94話 決起
風舞
少し前に悪魔を扇動する神によって転移を妨害された事があったが、今回はそれに比べればかなり楽に転移出来た。
というよりも、ギフトを使って転移魔法をベースに安定感を付与すれば一発で転移できた。
ただ、それでも俺のギフトは相変わらず俺に厳しいみたいで、ちょぴっとだけ体調が悪くて口の中が血の臭いで染まっている。
『トウカ。上空が恐ろしいのは分かりましたから、抱きついているついでにフーマを治療してやってください』
「べ、別に恐ろしくはありませんが、治療であればお任せください!」
いつもより数段早口なトウカさんが目を瞑ったまま俺に回復魔法をかけ、傷ついた俺の肉体の修復をしてくれる。
「ところで風舞くん」
「ん? どうした?」
「私にはスカーレット帝国の帝都とやらがどっぷり闇に浸かっている様に見えるのだけれど、あれはこの都市の観光名所だったりするのかしら?」
「だったら良いんだけど、どうやら違うみたいだぞ」
帝都を覆う壁の一部が破壊でもされたのか、壁際で戦う兵士が後ろから迫る黒い靄と目の前の敵に挟まれてかなり慌てているし、この惨状を観光名所として解釈するにはかなり無理がある。
しかし、先ほどポラムでも俺達の前に確かな脅威として立ち塞がった黒い靄が、スカーレット帝国の帝都の多くを呑み込んでしまっている惨状は、現実から目を逸らしたくなる程に酷いものであった。
「アインさん。ちょっくら俺達は壁の周りの敵を片っ端から片付けてるんで、城の方の情報を集めてもらっても良いですか?」
「構いませんが、それでは直接城に向かった方がよろしいのではありませんか?」
「ローズの大切な民を人質にはされたくありませんし、城の方はまだ大丈夫だと思います。それと、これは出来れば良いのでフレンダさんの身体を持って来てくれると助かります」
「かしこまりました。ツヴァイ、行きますよ」
「了解です。それじゃあ皆さん、また後ほど」
そうして頼りになる暗部の二人は空中で器用に姿勢を整えて城の方へと飛んで行く。
「という訳だ。とりあえずは壁の外の連中を殲滅して、アインさん達が戻って来たら城に乗り込む。黒い靄の密度的にあそこにラスボスがいるのは間違いないだろうし、潜入ルートが確保できるまでは出来るだけ兵士の負担を減らすとしよう」
「風舞くん。私は少し別行動をするわ」
「別行動って。何をするつもりなんだ?」
「街中の暗闇の中を走り回って動けなくなっている魔族を助けながら、最低限戦闘範囲内の闇を払える様に練習して来るわ」
「…分かった。なら、そっちは任せる」
『本当に良いのですか? 今の帝都はどこに何が潜んでいるのか分からないのですよ?』
「舞なら問題ありませんよ」
「ふふ。その通りよ。それじゃあ風舞くん。後で会いましょう!」
舞はそう言って俺にキスをすると、そのまま空を飛んで帝都の中でも黒い靄の範囲が広い方へ一直線に飛んで行く。
舞にキスされた瞬間、フレンダさんが生唾を飲む音が聞こえたんだけど、ただビックリしただけなんだよな?
決して舞に惚れそうだとか、そういった他意は無いんだよな?
「舞はあげませんからね」
『……何の話ですか?』
「フーマ様。あそこの兵士が、限界の様です」
「ああ。行くぞ!」
シルビアが指差した方向で黒い靄に飲まれ、目の前の悪魔に襲われそうになっていた兵士の元まで転移し、適当に魔法を撃って少しだけ前線を押し上げる。
「あ、アンタは?」
「通りすがりの勇者ですよ。後ろの黒い靄…というより闇は土魔法とかで壁を作れば防げます。こっちの敵は俺達で抑えておくので、部隊の再編を」
「あ、ああ! お前達、援軍が来たぞ!!」
魔族の前で勇者だなんて言ったら一悶着あるかとも思ったが、猫の手でも借りたい程に逼迫していたのか、俺の提案通りに動ける兵士達で連携をとって部隊の立て直しを始める。
さてと、それじゃあ俺はこの目の前の大軍をどうにかしますか。
「フーマ様。いかがなさいますか?」
「とりあえず敵が多そうな方に真っ直ぐ進もう。んで、転移魔法陣を破壊する」
『正気ですか? 敵の数はかなりのものですよ?』
「多分出来ると思いますよ」
俺はそう言いながら敵の方へ向かって手ぶらのまま歩く。
今回は防衛戦だし、別に敵を倒す必要はない。
「グギャァァァァ!!」
鋭い牙の生えた大型の悪魔が殴りかかって来たところを素手で触れ、衝撃が伝わる前に転移させる。
流石に真正面から拳を受け止めたら腕にヒビぐらいは入りそうだが、舞のお陰で近接戦における間合いに関してはかなり理解出来ているし、少しだけいなして転移させるぐらいならなんて事はない。
悪魔と魔族の攻撃をいなし、素手で触れ、ダメージを受ける前に転移させる。
これならばわざわざ倒さずとも前線を押し上げられるし、この程度の転移魔法であればそこまで魔力の消費も大きくない。
「ね? 大丈夫そうでしょう?」
『まったく、油断しすぎです。右前方から魔法で狙われていますよ』
「ふふ。お任せください」
味方の陰に隠れてこちらを狙い撃とうとしていた魔族をトウカさんが魔法で攻撃し、俺を守ってくれる。
近距離で俺の手が回らない範囲はシルビアとフレイヤさんが補ってくれているし、それ以上の距離はトウカさんが魔法を使って抑制してくれている。
念のために体が大きい悪魔は空中から敵の頭上に墜落させて、敵の行動を抑制する様に障害物を置きながら移動しているし、敵の追撃が多すぎて捌き切れないという事もない。
「って、あれ? 何でシルビアは泣いてるんだ?」
「こ、これはその。目にゴミが入ってしまって」
「だ、大丈夫か?」
「フーマ様! 流石にフーマ様抜きでこの数は…」
「あ、ああ。すみません! でも!」
し、シルビアが何故か泣きながら戦っている。
どうしたんだ? まさか悪魔の軍勢が恐ろしいのか?
「大丈夫か? 辛いなら、少し休んでるか?」
「ち、違うのです。フーマ様と共にこうして誰かを守るために戦えるのが嬉しくて…」
「ゴグラァァァァ!!」
「うるさい! 今良いところなんだから邪魔するな!!」
「ゴガッ!?」
『まったく。いつまでも話していないで、真面目に戦いなさい』
「あぁ、すみません。でも、これだけは…」
俺は正面の敵を少しだけ押し返してからシルビアの方を向き、彼女の顔を真っ直ぐに見つめながら涙を拭いて口を開く。
「俺もだ。ここまで一緒に来てくれて、ありがとう」
「……はいっ!!」
シルビアは数ヶ月前まで、幼馴染みと共にパン屋で働くただの女の子だった。
それが今や数多の猛者が並び立つ戦場で力を奮い、並々ならない成果を出している。
「フレンダさん。ちょっとだけ無茶しますよ」
『やれやれ。仕方ありませんね』
ならば俺も共に歩んでくれる少女に恥じないぐらいの成果を出して見せよう。
「『ソウルコネクト!!』」
吠えろ高音風舞。
今こそ、勇者として意地を見せる時だ!
◇◆◇
舞
敵の作戦は単純だ。
触れるだけで力を奪う闇で帝都を覆い、邪魔が入らない状況で魔王であるローズちゃんの首を狙う。
転移魔法の使える風舞くんをポラムで足止めしていたのも、あの闇で城を覆い尽くして風舞くんが助けに行けない環境を用意するためと考えれば、合点がいく。
「それほどまでに警戒されていた風舞くんは誇らしいけれど、風舞くんばかり目立つのは彼女として見過ごせないわね!」
悲鳴や怒声の響く帝都の中を走り、闇を斬り払って捕われた魔族を片っ端から救っていく。
敵は風舞くんにかけられた呪いが解けた事は知っていたみたいだが、私が呪いを解いた当人だとは知らない様子だった。
つまりこれは、謎の超新星としてその名を轟かせるチャンスに他ならない。
「フハハハハ! レイザードだか何だか知らないけれど、この私の敵では無いわ!!」
そうしてスカーレット帝国の魔族の皆々様に、私という偉大なる存在を知らしめていたその時だった。
「キシシシシ。そこまで」
「ウフフフフ。そこまでよ」
私の行手を遮る様に、二人の灰色の子供が闇の中から現れる。
「邪魔よ!」
見敵すると同時に加速し一太刀で二人の首を跳ねたが、どちらにも命を奪った手応えがなく、私が通り過ぎると同時に闇になって消えてしまう。
「なるほど…闇には分身を作る力もあるという事ね」
「キシシシシ。どれが本物でどれが偽物?」
「ウフフフフ。どれが本物でどれが偽物かしら?」
「そんな事、どうでも良いわ! 私の行手を阻むのなら、何度でも切り捨てるのみよ!」
ふっふっふ。意識のない闇を切り飛ばすだけではちょうど暇になりそうだと思っていたところだし、良い暇潰し相手になりそうね!
◇◆◇
ローズ
暗闇に呑まれた結界の中で、共に結界に守られた者が今後の方針を話しあっている。
レイザードの操る闇は物体で干渉出来るために、結界を解除すると同時に魔法を使って吹き飛ばせばこの闇の中から脱出出来るという意見も出たが、セレスティーナやリディアの様に戦う事にあまり慣れていない者には、その策はかなり厳しい。
「だからそれは許容出来ないと言っているだろう。姫様に万が一の事があった場合、お前に責任が取れるのか?」
「ウルセェ! だったら、この状況をどうするって言うんだよ!」
「まぁまぁ。人間の騎士さんも、ドラゴニュートのおじさんも落ち着きなよ。どうせそうこうしているうちに、師匠が助けに来てくれるって」
「師匠だと? 誰の事を言っている!!」
確かにこのままここに閉じ籠っていれば、おそらくフウマやマイが駆けつけてくれる。
じゃが、それでは己の責務を果たすために奴等と離れておった意味も無くなってしまうし、こうしている今も帝都に住む民が危険に晒されている可能性は十分にある。
「エリスよ。妾だけを結界の外へ出してくれ」
「オホホホ。承知いたしましたわ」
「ちょっと待て! まさか、お前だけで逃げ…」
「安心せい。お主らを置いて逃げたりはせんよ。妾が一人でレイザードを仕留めてくる」
「ローズ様お一人で可能なのですか?」
「セレスティーナよ。妾は千年を生きる吸血鬼、大魔帝じゃぞ? 誰にものを言っておる」
吸血鬼の顎門を発動させ、今の今まで保っておった全盛期の頃の肉体に力を流し込み、外の暗闇を吹き飛ばせるほどの気と魔力を生み出して全身に纏う。
ここにいる皆を多少威圧してしまったが、妾とて何の準備も無しに外の闇に対抗出来る訳ではない。
「……こ、これ程とは」
「セイラム」
「は、はっ!」
「ここはお主に任せる。そこの姫君は我が国にとって絶やしてはならぬ炎じゃ。お主の将軍としての力、期待しておるぞ」
「………御意」
「うむ。ではエリス」
「オホホホ。あまり無茶をして、ご主人様の活躍の場を奪わないでくださいまし。せっかく帝都まで足を運んでくださっているのに、無駄足にしてしまっては可哀想ですわ」
「そうか。既にフウマも来ておるんじゃな」
あやつがすぐそこにまで来てくれている。
今は周りの闇のせいで気配を感じとれぬが、あやつがすぐそばにいると知れただけで力が湧いて仕方がない。
「オホホ。準備はよろしいですわね?」
「うむ。では、行って来る」
さぁ、大魔帝としての最後の戦の始まりじゃ。
次回、9日予定です




