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96話 少女

 



 風舞




 スカーレット帝国の城に入るのはこれで二度目である。

 一度目はエルセーヌの手引きで潜入し、そして今回はエルセーヌの部下であるアインさんや、同じくナンバー所属のヒュンフさんやズィーさんの手引きで侵入したりと、つくづく俺はこの城の正門を潜れる日は来ないらしい。



「場所はどのあたりなんですか?」

「おそらく謁見の間です。エリス様の結界越しに硬直しているものと思われます」

「闇の中の状況が分からないというのは厄介ですね」

「でも、結界越しに硬直しているなら………。フレンダさん、今日って城内に一般の魔族はいるんですか?」

「いるにはいますが、防衛の都合上奥まった部屋に籠らせているのでレイザードと遭遇する事は無いと思います」

「……そうですか」

「何か気になるのかしら?」

「ああ。少し急ごう。嫌な予感がする」



 まさかそんな事は無いと思うが、俺の知る彼女は誰よりも気高く、そして誰よりも優しい女性だ。

 考えたくは無いが、その可能性は大いにある。


 そんな不安を胸に抱えつつ薄暗い通路を走っていると、先導していたアインさんが立ち止まって俺達を制止した。



「ここから先は謁見の間の上部に入ります」

「となると、そろそろ中に入らないといけないわけね」

「それじゃあ舞。思いっきりやってくれ」

「おい。中にはお姉様もいるのですよ?」

「……なら、皆には当てない様に思いっきりやってくれ」

「ええ。とりあえずそうね……土御門舞流剣術外伝 裂空!!」



 舞の星穿ちがうっすらと白く輝き、鞘から刀身が現れると同時に通路の壁を斬り裂いて、闇に包まれた謁見の間を露出させる。



「闇を払う事に重きを置いて攻撃したわ! おそらく、一部屋分のスペースは確保出来ているはずよ!」

「了解!」



 舞の声と共に通路から飛び出て、闇が掻き消えていく謁見の間に入る。

 若干視界が薄暗くはあったが、その効果はほとんど消えているのか、謁見の間の絨毯に足がつく頃には既に十分な視界を確保出来ていた。



「オホホホ。ご主人様! 陛下が一人で戦っていますわ!!」



 結界で闇から皆を守っていたエルセーヌの声が届く。

 ローズであれば、レイザードの目を引いて他を守るためにそのぐらいの事はやると思っていたが、俺の勘は間違っていなかったらしい。



「やはり来たか。だが、これではお前とて動けまい」



 暗闇の中から一人の男が悠然と現れる。

 そしてその手には…



「すまぬ……少しばかりしくじってしまった」



 激しい暴行を受けた跡のあるローズの姿があった。



「おそらく他の者が人質にされる前に、陛下自らが身を差し出したのでしょう」

「レイザードの目的はローズから玉座を奪う事じゃ無いんですか?」

「陛下の危機とあればフーマは駆けつけるでしょう? レイザードはまず城内の者を陛下への人質にし、次に陛下をフーマへの人質にするつもりだったのでしょう」

「なるほど…」



 状況は理解できた。

 後はどうやってローズを救出するかだが…。



「舞。闇を斬った感想は?」

「手応えなしね。おそらく波が届く前に、自分で闇を消したのだと思うわ」



 この距離では俺達がローズを救出するよりもレイザードがあの黒い剣でローズの首を掻き切る方が早いし、おそらく少しでも妙な動きを見せればローズは殺される。

 レイザードとしては、少しでもローズを利用して俺達の戦力を奪いたい筈だ。



「ローズ。自力で脱出は無理か?」

「すまぬ……。先程から、力が入らないのじゃ」

「そうか。なら、ゆっくり休んでいてくれ。すぐに助ける」

「フウマ……」



 ローズは短く俺の名を呼ぶとゆっくりと目蓋を閉ざし、意識を失う。

 息はまだある様だが、出来るだけ早く助けないとマズそうだな。



「最後の別れは済んだか? タカネフウマ」

「要求は何だ?」

「自害しろ。俺の望みはただそれだけだ」

「なるほど。やけに俺を警戒した作戦を立てているとは思ったが、よっぽど俺が怖いのか」



 考えろ。

 ローズを救うためには、偽物である可能性があるレイザードを攻撃しても意味がない。

 可能であればローズを俺達の元まで転移させたいが…



「……っっ!!?」



 レイザードに右腕を折られたローズが痛みに悶え、強制的に気絶した状態から起こされる。



「何をしている。さっさと自害しろ」



 どうやら考える猶予は俺には無いらしい。



「仕方ない。この方法は取りたくなかったけど、やるしか無いか」

「風舞くん。もう良いわよね?」

「ああ。構えろよレイザード。俺の女に手を出した事を死ぬほど後悔させてやる」

「気が触れたか? この距離では俺がローズを仕留める方が早い」

「忘れたのか? 俺には距離なんて関係ねぇよ」



 レイザードの持つ黒い剣がローズの首に当てられてはいるものの、それはまだ致命傷では無いし、ローズが殺されるまでの間に僅かながらにラグはある。

 ならば、ならば……


 思考を研ぎ澄まし、脳が音だけでなく視界すらも不要な情報と判断するまでに集中する。

 タイミングを違えば、ローズが死ぬ。


 集中しろ。

 この際、ローズ以外は全て計算から省いて良い。



 土御門舞流剣術 秘奥……



 横から音ではなく気配という情報が入力される。

 この気配は、俺が何度も己の身に受けた彼女の技の始点の気配だ。


 それに合わせ、全力かつ最短で……



「天橋!!」「ディメンションコラプス!!」



 周囲からあらゆる情報が置き去りにされ、肉体の消滅と共に肉体の生成が行われる。

 空間のみならず時間までもが制止する中、俺の意識だけは彼女を救うために動き続ける。



「……っっはぁ……はぁ……はぁ」



 徐々に視界が戻り、動きを止めていた肺に空気が流れ込む。

 肺に穴でも空いているのか上手く呼吸が出来ないが、俺の腕の中には確かに彼女の姿があった。



「ふぅ。久しぶりだなローズ。助けに……」

「待てフウマ!! それは妾では!」



 方目を潰され腕の折れた身体で俺の元へ駆け寄る彼女と同じ姿の少女が、俺の腕の中でドロリと笑みを浮かべて俺の胸に腕を突き刺す。



「ウフフフ。油断大敵かしらね」



 音は聞こえず、既に周囲の気配すらも朧気な中、そんなおぞましい声だけが俺の耳に届いた気がした。




 ◇◆◇




 舞




「ウフフフ。油断大敵かしらね」



 彼の薄くしなやかな胸を腕が貫いている。


 何故?

 何故、私はコレがローズちゃんだと誤認していた?


 コレの気配は弱々しくもローズちゃんのものであった筈だ。

 それなのに…



「フウマ! おい、フウマ!!」

「フレンダ様! どうかフーマ様の魂を…」

「分かっています! エリス! 私の体をお願いします!」



 皆が倒れた風舞くんの治療を始めている。

 何故、風舞くんが傷ついた?


 何故、何故……



「まさかこれほどまでに上手くいくとはな」



 ローズちゃんを救う風舞くんを支えるために、斬り裂く事よりも斬り飛ばす事を優先したためか、レイザードが胸に大きな傷を作りながらも闇の中から再び現れる。



「これは一体、どういう事かしら?」

「どういう…とは?」

「……いいえ。そうね、そんな事は貴方を殺した後でゆっくりと紅茶でも飲みながら風舞くんに解説してもらえば良いわ」

「無駄なことを。気づいているのだろう? 俺にお前の攻撃は通用しない」



 レイザードがそう言いながら胸元の傷を指でなぞり、それと共に闇が傷を修復していく。



「別にそんな事はどうでも良いわ。私の攻撃が通用しようがしまいが、貴方は必ず殺す」

「どうやって?」

「こうやってよ!!」



 神降しという引き金を弾き、鎧袖一触に漆黒の雷を纏いつつ、星穿ちを振って謁見の間の闇を全て取り除く。

 レイザードは私の攻撃を躱し、廊下へと飛び出していったが、そんな事は関係ない。



「遅い!!」

「ちっ…」



 廊下を走るレイザードが私に追いつかれて舌打ちをするが、この程度のスピードで私から逃げられるはずがない。



「フハハハハ! 遅い! 遅すぎるわ! この私を相手に、線で移動している者が逃げられるわけがないでしょう!!」

「ならば!」



 レイザードが己の姿を溶かし、周囲の闇を操って私に向ける。



「土御門舞流剣術 秘伝 花刺!」



 纏う雷を無数の刃に変えて周囲の闇を全て吹き飛ばし、払われた闇の中で驚愕するレイザードの腹を蹴り飛ばす。



「つまらん。つまらんなぁ! 下郎! この程度で私の男に手を出したのかしら?」

「クソっ…」

「魔王の座が欲しいだか何だか知らんが、雑魚は雑魚らしく泥を啜って伏していなさい」

「……あまりこの手は使いたくなかったが、仕方ない」



 立ち上がったレイザードがそう言うと共に全身が弛緩し、一息に視界が歪む。



「この程度…」



 闇という異常を正常に正し本来の在り方に戻そうと試みるが、私を中心とした異常は私を蝕み続け、中々本来の状態に戻らない。



「その力、どこで手に入れたのかは知らんが、かなり消耗するだろう?」

「それが何だと言うのかしら? 貴様を殺すぐらい、指一本動けば十分よ」

「そうか? だが、先程までの勢いが失せているぞ」



 目の前に現れたレイザードに腹を蹴られ、そのまま後方に弾き飛ばされる。

 闇には触れていない筈なのだが、私の中の力がどんどん失われていく。

 それに、私の弱体化に合わせて敵の能力が上がっている様な…。



「お返しだ」



 風舞くんでは無いのだから、戦闘中に余計なことに頭を回すなど、迂闊だった。

 胴を袈裟斬りにされ、城を崩しながら瓦礫に埋まる。



「フフ……フフフ………フハハハハ! 良いぞ! そうこなくてはなぁ雑兵!!」



 力が奪われるからどうした。

 力が封じられるから何だ。

 ならば更なる力を呼び起こし、戦神として多くを破壊し殺すのみ。



「さぁ、第二幕と行こうか」




 ◇◆◇




 シルビア




 フーマ様がローズ様の偽物に胸を貫かれ、倒れてしまった。



「一体何が…」

「魔封結晶。マイが殺して行った子供の中にあった」



 私達がローズ様だと勘違いしていた気配はローズ様の魔封結晶が放つものであり、あまりにも弱々しかったためか、誰もその違いに気が付けなかったらしい。



「おいフウマ! おい!」

「フーマ様、どうか……」



 ローズ様が呼びかけトウカさんが治療を行うが、フーマ様は目を覚まさない。

 私が今すべき事は何だ。

 私は…………。



「エルセーヌ。力を貸して」

「オホホ。何をするつもりですの?」

「私ではレイザードに敵わないどころか、フーマ様を救う事が出来ない。だから、皆にお願いする」

「オホホホ。なるほど。承知いたしましたわ」



 私は勇者や魔王や巫の様な力もなく、千年にも及ぶ経験も、ズバ抜けた頭脳も、他の追随を許さないほどの戦闘センスもない、ただの獣人だ。

 本来の私はこの様な場に立つ資格もなく、この場において出来る事はほとんどない。


 しかし、フーマ様はこんな私でもそばに置き、私と共に戦える事を嬉しいとおっしゃってくれた。

 ならば、私は私に出来る事をしよう。



「皆様。どうかフーマ様を救うため、レイザードを屠るためにお力をお貸しください」



 私はこの場にいる皆に向かって頭を下げる。

 彼らは各国の代表であり、それぞれの大国の要である存在だ。

 彼らの力があればフーマ様を救えるかもしれないし、今もなおマイ様と戦うレイザードを屠る事が出来るかもしれない。



「どこの馬の骨とも知らん奴の頼みをこの俺に聞けと?」



 ドラゴニュートの男性が私を睨みながらそう言う。

 確かにそうだ。

 私はフーマ様の筆頭従者ではあるものの、それはフーマ様が私にくださった肩書であり、私自身は何者でもない。

 だが…。



「はい。その通りです。私には何の力もなく、皆様に動いてもらうだけの対価も支払えません。孤児院出身で平民である私には理解できない事ですが、皆様には重い立場があり、それ故に動けない理由があるのだと思います。きっとそれは多くの弱き民を守るため、そして多くの明日を望む民を幸せにするために必要な事なのでしょう。ですが、私はそれを承知で再度皆様に要求します。どうかフーマ様を、私のご主人様を助けてください!」



 私は彼の、フーマ様の従者としてここにいる。

 おそらくこれは従者として行き過ぎた行動だし、アンがいれば止められていたかもしれない。

 それでも…



「彼は御伽噺の勇者様の様に清廉潔白であらゆる不幸を祓う力があるわけでも、全ての人々に安寧をもたらすわけでもありません。しかし、フーマ様は不幸に喘いでいる者がいれば手を差し伸べ、共に歩むだけの勇気をくださいます。例えどんな身分の者でも、例えどんな種族の者でも、人族であろうと魔族であろうと、彼はより多くの者を救うためにいつも小さな勇気を振り絞って、私達に立ち上がるだけの小さな力を授けてくれます。ですから、どうか。どうかフーマ様を……私の勇者様をお助けください」



 フーマ様はいつも一人では何も出来ないと言っていたが、彼がそうなのであれば、私には出来る事など何もない。

 それにも関わらず、フーマ様は些細な事でも私を褒め、私を一人の獣人として認めてくれる。



「オホホホ。私からもお願い致しますわ。ご主人様はこの場に皆様を集め、長きに渡り門戸を閉ざしていたエルフの里に新たな風を吹き込み、我が国とラングレシア王国を繋ぎ人族と魔族の架け橋の礎を築いた偉大なるお方ですの。ここで恩を売っておいても、損は無いと思いますわよ?」

「やれやれ。そんな必死にお願いされなくても、力なんていくらでも貸してあげるに決まってんじゃん。ほら、シルビアはとりあえず頭を上げて涙を拭く」

「ターニャ様……」

「良い? 私達エルフは滅びるはずだった運命をあの日、師匠やマイやローズ達に救ってもらった恩がある。それにも関わらずここで師匠達を見捨てて里に戻ったら、ママや里長や里の皆にもの凄い怒られちゃうよ。どうして私達の英雄を、私達の同胞を見捨てたんだってね。ていうか、私達エルフと師匠やシルビアはマブなんだから、頭なんか下げなくても助けるに決まってんじゃん!」

「まったく…ター姉は自由すぎるよ」

「何でよ! だって私の友達が泣いてんだよ!? 助けるに決まってんじゃん!」

「そりゃあそうだけど、何事にも順序ってものがあってね」

「ユーリアの頭でっかち!」

「はいはい。もうター姉の好きにすれば良いよ」



 ターニャ様とユーリア様はそう言うとフーマ様の元へ駆け寄って行き、トウカさんと共に治療を始める。



「エルフの皆様に先を行かれてしまいましたね。シルビア様、もちろん我々もお力添えを致します。そもそもこの様な危険な世界に勇者様方を招いた責任が私達にはありますし、何よりも今日までこの大陸を守るために奔走してくださった皆様はシルビア様を含め、私達にとって紛う事なき英雄です。そんな皆様にお力添えしないなど、末代までの恥となりましょう」

「……ありがとうございます」

「この中で声を上げるのはとても大変だったでしょうが、よくぞ頑張りましたね。私は一国の王女としてではなく、同年代の一人の女性として、貴女を心より尊敬致します」

「……あり…がとうございます」

「ヒルデ。シャーロット。貴方達はフーマ様やローズ様の治療を。エスとクロードはマイ様の加勢に行きなさい」

「しかし…」

「クロード。私への忠義は嬉しく思いますが、外交的なく子細は後からどうとでもなりますし、何よりも私も一人の人間として、皆様のお力になりたいのです」

「……分かりました」

「苦労をかけますね」

「いえ。それが俺の仕事ですから」



 クロードさんはそう言うとエスさんと共に、一人で戦うマイ様の加勢へ行ってくれる。



「オホホホ。セイラム様、結局最後まで残ってしまいましたわね。レイザードがこの場に現れたのは我が国の問題だというのに、恥ずかしくはありませんの?」

「しかし、しかしだな…」

「……黒鴉。我々スカーレット帝国もその少年のために力を尽くそう」

「オホホホ。アメネア様、生きていたのですわね」

「そこに転がってたから、マイから流れてきた力で治した」



 フレイヤさんがそう言いながら、ラミアの女性に肩を貸してこちらに近づいて来る。



「セイラム。黒鴉の言う様に、クロードは我々の問題だ。他国の者に任せきりでは、後にしこりが残る」

「だが、ここで俺達が全滅すればこの国は…」

「ならば、お前はここに残っていろ。リディア。すまないが、タカネフウマの治療に協力してやってくれ」

「ん…。あれは陛下のお気に入り…仕方ない」

「オホホホ。セイラム様。美しい女性の皆様とここに残りたいのは分かりますが、将軍のくせに恥ずかしくありませんの? いくらこすい戦術と勝てる戦だけでここまで成り上がったとはいえ、ここまで臆病だとあまりにも弱弱で笑えて来ますわね」

「……くそっ! 覚えてろよ黒鴉!!」

「オホホ。私、鴉ですので三歩歩いたら忘れてしまいますわ」

「それは鶏だ!!」



 そんな謎の怒声と共にセイラムと呼ばれたドラゴニュートの男性が走って行き、マイ様の戦う戦場へと向かう。



「オホホホ。お疲れ様ですわシルビア様。シルビア様の働きにより、各国の重鎮が動きましたの」

「そうかな? 皆、もともとやる気だったみたいだけど」

「オホホ。そういう細かい事は気にしなくても構いませんわ。これはご主人様からのご褒美も凄いことになりますわね」



 そう言ってエルセーヌが私に笑みを向けたその時だった。

 フーマ様の胸を貫き、即座にマイ様に斬り殺されたはずの灰色の少女がむくりと起き上がり、不気味な笑みを上げ始める。



「ウフフフ。キシシシ……ウフフフ。キシシシ。ウフフフキシシシウフフフキシシシ」

「オホホ。おかしな笑い方ですわね」

「それはお前には言われたく無いだろうが、あれは何度殺しても立ち上がり、完全に切り刻んでもまた何処かから現れて来る」



 ラミアの女性がそう言っている間に私達の周囲を無数の双子が取り囲み、不気味な笑みをこちらに向けてくる。



「オホホホ。男の方はマイ様が倒したはずですがこの様子を見る限りまだ生きている様ですし、困りましたわね」

「マイ様は城内に本体がいるはずと言っていた。ここはエルセーヌに任せても良い?」

「オホホホ。まさかお一人で行くつもりですの?」

「私も一緒に行く」

「であれば、私も同行しよう。城内に詳しい者もいた方が良いだろう」

「オホホ。アメネア様はしばらく寝ていた方が良いと思いますわよ?」

「まんまとレイザードに捕まり、陛下への人質となったのだ。この失態は早急に雪がねばなるまい」

「オホホホ。それでしたら、私の翼にも各所を調べさせて本体を探させますの。ここは華麗な私と、状況が読み込めずにキョロキョロしているシェリー様、それと戦いに行けば良かったとうずうずしているターニャ様で何とか致しますわ」

「よし! それじゃあやるよシェリー!」

「ん? よく分かんねぇけど、こいつらをぶっ飛ばせば良いんだな?」

「オホホ。そういうわけで、こちらはお任せくださいまし。アメネア様、道中シルビア様を虐めてはダメですわよ?」

「分かっている。シルビアと言ったか。ついて来い。まずはここを抜けるぞ」

「はい!」



 そうして私は私に出来る事をするために、双子の大群を超えて謁見の間を飛び出すのであった。




 ◇◆◇




 風舞




 ローズの姿を真似た双子に胸を貫かれた後、俺は白い世界にやって来ていた。

 いつもは白いだけで何にも無いこの世界だが今日はあちこちに亀裂が走り、ところどころに大きな穴が出来てしまっている。



「スカーレット帝国の防備よりもレイザードの方が上手だった。とは言え、エルセーヌ達は結界魔法で闇を防げていたし、問題があったとすれば何者かがレイザードに人質にとられたことか。ツヴァイさん達の話では、レイザードが現れたら上手いこと誘導して謁見の間に連れて行くって事だったけど、おそらくそれを失敗したんだろう」



 レイザードを含めて闇を扱う能力はこれまでの比では無かったし、それに対処しきれなかったのも無理は無い。

 まさか帝都を覆うほどの闇を敵が扱うとは想定出来ないだろうしな。



「とは言え舞のおかげで帝都の魔族はあらかた避難出来ただろうし、帝国の兵士が思ったよりも優秀で立て直しも早かった。レイザードを斬り飛ばしたおかげでローズも逃げ出せたみたいだし、ほとんど完璧じゃね?」



 こちら側の被害はローズがもの凄い怪我をしていた事ぐらいだし、あれなら回復魔法でどうにか出来る。

 それにローズが無事であればお姫様も動いてくれるだろうし、レイザードと言えども王国最強の騎士に勝てるほど強大では無い…と思いたい。



「何はともあれ良かった良かった。皆無事だし、パーフェクトな……ふ、フレンダさん?」



 気がついたら、すぐそばにフレンダさんが立っていた。

 それもいつもの様に優しさの篭ったゴミを見る目で俺を見下ろしているのではなく、ポロポロと涙をこぼしながら怒った顔で俺を見下ろしている。



「何が完璧、何がパーフェクトですか。お前はこのままでは死ぬのですよ?」

「みたいですね。ここがこんな風になるのは初めて見ました」

「お姉様が外で泣いています」

「そうですか。ローズには悪い事をしましたかね」

「フーマ。お前はどうして…」

「フレンダさん。ここが完全に壊れて無くなる前に、俺の魂を全部もらってくれませんか?」

「嫌です」

「嫌って、最後ぐらい俺のお願いを聞いてくださいよ」

「嫌です!」

「ちょ、ちょっとフレンダさん?」



 フレンダさんが涙を流しながら、俺の胸に顔を埋める。



「嫌です。フーマが死ぬなど嫌です!」

「そんな事言っても、流石に今回は無理でしょう? 俺の体力は一瞬で0になりましたし、いくらフレンダさんが早く来てくれたとは言え、ここまでボロボロじゃ修復のしようがありません」

「どうにかなさい! お前ならどうとでも出来るでしょう!」

「さっき試しましたけど、どうやら無理みたいです」

「どうして!」

「もう、身体が動かないんですよ。ギフトどころか魔法も無理そうです」

「そんな……私はまだお前に言いたいことや教えてやりたいこと、共に行きたいところ、それに食べさせてやりたいものなど、まだまだ無数にあると言うのに…」

「フレンダさん、俺のこと好きすぎじゃないですか?」

「好きに決まっているでしょう! この私がここまで愛してやる人間など、他にいてたまるものですか! 私はお前が好きです! 大好きです!」

「まさかあのフレンダさんにそんな事を言ってもらえる日が来るとは…」

「おい! 何を寝ようとしているのですか! 私は、私はまだお前に何も!」

「フレンダさん…どうか俺の魂をもらってください。出来れば皆に伝言を頼みたいんですけど、流石にもう限界みたいです」

「そんな…まだ、まだ何か方法が………」

「フレンダさん」

「何ですか? 何か私に出来る事があれば何でも……」

「俺もフレンダさんのこと、好きでしたよ」



 そこで意識が途切れ、静寂が訪れる。

 そうして俺という存在は薄くなり、消えていった。



























 ◇◆◇




 フレンダ




 消えてしまった。

 フーマという存在が、生意気にも私の心を奪って行った存在が消えてしまった。


 もうここには何も無く、フーマと共に夜通し遊び通した白い空間も消え、静寂だけがただ周囲を包んでいる。



「フーマ………」



 私の声は誰にも届かず、誰も反応してくれない。

 私が声をかけると面倒くさそうな顔をしつつも嬉しそうに笑みを浮かべてくれた彼は、もうここにはいない。


 しかしそんな空間に、一人の女性の声が響いた。



「やぁやぁ。どうもどうも。初めまして」

「お前は確か…」

「あぁ、そう言えば風舞と一部の記憶を共有しているんだっけ」



 この能天気な表情と声、それにこの柔らかそうな金髪には見覚えがある。



「そう! その通り! 私こそが天才美容師にして、日本最強の魔法使いにして、皆大好き風舞の実のお母さん! 特別に舞姫(まき)ちゃんって呼んで良いぜ! フレンダ・スカーレットちゃん?」



 風舞によく似た憎たらしい顔の女性はそう言って私の顔を覗き込みながら、笑みを浮かべるのであった。

次回、13日予定です

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― 新着の感想 ―
[一言] (・∀・)く舞姫ちゃーーーーん!
[一言] 風舞どうなるんやこれ…ってので頭いっぱいだった上にこれフレンダさん自暴自棄になって暴走でもしそうやなって思ってたら最後の最後で舞姫ちゃんに全てもっていかれたw
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