80話 ポニーテール
風舞
近々なんとなく分かってきた事だが、俺は大抵の魔物にとっては天敵だ。
まず、特製に縛られて攻撃の手段が少ない魔物には転移魔法と空間魔法でゴリ押せば相性で勝てるし、これまで俺を鍛えてきた舞やローズ程に戦える魔物などそうそういない。
「つよ…」
つまりはダンジョンの中で自分の適性レベル以上の魔物を相手に無双できるぐらいには俺の能力は尖っていた。
対魔物に関して言えば、俺と一緒に朝からダンジョンにまでやって来てくれた明日香が思わず俺を揶揄うのを忘れてしまうほどである。
「まぁ、こんなもんかね」
「強い強いとは思ってたけど、魔法も物理も全部無効化して素手で魔物を貫くとか、強すぎでしょ」
「無効化しないと死ぬけどな」
「でも、現に全部の攻撃を見切ってんじゃん」
「そりゃあ攻撃が見えないからって対処できなかったら死ぬし」
「ウチにはそんな事出来ないんだけど」
「明日香は今も生きてるだろ? これまで生きて来た中で、見たことが無いものや聞いたことがない音、嗅いだことがない匂いがしたら死ぬと思えば良い。後は適当に最大火力をぶつけるか、最高速度で逃げればどうにかなる」
「………いや、無理じゃん」
「大丈夫だって。明日香は舞だけじゃなくてクロードさんにも色々習ってるんだろ? なら、まだまだ強くなれると思うぞ」
「…ウチは風舞ぐらい強くなりたいんだけど」
「俺は強いんじゃなくて相性をゴリ押してるだけだ。勝てるのと強さは違うと思うぞ」
「強くても勝てないんじゃ意味ないじゃん」
「勝てても強くなけりゃ意味ないけどな」
「意味分かんない」
「あぁ、俺もだ」
それが分かったら俺は何も悩む事は無いし、好きな子を苦しませる事も大切な従者に余計な負担をかける事もなかったのだろう。
だが、それはいくら何でも望みすぎか。
「風舞って時々、真顔になるよね」
「そうか?」
「うん。何も考えないんじゃなくて、何かを考えてる真顔。ウチは風舞のそういうとこが……い、良いと思う」
「あ、ども」
「………うん」
明日香と俺の間に微妙な空気が流れる。
昨夜、ご飯とお風呂と明日香という恐怖の三択を迫られた俺は、「明日全部いただきます」という逃げと攻めの一手を兼ね備えた返答でどうにか急死に一生を得た。
あの様な三択で明日香と答えればこれまでの経験上、間違いなく殴られていただろうし、舞がいるあの場で質問の答えをはぐらかす事はおそらく不可能だ。
だからこそのこの一手だったのだが……
「というわけで明日香ちゃんは今日一日、風舞くんと一緒に行動するわ。私達は例の武具の流通に関する調査、アンちゃん達はまたどこかへお出かけらしいから、適当にレベリングでもして好きに過ごしてちょうだい」
今朝、俺が目を覚ますや否や俺と目を合わせた舞がそんな事を言い出した。
相変わらず何の脈絡もなく突拍子をどこに置いてきたのかとも思ったが、寝ぼけ眼の俺は馬乗りになっている舞の尻の感触の事しか考えていなかったためか、適当に返事をしてしまった。
「……おけまる」
「よろしい。それと明日香ちゃんは今日一日、何があっても風舞くんを殴ったりしないから安心してちょうだい。もしも風舞くんを殴ったら爆発四散する呪いをかけておいたわ」
「……は?」
「明日香ちゃんの全部をいただくんでしょう?」
「いや、命までは要らんのですが」
「返品不可よ。兎にも角にも、明日香ちゃんをお願いね」
そうして明日香にとんでもない爆弾を仕掛けた狂気の超人女子高生は二人の従者を連れてさっさとどこかへ去って行った。
俺の彼女、悪魔よりも悪魔らしいかもしれない。
「風舞? どったの?」
「いや、なんでもない。明日香は俺が守るから安心してくれ」
「……ありがと」
流石にいくら舞でも親友に爆弾を仕掛けたりはしないだろうが、体が爆発四散はせずとも装備が丸ごとパージされるぐらいの事はありそうだし、去り際に舞が言っていた明日香を頼むという文言も、どうにも引っかかる。
もしかすると明日香にかけられた呪いは、俺から離れるだけでも発動してしまうかもしれない。
「さて、それじゃあ次に行こうぜ。とりあえず魔力が半分ぐらいになるまでは経験値を稼ぎたい」
「あ、うん」
これまでの傾向を考えれば明日香が俺を殴ったのは肌が触れた時や感情が昂った時だけだったし、明日香と一定の距離を取りつつ平静を保たせれば、爆発四散はどうにか避けられる筈だ。
とりあえず今日一日を凌ぎ切れば昨夜の俺のセリフの効果も切れるだろうし、まずは程よい運動をさせて後は適当にリラックス効果のある紅茶でも飲みながら、雑な世間話でもしつつのんびりすれば、明日香の精神が揺れ動く事もないだろう。
「明日香は俺が守る」
「分かったって…」
さて、俺の過酷な一日はまだ始まったばかりだ。
◇◆◇
舞
この世界の物流は基本的に街道に沿っているためにどの品がどこを通って来たのかを想像するのはそこまで難しくはないのだが、問題はどの商品がどこでどのぐらい売れたのかを正確に把握することができないという事だ。
行商人を含め多くの商品は売れる時に売れる場所で相手の素性を調べずに物を売る事も多くあるし、商人本人でさえも把握していない品が売り物として混ざっている事も往々にある。
「とは言え、この難民街は立ち上げ当初から内部で流通する全ての品を関所を通させているから、何か異物が混ざればすぐに分かるはずよ」
「おっしゃる通りでございます。ツチミカド様の指示通り関所にて記録された物の中に、異国風の武具と記された品が38件。そのうち、人族によって作られていない物が6件ありました」
「それを持って来た商人は?」
「4名が私の傘下、他2名が個人での経営主です。どちらも国内に滞在していたため、既に捕らえております」
「そう。なら、聴取は貴方の方で任せるわ」
「かしこまりました。それではツチミカド様…」
「何かしら?」
カーテンを締め切り暗い室内、私は対面に座る財務大臣に対して不敵な笑みを浮かべながら続きを促す。
ふふ、これは決まったわ。
「そろそろカーテンを開けてもよろしいですか? どうにも暗い中では書類が読み辛くて」
「分かってないわね。秘密の話をするなら暗い部屋でと決まっているでしょう?」
「はぁ、申し訳ありません」
「毎度うちの主人が申し訳ありません。後ほど厳しく言いつけておきますので、どうかご容赦を」
「ちょっとトウカさん! それだと私がただの我儘な子供みたいじゃない!」
「事実そうではありませんか」
トウカさんが財務大臣の秘書と一緒に暗い部屋に日の光を入れながら、ため息混じりにそんな事を言う。
私だって本来はどうでも良い流通の監視に一枚噛んでいるというのに、随分と酷い言い草ね。
「やれやれ。この世界は強欲であればあるほど強くなれるのよ」
「たかが十数年しか生きていない癖によく言う」
「そりゃあドラちゃんに比べればそうかもしれないけれど……誰か来たわね」
私と財務大臣ことラツィオ・オイルさんの話は基本的に人には聞かせられない話ばかりだし、人払いはしっかりとしているはずなのに、それを差し置くほどに大事な要件なのかしら。
「ラツィオ様! お話中失礼します!」
「落ち着いて仔細違わず報告しろ」
「はっ! 例の武具をこの王都に持ち込んでいたフリーの商人ですが、何者かに殺されました。また、見張りにつけていた兵の報告では、スーツ姿の女性に襲われたとの事です」
「容姿に関してはそれ以上の情報は無いのかしら?」
「はい。一人の兵が気を失う間際に偶然、垣間見えたのみらしく…」
「他に犯人の痕跡は? 商人以外に殺された人物はいないのかしら?」
「何もありません。殺されたのも所属不明の商人ただ一人です」
「ふむ。現場まで案内してちょうだい。それとラツィオさん。少し身を固めておいた方が良いわ。しばらくは荒れるわよ」
「何か心あたりがあるのですか?」
「ええ。おそらく私が以前、辛酸を舐めさせられた悪魔が関わっているわ。彼女には共に行動している鬼のせいかやけに賢いところがあるし、武力に関しても一級品よ」
「かしこまりました。ツチミカド様に命を狙われているつもりで対処いたします」
「まさかマイ様…」
「違うわよ。今のは彼の小粋な冗談よ。私が未遂事件を起こしたから、それに備える様になったとかではないわ」
「信じられない」
「ちょっとラツィオさん! 貴方のせいで、大切な従者二人に変な誤解を受けてしまったじゃない!」
「あの時は私も肝を冷やしました」
「もう! 揃いも揃って良い大人がいたいけな美少女をからかって遊ばないでちょうだい! トウカさん、ドラちゃん、さっさと現場に行くわよ!」
「ふふ。かしこまりました」
「分かった」
そうして私はラツィオ・オイルさんの部屋から飛び出し、報告に来た職員と共に事件現場へと向かう。
風舞くんの話では悪魔を先導しているのは神だという話だけれど、流石に神が一人で多くの悪魔を束ねる事は出来ないだろうし、悪魔に深く関わっている何らかの組織がどこかにあるのは間違いない。
ただ、それを掴みかけた途端にこの展開とは、敵は少しばかり厄介な連中の様ね。
◇◆◇
アン
私とビクトリアという女性の密会は基本的にハニーケージで行われる。
そこにはいつもシルちゃんが護衛として付き添ってくれており、私はビクトリアに所謂裏稼業の仕事をする人達を紹介する事で、悪魔に関する情報を聞き出していた。
「はい。これが情報屋をやっている人達だよ。私のオススメは、お金さえ払えばしっかりと仕事をしてくれるこの人かな。親戚や恋人がいないから、そっちから情報が漏れる事もないしね」
「なら、近いうちに使ってみるとするわ。それで、今日は何を聞きたいのかしら?」
「近頃、東側に魔族領域で仕入れた武具を売り捌く商会がいるのは知っているでしょう? 確か代表の名前はバース・ジェラルド。彼の居場所を教えて欲しいかな」
「残念だけれど、それは無理ね。私も彼の居場所は知らないもの」
「どうして? 貴女のお友達もジェラルドの商会に身を置いているでしょ?」
「ブラフというわけではなさそうね。その話はどこから?」
「嫌だよ。せっかく私が作った脈を消されたら困るしね」
「なるほど…ね。次までにバース・ジェラルド氏に関しては聞いておいてあげるわ」
「うん、よろしく頼むよ。それとしばらくはここに人を来させるから、連絡はその人を使って。あんまり私も出歩ける立場じゃないからね」
「……分かったわ。それでよくってよ」
一瞬だけビクトリアの目が少しだけ曇った様な気がしたが、私が瞬きをしている間にいつもの柔らかい物腰へと戻っていた。
やっぱりこの人はシルちゃんの言う様に、油断できる相手ではなさそうだね。
「それじゃあ、今日はこれで」
「ええ。さようなら」
そうして私は薄暗い酒場を出て大通りまで出た後、軽く伸びをして後ろを歩いていたシルちゃんの方に振り返る。
「さて、それじゃあ今日は一日出かけてろって事らしいし、久しぶりにどこか遊びに行こうか」
「アン。あまりフーマ様を心配させないでね」
「分かってるって。シルちゃんは最近、そればっかりだなぁ」
「アンが強い事はよく分かっているけど、それとこれとは別だから」
「はいはい。気を付けますよ筆頭従者様。それで、シルちゃんはどこか行きたいところとか無いの?」
「……はぁ。それじゃあまずはお昼ご飯を食べよう。少し気になるお店があるの」
「おぉ、シルちゃんが気になるとは珍しいね! どこどこ?」
シルちゃんはもう少しだけ私に言いたい事があったみたいだが、今日のところはそれを呑み込んでくれるらしい。
シルちゃんにはいつも負担をかけてばかりだし、せめて少しでも楽しめる休暇を過ごしてもらわないとね。
◇◆◇
風舞
明日香と昼過ぎまでレベリングをして二人揃って腹を空かせた後、俺達は離宮へと戻って二人で簡単な料理をしながらどうでも良い雑談をしていた。
「へぇ。意外とみんな彼氏彼女がいるんだな」
「意外とっていうか、今は8割ぐらいはいるんじゃない? むしろいない方が珍しいかも」
「日本にいた頃はいても3組ぐらいだったのが、すごい事になったな」
「こっちの人と付き合ってる子も結構いるから、カップル数だけで言うと相当いるかも」
「異世界効果だな」
「みんな大人になったって事っしょ。どう? こんなもんで良い?」
「ああ。美味そうだ」
「んじゃ、よそっちゃうね」
そうして俺と明日香は出来上がった料理を二人揃ってリビングへと持って行き、適当な位置に腰掛けて飲み物をよそう。
ちなみに、今日の昼飯は簡易ペペロンチーノと適当に焼いた豚肉とパンという、味よりも食べ応えを重視したメニューとなっている。
やっぱり育ち盛りはたくさん食べないとな。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます。ん、この肉美味いな」
「マジ? あ、ほんとだ。ウチ、結構好きかも」
「まさか焼くだけでここまで美味いとは」
「……ねぇ、舞ちんと食べる時もこんな適当なん?」
「トウカさんがいれば美味い料理になるけど、舞と二人の時は適当だな。二人でガチ料理する事もあれば外食に行く事もあるし、今日みたいに雑な事もある」
「へぇ。そうなんだ」
「…外食の方が良かったのか?」
「いや。ウチはこれで良いよ。なんかこういう気楽な方が、昔っぽくて落ち着くし」
「そっか」
「うん。午後の予定は何かあんの?」
「特に無いな。本を読んだり、洗濯したりとか色々するつもりだ」
「風舞ってどんぐらい服持ってんの?」
「かなり持ってるぞ。一回も着てないのも結構ある」
「それって変装用?」
「それもあるけど皆の服の替えとか、貰い物とか色々だ」
「貰い物って?」
「スライス伯爵とか、エルサさんとかから色々送られて来る」
「エルサって、エルサ・ペロッティ?」
「知ってるのか?」
「知ってるも何もベッジのデザイナーじゃん! え? 風舞と知り合いなの!?」
「ああ。今度紹介してやろうか?」
「良いの!? まじかぁ。ベッジの社長に会えるとか…」
「随分と好きなんだな」
「そりゃあそうでしょ! ベッジっていうのは…」
軽く聞き流すつもりで適当な返事をしたのだが、明日香のベッジというブランドに対する愛は思ったよりも大きく、結局食事が終わるまで俺は延々とベッジとエルサさんがどれだけ素晴らしいのかという話を延々と聞かされた。
「そんでね、最近は王都で有名な画家のパブロって人とコラボした服を作ってるらしくて…」
「あぁ、パブロくんも頑張ってるんだな」
「え? もしかしてパブロとも知り合いなの?」
「知り合いっていうか、王都に連れて来たの俺だし。最近は難民街に住んでるんだろ?」
「確かに難民街に凄い美人な女の人達と住んでるって噂だけど、マジか」
「パブロくんも紹介しようか?」
「嬉しいけど、良いんかな?」
「みんな優しいし、問題ないだろ」
「ウチ、風舞を誤解してたわ」
「そうだぞ。本当は風舞さんは優しくて格好良い人格者なんだ」
「それは知ってるけど、風舞がこんなに有名人と知り合いだとは思わなかった」
「ん? あぁ、まぁな」
今、それは知ってるけどって言ったのか?
明日香は自分のセリフに気づいていないみたいだし、俺は冗談のつもりだったんだけど…。
「ん? どしたん?」
「いや、なんでもない」
「そ? あ、食器はウチが洗うから風舞はゆっくりしててよ」
「良いのか?」
「風舞の料理、美味しかったからそのお礼」
「一緒に作ったんだから別にお礼も何も無いだろ」
「それじゃ、ちょっと前に風舞を困らせたお詫びって事で」
「困らせたのか?」
「まぁ。ほら、色々と酷いこと言ったりしたじゃん。風舞が気にしてなくても、やっぱケジメは大事だし」
「別にそんなん気にしなくて良いだろ。幼馴染みなんだし、もっと楽にやろうぜ」
「んじゃ、風舞を殴っちゃったお詫びって事で。流石にこれ以上はアンちゃんに怒られたくない」
「そんなにアンに怒られたのが堪えたのか?」
「まぁ……割と。それに舞ちんにも色々言われたし」
「色々って?」
「色々は色々! とにかく、今日でチャラにしろとは言わないけど、しばらくは風舞に色々と恩返ししたいから、そのつもりでいて。まぁ、風舞が迷惑じゃなければだけど…」
「別に迷惑ではないけど…」
殴られずに済むのなら、俺は何も言うことはないしな。
「そっか。んじゃ、とりあえずお皿洗って来るね」
「ああ。頼んだ」
「はいよぉ〜。あぁ、ちょっと食べ過ぎたかも」
明日香がそう言いながら食事のために結んだポニーテールを揺らし、食器を持って台所へと歩いて行く。
俺はそんな明日香の背中を不思議な気持ちで眺めながら、なんとなく声をかけた。
「明日香」
「ん? どした?」
「あぁ……いや、なんでもない」
「そ? 変な風舞」
そうして少しだけ笑みを向けた明日香は今度こそ台所へと歩いて行く。
「何だこれ?」
俺は心中に沸いた謎の感情に首を傾げつつ、明日香のポニーテールが見えなくなるまで後ろ姿を見つめるのであった。
次回、12に予定です




