78話 山中夜行
風舞
フェイル・リフターという研究者を見つけて来いとは言われたものの、お姫様がカンナから引き出した情報は彼が男性の人間であるという事しか無いために、それらしき人物がいたら片っ端から捕まえる必要があると思っていたのだが、どうやらその心配は杞憂に過ぎなかったらしい。
「1時の方向に魔物がいるわね」
「ああ。迂回して行こう」
お姫様の指定した山中の捜索を始めて既に1時間が経つのだが、その間に遭遇した魔物の数はかなり多く、人の気配は一切しない。
魔物の種類は雑多で多岐に渡るが、山中だからか獣と虫のかたちをしたものが多い印象だ。
「本当にこんなところに研究所などあるのでしょうか」
「研究所とは言ってもそこまで広くは無いでしょうし、洞窟を使っているか小屋でも建てたんじゃないですかね」
「地下に広大な研究所という線もあるわよ?」
「地下に研究所を作る技術と金があるならこんな山奥に住まないと思うぞ。それに、悪魔に関わっている研究者はフェイル・リフターだけしか聞いてないし」
「やれやれ。つまらない研究所見学ね」
そんな話をしながらも地図に魔物の位置を記しつつ、ひっそりと移動していたその時だった。
俺達の感知範囲に何かが侵入する。
その気配はこれまでに見た魔物とは異なり、狡猾な悪意の様な嫌な色を纏っていた。
「悪魔かしら」
「多分な。強さはもう少し近づかないと分かんないけど、最低でも人型ってところか」
「いかがなさいますか?」
「このままこっそりと後をつけましょう。おそらくフェイル・リフターに接触するはずです」
「そうね。私もそれが良いと思うわ」
そうして悪魔の気配をギリギリ感じ取れる距離を維持したまま俺達は深夜の山の中を進む。
先を行く気配はどこか目的地があるのか、迷いの無い足取りで山の中をまっすぐに進んでいた。
「どうやらここを通ったのは一人だけじゃないわね。足跡がおそらく3人分はあるわ」
「分かるのか?」
「ええ。昔、山狩りをした時に痕跡の隠し方を教わった事があるの。どれも同じ方向に進んでいるし、もしかすると研究所が近いのかもしれないわね」
「なら、ここからはもうちょっとだけ気を引き締めて行こう」
冬の夜の山は暗く寒く足元の様子もかなり分かり辛かったが、舞の予想は正しかったのか、気配を追って行くと次第に人が踏み固めた様な道へと入り、ちょうど崖になっている部分に目当ての研究所らしき人工物を見つけた。
「崖の壁をくり抜いて造ったみたいね」
「思ってたよりも随分とデカいな」
「何かの神殿の様に見えますが、随分と古い建物の様ですね」
トウカさんの言う様に俺達が見つけた建築物は崖をくり抜いて造った神殿の様な風貌の遺跡であり、それなりに離れたこの場所からでも分かるぐらいに入口だけでもかなりデカい。
流石に入口だけが無駄に広いという事も無いだろうし、最低でもそこらのショッピングモールと同等の広さはありそうな気がする。
「ふっふっふ。楽しくなって来たわね」
「研究所はフェイル・リフターっておっさんだけじゃ無いのかよ。いくらなんでも広すぎるだろ」
「大規模な装置があるとしても、この規模ならおそらく10人程度は研究者がいるわね。それにさっき入って行ったみたいな悪魔もたくさんいると思うわ」
「あの中から何の気配もしない事はどう思う?」
「おそらくクラソスに潜んでいた悪魔を見つけられなかったのと同様に、気配を隠蔽する特殊な結界みたいなものが張られているのだと思うわ。風舞くんが丸ごと持ち帰った地下室の壁に謎の紋様が描かれていたというアレね」
「マジかいな」
「……どうすんの?」
「な、中に入って調べるしか無いだろうな」
「そう…」
ここまで黙りっぱなしだった明日香にいきなり声をかけられたからかなりビックリした。
昨夜のアンによるクリティカルヒットを抜きにしても、明日香もこういう任務は初めて緊張しているだろうし、ここは少しばかり先を行く先輩として明日香には出来る限り気を払っておくか。
「しかし中を調べるにしても厄介ね。監視カメラや警報機があったら直ぐにバレてしまうでしょうし、殲滅するにしてもお得意の転移魔法陣で逃げられると厄介よ」
「なら、ウチが捕まろうか?」
「は? 何で明日香が?」
「だってウチは風舞や舞ちんみたいに顔が割れてないし、潜入しようと思えば余裕じゃん? とりまウチが悪魔に捕まってフェイル・リフターってやつを見つけたら、何か適当に魔法でもぶっ放せばどうにかなるっしょ」
「いや、それはダメだ。明日香にそんな事はさせられない」
「それじゃあ何か他に作戦でもあんの?」
「………」
「無いんなら、もうこれしか無くね?」
「確かに合理的ではあるけれど、それなら風舞くんも一緒よ。万が一の時は風舞くんと一緒に転移魔法で脱出してちょうだい」
「でも、風舞は悪魔の間では有名なんじゃ…」
「大丈夫よ。風舞くんの変装は超一流だもの」
「…マジで?」
「明日香ちゃんを守ってあげたいのでしょう?」
「もちろん」
「なら、早く準備をしてちょうだい」
「……はぁ。仕方ないか」
まさかこんなところにまで来て女装をする羽目になるとは思っていなかったが、明日香の立てた作戦以外に策は思いつかないし、仕方なく冬の山の中でいそいそと女装を始める。
マジで俺、何やってるんだろうな。
「ウィッグとかタイツに慣れすぎでしょ」
「言うな。俺もウンザリしてるんだ」
少しずつ調子の戻ってきた明日香にちょっかいを出されつつも、手慣れた着替えやらメイクを行い、最後に髪型を整えて腰に剣を差し直す。
こんな事があると今度から女装してから行けば良いじゃんとか言われそうで嫌になるな。
「さて、風舞くんも準備は出来た様だし、作戦の確認をするわ。まず、風舞くんと明日香ちゃんがフェイル・リフターが逃げ出さない程度で暴れて捕まる。明日香ちゃんが勇者だという事は一目で分かるでしょうし、フェイル・リフターが直々に出て来る可能性はそれなりにあるわ。万が一危険が迫った時やフェイル・リフターを見つけた場合は派手な魔法を撃って私達に合図をしてちょうだい。30分経って何の合図も無かった場合、私達も踏み込んで片っ端から斬り刻むわ。それと、念のために風舞くんはトウカさんと魂を繋いで行ってちょうだい」
「魂を繋ぐって?」
「俺のトウカさんの合体技みたいなもんで、テレパシー的な事が出来る様になる。俺は常に転移魔法を使っているみたいな状態だけど、かなり便利だぞ」
「へぇ。流石トウカさん」
「ふふ。私など大した事はありませんよ。フーマ様がギフトの力で私のギフトや転移魔法などを束ねてくださらなくては発動できないものですから」
「そういう事だ。褒めるなら俺も褒めろ」
「でも、トウカさんがいないと出来ないんしょ?」
「それはそうだけど…」
「まあまあ。風舞くんの凄さは明日香ちゃんもよくわかっているし、今はその話は置いておきましょう。それよりも、早く帰ってあったかいお風呂に入りたいから早く中を調べて来てちょうだい」
「はいはい。それじゃあトウカさん」
「はい。失礼します」
トウカさんはそう言うと俺の目の前の立ち、額を俺の額にくっつけて俺の手を取って指を絡ませ始める。
なんとなく側に立っている明日香の視線が痛かったが、俺はトウカさんを受け入れて魂が繋がるのをゆっくりと待った。
『フーマ様は暖かいですね』
『トウカさんこそ』
「風舞くん。繋がったのならいつまでもトウカさんとイチャイチャしてないで、早くしてちょうだい。トウカさんと仲良くするのは構わないけれど、流石にこんな寒い中で私を除け者に二人の世界を作られると少しだけ腹が立つわ」
「はいはい。ほら、俺のコートとマフラー貸してやるからちょっとだけ待っててくれ。帰ったら一緒にあったかい風呂にでも入ろうな」
「ふふ。そういう事なら大人しく待っているとするわ」
『マイ様ばかり羨ましいです』
『子供みたいな事言わないでくださいよ』
『フーマ様は相変わらず意地悪なお方ですね』
トウカさんが唇を尖らせながらそっぽを向いてしまったから、とりあえず手袋をトウカさんに渡してから、ほったらかしだった明日香の方を振り返る。
「ね、ねぇ風舞。ウチと風舞でもその…繋げたりすんの?」
「魂のことか? いや、トウカさんのギフトが無いと出来ないし無理だな」
「それはほら、試してみないと分かんなくない?」
「アスカには魂に干渉するギフトでもあるのか?」
「それは無いけど…」
「明日香ちゃん。この作戦が終わったら私が無数に持つ風舞くんが何でもお願いを聞いてくれる権利を一つあげるから、早く中を調べて来てちょうだい。私は寒いのは嫌いなの」
「舞ちんは風舞のコートとマフラーも着てんじゃん」
「それはそれこれはこれよ。明日香ちゃんだってこんな山奥でよりも、暖かい家でゆっくり風舞くんとおでこを合わせたり、手を繋いだりしたいでしょう?」
「そ、そんな事ウチは一言も…」
「はぁ。明日香、さっさと行こうぜ。舞の言う事はともかく、あんまり時間をかけるのもよく無いしな」
「う、うん。分かった」
意外にも聞き分けの良い明日香に少しだけ驚きつつも、これで全ての準備が終わった俺は最後に舞に一声かけてから茂みを出て、明日香と共に不気味な神殿へと歩いて行く。
「ねぇ、調べるって何すれば良いの?」
「そうですね。とりあえずは中を歩き回って、悪魔が襲って来たら撃退でしょうか」
「でも、やり過ぎちゃダメなんでしょ?」
「適当なタイミングで私が人質になりますので、明日香は上手く空気を読んで上手く乗っかってください」
「りょ………。その、足引っ張んないように頑張るから、よろしく」
「こちらこそ」
明日香と並びながら神殿に近づいて分かったことなのだが、神殿の中は篝火があちこちに焚いてあるらしく、不気味でありながらも比較的明るい。
入り口には見張りの悪魔は立っていなかったが、神殿の内部に入ったら舞達の気配が感知できなくなった事を考えるに、一切の油断は出来なさそうである。
『フーマ様。聞こえますか?』
『はい。どうやら遮断するのは気配のみで、魔法とかは通すみたいですね』
『それは何よりです。それとマイ様から伝言ですが、心配ないと思うけど十分に気を付けてねとの事です』
『了解です』
トウカさんとの交信に問題は無さそうだが、俺がこうしてトウカさんと魂を繋いでいられる時間はそこまで長くはないし、あまり無闇やたらに動き回りたくはない。
「あんまり動き回って罠にでもかかったら厄介ですし、適当に魔法でも撃って悪魔をおびき寄せましょう」
「分かった。それじゃあ適当に…」
そうして明日香が適当な通路に水魔法を放つと、それに釣られた様に数匹の悪魔がワラワラと姿を見せる。
人型ではない悪魔もいるみたいだが、それなりに強そうなやつが多いな。
「グギャギャギャ! コンナトコロニ人間ガ何ノ様ダ!」
「ここに悪魔がたむろしてるって聞いたから勇者であるウチが直々に来てやったけど、どうやら噂は本当っぽいね」
「勇者ダト? タッタ二人で乗リ込ンデ来ルトハ愚カナ奴メ!」
「あんまりウチらを舐めてっと後悔すっから、覚悟しとけよ!!」
さて、とりあえずこれで悪魔を誘き寄せられたわけだけれど、果たして悪魔が大人しくフェイル・リフターのところまで案内してくれるかは謎だし、あんまり雑に負けると一方的に殴られてフェイル・リフターが出て来る前に俺達がやられてしまう。
明日香は目の前の悪魔の相手を頑張ってくれているし、とりあえず俺は援護をしつつ状況が動くのを待つしかないかね。
俺はそんな事を考えながら、いつの間にかに見違えるほどに強くなっていた明日香に続いて悪魔との戦闘を始めるのであった。
次回、8日予定です




