102話 接続
シルビア
城の地下にあった神殿は広大で天井もかなり高いが、その中に感じられる敵の気配は一つだけだった。
ただ、その一つの気配が何重にも重なっている様で、私と共にここまで来てくれてアメネア様はかなり険しい表情をしている。
「嫌な気配だ」
「そうなのですか?」
「お前は何も感じないのか?」
「私には知らない事の方が多いので、これが嫌な気配かどうかの判別がつきません」
「おそらくこの気配の主は色々と混ぜ込まれている」
「……その様ですね」
何か思うところでもあるのかアインさんが複雑な表情で呟いたその時、神殿の奥から複数の人の足を生やした巨大な塊がファルゴさんとツヴァイを追いかけながらこちらへ走って来た。
「助太刀致します!」
「助かる! ………が、こいつには攻撃が効かないから注意してくれ!!」
「分かりました」
攻撃が効かないとはどういう事なのか詳しく説明を聞きたかったが、ゆっくりと話している暇は無さそうだし、回避行動をとりながら巨大な肉の塊に魔法を放つ。
的が大きいために私の放った火球は肉の塊に直撃しその肉を焦がしたが、その箇所がすぐに闇に包まれて修復されてしまった。
「なるほど」
「ツヴァイ。あれは?」
「多分、私達とは違うと思う。何というか完全に混ざりきらずに無理やり縫い合わされた感じ」
「縫い合わされた?」
「多分だけど元々何か特殊な力のあった双子が、あの闇によって縫い合わされて暴走してる。ほら、よく見てみると双子の面影があるでしょ?」
「まぁ、確かに…」
ツヴァイの言う様に、巨大な肉塊には灰色の髪や小さな子供の手足など、それらしい特徴は少なからず見てとれる。
「超再生能力のほかに、厄介な能力はありますか?」
「ああ。ほら、また出たぞ」
ファルゴさんの声と共に無数の双子が私達を取り囲み、不気味な笑みを浮かべて近づいてくる。
「あれ自体はそこまでじゃないけど、この数は厄介だな」
「なるほど」
「……何か策でもあるのか?」
「以前、ソレイドでアセイダルという悪魔が魔物の魔石を取り込んで暴走した際に、フーマ様が行ったという方法を試します」
「へぇ。それって?」
「毒を飲ませて氷漬けにして砕きます」
「毒でしたらフィーアが扱えます。しかし、それを飲ませるとなると…」
「闇は私が裂く。肉は誰かに任せる」
「そういう事であれば肉は私が裂こう。これならば、毒を体内に入れる事が出来るか?」
「はい。でも、毒が効くかどうか…」
「必要なのは氷魔法に抵抗する余裕を無くす事だと仰っていました。仮に効果が無くとも、体内に異物が入るというのは、それなりに意識をさけるかと」
あの肉塊が本体であるのならあれさえ倒せば周りの双子も消えてなくなるだろうし、きっと…
「やれやれ。本当に醜いな」
金髪の少年が脈絡もなく現れた。
フーマ様の転移魔法の様に一瞬で移動して来たというよりは、まるでずっとそこにいたのに気が付かなかった様な、そんな気さえしてしまう。
そして何より、何よりも……。
「嘘だろ」
私の隣にいたファルゴさんが唾を飲みながら、そう呟く。
私達が総出で挑み死闘を演じようとしていた相手が、一瞬にして跡形も無く消滅してしまった。
残っているのはまるで何かに押し潰された様な血溜まりのみで、原形と同じものは何も残っていない。
「いくら双子で互いの性質がかなり近寄っているとは言え、やっぱり僕の授けた闇を使って融合しようとは愚かだね」
「………」
金髪の少年は私達の事などどうでも良いのかそばにいる黒髪の女性と話をしているが、私達はただその光景をジッと見ている事しか出来ない。
一歩でも。いいや、指一本でも動かせば殺されてしまう。
そんな具体的な恐怖が全身を縛って、思う様に息が出来ない。
「まぁ、良い。ええっと、それであの勇者のガキは…」
金髪の少年が、考えうる限り最悪のセリフを口にする。
このままでは、フーマ様の命が危うい。
地上までが遠すぎてフーマ様がどの様な状況にあるのかは分からないが、一度死にかけたフーマ様が相手にするには、この怪物はあまりにも強大すぎる。
「……ま……待ってください」
「………」
ただの一瞥だった。
まるで路傍の石を軽く眺めた程度で私は遙か後方に吹き飛ばされ、気がつけば壁に深くめり込んでいた。
実際に攻撃を受けたはずなのに、あまりにも住む世界が違いすぎて理解が遠く及ばない。
「はぁ……面倒だな」
私が吹き飛ばされると同時にファルゴさんやアメネア様達が一斉にあの神に攻撃を仕掛ける中、聞こえるはずのない悍しい声だけが、気を失う私の耳にこびりついていた。
◇◆◇
ローズ
レイザードの遺体を地上に降ろした後、妾は空中に浮かんだままうんともすんとも言わないフウマの顔を覗き込んでいた。
「のうフウマ。いくらレイザードに奪われておった力が戻ったとはいえ、こうして宙を浮いておるのも辛いし、そろそろ下に戻らんか? というより、それは起きておるのか寝ておるのかどっちなんじゃ?」
フウマの頭には歪な形の光輪が浮かんでおり何やら普通の状態ではない事は分かるのだが、初めて見る状態なだけに、どう対処すれば良いのか検討もつかない。
「早く下に降りて久方ぶりにゆっくり話でもしたいと言うのに、お主はどうしてこうも妾を焦らそうとするんじゃ」
「…………」
少し冗談を言っても何の反応も示してくれないし、そろそろ軽くぶん殴ってみようかと暴力的な解決方法を視野に入れ始めたその時だった。
「■■■■…■■■。■■■■■■■■■■■」
「な、何じゃ? どうしたんじゃ?」
ここまでちっとも話そうとしなかったフウマが突如としてききなれぬ…というよりは理解出来ない言語を呟き始め、それと同時にフウマの背中にうっすらと極彩色の羽が現れる。
その羽は存在が安定していないのかブレる様に揺らいでいたが、フウマはそんな事を気にも止めずに、城の方へと降りて行った。
「だから一体なんだと……」
フウマの背中を追おうとしたその時だった。
城の真下、地下神殿のあるであろう位置に強大な気配が現れる。
この気配は間違いない。
頂上の存在。神のものじゃ。
「よりにもよってこんな時に…」
フウマの後を追って城へと降り、妾が着地すると同時に集まって来た者に指示を出す。
「フレンダとエリスはまだ動けるな?」
「はっ。もちろんでございます」
「オホホホ。仕方ありませんわね」
「では、妾と共に下へ降りてコレを封じ込める手伝いをしてくれ」
「私も行けるわ」
「……トウカ。マイを頼むぞ」
「………はい」
「離してちょうだい。私は貴女を斬りたくはないわ」
トウカに肩を掴まれたマイが星穿ちを手にトウカを睨み付ける。
「やれるものならどうぞお好きに。ただ、今のマイ様には負ける気がしません」
「マイ。いくら貴女でも、それ以上は不可能です」
「でも、風舞くんが苦しんでいるのに、私だけが…」
「フーマが目を覚ました時に、マイがボロボロではフーマが心配しますよ?」
「………分かったわ。足手まといになるわけにもいかないし、大人しくしているわ。ただ、風舞くんにもしもの事があったらこの世界を滅ぼすから覚悟してちょうだい」
マイは歯噛みする様にそう言うと妾達に背を向けて、フウマが開けて行った巨大な穴に背を向けて去って行く。
トウカは妾達に一度頭を下げた後、そのマイを追って走って行った。
「……セイラム、それとクロード。早急にこの城から全ての者を避難させよ」
「それほどの相手なのか?」
「帝都を出ても無事で住むかは分からん相手じゃ」
「……死ぬんじゃねぇぞ」
「ほう。まさかお主が妾を心配してくれるとはの」
「俺はアイツとは違う。アンタのためでも、国のためでもなくお前には生きていてもらう必要がある」
「陛下にその口の利き方はなんですか?」
「よいよい。それよりも早く行くぞ。フウマが心配じゃ」
「オホホホ。相変わらずご主人様は人に心配させるのが得意ですわね」
妾達はそんな話をしながら背後を振り返り、巨大なクレーターを覗き込む。
地下神殿から地上まではかなりの高さがあったはずだが、静かにぶつかり合う二つの気配があまりにも大きすぎるためか、すぐそこが戦場であるかの様に感じてしまう。
「……お姉様。お身体は大丈夫なのですか?」
「正直、大丈夫ではないが、この顛末は妾の我儘が招いた結果じゃ。ここで妾が退くわけにはいかないじゃろうよ」
「オホホホ。昔の男とはしっかり別れた事を一刻も早くお伝えしたいのですわね。分かりますわ」
「エェ……エェェェリィィスゥゥゥ!! どうしてお前というやつは! そうも! デリカシーが! 無いのですか!! フーマが真似したらどうするのです!!」
「よいよい。エリスには今日まで色々と助けてもらったんじゃ。多少の苦言ぐらい、甘んじて受け入れてやろう」
「お姉様……エリスには後できつく言っておきますので、どうかご容赦を」
「オホホ。陛下もお母様も頭が硬すぎるのですわ。因縁だか責任だか知りませんが、邪魔なものがあれば、どけるなり壊すなりすれば良いだけですの。そういうわけで、私はこの下の邪魔者を退けてご主人様とイチャイチャするために、先に行かせていただきますわ」
「あ、おい! まったく……申し訳ございませんお姉様」
「あやつなりに妾を励まそうとしてくれておるんじゃろうよ。それよりも、妾達も向かうとするかの」
「はい。お供いたします」
そうして妾達も飛び降り、階下の地下神殿へと向かう。
フウマよ。今行くからの。
◇◆◇
風舞
ギフトに身を委ねた後、俺の思考は一つ上の段階へと至った。
人間は物体を把握するときにXYZ軸による三次元的な解釈しか出来ないが、今の俺は理性をもって高次元の法則を認識している。
それがどういうものかと問われても言葉で説明するには■■が足りないために、それは叶わないのだが、一種の悟りを開いたとでも思ってくれればそれで良い。
そしてそんなハイパーモードの風舞さんだが、少しばかりまずい事になっていた。
「まさか自分の方から来てくれるとは、手間が省けて良かったよ」
状況は全て把握している。
今の俺は物質的な時間軸とは別の時間軸を認識しているし、目の前の状況を観測すれば何があったのか、そして目の前のアイツがどこの誰なのかもある程度の想定は出来る。
ただ、問題があるとすれば勝てる未来が見えない。
正確には、勝つための最適解が算出できない。
今日この日までレイザードに勝つ事を目標にしつつ鍛えてきたが、この状態になった瞬間にレイザードに勝つ確率はほぼ100パーセントになっていた。
そこには過去に苦しめられた怒りや、強敵に勝てるという達成感などは一切なく、万物が地上に吸い寄せられる様に、日が沈み月が昇る様に、当然の事実として何の感慨もなく受け入れていた。
だというのに、それだというのに…
「そんな姿の人間は初めて見るけれど、君は一体どこの誰なんだい?」
目の前の存在がただただ恐ろしい。
現状取れる全ての選択肢を実行しても、確実に俺はこの化け物に殺されて死ぬ。
その死は1秒後から中には3年後のものも存在したが、どう足掻こうと俺はこの化け物には勝てない。
「■■■…■■■■■■■■」
必要な情報のみを最適化して入手するために視覚や聴覚や味覚に至るまでの全ての五感は遮断しているのだが、肉体的な枷からは逃れられないために思考が口から漏れる。
どうにか急ピッチで肉体的な枷を外し、ミクロな世界からマクロな世界へとアクセスしようとしているのだが、準備もなく世界と繋がれば俺という存在は焼き切れてしまう。
「人の言葉すら分からないか」
攻撃。
原始の闇という指定領域の権限による空間の圧縮、そして解放。
記憶にある舞の技能を疑似的に再現し、原始の闇に対処するための■■を創生。
「へぇ。これじゃあ死なないか」
肉体の一部に軽微な損傷。
やはり、圧倒的に処理速度と出力が違う。
俺がいくら計算しようとも、計算中の俺を楽に踏み潰すだけの速度と力がアイツにはある。
「オホホホ。仕方ありませんわね。特別に加勢してあげますわ」
頭上から接近していたエルセーヌが俺の横に立つ。
彼女が加勢したところで、あれには勝てない。
こればかりは感情という世界を変質させる因子を最大限に活性化させたとしても、同様だろう。
ご都合主義すらも見込めないほどの、圧倒的な戦力差が俺の前には横たわっている。
「ふむ。やはり神に類するものであったか」
「その様ですね」
エルセーヌに続いてフレンダさんとローズが俺の横に並ぶ。
ダメだ。この二人でも、アレには敵わないか。
こうなったら一か八か、あれに勝てるだけの何かをこの場に引き寄せるしか無いか。
「■■■。■■■■」
世界を再認識し、条件に当てはまる存在を広義で検索し始めたその時だった。
『やめておけ。今のお前には、それは不可能だ』
何者かが俺の世界にアクセスしてきた。
この符丁は、叔母様のものか?
『本来、世界の改変は長い時をかけて少しずつ行うものだ。別の神の領域で何の準備も無しに出来る様な事ではない』
俺の世界からあらゆる情報が強制的に遮断され、何も感じられなくなる。
『今回だけは儂の力でその場を収めてやる。本来であれば儂が直接介入したいところだが、繚乱のせいで近頃は火の国の監視が厳しくてな。それにお前達であれば、その程度の神など一ヶ月もあればどうにか出来るだろう』
強制的に思考を遮断された事で朧げな意識の中、叔母様の話は続く。
『それと淫売には儂から話をつけておいた。あれはああ見えてかなり保守的な部類だが、今回ばかりはかなり頭にきていたみたいでな。少し儂の研究成果をチラつかせれば、面白いぐらいに尻尾を振って擦り寄って来た』
この人、無茶苦茶話長いな。
そんな余裕があるなら、あの化け物をどうにかしてくれよ。
『だからそれは出来ないと言っているだろう。まったく、儂の可愛いローズに続きフレンダも誑かした俗物が。…………あぁ、そうそう。言い忘れていたが、今お前が使っているギフトはお前のものじゃないぞ。どういうわけかお前にはそれを含めて3つのギフトがあるんだが、上手く扱える様になると良いな』
相変わらず果てしなくマイペースで無責任なセリフと共に、叔母様の気配が遠ざかる。
どうにか身体を叩き起こして周囲の状況を確認したかったが、無理に膨大な情報を操作したためか、俺の精神はピクリとも動かず休止してしまうのであった。
次回、28日予定です




