99話 弾丸
舞
ラングレシア王国最強の騎士であるクロードさんもお姫様の護衛役出逢えるエスくんもその歩き方から普通では無いと思ってはいたが、実際にこうして共に戦ってみると、また感じるものが違ってくる。
「エル・エスパーダ」
「アークブレイズ!」
二人ともスキルや魔法ではない何か別の力を使っていることは見ていれば分かるのだが、強さの源はその能力そのものではないだろう。
敵の動きや周囲の状況に対しての判断が的確だし、攻撃の組み立ても柔軟で、想像力も申し分ない。
私は以前から武術を齧っていたし対人戦の心得はそれなりに修めているものの、この二人はその精度が違う。
風舞くんなんかは自分の動きやすい環境に相手を引き摺り込む事で戦闘を優位に運ぶが、この二人はどの様な状況でも適応し、それに合わせた技の選択と攻撃のパターンを作り出す。
現に先ほどまで私を追い詰めていたレイザードには口を開く余裕すらなく、二人の猛攻を受けながら少しずつ崩されていっている。
「加勢するわ!」
「ああ。一気に押し切るぞ」
私には複数の人物と共に肩を並べて戦う経験はあまり多くは無いが、エスくんとクロードさんが私の組み立てのサポートをしてくれているし、二人の発想を汲み取る様に動けば戦闘の流れがこちらに優位に傾き始める。
「フフ……フハハハハ! 面白い! 良いわ! 二人とも流石ね!!」
「あまり無理はしなくて良い」
「無理などしていないわ! こんな戦を見せられて心踊らない訳がないでしょう!」
私の周りにいた強者であるエルセーヌは暗殺に特化していたし、フレンダさんは風舞くんの様に戦う前に戦闘結果を決めるタイプで、あまり私の参考にはならなかった。
唯一ローズちゃんは私のスタイルに近い戦い方をしていたけれど、弱体化のせいで彼女が十全に戦う姿は見た事がない。
私にとってはこれがこの世界に来て初めての圧倒的の強者との邂逅なのだ。
その姿を肌で感じて滾らないはずがない。
「チッ、流石に分が悪いか」
レイザードが言葉を漏らし、全身から闇を放出して私達の攻撃から身を守りつつ、態勢を立て直す。
それと同時にエスくんが白い剣を闇の中に決め撃ちし、闇の障壁の中からレイザードの炙り出しを始める。
本来であれば私はその様子をジッと眺めながら、レイザードが闇から出てくる瞬間を狙って居合を構えておきたいが、今の私は神降しがなくては戦えないぐらいに力を奪われたままだし、おそらく私では決め手に欠ける。
ここは敵に攻撃を入れるよりも、サポートに回るべきね。
「土御門舞流剣術 秘伝 清嵐!」
散々帝都を駆け回っている間に闇を払う練習はしていたし、超質量の闇を魔法で無理矢理に押し除けるよりも、闇を無力化して消してしまう方が手取り早い。
「アークブレイズ!」
私が闇を削りとった事でレイザードの姿が露出し、すかさずクロードさんが青炎を纏いながらレイザードに斬りかかる。
「っっ!」
レイザードはそれに対して闇を纏った腕で攻撃を防いでみせたが、威力は殺しきれなかったのか、そのまま後方へと吹っ飛んで行った。
「……潮時か」
「どういう意味かしら?」
「先ほどから体が思う様に動かん。今の攻撃で仕留めるつもりだったが、想像よりも相手の強化が早かった」
そう言い終わるや否やクロードさんは両刃の剣を持っている事すら出来ないのか、剣を落として膝をついてしまう。
エスくんはまだ戦えそうではあるが、クロードさんの今の攻撃を防いだ敵が相手となると、一人ではかなり厳しいだろう。
「厄介ね」
「相手の力を奪って自分のものにするっていう能力の話か?」
「ええ。私とクロードさんの力はほとんど奪われたわ。幸いにもエスくんは無事みたいだけれど、今のレイザードが相手では少し厳しいわね」
「なるほどな」
「………あら? 何で生きているのかしら?」
「え? 駄目だった?」
何故か私の横で風舞くんが申し訳なさそうな顔をしながら、頬をかいている。
あまりにも横にいる事が自然すぎて何の違和感もなかったけれど、まさかあの状態からここまで早く復帰するとは。
「おいフウマ。妾の鎧、貸してやるから着たらどうじゃ?」
「いや。どうせ俺は頭を抜かれたら終わりだし、ローズが着たら良いと思うぞ」
「そ、そうか。お主が心配してくれるというのなら、そうするとしよう」
風舞くんの横では、たったいま追い付いた大人モードのローズちゃんが頬を染めながら、いそいそとレッドドラゴンの鎧を装備し始める。
いや、ここに来る前に着てきなさいよ。
「ですから、お前はそういうところが駄目なのです!」
「それこそフレンダ様には言われたくありません!」
「オホホホ。やんややんやですわ」
それに、何故にトウカさんとフレンダさんは額をゴツゴツとぶつけながら口喧嘩をしてるのかしら。
そこにものすごく強大な敵がいるのよ?
「ほらほら。二人ともいつまでもイチャついてないで、舞の回復をするなり戦う準備をするなりしてください」
「「イチャついてません!!」」
仲の良い二人はそう言うと、かたや風舞くんの側に行って腕を組み、かたや私の方に来て回復魔法をかけ始める。
「……これは」
「ええ。神降ろしを使っていないと立っている事も出来ないわ」
「なるほどな。んじゃ、舞は少し見ていてくれ」
「私はまだ戦えるわ」
「あ、いや。その。足手まといとかじゃなくて、舞にはトドメの一撃をお願いしたいから、力を温存していてもらいたくてですね…」
「まったく。何を自分の恋人に本気で怯えているのですか」
「だってその…ごめんね?」
「はぁ……。そういう事なら任せるわ。ちょっとそこの将軍! 暇なら私の壁になりなさい!」
「俺に指図……はい。分かりました」
私に口答えしようとしたものの、フレンダさんに睨まれたセイラム将軍が物陰から出て来て私の前に立つ。
「さてと。頑張ってね風舞くん。応援してるわ」
「お、おう!」
さてと、皆には申し訳ないけれど、もう少し休まないとよね。
◇◆◇
風舞
俺に頑張ってくれという言葉をかけた舞がゆっくりと目を閉じ、トウカさんに支えられながらその場に横たわる。
「神降ろしは使えているって事はギフトの力による自己強化分のステータスはレイザードに吸われないんですかね」
「その可能性はありますが、エスが無事なのはどういう事なのでしょうか」
「多分ですけど、エスくんは普通の人族や魔族では無いんだと思います。だから、レイザードが吸い取れる種類のステータスではないんでしょう」
「そうですか…」
「お主にはフウマの言っている事の意味が分かるのかの?」
「はい。世界には私達の知らない領域も…いえ。むしろ知らない領域の方が多い様ですから」
「ふむ。確かにあれを見ればそういったものがあるのも頷けるの」
ローズの視線の先では土煙の中でレイザードが立ち上がり、ゆっくりと歩いて来ている。
ラングレシア王国最強の騎士や最強の勇者を同時に相手にして、ほとんど無傷か。
「お前は確かに死んだはずだが、何故生きている」
レイザードの能力が分からない以上、話に付き合っていてはその間に何らかの影響を受けるかもしれないと考えた俺達は、一斉に動き始める。
「吸血鬼の顎門!!」
初撃は俺達の中で高火力の攻撃を最も安定して継続できるローズが進んで担う。
おそらく今のレイザードと鍔迫り合いが出来るのはローズをおいて他にいないだろうし、ここは変えるわけにはいかない。
「フレンダさん!」
「分かっています!」
とは言え、ローズ一人でレイザードを相手にするには周囲の闇が多すぎて捌き切れないだろうし、レイザードの意識を攻撃から防御へと切り替えさせねば、俺達の連携は瓦解してしまう。
「吸血鬼の鬼牙」
そこでフレンダさんの出番だ。
フレンダさんのギフトはローズと同じく血を操るものだが、その本質は別の場所にある。
「グッ…」
フレンダさんの放った真紅の槍がレイザードに当たる直前で血の霞となり、レイザードの頭近くを流れる。
フレンダさんのギフト、吸血鬼の鬼牙はその血に様々な効果を付与できる。
そしてその中でもフレンダさんが得意としているのは、おそらく致死毒。
いくら身体が頑丈だろうが、生物である限り彼女の毒からは逃れられない。
「甘い」
レイザードはフレンダさんの血霞から逃れるためにその場から動こうとするが、それを許すわけにはいかない。
転移魔法で再度ローズの前の引き戻し、確かな一撃と共に近接戦を続けてもらう。
「流石にフレンダさんの毒にも耐性はあるみたいですね」
「これで片付けは良かったのですが、体の組成が魔族のそれとは既に異なるのでしょう」
「なるほど。トウカさん。ローズには構わず魔法で弾幕を張ってください」
「かしこまりました」
フレンダさんの毒もローズの猛攻もレイザードを相手には継続的なダメージでしかないし、少しでも手を緩めればすぐに回復されてしまう。
ならば一切の隙は与えず、ひたすらに攻撃を続けて逃げ場を減らしていく。
「ハイドロランス!」
そうこうしているうちにトウカさんの水槍が機関銃の様に城を抉り、激しい戦闘を続けるレイザードとローズを飲み込み始める。
ローズとレイザードは槍の飛来する中で尚も刃を交えているが、双剣を持つローズと両手剣を持つレイザードでは手数が違うし、ローズに飛来する水槍は俺が横から魔法を撃つことである程度逸らしている。
「おいフーマ。お姉様に魔法が当たったらしばきますよ」
「はいはい。フレンダさんはトウカさんと別の角度から攻撃を。質よりも量でお願いします」
「良いでしょう」
攻撃は一方向からよりも複数の方向から行った方が相手は防ぎにくいし、多方面に集中をしなくてはならないとなると、それだけ目の前の相手に対処し辛くなる。
「そして手が足りなくなったら文字通り手数が欲しくなるんだろうけど、そうはさせない」
瓦礫の影から人型の闇がレイザードの姿となって現れるが、あれに邪魔されればここまで積み上げて攻撃が崩されてしまう。
「トウカさんはそのまま魔法を撃ちつつ、もう少しだけ舞を守っていてください。あれは俺がやります」
「お一人で大丈夫ですか?」
「手伝う」
「ありがとうございます」
エス少年が手伝ってくれるのであれば分身の相手もしやすいし、万が一あの分身と本体が入れ替わった場合でも、エス少年を起点にすれば再度立ち上げが出来る。
「ただ……。やっぱり一体じゃ無いよな」
レイザードの分身は闇の中から次々と姿を現し、全部で4体が四方から現れる。
一体は俺達の目の前に、そして一体はフレンダさんの背後に、また一体は俺達の動きを見つつ重心を下げ、一体は弾幕の中で戦うローズの方へ向かっている。
「とりあえずここのやつは任せます」
「分かった」
エス少年の返事を聞くと共にアイテムボックスから、ここに来る道中に拾った瓦礫をローズに向かう分身の真上に転移させ、ワンテンポ遅らせる。
可能であればこのまま転移したいところだが、おそらく大した時間稼ぎにはならないだろうし、あの俺をじっと見つめている分身は俺の転移後の隙を狙うための要員だろう。
「フーマ様!?」
「手を緩めないでください!」
最短ルートを通るためにトウカさんの弾幕に入る事になったが、体に空間断裂を纏えばある程度は軽減出来るし、回復魔法と吸血鬼としての自動回復があればほぼ無傷であの分身の元までたどり着ける。
「おいおい。せめて人型であれよ」
俺が辿り着く頃には瓦礫を頭上に転移させられた分身がそれを砕いて下から出て来ていたが、人型は保っておらず、二足歩行のウニの様な見た目をしている。
それもそのトゲが触手の様に伸びながらのたうっているためか、かなり気持ち悪い。
「ディメンションブレード」
一先ず片手剣に空間断裂を纏い、怪物と化した分身へと斬りかかる。
これが不定形の敵であるならば物理ではなく魔法で攻撃するべきだし、ポラムで灰色の双子やレイザードの分身を舞やアインさん達が倒していたとなると、決して無敵の怪物ではない。
「痛覚はないけど、ひるみはするのか」
分厚いゼリーの塊を斬る様な感触が手に広がり、目の前のウニ頭が僅かに悶える。
ウニ頭はその多くの触手で俺の身体を串刺そうとトゲを伸ばすが、ここで転移魔法を使えば後ろのあいつにそこを狙われかねない。
「む!?」
「交代だローズ。こいつとあっちで見てるやつを頼む」
俺の頭上で本体と共に戦っていたローズに重力魔法を思いっきりかけて直ぐそばに引き寄せる。
重力魔法のLVを上げたおかげであらかじめ触れておけば、一定時間は好きな様に重さを変えられるし、空中にいるのならば移動にも使える。
「限定転移!」
そして大技を撃つのなら、ここを除いて他にはない。
レイザードからすれば、俺は分身を相手にしていたしまさか自分に向かって捨て身の攻撃はするまいと考えるはず。
「カハっ!」
「避けたか」
咄嗟に身体を逸らす事で半身を抉られる事は防いだ様だが、腹部に大きな穴を開けてレイザードが口から血を吐く。
俺は俺でギフトの代償が身体を襲い全身に激痛が走るが、今の俺は吸血鬼だ。
血を操る姿は何度も見ているし、フレンダさんのおかげで吸血鬼の在り方はなんとなく理解できている。
「夜の使者」
口の端から血が流れ床へと滴るがそれを掬い上げて形作り、人差し指の前に凝縮させる。
レイザードはフレンダさんやトウカさんの弾幕への防御に集中しているし、今の俺にはそこまでの意識が向いていない。
「喰らえ!!」
転移魔法には転移事故を防ぐためのセーフティがある。
このセーフティがあるために、ある程度雑に転移しても足が地面に減り込んだりしない様になっているのだが、このセーフティを外すのは俺のギフトをもってしてもかなり難しかった。
しかしその存在を最も転移させるのが簡単な自分自身であると認識し、転移させることのハードルを極限まで下げれば、ギリギリでギフトを使ってセーフティを外す代償を支払う事ができる。
「なっ……」
血の弾丸を頭の中に転移させられたレイザードが短く声を漏らし、トウカさんとレイザードの攻撃を受けて吹き飛ばされる。
「二人とも、出番だ!!」
「オホホホ! 絶好の好機ですわ!!」
「ええ! 任せてちょうだい!」
フレンダさんの後ろで結界に閉じ込められた分身が姿を消していない以上、レイザードはまだ生きている。
俺の二度の攻撃を受けてもまだ死んでいないのならば、的確に急所を突く暗殺者と、一撃で最高火力を叩き出す武神に任せる他にない。
「土御門舞流剣術 秘奥 天橋!」「ゲヘナ・スコープ!」
そうして虎視眈々とその時を待っていた二人が、目の前に転移させられて来た絶好の獲物に襲いかかった。




