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86話 待合室

 

 風舞



 朝から舞に叩き起こされて何故か真横にいた明日香に睨まれたりしながらも、特に問題もなく出発の準備を終えた俺は、離宮の前でお姫様やクロードさん達と合流し、出発前の最終確認を行なっていた。

 いや、旅程を確認しているのは舞とトウカさんで、俺はアンや明日香に出発前の挨拶をしているだけか。



「それじゃ、パパッと行ってパパッと帰って来るから、二人とも元気でな」

「うん。フーマ様こそ、またボロボロになって帰って来たら嫌だからね」

「……気を付けてね」

「ああ。……体調でも悪いのか?」

「朝ご飯の時からずっとだけど、何かあったの?」

「ちょっと今は興奮出来ないだけだから気にしないで。あと、フーマはこっち見ないで」

「………ああ」



 何故か今朝から俺は明日香の方を向く事すら許されていないのだが、今日の俺の顔はそんなにブサイクなのだろうか。

 明日香に嫌われる様な事をした覚えは何も無いのだが…。



「さて、そろそろ出発だけれど準備は良いかしら?」

「ああ。とりあえずスエズス運河の方に跳べば良いんだろ?」

「ええ。そこからは何回か転移して、河口が見えたら徒歩での移動よ」

「分かった。それじゃあ、行って来ます」

「あ、フーマ様…」

「……アン?」



 話をしていた舞達の方へ行こうとしたら、アンに服の裾を掴まれた。

 咄嗟に振り返った俺と目が合ったアンが気まずそうに目を逸らして、ゆっくりと手を離す。

 俺はそんなアンに少しだけ屈んで視線を合わせ、アンの言葉を待った。


「あの……えっと、気をつけてね」

「ああ。ちゃんと戻って来るから、アンも無事でいてくれよ」

「……うん」



 俺に抱きしめられたアンが小さく頷き、俺を数秒ほど抱きしめてからパッと離れて笑みを浮かべる。



「それじゃあ、行ってらっしゃい! シルちゃん、フーマ様をお願いね!」

「うん。アンも頑張って」

「うん。私はもう大丈夫だよ」

「明日香ちゃんも風舞くんにギュッとしてもらわなくて良いのかしら?」

「お……おういぇ」



 言葉を詰まらせた明日香が苦し紛れにセリフを探したのか、明日香にしては珍しくおかしな事を口走っている。



「何だそりゃ」

「うっさい。まぁ、気をつけてね」

「それ、さっきも聞いたぞ」

「別に何回言おうとウチの勝手でしょ。ちゃんと帰って来ないと、マジで許さないから」

「はい……善処します」

「よろしい。んじゃ、みんなも気をつけてね。お姫ちんも、頑張って!」

「はい。こちらはお任せいたします」



 そうしてようやく最後に明日香の笑みを見られた俺達はアンや城の皆に見送られて、王都を後にした。

 さてと、ようやくローズに再会出来るわけだし、気張って行きますかね!




 ◇◆◇




 フレンダ




 ラングレシア王国との講和条約に向けて式典の会場を確認し、いよいよ決戦の日に対して実感が湧いて来た頃、私は国内に侵入者が現れたという報告を受けて、今回のために急ピッチで建造させた人族のための大使館に足を運んでいた。

 侵入者が牢屋ではなく大使館に通されたという事は、その何者かは下賤な輩では無いのだろうが、その様な者に覚えのない私には厄介事以外の何物でもない。



「それで、侵入者とやらの目的は?」

「それがフレンダ様か皇帝陛下を呼べとの一点張りでして」

「はぁ。どこの誰かは知りませんが、この忙しい時に面倒な客ですね」



 大使館に馬車が着くまでの間にメイドからの報告を受けた私はため息をこぼしながらも、何者かに面会するために馬車を降り、大使館の扉を開ける。



「なぁ、ミレンが魔王って事は、ミレンに頼めばこの国で一番強い奴と戦わせてもらえんのか?」

「お、おいシェリー! 俺は面倒事はごめんだからな! ただでさえ、カグヤさんのせいで犯罪者みたいな扱いされてんのに、これ以上魔族の皆さんに睨まれるのは俺は嫌だからな!」

「そんな心配しなくても大丈夫だって。ていうか、二人もこっちに来てこれ飲まない? 何かよく分かんないけど、すっごく美味しいよ!」

「あぁぁぁ!! 俺達はとりあえずここに通されただけだから、エントランスで大人しくしてようって言ったのに、勝手に開けちゃったんですか!?」

「えぇ……だって暇だったしぃ…」

「だってって……俺は知りませんからね。弁償しろって言われても、俺は知りませんからね」



 私が玄関に立っている事に気がついていないのか、平凡そうな人間の男が軽そうな頭を振りながら現実から目を背ける。

 この忙しい時にこの人族達は……



「こんにちはフレンダさん。いや、ここではフレンダ様と呼んだ方が良いですかね」

「……ユーリア。これはどういう事ですか?」

「僕達エルフの里も今回の条約に一枚噛ませてもらおうと思いまして、遠路遥々魔の樹海を越えてやって来ました」

「我が国はお前たちを招いたつもりはありませんが?」

「それに関しては里長から書状を預かっております」

「カグヤから?」



 あの腹黒エルフからの書状など見なかった事にしておきたいが、現に里長の息子のユーリアや次期里長のターニャが来てしまった以上、放っておけば国際問題になりかねない。

 非常に豪腹ではあるが、書状とやらには目を通さざるを得ないだろう。



「…………なるほど。要は今回の条約に第三者として出席するから、次はエルフの里と条約を結べという事ですか」

「はい。ター姉…次期里長には余計なことをしない様に言い含めておきますので、どうか出席だけでも…」

「文面がやたらと高圧的で腹が立ちますし、陛下に確認しない事にはなんとも言えませんが、出来る限り前向きに検討しましょう。しばらくは城内に部屋を用意するので、とりあえずそちらに移動してください」

「それじゃあ!」

「あくまでもとりあえずの措置です。いきなり押し掛けて来たのですから、多少扱いが雑でも受け入れるように」

「いやぁ。良かった良かった。叔母様に何が何でも条約に参加して来いって言われてたから、断られたら師匠に無理言ってどうにかしてもらうところだったよ」

「……フーマは今回の会談に参加しませんよ」

「えぇ!? 師匠って、ラングレシア王国の勇者なんだよね!?」

「それと同時に、我が国にとってはテロリストでもあります。背景はどうあれ、フーマはこの帝都をあわや再起不能のところまで追い込んだわけですからね」

「あいつ、そんな事してたのか…」



 あの時のフーマの活躍は私も認めるところではありますが、未だ帝国内部にはフーマの事をよく思わない陣営もありますし、しばらくは大人しくしておいてもらった方が、フーマのためにもなるでしょう。

 それにレイザードから宣戦布告をされた以上、あまりフーマを危険な場所に立たせたくはありませんしね。



「しかしそうなるとフーマには会えないのか。魔族だらけの中で、顔見知りがいたら安心すると思ったんだけどなぁ…」

「オホホホ。心配なさらずともご主人様は必ず来ますわ」

「び、びっくりしたぁ…」

「エリス。しばらく見ないとは思っていましたが、何をしていたのですか?」

「オホホホ。警備の隙に私の翼を差し込んで補強して回っていましたの。これでいつでもご主人様を手引き出来ますわ」

「おい。今回はあまりフーマの手を煩わせない様にしようと決めたのを忘れたのですか?」

「オホホ。それを決めたのはお母様と陛下だけですの。私は初めからご主人様と共謀する気満々ですわ。レイザードの首は私達がもらって行きますの」

「ん? レイザードって誰?」

「ター姉。あまり他国の事に首を突っ込まないの。それに、レイザードに関しては説明したよね?」

「あれ? そうだっけ?」

「まったく…」



 ユーリアは次期里長であるターニャに余計なことはしない様に言い含めていると言っていたが、この記憶力ではユーリアの言い付けをしっかりと把握しているのかすらも怪しい。

 フーマの弟子だと言うのなら、ある程度の知性は兼ね備えて欲しいものですね。



「とにかく、お前達はしばらく部屋の中で大人しくしている様に。それとエリス。フーマ達の事は任せましたよ」

「オホホホ。あの頑固頭のお母様がこの様な柔軟な対応をなさるとは、そんなにもご主人様が心配なのですわね」

「エリスが気儘すぎるだけで、私は別に頑固というわけではありません。それに、フーマならこちらがいくら拒もうと、必ずここまでやって来てしまいますから、勝手に動かれるよりはマシというだけです」

「オホホ。承知いたしましたわ。それでは、丁重におもてなし致しますの」

「ええ。任せましたよ」



 そうして私はエルセーヌを見送り、意外な来訪者と共に城へと戻る。


 ……待っていますよ。フーマ。




 ◇◆◇




 風舞




「何か思ってたのと違う」



 スカーレット帝国陣営と合流する手筈になっているポラムという街までやって来たのだが、その街は俺の思っていたものとはまるで異なるものだった。



「スエズス運河の下流にあるって言うから、ハルガみたいな港湾都市を思い浮かべてたのに、思いっきり軍事基地じゃん」

「一応、商人も出入りしているらしいわよ?」

「それもどうせ国の息がかかった商人なんじゃないのか?」

「風舞くんは随分と国営施設が嫌いなのね」

「別に嫌いじゃないけど、想像してた街と違うのが来て肩透かしをくらった気分だ」



 現在、ポラムまでやって来た俺達は橋の上での四度目の検問の待合室で、自分達の順番が来るのを待っている最中である。

 このポラムという街は川の真ん中にある三角州の上に立っている都市で、スカーレット帝国へ続く道と王都の方へ繋がる道を橋で繋いでいるのだが、軍事的に重要な施設であるためか、俺達はお姫様同伴であっても、度重なる検問を何度も受けていた。



「フーマ様はプラムはどの様な場所だと思っていたのですか?」

「何かこう、多種族入り乱れる雑多な街で、ちょっとガラの悪そうな屈強な男が歩き回っている街を想像していました」

「屈強な男は予想通り多かったわね」

「しかし、それと同じぐらい女性もいる様ですね」



 スキルや魔法やらがあるこの世界では、女性が戦場に立つ事もよくある事らしく、ラングレシア王国の兵士の男女比は大体五分五分だと聞いた事がある気がする。

 このポラムで見かける制服姿の兵士達も今のところ男女比は同じぐらいだし、これが一般的な軍事施設の在り方なのだろう。



「お待たせいたしました。次で検問は最後ですので、どうぞこちらへ」

「ふぅ。これで長かった検問もやっと終わるのね」

「ステータスカードの提示から始まって、持ち物検査をやって、身体測定もやって、次は何だろうな」



 ここまでは考えうる限りの一般的な検問だったが、この他に何があるのかと問われると、どうにも想像がつかない。

 偽造が出来るステータスカードを提示させたり、俺のアイテムボックスの中まで確認しなかったとなると、ここの検問はそこまで厳しいものでは無いと思うのだが…。



「最後の検問は面接です。お一人ずつこの先の部屋に入ってもらい、このパルムを治めるアリス様とお話ししていただきます」

「アリス様という事は、ここのトップは女性なのかしら?」

「はい。アリス様はこの国ではかなり珍しいハーフエルフの女性です」



 エルフはここ数百年ほど鎖国状態だったたし、ハーフエルフとなるとそれよりも昔にエルフの里から抜け出した逸れエルフの子孫という事か。

 確かにそれは珍しいな。



「まずは皆様、面接の前にこちらへどうぞ」

「こちらって、トイレですか?」



 案内のお兄さんが連れて来たくれた廊下には男女それぞれのトイレがあると思うのだが、何故に面接部屋の前にトイレがあるんだ?



「アリス様の面接はいささか過激ですので、失禁してしまう方も多いのです。掃除をするのも我々なので、どうぞご協力お願いします」

「あぁ……なるほど」



 ここまでの検問はかなり楽だとは思っていたが、一番最後の検問がこんなにもキツイのならばそれも納得だ。

 ラングレシア王国は大国なんだし、一人ぐらい悪人を判別するギフト持ちぐらいいそうな気もするが、ここで抵抗してポラムに入れない事だけは避けたいし、大人しく従っておくか。


 俺はそんな事を考えながらさっさとトイレを済ませ、恐怖のハーフエルフが待つ部屋へと入るのであった。

次回、24日予定です

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