表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
461/516

82話 ワクワクダンジョンキャンプ

 


 風舞



 戦闘においてダメージを受ける際に、最も重要な事は攻撃を知覚してダメージを受けるという事だと俺は思う。

 避けられない攻撃は必ずあるものだし、避けられずとも知覚さえしておけば最低限の受け身が取れる。



「……疾!」

「っっっ!!」



 舞の放つ無刀にして手刀の居合を素手で受け止めるが、勢いを逸らしきれずに俺はそのまま後方へと弾き飛ばされる。

 俺の場合、勢いを殺せずとも転移魔法があるために舞の攻撃を受けさえすれば十分なのだが、深い集中状態に入っていた舞は俺の慢心を許してはくれなかった。



「土御門舞流剣術 外伝 漆閃」



 漆黒の雷で視界が覆い隠され、辛うじて間に合った空間断裂の障壁が弾かれ衝撃が身を貫く。

 神降し状態の舞は瞬きすらも許さない速度で雷を散らし、僅か3手で俺を追い詰めてそのまま地面に縫い付けた。



「……参りました」

「……ふぅ。お疲れ様。大分目が良くなってきているわね」

「咄嗟に転移魔法を使っちゃうのが課題だな」

「転移後の硬直が無ければかなり強力なのだけれど、確かに今のままだと少し厳しいかもしれないわね」

「一応ギフトを使えば転移魔法の制約を緩くは出来るけど、あんまりやりすぎるとどうなるか分からないんだよなぁ」

「どうにかなる可能性があるのかしら?」

「ああ。下手をすると、体が消し飛ぶ」

「それは確かに困るわね…」



 近頃ギフトの力で転移魔法をトレースして分かってきた事なのだが、どうやら転移魔法の硬直は肉体を崩壊させずに転移するために必要な時間らしく、無傷で転移する上では欠かす事の出来ないものの様である。

 というのも、転移は肉体の消滅と出現を同時に行う事で成り立っているのだが、そのプロセスに必要なローディング時間を省略してしまうと、俺の体に致命的なバグが生じてしまいそうな気がするのだ。

 転移をする上での情報処理を省略した訳ではないので、実際には何が起こるのかは分からないが、ギフトを通してもせいぜいが転移した直後に魔法を放てる程度で、体を動かすとなるとグッと難易度が上がる気がする。



「転移後の隙を無くすのは難しそうでも、転移してすぐに魔法を放てるというのはかなり便利になったわね」

「トウカさんとのテレパシーで俺の魂の声をトウカさんに送るのに、転移魔法とギフトを使っているって話しただろ? それと同じ容量で魂の中で魔法の準備をしておけば、転移した直後に魔法が撃てるみたいだ」

「魂の中で魔法を準備ってどうやるのかしら?」

「俺もギフトでやっているだけだから分かんないけど……ほら、こんな感じ」



 軽く掌から炎を揺らめかせて、舞の前で実演してみせる。

 魂の中で魔法をスタンバイしておくのは元から使える魔法を少しアレンジする程度のため、ギフトの代償による肉体への損傷もごく僅かであるのがこの運用方法の良い利点だ。



「……これ、かなり使えるわね」

「そうか? 転移後に魔法を撃てるのは助かるけど、小手先の技でしかなくね?」

「風舞くんは気付いていないのかもしれないけれど、私からだと風舞くんが魔法を使う予兆が全く感じ取れなかったわ」

「マジで?」

「大マジよ。風舞くんの気配が少し揺らめくのは分かったけれど、戦闘中ならばそれは魔法を撃たずとも当然の事だし、普段から魔力の流れを見て魔法を避けている側からすると、かなり面倒な能力ね」

「マジかいな」

「まさかこの土壇場で新たな能力を身につけてくるとは、流石は風舞くんね。惚れ惚れしてしまうわ」

「……ありがとう」

「ふふ。どういたしまして」



 舞に馬乗りにされたまま地面に転がりつつ舞と見つめ合っていたら、俺を覗き込む様にもう一人の少女が呆れた顔で視界に入ってきた。

 呆れた顔をしながらも武器を構えているあたり、彼女は今日も戦う気満々らしい。

 いや、ここが何処なのかを考えれば、武器ぐらい持っていてもおかしくはないか。



「ねぇ、ここがダンジョンの中だって忘れてない?」

「もちろんよ。だからほら、こうして今も星穿ちを握っているじゃない」

「その星穿ちが地面に刺さってちゃ意味ないと思うんだけど……。百歩譲って魔物に飽きたからっていきなり模擬戦を始めるのは良いとしても、いくらなんでも魔物の群れのど真ん中でイチャつくのは頭おかしいんじゃないの?」

「だって皆が戦いたそうにしていたですもの。明日香ちゃんも良い経験値が入ったでしょう?」

「危うく死ぬかとも思ったけどね! 流石にこの強さの魔物相手に連戦はマジでキツい」



 現在、俺達はラングレシア王国の王都にあるダンジョンを潜り続け、第200階層あたりの魔物と日夜問わず戦い続けていた。

 というのも舞の提案で俺と舞とシルビアと明日香とトウカさんの5人は、とにかくレベリングが必要だという事で、ここ数日はダンジョンから一切外に出ずに、ワクワクダンジョンキャンプという名の地獄ツアーを決行しているのである。



「フーマ様。第4波も全て片付けました」

「お疲れシルビア。とりあえず水でも飲んで少し休んでてくれ」

「はい。ありがとうございます」

「シルっちは真面目だよなぁ。ちょっとぐらいフーマに文句言っても良いんじゃない?」

「フーマ様がだらけているのはいつもの事ですので」

「……さてと、それじゃあちょっくら索敵でもして来ようかね」



 シルビアにあまり情けない姿を見せて愛想を尽かされたくはないし、今日も格好いいご主人様であるために、俺は舞の下から這いずり出て散らばった魔石や魔物の死骸を回収しながら周囲の索敵を始める。

 今回は舞の従魔でレベリングの必要のないフレイヤさんと、明日香のパーティーメンバーと一緒にダンジョンに潜っているアンはいないために、あまりサボっていられる様な人的余裕は無いのである。



「それにしても、さっちんが一緒でアンちゃんは大丈夫なのかね」

「どういう事かしら?」

「いやほら、さっちんって結構雑なとこがあるから、厳しいアンちゃんは色々と大変なんじゃないかと思ってさ」

「アンちゃんが厳しいのは風舞くんが絡んでいる時だけだし、別に問題は無いんじゃないかしら。アンちゃんは適性よりも少し上の階層で経験値を稼げるし、岸辺さん達は戦争に向けて要人の護衛の練習になるしで、きっとwin-winの関係を築いていると思うわ」

「ふ〜ん。そんなもんかね」

「ええ。というより、温厚なアンちゃんをあそまでさせたのはは明日香ちゃんの他に居ないんじゃないかしら」

「あぁ、それは何というか………何?」



 舞と明日香の話に聞き身を立てていたのがバレてしまい、後頭部をかいていた明日香にジロリと睨まれてしまう。

 最近は明日香ともそれなりに話せる様になってきたが、ここは上手い返答をしないと後が怖そうだな。



「明日香もアンも周りをよく見ててしっかりしてるし、明日香の方から歩み寄ればアンとも仲良くなれると思うけどな」

「それはそうなんだろうけど、やっぱりなぁ…」

「ふふ。じきに明日香ちゃんのトラウマも薄れていくわよ。現に風舞くんに対して明日香ちゃんの接し方も変わってきているのだし、アンちゃんもきっとその事は評価してくれると思うわ」

「だと良いんだけどね……さて、そろそろ次行く?」

「そうね。そうしましょうか」

「おけ。風舞ももう行けそう?」

「あぁ……」

「どしたん? 何かテンション低くね?」

「いや、何でもない」

「そ? 何かあったら早めに相談してね」



 明日香は俺に微笑みを向けながらそう言うと、頬をグニグニしながらダンジョン探索を再開する。

 近頃、明日香が俺と話すたびにああして自分の頬をグニグニしているのを見かけるのだが、一体あれは何の儀式なのだろうか。



「ふふ。やはりフーマ様は可愛らしいお方ですね」

「急に何ですか?」

「アスカ様が何を考えているのか分からない様でしたので、一つ助言をさせていただこうかと」

「……じゃあ、お願いします」

「お願いされました」



 そうして楽しそうに笑みを浮かべたトウカさんは先を行く明日香と舞には聞こえない様に俺の耳元にそっと唇を寄せ、小さな声で話を続ける。

 ダンジョン暮らしが始まって既に数日経つのに、何でトウカさんはこんなにも良い匂いがするのだろうか。

 毎日風呂に入って服も変えているとはいえ、戦闘直後にこの香りを保っているとは凄まじいな。



「まず前提として、アスカ様はフーマ様の事を嫌ってはいません」

「? それは分かってますよ?」

「……そうなのですか? てっきりフーマ様はアスカ様に嫌われていると勘違いしているものかと…」

「いや。だって、アスカの態度はどう見ても俺を嫌っているってそれでは無いじゃないですか」

「え、ええ。その通りではありますが、それではフーマ様は何が疑問なのですか?」

「何で最近は殴られないのかが分からないんです」

「それはマイ様がアスカ様に助言をしたからなのですが、その内容は残念ながらお教え出来ません」

「………それじゃあ助言は?」

「……ふふ。フーマ様は可愛らしいお方ですね」

「そのセリフ、そこまで万能では無いと思うんですけど…」



 俺に直視されたトウカさんが先ほどまでの自身満々な態度を崩して視線を逸らすが、いったい彼女は俺のことをどこまで鈍感なヤロウだと思っていたのだろうか。

 流石に明日香に少なからず好感を持たれていることぐらいは、俺でも気付くぞ?

 ただ、その好感の出所と近頃の明日香の態度の変化に俺の理解が追いついていないというだけなのである。



「しかし、アスカ様が自らを変えようと努力しているのに、そのタネを明かす事など出来るわけがないではありませんか」

「さいですか」

「……何かご不満でも?」

「別に。意外とトウカさんは頼りにならないとか思ってないです」

「………………」

「ちょ、ちょっと! 言い過ぎたのは謝りますから、無言で腕を絞めるのはやめてください! あと、目が怖い!」

「ん? 何を二人で騒いでいるのかしら?」

「何か急にトウカさんがヤンデレっぽくなった!」

「どうせ風舞が余計なこと言ったんでしょ?」

「その通りではあるけど、だってトウカさんがドヤ顔で助言がどうとか言うくせに、何もためになる事言ってくれなかったし……って、怖い怖い怖い怖い!」



 俺の右腕に抱きついているトウカさんの顔が深い笑みを浮かべ始めながらジッと俺を見つめている。

 せめて恨み言の一つでも言ってくださいよ。



「まったく。シルっちもご主人様がこんなだと大変そうだね」

「いえ。フーマ様とトウカさんの話を聞いていいましたが、互いに信頼していることはよく分かりましたので…」

「そうなん? ちな、風舞とトウカさんは何の話してたの?」

「アス…」

「明日の朝ご飯の話だ」

「絶対ウソじゃん」

「あんまり俺の可愛い従者を尋問しないでくれ。シルビアだけが知る俺の恥ずかしい情報が流出する」

「何それ聞きたい!」

「私が知っている事など大した事では無いと思いますが…」

「いやいや。そんな事ないっ……舞ちん」

「ええ、敵ね。大分リラックスしながらでも索敵が出来る様になってきたわね」

「まぁ、こんだけやってれば流石にね。シルっち、トウカさん。準備は良い?」

「はい。問題ありません」

「フーマ様。お話はまた後ほど」

「はいはい。気を付けてくださいね」



 そうして再びトウカさんとシルビアと明日香の戦闘が始まり、今晩の夜営の護衛役である俺は少しでも体力を残しておくために、少し離れた位置で明日香達を見守る。



「流石に連日レベリングは疲れてきたかしら?」

「俺は基本的にインドアな人間だからな」

「その割にはギリギリまで私と模擬戦をしたりと、随分とヤル気じゃない」

「可愛い彼女とジャレつきたくなっただけだ」

「ふふ。それじゃあ残り3日の間も風舞くんが暇そうな時には思う存分甘えさせてもらうわね」

「………やっぱりもうちょっとお手柔らかにしてもらえない?」

「可愛い幼馴染みが頑張っているのだから、風舞くんがお手本になるべきよ」

「それは分かんなくはないけど、いつ魔物に襲われるか分からないダンジョンで、舞にまで襲われるのはかなり疲れるんですけど…」

「継戦能力を高めたいと言ったのは風舞くんでしょう?」

「……そうです」

「なら、もうしばらくは一緒に頑張りましょうね」

「舞ちゃん厳しい」

「ふふ。ダンジョンから出たら沢山甘やかしてあげるから、もう少しの辛抱よ」

「はぁ。早く外に出てアンに膝枕でもされながらのんびりしたい」



 きっと今頃アンもレベルを上げつつ己の戦闘能力を高めている頃だろうし、俺ももうしばらくは頑張るつもりではあるのだが、それでもどうしようのない疲れは溜まる一方で、こればかりは根性でどうにかなるものではない。

 舞が言うには立っているのが自分でも不思議になるぐらいの極地にゆっくりと足を踏み込む事で、いわゆるゾーンの状態を自分で操り易くなるとの事だが、こうして舞と無駄話を出来ているあたり、俺の限界はまだしばらく先にあるらしい。



「レイザードの呪対策は既に万全よ。今回は私も一緒に戦うから、何としてもローズちゃん達を守り通して決着をつけましょうね」

「ああ。頼りにしてるぞ」

「ええ。任せてちょうだい」



 そうして俺と舞は武器を取り、群がる敵を始末するために動き始めるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ