81話 カステラ
風舞
昼食を食べて魔道具に関する本を読みながら数時間が経った頃、なんとなく勉強にも飽きてきた俺は明日香と共に街のパトロールに出かけていた。
王都のパトロールは明日香も暇な時には行っているらしく、勇者の間では一般的な時間の潰し方らしい。
暇ならば昼寝でもしていればいいのに、何とも勤労な奴らである。
「パトロールたって、犯罪なんてそうそう無いだろ」
「いや、ちょっとしたやつなら結構あるよ。万引きとか窃盗はしょっちゅうだし」
「そういうのも明日香達が捕まえんのか?」
「見かけたら捕まえるけど、こうやって街を歩くのは皆を安心させるためなんだって。ウチらが皆を守るから安心してねって、伝えるためらしい」
「らしいって、誰に聞いたんだ?」
「天満っちとお姫ちん。始めは買い物のついでに観光がてら彷徨いてるだけだったんだけど、ウチが強盗を捕まえてからはパトロールがメインで買い物がついでみたいになってんね」
「へぇ。悪いこと出来ないな」
「初めは皆も勇者としてしっかりしなきゃって思ってたみたいだけど、慣れればこれが普通になるらしいよ。良いことすれば気持ち〜しね」
「それじゃあ俺も何か良いことするかね」
「あぁ……今日は良いんじゃない? せっかく今日は二人なんだし」
「………パトロールなんだろ?」
「それはそうだけど、無理に探さなくても良いんだって。ウチらが頑張り過ぎると、ほら、兵士の皆の仕事奪っちゃうし」
「そんなもんか」
「そんなもんだね。あ、あそこの屋台のカステラ美味しいからちょっと買ってくんね」
明日香はそう言うと俺の側からパッと離れて行き、屋台のおばさんに声をかけに行く。
揶揄われでもしたのか明日香が顔を赤くして何かぶつぶつ言っているが、明日香が王都の皆に愛されているという噂はどうやら本当らしい。
「マイナーな俺とは大違いだな」
「………」
「…い、いつからそこに?」
明日香を待つ間、ベンチにでも座っていようと思ってなんとなく腰掛けたら、いつの間にかにズィーさんが横に座っていた。
この前会った時とは違って今日は黒くて暖かそうなポンチョを着て、冬の寒さ対策もバッチリらしい。
「……報告があります」
「あぁ、そういえばエルセーヌがそんな事言ってましたね。確か、レイザードとつるんでる悪魔がどうとか」
「はい。……レイザードは知っての通り悪魔の力を身に宿しましたが、それを手助けした悪魔がいます。…その悪魔は、今はジェイサットにいるらしいです」
「ジェイサットを堕とした悪魔とレイザードに手を貸した悪魔が同じ個体って事ですか?」
「はい。マスターが…ジェイサットを調査した結果なので……正確だと思います」
「そうですか。報告ありがとうございます」
「……」
ズィーさんは短くコクリと頷くと、椅子の上からピョンと飛び降りてどこかへスタスタと歩いて行く。
ちっちゃいのに今日もズィーさんは頑張っているらしい。
今度何か差し入れしてやるか。
「ん? 今、誰かここにいなかった?」
「ああ。ちょっと報告があってな」
「へぇ、大丈夫なの?」
「ああ。今すぐどうこうしようって話じゃないし、別に何でもないぞ」
「そ? あ、こっちが普通のでこっちがチョコでこっちが蜂蜜味ね」
「随分買ったんだな。いくらしたんだ?」
「あぁ、別に良いって。ウチが食べたくて買ったんだし」
「…それじゃあ後で何か欲しい物があったら言ってくれ。今日はレベリングにも付き合ってくれたし、何かお礼がしたい」
「別にウチは何もしてなくない?」
「それじゃあ今日は楽しかったから、その記念って事で」
「マジ?」
「ああ。何でも欲しい物があれば…」
「そうじゃなくて、マジで楽しかった?」
「ん? まぁ、それなりに」
「そっか。……そっか」
明日香がマフラーに顔を埋めながら、何度も噛み締める様に呟く。
「なぁ、あす…」
「あら? そこにいるのはフーマさんかしら?」
「……エルサさん?」
「ええ。久しぶりね」
ちょうど明日香に声をかけようとしたタイミングで後ろから声をかけられて振り返ると、数時間前に散々明日香に熱弁されたベッジのオーナーであるエルサさんがお子さん連れで立っていた。
「お二人で買い物ですか?」
「そんなところよ。いつも部屋に篭っていてはインスピレーションが湧かないし、暇な時はこうして出歩く様にしているの」
「エルサさんは有名人なんですから、護衛ぐらいは付けた方が良いと思いますよ」
「そう心配は要らないわ。人の少ないところには行かないし、暗くなる前にしっかりと帰るもの。それよりもそちらの女性は…」
「あぁ、俺と同じく勇者の明日香です。何でも、エルサさんのファンらしいですよ」
「あら、それは光栄ね。初めましてアスカ様。アスカ様のお噂はかねがね」
「あ…ど、どうも」
明日香ってば、いきなり憧れの人が目の前に現れたからかなり緊張していらっしゃる。
ここまで口下手な明日香はそうそう見れないぞ。
「おい。俺の後ろに隠れてないで、話をしたらどうだ?」
「で、でもウチが直接口をきくとか恐れ多いっていうか……ウチのこと知ってくれているだけでお腹いっぱいっていうか…」
「ママ。お腹空いた」
「あら、もう日も暮れそうだものね。それにしても冬場は暗くなるのが早くて困るわね」
「それじゃあ、良ければ家までお送りしましょうか? ちょうどパトロール中でしたし、勇者として困っている人を放っておけませんので」
「そうね。迷惑で無ければお願いしようかしら」
「はい。ほら明日香。勇者としてしっかりしないと」
「でもぉ…」
「ふふ。憧れのアスカ様に守っていただけるなんて光栄だわ。どうぞよろしくお願いしますね」
「は、はい! 頑張りましゅ…」
あぁ、明日香ってば折角エルサさんが気を使ってくれたのに完全にあがっちゃってるな。
とはいえ、嬉しそうな事に変わりはないし、別に良いか。
そんな事を考えながら緊張しっぱなしの明日香を眺めつつ、王都の中をゆっくりと歩いてエルサさんを家まで送った後、お土産に新作のマフラーまでもらった俺達は二人並んで離宮への帰路へついていた。
「いやぁ。エルサさん、マジ神だったわ。センス良くて優しいとか、マジで神。神オブ神だわ」
「良かったな。いつでも遊びに来てくれって言ってもらえたんだろ?」
「うん! あぁ、ヤバイなぁ。超幸せ。マジで今日まで頑張って来てホント良かったわぁ」
「お土産まで貰っちゃったし、近いうちに何か送っておくか」
「あぁ、そうだった。どうしよう。ウチ、一生このマフラー使えないわ」
「折角もらったんだし、使ってやれよ」
「でもなぁ。なんか使っちゃうのは勿体ない気がするんだよなぁ」
「袋にサイン書いて貰ったんだから良いだろ。それにほら、かなり暖かそうだぞ」
「あぁ……そう言えば風舞ももらったんだった」
「俺だって護衛に参加したんだから良いだろ」
「そうじゃなくて、これじゃあお揃いになっちゃうじゃん。なんか、恥ずい……」
「エルサさんはじゃんじゃん使ってじゃんじゃん宣伝してくれって言ってたし、使わない方が勿体無いと思うけどな」
「それはそうだけど、ウチと一緒で風舞は嫌じゃないの?」
「別に」
「そう? なら……」
明日香はそう言うと早速紙袋からマフラーを取り出し、何故か俺の首にそれを巻き始める。
何故に俺の首?
「うん。やっぱり良いわ」
「何で俺に巻いたんだ?」
「鏡が無いんだから仕方ないっしょ。ほら、フーマもウチに巻いてよ」
「はいはい。ジッとしてろよ」
そうして俺は明日香が元からつけていたマフラーを回収し、手元の袋からマフラーを取り出して明日香の首に巻いてやる。
「ほら、出来たぞ」
「どう? 似合う?」
「ああ。可愛い可愛い」
「ちょっと! もうちょっと真面目に感想を!」
「明日香は元が良いんだから何着ても似合うだろ。それより、流石に冷えて来たからさっさと帰るぞ」
「お、おう」
そうこうしているうちに既に日が暮れてしまって気温がガンガン下がっているし、いくら新品のマフラーをしていても寒いものはかなり寒い。
だというのに、明日香はマフラーの端を指でいじりながらその場に立ち尽くしている。
「どうした? まだ遊びたりないのか?」
「ううん。ええっと……今日はありがとね。マジで楽しかった」
「そうだな。また、そのうち遊びに行こうぜ」
「あぁ………こういうとこか」
「ん? どういう意味だ?」
「べっつにぃ。それよりも、早く帰るんでしょ? 早くしないと追いてくよ?」
「俺は明日香を待ってたんだけどな」
「はいはい。ほら、帰ろ!」
「お、おい!」
そうして俺は明日香に手を引かれながらランプの光でオレンジ色に輝く王都の中を走り、離宮へと戻るのであった。
◇◆◇
風舞
物凄い速さで走る明日香に手を引かれるという新手の修行で息が絶え絶えになりながらもなんとか離宮へと戻って来た俺を待っていたのは、舞とトウカさんとシルビアとアンとそして、この国を実質的に動かしている第一王女セレスティーナ姫だった。
「お帰りなさい。明日香ちゃんとの一日はどうだったかしら?」
「それなりに実りのある一日だったぞ」
「そう。明日香ちゃんに殴られたりはしなかったかしら?」
「ああ。そういえばされてないな」
「ね? やれば出来なくないでしょう?」
「あぁ、うん。ありがと舞ちん。お陰様で、大丈夫だったわ」
「ふふ。頑張ったのは明日香ちゃんだもの。礼は良いわ」
「うん。で、何でお姫ちんがここにいんの?」
「本日は皆様に大切な報告があって馳せ参じました」
「大切な報告? それって大事な話?」
「そうですね。皆様にも関わりのある話かと」
「おけ。ちょっと待ってね」
明日香はそう言うとマフラーを外してコートを脱ぎ、雰囲気を切り替えて真面目な表情でお姫様の正面に座る。
俺はそんな明日香に少しばかり関心しつつ、同じ様にお姫様の話を聞く準備を済ませた。
「お話というのは、我が国の南東部にある連合諸国の事です」
「アンと舞が度々圧力をかけていたところですよね?」
「はい。お二方の尽力の甲斐もあって本日までどうにか抑え込めていたのですが、つい先程、連合諸国によって我が国に宣戦布告がなされました」
「そう。遂にこの時が来たのね」
「遂にって事は舞ちんは分かってたの?」
「ええ。物流を制限したりと色々と手は打っていたけれど、トップが戦う意思を緩めなければこうなるのも時間の問題だと思っていたわ」
「連合諸国の首脳はやはり?」
「はい。半数以上が悪魔の影響を受けている様です。影響を受けていない諸国も、我々が魔族と同盟を組む事は容認出来ないと」
「そうですか…」
「ねぇ、これって結構マズい感じ?」
「ああ。明日香も色んなところで悪魔が悪さしてんのは知ってるだろ? この国は今、スカーレット帝国と同盟を組む事で悪魔に対する共同戦線を築こうとしているけど、これは間違いなく悪魔側の抵抗だ。スカーレット帝国は調印式の日にジェイサットとつるんでいるクソ野郎に攻め込むって脅されてるし、それと同じタイミングでラングレシア王国もってなると、双方共に条約を結ぶのが難しくなる。条約を結ぼうとしてその結果悪い事が起こったら、国民からの不満もかなりのものになるだろうからな」
「それに人族と魔族の条約はこの大陸では例の無い事だし、ただでさえ無理を押し通しているのだから、これ以上の荒波を受けると瓦解する確率もかなり高くなるわね」
「ふ〜ん。風舞はそのスカーレット帝国って方に行くんでしょ?」
「ああ。そのつもりだ」
ローズやフレンダさん達の危機を放っておくことなど出来ないし、俺は今度こそローズを守りたい。
これだけは誰が何と言おうと変えないつもりだ。
「なら、連合諸国って方はウチが何とかするわ」
「何とかするって、相手はかなりの軍勢なのよ? 確かにこの国のほうが軍事力は上だけれど、あっちには悪魔の加勢もあるわ。決して一筋縄ではいかない相手よ」
「それは風舞と舞ちんの方も同じっしょ? ねぇ、お姫ちん。ウチら勇者って、この国と皆を護るのが使命なんだよね?」
「確かに私はそれをお願いしましたが、しかし…」
「お姫ちんがウチらを心配してくれてるのは嬉しいけど、ウチらが不甲斐ないばかりにこれ以上風舞達に負担をかけんのは嫌だし、お姫ちんだってウチにもその話をしたって事は少なからず期待してたんでしょ? なら、友達として、勇者として、それに応えないわけにもいかなくない?」
「明日香様……」
「てな訳で、明日からもしばらく頼むわ。ウチが足手まといになる様なら見捨ててくれて良いから、もうちょっとだけウチをここに置いてください」
「ふふ。おそらく今日の様な甘い時間は過ごせないわよ?」
「望むとこだわ。風舞ってば、優しすぎて今日は大した訓練になんなかったしね」
「そうなのですか?」
「だって明日香が怪我したら可愛そうですし…」
俺の方はいきなり悪魔に襲われても対処できる分の魔力だけを残してレベリングを行なったが、一緒にダンジョンに潜った明日香の方はあまり戦闘に参加していないはずだ。
明日香も何度か戦ってはいたが俺が片っ端から倒してしまったために、明日香が剣を振る回数はそこまで多くはなかったのである。
「いつの間にフーマ様とアスカ様はそんなに仲良くなったの?」
「別に何も変わってなくないか?」
「そう? でも、一昨日ぐらいまでは絶対にお揃いのマフラーとかしなかったじゃん」
「まぁ、確かに…」
「ふふ。人とは気付きの生き物だもの。些細なきっかけがあれば関係も大きく変わるものなのよ」
「ふぅん。まぁ、フーマ様がこれ以上アスカ様に傷つけられないなら何でも良いけどね」
「うっ…分かってるって」
アンにちらりと視線を向けられた明日香がバツが悪そうに視線を逸らして唇を尖らせる。
「何はともあれ私達のやる事に大きな変わりはないし、早速明日からガッツリ訓練をするとしましょう」
「それは良いけど、舞は他にも何かやる事があるんじゃなかったのか?」
「こっちは折角の手がかりがなくなってしまったから、しばらくは調査結果待ちよ。それよりも忙しさで言うのなら、アンちゃん達の方じゃ無いかしら?」
「私達もしばらくはする事が無いかな。条約の日までに私も出来るだけ鍛えておきたいしね」
「そういう事なら、明日からは全員で鍛えまくるとするか」
「私も精一杯皆様をサポートさせていただきます」
「それじゃあ全員、大好きな皆を守れる様に死ぬ気で頑張るわよ! せーの、風舞くん大好き!」
「……それで音頭を取るのは無理があるんじゃないか?」
「あら? てっきり皆気持ちは同じだと思ったのだけれど難しいわね。ね、明日香ちゃん?」
「ウチに聞くな」
「やれやれ。相変わらず明日香ちゃんはつれないわね。でも、そこがいじらしくて萌えるわよね?」
「俺に聞くな」
「……トウカさん。何だか二人が冷たい気がするわ」
「そういえばアン様。よろしければこの後、紅茶などいかがですか? 実は新しくブレンドした新作がつい先日出来まして」
「あ、それじゃあいただこうかな」
「ええ、是非。よろしければシルビア様もいかがですか?」
「いただきます」
「ふふ。それでは早速準備致しますね」
「手伝う」
そうしてトウカさんとフレイヤさんがアンとシルビアと共に厨房の方へ向かい、トウカさんに無視されてしまった舞はギギギとお姫様の方に首を向けて、これでもかと完璧な笑みを浮かべてお姫様に話しかける。
「姫殿下。この土御門舞がいかなる障害も斬り伏せてみせますので、どうぞご安心ください」
「は、はぁ……ありがとうございます」
「お姫ちんを困らせんな。大丈夫お姫ちん? 舞ちんに変なことされてない?」
「私は大丈夫ですが、土御門様が…」
「あ、頭が!」
明日香にチョップされた舞がかまってもらえた事が嬉しかったのか、少しだけ笑みを浮かべながらわざとらしくのたうちまわる。
これ以上は舞の沽券に関わりそうだし、そろそろ助け舟を出してやるか。
「あぁ、そう言えばカステラの残りがあったな」
「カステラ? それって近頃王都で話題のアレかしら?」
「話題かは知らないけどな。明日香、舞にあげても良いか?」
「ウチは結構食べたし好きにすれば? 舞ちんにはお世話になったしね」
「ふふん! そういう事ならありがたくいただくわ!」
「はいはい。ちょっと待ってな」
「まったく…風舞はほんと舞ちんに甘いよね」
「そうか?」
「別に良いけど。あ、何か飲み物いる?」
「あぁ、それじゃあ何か苦いの」
「はいよ。舞ちんは?」
「私は風舞くんと同じ物をお願いするわ!」
「はいはい。相変わらず仲がよろしいこって」
ため息混じりにそう言った明日香が台所へと向かい、そんな後ろ姿を舞が柔らかい笑みを浮かべながらやんわりと見送る。
「明日香ちゃんとの一日はどうだったかしら?」
「さっき言わなかったか?」
「そうだったわね。今の風舞くんには難しいかもしれないけれど、もう少しだけ明日香ちゃんを見ていてくれると嬉しいわ」
「……ああ。分かった」
「ふふ。それでこそ風舞くんよ」
舞はそう言うと俺の膝の上に寝転がり、俺にカステラの入った袋を手渡して大きく口を開ける。
「さてと、それじゃあそろそろ思いっきり私を甘やかしてちょうだい! 今日の私はお疲れで糖分を欲しているわ!」
「はいはい。ほらほら、蜂蜜味ですよぉ〜」
未だに明日香の考えいている事は分からない事が多いが、明日香と過ごした今日はそれなりに楽しかったし、舞の言う通りもうしばらく明日香のことを気にしてみるとするかね。
俺はそんな事を考えながら舞の口にカステラを放り込み、お疲れの彼女様の頭を撫でてやるのであった。
次回、14日予定です




