62話 鬼畜王と従者
風舞
従者のために一肌脱ぐと意気込んだものの、アンとシルビアが世界樹から帰って来るまで暇になってしまった俺は、特にやる事もなくエルフの里の宮殿をぶらぶらとうろついていた。
ちなみに舞はソレイドから戻るや否やトウカさんを労りに行くと走って行ってしまったため、現在はエルセーヌと二人きりになっている。
「何か面白いものでも無いかと思って歩いてるけど、暇だな」
「オホホホ。後でカグヤ様に叱られますよ?」
「そうは言っても宮殿だから皆忙しそうだし……ん? あそこにいるの、ファーシェルさんか?」
「オホホ。その様ですわね」
俺の暇だという願いが届いたのか、ターニャさんのお母さんにしてエルフの里では将軍のポジションに就いているファーシェルさんを見つけた。
とはいえ、離宮の中にいる訳だしやっぱり忙しかったりするのだろうか。
「とりあえず声をかけてみるか」
「オホホホ。昼間から人妻にナンパとは、流石はご主人様ですわね」
「人聞きの悪い事を言うな」
「オホホホホ」
そうしてエルセーヌに揶揄われながらもファーシェルさんに声をかける事を決めた俺は長い廊下の先にいるファーシェルさんの元へ進む。
ファーシェルさんは宮殿に勤めるエルフの女性と話していた様だが、俺とエルセーヌがすぐ近くまで来た頃には話を終えてこちらを向いて会釈していた。
「こんにちはファーシェルさん」
「ああ。調子はどうだ?」
「まぁ、ボチボチです」
「そうか。そう言えば、ターニャを見なかったか? 今朝から一度も見かけないんだが…」
「ターニャさんならうちの従者と世界樹に行ってますけど、聞いてないんですか?」
「またか…」
「また…ですか?」
「ああ。次期里長として学ぶべき事が多い身でありながらいつもいつも」
どうやらターニャさんには脱走癖があるらしい。
しかし逃げ出したとしてもカグヤさんにすぐに見つかりそうなものだが…。
「オホホ。カグヤ様は何も言いませんの?」
「カグヤ様はターニャを叱るどころか、むしろ外に行くのを手助けしているようだ」
「そうなんですか?」
「曰く、里長になるからには人望が無くてはいけないという事らしいが、カグヤ様がターニャに絆されてからは毎日の様に逃げられている」
「それは何とも…」
カグヤさんからしたら姪っ子可愛さに甘やかしているのかもしれないが、疲れた顔をしているファーシェルさんを見ると、ターニャさんを見つけて来た方が良さそうだな。
「よし。それじゃあ今からターニャさんを捕まえて来ましょう。それで一言ガツンと言ってやりますよ」
「任せても良いのか?」
「俺はターニャさんの師匠ですからね。このぐらい当然です」
「そうか。それは助かる。私はこれから軍会議があるから、後で結果を教えてくれ」
「了解です。それじゃあ行くぞエルセーヌ」
「オホホホ。かしこまりましたわ」
そんなこんなでアン達の帰りを待っているつもりが結局世界樹に行く事になった俺は、エルセーヌと共に世界樹へと転移した。
ちょうど暇していた事だし、お使いクエストをこなすとしますかね。
◇◆◇
舞
私だけが知っていて風舞くんが知らない事実がある。
実はトウカさんはかまってもらえないと寂しさで悲しくなってしまうウサギみたいなハートの持ち主なのだ。
「トウカ姉さん。もう良いよ」
「そうですか? しかしまだ1時間しかやっていませんが…」
「こういうのはフーマにやってあげれば良いんじゃないかな? 少なくとも、実の姉の耳かきを1時間も耐えた僕を褒めて欲しいぐらいだよ」
「それじゃあトウカ。今度は僕の耳を…」
「お父様は結構です」
「そっかぁ…」
トウカさんにピシャリと振られてしまったサラムさんが落ち込んだ表情で項垂れている。
サラムさんは物陰に隠れている私とドラちゃんに気がついているみたいだけれど、どうやら他の二人にはバラさないでいてくれるらしい。
もう少しだけこっそりと家族の前でのトウカさんを見ていたいし、協力に感謝するわ。
「それではユーリア。今度は肩を揉んであげましょうか?」
「凝ってないから遠慮しておくよ」
「凝っている人ほどそう言うのです。ほら、遠慮せずに」
「あぁ、はいはい。もうトウカ姉さんの好きにして」
ユーリアさんがウンザリした表情でため息をつき、トウカさんが嬉しそうな表情で弟の肩を揉み始める。
私の場合は土下座しないと肩を揉んでくれないのに、ユーリアさんばかり羨ましいわね。
「どうですか? 気持ちいいですか?」
「まあまあかな」
「まあまあでは分かりませんよ。もう少し詳しくお願いします」
「凝ってないから別に何ともないよ」
「それなら僕の肩は凝っているから是非…」
「お父様、昼間からこの様な所で遊んでいてよろしいのですか?」
「……そうだね。仕事に戻るよ」
「…姉さん。お父さんに頑張れって言ってあげて」
「仕方ありませんね。お父様、お仕事頑張ってください」
「〜っ!! うん! 頑張る!!」
サラムさんはそう言うとガバッと立ち上がり、物凄い勢いで走り去って行く。
ふふ。トウカさんの一言であんなにやる気を出すなんて、サラムさんもチョロいわね。
「マイに似てる」
「そうかしら? 私はあそこまで単純ではないと思うけれど」
「あぁ、マイムにフレイヤ。ちょうど良い所に来たね。ちょうどトウカ姉さんが暇して困っていたところなんだ。良ければ姉さんと遊んでやってくれないかな?」
「マイ様……いつからそこにいらしたのですか?」
「トウカさんがユーリアさんにだらしない顔で耳かきをしていたあたりからよ」
「だらしない顔などしていません」
「してた」
「フレイヤまでその様な事を言うのですか?」
「姉さんってばフーマとマイムがいなくて寂しいからって、なかなか僕を解放してくれなくてさ。ちょうど良いところに来てくれて助かったよ」
「ごめんなさいねトウカさん。今度から一声かけてから出かける様にするわ」
「何ですかその顔は」
耳の先を少しだけ赤くしたトウカさんがそう言いながら私にジト目を向ける。
ふふ。やっぱりトウカさんは可愛いね。
「さて、それじゃあトウカさんとも合流できた事だし、風舞くん達が戻って来たら遊びに行きましょうか」
「やれやれ。仕方ありませんね」
「なるほど。姉さんはマイムの従者になって正解だったかもね」
「ユーリア。それはどういう意味ですか?」
「別に他意は無いよ。マイム、これからもトウカ姉さんをよろしくね」
「ええ! もちろんよ!」
ユーリアさんに言われずともトウカさんは私の大切な従者ですもの。
これからも、ずっと一緒に暮らしましょうね!
◇◆◇
風舞
エルセーヌの案内で世界樹へと転移し無事にアンを見つけたのだが、アンは戦闘中だった。
「よっ、調子はどうだ?」
「フーマ様……」
とりあえず少し離れた位置で見守るシルビアに声をかけたのだが、シルビアは少しだけ泣きそうな顔でアンを見ていた。
「槍の間合いじゃなくなったら、武器を捨てる覚悟も大事だよ! 敵はアンちゃんの都合なんて考えてくれないからね!」
「はい!」
魔物の群れの中で戦うアンのすぐ側でターニャさんさんが指示を出し、アンが身体中に傷を負いながらも懸命にそれについて行こうとしている。
なるほど。これはシルビアが心配になるわけだ。
「昨日からこんな感じなのか?」
「はい。アンは少しでも強くなろうと必死みたいで」
この世界におけるステータスの差は単純なレベル差だけではなく、生まれ持った才能の差にも大きく影響を受ける。
例えばシルビアの様に近接戦闘能力に長けていればレベルが上がった際に攻撃力や防御力の数値が上がりやすいし、トウカさんの様に魔法の扱いに長けていれば魔法攻撃力魔法防御力のパラメータが上がりやすい。
勇者である俺や舞はそもそもの上昇値が一般人のそれを大きく上回っているのだが、アンのステータスの上昇値は街で暮らす一般人とそう大きく変わらなかった。
「レベルはどのぐらい上がったんだ?」
「少しずつではありますが着実に上がってはいます。とは言えステータスがあまり高くはないので、一度に相手出来る魔物の数にも限界があるみたいです」
「そうか……」
ある程度まではレベルを上げる事は難しくはない。
アンよりもレベルが高い俺やシルビアがある程度まで魔物を痛めつけてトドメをアンに譲れば少なくはあるがアンに経験値が入るし、魔法を使えば大量の魔物を一気に仕留める事も出来なくはない。
だが、レベルが上がってもステータスの伸びが悪くては、仮に俺と同じステータスが欲しい場合は俺よりも高いレベルにする必要がある。
「今のアンでもそこらの冒険者よりはかなり強いだろうけど、それじゃあ満足してないんだよな」
「フーマ様と共に戦場に立てるだけの力が欲しいとアンは言っていました」
アンが自分だけ戦場に立てない事を嘆いている事は以前から知っていた。
俺はアンの様な優しく聡明な従者がいてくれるだけで感謝しているのだが、それはあくまでも俺の考えであって、アンは俺と一緒に戦う事を望んでいる。
しかしアンのステータスでは悪魔を相手にする事はまず不可能だし、俺がいつでもアンを守ってやれるかと問われればそうとは言えない。
「エルセーヌ。何か良い案はないか?」
「オホホホ。アン様には無理だと言うのが一番手っ取り早いと思いますわ」
「エルセーヌ」
「オホホ。そう睨まないでくださいまし。シルビア様もそれが分かっているからこそ、その様な表情をなさっているのでしょう?」
「それはそうだけど、でも…」
「オホホホ。アン様が戦闘に不向きでありながら、その欠点を努力で補おうとしている事はよく知っていますの。しかしあまりにも時間が無さ過ぎますわ。仮に悪魔と戦うのが30年後であればアン様でも悪魔を相手に出来るでしょうが、それを数ヶ月単位でどうにかしようというのはまず無理な話ですわ」
「………はぁ。やっぱりエルセーヌにも解決出来ないか」
「オホホ。私とて、今のステータスになるのに数百年費やしていますのよ? そう都合良く強くなれるのなら、私だって強くなりたいですわ」
「フーマ様…」
「あぁ、泣きそうな顔をするな。俺だってアンの気持ちを汲んでやりたいし、出来る限りの事はするつもりだ。だからシルビアも、もうしばらくはアンを見守ってやってくれ」
「はい。分かりました」
俺はそう言って涙を拭いたシルビアに背中を向け、ちょうど戦闘が終わったばかりのアンの方へ歩いて行く。
「オホホホ。ご主人様も酷な事をおっしゃいますわね」
「俺がもっと強ければアンと一緒に戦えて全てが丸く収まるんだけどな」
「オホホ。そうとも限りませんわ。アン様が欲しているのは強さではなく成功体験ですの。ご主人様を政治的、権力的に危険に晒さない事でアン様は多大な成果を挙げてはいますが、ご主人様の命の危機においては救出どころか側でサポートも出来ない。そんな現状がアン様を突き動かしているのだと思いますわ」
「ある面では誰よりも活躍してるけど、それが自分の望むものでは無いって事か」
「オホホホ。そんなアン様をご主人様はどういたしますの?」
「俺は努力は報われなくても、誰かが認めてやるべきものだと思ってる。どんなに頑張っても、誰も褒めてくれないんじゃ虚しくなるだろ?」
「オホホ。その結果、アン様が今以上に無茶をするかもしれませんわよ?」
「アンは賢いから命を危険に晒したりはしないだろうけど、その時はエルセーヌがアンを助けてやってくれ」
「オホホホ。仕方ありませんわね。アン様は大切な先輩ですもの、そのぐらいの事は請け負いますわ」
「いつも頑張らせて悪いな」
「オホホ。べ、別にご主人様のためではありませんわ」
「はいはい」
そんな話をしている間に息を整え終わったアンの元まで辿り付き、俺は水の入った瓶を手渡しながらアンに声をかける。
「調子はどうだ?」
「えへへ…まだまだかな」
「そうか? ターニャさんに言われて咄嗟に武器を持ち替えた時の判断がかなり早くなってたし、大分実戦慣れしてたと思うぞ」
「でも、私一人じゃこの数は相手に出来なかっただろうし、もっと頑張らないとだよ」
「確かに頑張るのも大事だけど、戦闘においてはいかに楽をするかを考えるのも大事だぞ。例えば一人で多数を相手にする時は、周囲を囲まれるよりも敵と向かい合ってた方が攻撃を避けやすいだろ? だから予め自分にとって戦いやすい場所を探しておいて、敵が来たらそこまで敵を誘導すればもう少し楽に戦えるだろうな」
「オホホホ。ご主人様は相変わらず陰湿な戦法が好きですわね」
「そんな事ないです〜。論理的かつ実践的な戦法です〜」
「それじゃあ次はそれを意識してやってみるよ」
「ああ。是非試してみてくれ」
「うん。ありがとうフーマ様!」
アンがそう言って精一杯の笑みを俺に向ける。
精神的にも肉体的にもかなり疲弊しているだろうに、俺を心配させまいとしてくれているらしい。
なんというかもう……
「アン」
「え!? な、何!? どうして急に抱きしめるの?」
「いや、アンが可愛いなと思って」
「う、嬉しいけど、今の私汗臭いよ? 汚いよ?」
「あ〜。師匠がこんなところでアンちゃんにエッチな事してる〜」
「オホホホ。ご主人様は節操なしですわね」
「やかましい。全てはアンが可愛いすぎるからいけないんだ」
「えぇ…。そんな事言われても…」
「オホホ。アン様、今日の訓練はもう終わりですの?」
「え? はい。もう魔力も体力もほとんど無いし、そのつもりだけど…」
「よし。そういう事ならこのままアンを抱っこして帰ろう。シルビア、戻って飯にするからこっちに来い!」
「はい! ただいま!」
「ちょっとフーマ様。宮殿に戻るなら自分で歩けるから下ろしてよ。流石に恥ずかしいし…」
「だってさ師匠。そんなんだから鬼畜王なんて呼ばれちゃうんだよ?」
「…そういえばターニャさん。ファーシェルさんが脱走したこと怒ってましたよ」
「あぁ、大丈夫大丈夫。ママは叔母様にはあんまり強く出れないからさ」
「それじゃあカグヤさんに今度からターニャさんを叱る様に頼んでおきますね。多分ですけど、俺のお願いなら聞いてくれると思いますし」
「ちょ、ちょっと待って。それはマジで洒落にならないからちょっと待って」
「さぁ、アン。さっさと帰ってあったかいお風呂に入れてやるからな」
「それは流石に恥ずかしいからイヤ! ちょっとシルちゃん、フーマ様の目がなんか怖いからシルちゃんからも何か言って!」
「フーマ様。私もお手伝いいたします」
「ちょっとシルちゃん!? エルセーヌさん! この二人、どうしたんですか!?」
「オホホホ。皆、アン様が大好きなのですわね」
「それは嬉しいけど、ちょっと待って! とりあえずちょっと待って!」
「ねぇ、師匠。叔母様にお願いするって冗談だよね? ね? 冗談でしょ?」
なんだかアンとターニャさんが騒いでいる気がするが、鬼畜王な俺には二人が何を騒いでいるのか全くもって理解できなかった。
さてと、今日の午後はのんびりと過ごしますかね。
次回、七日予定です




