゃんが好きよ。魔王として多くを従える姿には敬服するし、その優しさには私も何度も救われたわ。でも、ローズちゃんにはもっと望むものがあったはずよ。私の様に我儘になれとも言わないし、魔王なんてどうでも良いとも言わないわ。けれども、この気持ちに嘘をついていて、苦しくはないのかしら? ローズちゃんが好きになった彼は、ローズちゃんを救うために一度命を落としてまで迎えに来てくれたのよ?」
「………」
「自分の気持ちと向き合う事は怖いし、それを誰かに伝える事がどうしようもなく恐ろしい事も理解できるわ。けれども、ローズちゃんは一人じゃないわ。何があっても私はローズちゃんの1番の親友だもの。困っていなくてもしつこく会いに来るし、良いことがあったら嫌と言うほどにお祝いもするわ。だからほら、一度決めた思いを変える必要なんてないのよ。あの戦いでローズちゃんの魔王としての最後のお仕事は終わり、ここからは私達が前に進むための日々だもの。もっと胸を張って、自信満々に笑えば良いのよ」
「…………うむ」
その頬を涙で濡らしながらもローズは笑顔を浮かべ、その笑顔を見た舞も柔らかく笑みを浮かべてローズを抱きしめる。
そんな二人の姿は俺がこれまで望んでいた未来そのもので、これ以上ないほどに幸福な光景だった。
◇◆◇
明日香
戦うのは嫌いだ。
戦うのは痛くて苦しいし、誰かを傷つけてしまう。
それでもウチに期待して、ウチを頼ってくれる人がここにはたくさんいる。
「お見事ですアスカ様! あの規模の攻撃を目にすれば、いくら勢い付いている連合諸国の奴等でも、恐れ慄いている事でしょう!」
「いいや。相手は悪魔に操られたり脅されたりしてんしょ? ウチがやったのは敵の進行ルートの一つを埋めただけ。いくら山を崩して谷を埋めてもあっちが止まってくれるわけじゃないし、油断は出来なくない?」
「これはこれはご謙遜を。アスカ様であれば、敵を屠るなど容易いでしょう?」
「はぁ。アンタ、名前は?」
「名前ですか? 私は王国貴族の…」
「いや、やっぱ良いや。それより、着替えたいから出てってくんない? あと、乙女の部屋に勝手に入るとかマジでありえないから」
「なっ…!? それは私を…」
「別にアンタがどこの誰だろうとどうでも良い。偉くなりたいなら、ウチに取り入るんじゃなくて戦果を出しな」
そうして私はどこぞのボンボンをテントから追い出し、椅子に座って鎧を外す。
勇者として私がしっかりしていないと全体の士気に関わるためにここでしか気を抜けないのだから、ああいう手合いは本当に勘弁して欲しい。
「はぁ。マジで疲れた」
「お疲れあーちゃん。何かめっちゃ怒った貴族とすれ違ったけど、何かあった?」
「別に。それより、何か良いことでもあったん?」
たった今私のテントにやって来たさっちんの顔は明らかに良いことがありましたと言わんばかりにニヤつきを隠せていないし、何か吉報があったことは間違いないと思う。
「あぁ、そうだったそうだった。良いことと超良いことの二つがあるんだけど、どっちから聞きたい?」
「普通それって良いことと悪い事の2択なんじゃ…」
「細かいことは良いんだって。それじゃ、とりあえず普通の良いことからね。クラスの皆がここに向かって来てくれてるらしいよ!」
「へぇ。やった〜」
「あれ? あんまり嬉しくなさそう?」
「嬉しいは嬉しいけど、別に来てもすることないじゃん」
「今はまだ陣を張ったりとかしてるだけだからそうかもだけど、皆に会えるのはやっぱり嬉しくない?」
「だから嬉しいって。それでもう一個は?」
「あーちゃんは意外とドライだよねぇ」
「ウチ、ちょっと寝たいんだけど」
「あぁ、はいはい。早く話しますよ。ラングレシア王国とスカーレット帝国の講和条約が正式に締結されたって」
「………へぇ」
「ちなみに高音くん達も無事らしいよ」
「………へぇ」
「あれ? そんだけ? せっかく愛しの高音くんが生きてたのに、それだけ?」
「さっちんはウチの愛を受けたいわけ?」
「い、いやぁ……今のあーちゃんの愛はマジで重いっていうか痛いどころか即死しそうだからやめとこっかな」
どうやらウチのギフトは風舞への感情の昂りに応じて魔力が生まれるらしく、常に意識しておかなけば魔力がダダ漏れになってしまうのだ。
いくら風舞が生きていてくれたとは言え、大はしゃぎするわけにはいかない。
「まぁ、良いや。何はともあれ報告お疲れ様。ウチは少し寝るから、さっちんもちゃんと休みなよ」
「はいはい。あーちゃんも作戦おつ」
「うん。ありがと」
そうしてウチは風舞への想いをギフトにもバレない様に秘めつつ、心静かに眠るのであった。
◇◆◇
アン ラングレシア王国内 ジェラルド邸にて
「成果は?」
「重畳といったところだな。あいつら、本当に2日で反対派の全てを黙らせた様だ」
「死人は出てないの?」
「死ぬよりも恐ろしい経験はした様だが、お前の言う通りに死人は出していないみたいだぞ」
「そう。なら、とりあえずはそれで良いかな」
私はシャーロットさんの報告を受けながら、不釣り合いな服を纏いつつ足を動かす。
無駄に豪華な服はなんとなく落ち着かないのだが、それよりもこの金の指輪の重みにどうにも慣れない私がいた。
「とりあえず販路を縮小して、あとは資産の整理。倉庫の中の骨董品は全てオークションにかけて現金の調達。他には…」
「まさか王都を出て10日足らずでこんな事になるとはな…」
「そうですね。流石に私の足だったらここまで早くここには来れなかったと思います」
「そうではなく、どこぞの孤児があのジェラルド商会の頭領になったという話だ」
「運が良かっただけですよ。それと私は頭領ではなく、御息女の許諾が前提の商会長代理です」
ジェラルド商会の力を手に入れるために今日まで動いてはきたが、まさか会長代理になるとは思っていなかったし、想定していたよりもかなり大きな被害が出てしまっている。
フーマ様の従者である私にとっては決して手放しに喜べる結果ではなかった。
「なぁ、アン。次はいつになったらレベルを上げるんだ?」
「どうせそうこうしている内に誰か襲って来るだろうから、その時かな」
「その時じゃあ困るぞ。今の私の契約相手はお前だから、私のためにもどんどんレベルを上げてくれなきゃ困る」
「キキョウはボタンさんが心配じゃないの?」
「どうせあのオバハンの事だから死んではないだろうし、この私が心配したらオバハンが帰って来るとでも言うのか?」
「………はぁ。私はあくまでも仮の契約相手なんだから、あんまりアテにされても困るよ。それに、いくら従魔が契約主のレベルアップと一緒にステータスが上がるとは言え、それも限度があるでしょ?」
「お前は何かを勘違いしているみたいだが、従魔契約によって得られるステータスなど私はどうでも良い。私が欲しいのは、お前が強者たる根源の知識だけだ」
「私は別に強くないよ?」
「そういう意味ではない。馬鹿な奴らは弱い人間から力を奪い取ったり、無理矢理契約して経験値を吸い上げる餌にしているみたいだが、そんな力をいくら付けたところで神やオバハンに勝てる様になる訳がない。私が欲しいのは、アン自身だ」
「キキョウたん! こんな小娘ではなく、私ではダメなのか!?」
「お前は悪くはないが、鬱陶しいから嫌だ」
「アン。夜道には気をつける事だな」
「まさか護衛に命を狙われる日が来るとはね…」
「ウフフフ。護衛以外も貴女の命を狙っているわよ?」
私の首に細い指が触れ、そしてそこで止まる。
この二人がどこでどういう生活をしていたのかはあまり知らないが、どうやら私一人の命を守るだけの力はあるらしい。
「ベルベット。貴女とも話はついているはずだけど?」
「話がついているのはグレイブとでしょう? 私には別に貴女を殺さない理由はないわ」
「私の方にも殺される理由は無いんだけどなぁ」
私は私の価値を示す事で彼女達に殺されない理由を用意したはずなのに、悪魔という生き物は損得勘定ではなくただの感情で動くから困る。
キキョウはボタンさんのおかげである程度は人族に混ざって暮らすという事を理解してくれているけれど、こういう手合いの悪魔はやっぱり厄介なんだよね。
「おいベルベット。そろそろこの手を退けろ。さもなくば腕ごとへし折るぞ」
「ウフフフ。貴女に出来るのかしら?」
「食う事しか頭にない馬鹿を殺すぐらい余裕だ」
「なら試して…」
「ちょっとベルベットちゃん! アンちゃんとは手を組むって事になったから、手を出すなって言ったでしょ!」
「……出してないわ」
「そんだけガッツリ首を掴んで何言ってんの! ほら、今すぐに離す! ごめんねアンちゃん。ベルベットちゃんには後でおじさんからキツく言っておくから…」
「別に良いよ。それより、貴女達が帰って来たって事は見つかったの?」
「まぁね。今頃ビクトリアちゃんが価格交渉をしてくれているはずだよ」
「それは何よりかな」
これで準備は整った。
今の私にはこの大陸を動かすだけの財力と、そしてそれを適切に扱うだけの情報がある。
これでようやく。ようやくフーマ様のために私も動く事が出来る。
「出発の予定は?」
「資産の整理が2週間後に終わるから、それからかな」
「了解。それじゃあおじさんはしばらく昼寝でもさせてもらうよ」
かつてエルセーヌさんの腕を落とし、シルちゃんを傷つけたグレイブがベルベットを連れてヒラヒラと手を振りながら去って行く。
出来る事ならば彼らとは手を組まずに動きたいのだが、現状の私達では交渉無しに彼らから己の命を守る術が無いし、ジェイサットという巨大な勢力を持つ神の力を削ぐには、彼らの情報と力はどうしても必要になる。
「ふん。気に食わん奴らだな」
「………謝ったら許してくれるかな」
「謝る? 何の話だ?」
「ううん。なんでもありませんよ」
私はここまでの自分の選択に後悔はしていないし、振り返ってみても自分の選択は間違っていなかったと思う。
ここまで来たら、後はやり遂げるしかないのだ。
「さてと、フーマ様達は無事にやり遂げたみたいだし、私も頑張らないとね!」
そうして私は鈍く光る金の指輪の重みを感じながら、人の気配をほとんど感じない静かな廊下を歩くのであった。
次回、15日予定です。




