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103話 二人と二人

 


 風舞




「……何してるんすか?」



 目を覚ましたら、目の前にフレンダさんの顔があった。

 この吸血鬼もこういう事するのか。



「………お、おはようございます」

「はい。それで、何してるんですか?」



 一面に赤い薔薇が咲き誇る白い世界で目を覚ました俺から、頬を染めたフレンダさんが目を逸らす。



「別に俺は眠れる森のお姫様ではないのでキスをしなくても起きますけど、何をしてたんですか?」

「何故私がフーマにキスをする必要があるのですか?」

「フレンダさんがしようとしてたんじゃん」

「フーマの牙を眺めていただけです。言いがかりはよしてください」

「さいですか」



 白い世界でゆっくりと立ち上がり、自身の調子を確認しながらゆっくりと立ち上がる。



「フーマ?」

「ここも大分変わりましたね」

「……申し訳ありません。私にもう少し力があれば…」

「フレンダさんが謝る事じゃありませんよ。そもそもフレンダさんがいなければ俺は死んだままでしたし」

「覚えているのですか?」

「なんとなくですけど全部覚えてますよ。天使モードの時も意識はありましたから」

「そうでした。あの姿は何なのですか? 私も初めて見たのですが…」

「あれはこの世界に接続するために高次元の情報に触れていたら、世界の方が辻褄を合わせに来たって感じですね」

「なるほど。そういう事でしたか」

「あれ? 分かるんですか?」

「フーマを蘇生する際に、それらしきものに触れましたからね」

「そうでしたか。流石はフレンダさん」

「ふん。当然です」



 フレンダさんが少しだけ誇らしげに鼻を鳴らし、俺に顎で指示を出してソファを用意させる。

 相変わらずこの吸血鬼さんは我儘だな。



「何を間抜けた顔で立っているのですか。早くこっちに来なさい」

「え? 足は舐めませんよ?」

「舐めまさせませんよ汚らわしい。ほら、ここですよここ」



 フレンダさんがそう言いながら自分の太腿をポンポンと叩く。



「膝枕ですか?」

「ええ。今回の一件を解決出来たのはフーマの功績によるところが大きいですし、フーマはこういうのが好きでしょう?」

「好きですけど、良いんですか?」

「このぐらいは前から何度もしてやっているではないですか。いまさら何を遠慮しているのですか?」

「………褒めてくれるのは嬉しいんですけど、叔母様が追っ払った神がどうなったのかとか、今後の身の振り方はどうしようとか、ちょっと色々と気になってですね…」

「あの面倒くさがりでズボラなフーマが何を繊細そうな事を言っているのですか」

「いや。今回の件でちょっと見通しが甘すぎた様な気がしてまして…」

「と言うと?」

「………今回は舞に手伝ってもらってレベル上げもしましたけど、それでもギフトがあればどうとでもなるって油断というか、ちょっと自惚れていました」

「それを知れただけでも、今回は収穫があったのではありませんか?」



 フレンダさんが退屈そうに自分の髪をいじりながらも、俺の話をしっかりと聞いた上で率直な意見をくれる。

 フレンダさんは自分の想いを口にする時ほど素っ気ない態度を取りがちだし、本気で俺の事を考えてくれているらしい。



「フレンダさん」

「なんですか?」

「俺、もう少しだけ頑張ろうと思います。舞やローズや大切な皆を守りたいっていうのもありますけど、………とにかく頑張ります」

「おい。そこまで言いかけておいて、途中で誤魔化されると気になるのですが」

「いや、何でもないです」

「私とフーマの仲で、いまさら隠し事ですか?」

「だって言ったら怒るじゃないですか」

「怒らないから、言ってごらんなさい」

「…本当ですか?」

「本当です。私がフーマに嘘を言った事がありましたか?」

「多分、ありますよね?」

「………とにかく、怒らないので言ってください。このままでは気になって夜も眠れません」



 自分でも思い当たりがあったのか、フレンダさんが話を切り替えて俺に先を促す。

 仕方ない。

 元はと言えば俺が口を滑らせたんだした正直に白状するか。



「………その……フレンダさんに泣かれるのは堪えました」

「………」



 結局、フレンダさんは何も言ってはくれなかったが、俺から顔を背けたフレンダさんの耳は、真っ赤に染まっていた。




 ◇◆◇




 舞




 及ばなかった。

 敵に攻撃が通じなかったとか、そういう事ではない。

 風舞くんの横に並ぶには力不足すぎた。



「何が風舞くんの恋人よ。ただ愛してもらうだけで甘んじてどうするのよ」



 私は弱い。

 未だに神降しを満足に扱う事も出来ないし、無理を通して道理に変える力が私にはない。

 このままでは、風舞くんに置いて行かれてしまう。



「星穿ちと鎧袖一触は既に手懐けた。後は神降しを何とかしないと…」



 今回の戦闘で私が降ろす事のできる神の正体が何となく分かった。

 後はこの神の全ての力を引き出しさえすれば…



「って、どうやってやるのよ。神とは言っても、女王様みたいに簡単に会えるわけじゃないじゃない」



 神降しで暴走しないための方法は既にある程度習得しているが、今のままでは風舞くんに追いつく事は出来ない。



「………マイ様。もう少し感情を抑えてください。部屋の外にまで、殺気が漏れ出ていますよ」

「ん? あぁ、ごめんなさい。それで、何の用かしら?」



 現在、私達は帝都の城が半壊してしまったために、ラングレシア王国の正式な使者であるお姫様達と共に大使館に滞在している。



「もう少しでフーマ様がお目覚めになりそうです」

「そう。それは何よりだわ」

「嬉しくはないのですか?」

「もちろん嬉しいわ」

「……私はフーマ様の様子を見に伺いますが、マイ様はいらっしゃらないのですか?」

「後でタイミングを見て行くわ。今は少し考え事をしたいの」

「…そういう事であれば私も後ほどに致します」



 トウカさんはそう言うと、ベッドに寝転がっている私の横に座る。

 どうやら気を使わせてしまったらしい。



「そう言えば今朝からフレイヤを見ないのですが、何か知りませんか?」

「シルビアちゃんと二人で出かけて行ったわ」

「そうですか。マイ様はお出かけなさらないのですか?」

「勝手に帝都を彷徨いたら、ローズちゃんやフレンダさんに迷惑がかかるじゃない」

「マイ様でも誰かを気遣う事があるのですね」

「私は基本的に、謝ってすまない以上の事はしないわ」

「……はぁ。やっぱり今すぐフーマ様に会いに行きますよ。今のマイ様は見ていられません」



 トウカさんが私の方を振り返り、少しだけ眉毛を寄せながら私の顔を覗き込む。



「嫌よ。こんな情けない顔、風舞くんに見られたくないわ」

「マイ様は格好つけようとし過ぎです。少しはフーマ様らしく、もっとだらしない生活をしてください」

「………はぁ。それなら、せめて顔だけでも洗わせてちょうだい」

「いいえ。ダメです。その寝癖もそのままにフーマ様に会いに行きますよ。そしてもっと心配されてください」

「むぅ。今日のトウカさんは乱暴ね」

「マイ様の従者ですので、当然です」



 そうして不貞腐れた顔の私は、トウカさんに引き摺られて風舞くんの部屋へと向かうのであった。




 ◇◆◇




 風舞




 目を覚ますと、知らない部屋だった。

 激しい戦闘の後は大抵気を失っている俺ではあるが、目を覚ました時に一人だけというのは少し珍しいかもしれない。



「いや、横にフレンダさんの身体はあるのか」

『……フーマの魂の検診をする必要がありましたからね』



 フレンダさんは自分で作り出した魔道具の力で、いつでも簡単に自分の肉体から白い世界へとやって来る様になったが、自分の肉体に戻るにはトウカさんの力を借りる必要があるために、フレンダさんの肉体は彼女自身の結界魔法でしっかりと保存されている。



「とりあえず着替えでも……」



 そんな事を呟きながらベッドから出て服を着替えようとしたら、部屋の扉が開いて舞とトウカさんが現れた。

 トウカさんはいつも通りの清楚な格好だが、舞の方はかなり荒れているというか、やつれている様に見える。



「ええっと。心配をおかけしました」

「ふふ。ご無事で何よりでございます」

「そうですね。……その、舞も無事で良かった」

「ええ。風舞くんのおかげよ」



 舞はそう言って笑みを浮かべて見せるがその表情は明らかに覇気がなく、何かを悩んでいる事が伺い知れる。



「舞。困っている事があるなら何でも相談してくれないか? 俺は出来れば舞には笑っていてもらいたい」

「……」

「マイ様」

「ええ。分かっているわ」



 トウカさんに背中を押されて舞が一歩前に出て俺の顔を真っ直ぐに見つめ、そのまま俺に向かって頭を下げた。



「ごめんなさい。あれだけ偉そうな事を言っておいて、最後は結局風舞くんに任せっきりにしてしまったわ。本当にごめんなさい」

「………舞」

「マイ様は自分の実力が至らなかった故に、フーマ様のお力になれなかったと悔いていらっしゃるのです」

「……そうですか」



 俺は舞になんと声をかけるのが正解なのだろうか。

 俺は自分の実力に悩むアンやシルビアに一度だって何か気の効いた事が言えた事が無いし、俺よりも戦闘センスに優れて経験も豊富な舞にも、悩みを払拭できる様なセリフを言える自信がない。


 俺は…



『そうやって正解ばかり考えるから、今回の反省に繋がったのではありませんでしたか?』



 そうだ。

 俺は何事も計算づくで行動し、最低限を最大効率化する事だけを考えてきた。

 だが、それで導き出せる答えなど、容易く踏みにじられるものだと俺は知ったはずだ。



「……舞。俺も自分の実力不足が悔しい。俺には舞の感情を正確に汲みとれないけど、俺は舞の彼氏として……いや、舞が好きだから、出来れば悩みを共有して一緒にどうしようかゆっくりと悩んで、それで二人で歩んでいきたいと思っている。だから……えっと………」

「………大丈夫。風舞くんの言いたいことはちゃんと伝わったわ」

「舞……」

「…私も、私も風舞くんと同じ気持ちよ。私自身、何でも出来るとは思っていたけれど、何でも出来るだけじゃ不足していると、初めて自覚したわ。あまり自分の彼氏に格好悪いところは見せたくないのだけれど、これからは風舞くんにも私の悩みを打ち明ける事にするわ。だからそうね……風舞くんも、遠慮せずに困った事があれば言ってくれると嬉しいわ」



 俺も舞も、これまでは自分の力だけを信じて戦ってきた。

 それは何も一緒に戦う仲間を信じていなかったわけではないのだが、それでも自分の力があれば、皆を救えると思い上がっていた。


 俺はこれまでにも何度も敗北し苦汁を舐めてきたものの、敵の想定外からギフトの力でゴリ押す事でどうにかしてきたし、これからも自分の肉体を代償に戦い続けるものだと思っていた。


 だが、一度命を失って、それではダメなのだと気がついた。

 努力する事は自分の何かを削って何かに変換することでは無いと知った。



「二人で盛り上がっているところ申し訳ありませんが、私やフレンダ様もお二人の味方です。マイ様は私だけに、フーマ様はフレンダ様だけに弱みを見せてきましたが、何も自分の欠点は隠さずとも良いのですよ。私もフレンダ様もそんなことでお二人を嫌ったりしませんし、何よりも大好きなお二人の力になりたいと心から思っているのですから」

「……別に私は好きではありませんが、叡智の一端ぐらいは貸してやっても構いません」



 トウカさんに肉体に戻してもらったフレンダさんが俺の横のベッドから起きながら、偉そうな口ぶりでそう言う。



「そうね。フレンダさんは風舞くんに関しては私よりも詳しいみたいだし、色々と相談させてもらうわ」

「……ふ、ふん。好きになさい」

「フーマ様も、どんなに些細な事でも構いませんので、遠慮なさらずに私にもご相談くださいね?」

「……は、はい。そうさせてもらいます」



 俺が今日までフレンダさんに支えられて来た様に、おそらく舞もトウカさんに支えられてきたのだろう。

 仮にこの二人がいなくては、俺たちが折れるのはもっと早かったかもしれないし、もしかするとこうしてここで笑っている事も無かったのかもしれない。



「……はぁ。真面目な話をしたら肩がこったわ。風舞くん、一緒にお風呂に行きましょう?」

「そうだな。俺も風呂に入って色々とさっぱりしたい」

「それでは私もご一緒いたしましょう」

「おい。下心が透けて見えるのですが?」

「それではフレンダ様はここでお待ちになっていてはいかがですか? 私がフーマ様やマイ様と親睦を深めている間、ここで大人しく壁に向かって武勇伝でも語っていてください」

「良いでしょう。そこまで言うのなら、私も共に風呂に入ってやろうではありませんか。私はトウカと違ってフーマの身体の隅々まで把握していますし、今更下心も何もありませんからね」

「ふふ。二人とも仲良しね」

「そうだな」



 そんな事を話ながら部屋を出て、この建物の風呂場へと向かおうとしたその時だった。



「フウマよ! ようやく仕事がひと段落ついたからお主に会いに来たんじゃが……何だか皆で楽しそうじゃな。………妾は除け者か」



 ど、どうしよう。

 何だかハイテンションでやって来たローズが一瞬で落ち込んでしまった。



「そ、そうだわ! ローズちゃんも一緒にお風呂に入りましょう?」

「そ、そうだな! 久しぶりに揃って風呂なんて良いんじゃないか?」

「……本当かの?」

「あ、ああ。ねぇ、フレンダさん?」

「え、ええ。お姉様のお背中、流させていただきます」

「…そこまで言うのなら、妾もやぶさかではないんじゃが…」

「トウカさんも、ローズちゃんとお風呂に入りたいわよね?」

「はい。ローズ様さえよろしければですが…」

「し、仕方ないのう。お主らにそこまで頼まれて、断るほど妾も野暮ではないわい!」



 そうしてローズが機嫌を取り戻して笑みを浮かべたその時、俺たち四人には謎の連帯感が生まれた気がした。

 うん。やっぱり仲間って良いもんですね。



次回から、一週間に1話ペースで投稿していきます。

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