59話 地味
風舞
この世界での強さの指標の一つにレベルというものがある。
レベルが高ければ当然、攻撃力や防御力も高いし、魔法の威力もレベルに応じて高くなる。
それではこの世界の人々はレベルが同じであれば同じぐらいの強さであるかと問われれば、それは否と言わざるを得ない。
ステータスのどの項目が伸びやすいかは生まれながらの素質で決まるし、そもそも勇者や魔王の様な特殊な存在はステータスの上昇値からしてかなり違う。
エルフの巫であるトウカさんや赤い狂人である団長さんもその例に漏れず、ステータスの伸びが一般人とはまるで異なるのだが、そもそものレベルが高くなければステータスそのものもあまり高くはならない。
「この前見せてもらったトウカさんのレベルが600ちょい。舞が700ぐらいで、さっきの試合を見るに団長さんは650から700ぐらい。フレンダさんが世界樹はレベリングに向いてるって言ってたし、そうなるとターニャさんのレベルは…」
「私のレベルは651だよ」
「……そうですか」
「ちなみに師匠のレベルってどんぐらいなん?」
「今は160ぐらいです」
「え? マ?」
ざっくりターニャさんのレベルを計算しようとしていたら、何故かターニャさんに俺のレベルの低さを驚かれてしまった。
だってここ最近までずっと体を動かせなかったし、その後は魔封結晶探しとか悪魔の晩餐会のあれやこれやで忙しかったんだもん。
「ええっと。師匠、やっぱりやめとこっか?」
「ここで辞めたら格好悪いですし、気にしなくて結構ですよ」
「いやでも…流石にこのレベル差は私が圧勝しちゃうし…」
「それじゃあ、戦闘開始から5秒だけ止まっていてくれませんか?」
「まぁ、うん。そうだね。そのぐらいのハンデはあげるよ」
あ、勝った。
仮に魔法で防御したとしても転移させればそれらは解除されるし、空間断裂を使えば物理防御を無視して攻撃出来る。
これは負ける要素が無いな。
「勝敗はどうしますか?」
「マイム達みたいに全力でやったら師匠を殺しちゃうかもだし、さっきのマイムと同じぐらい服が破けたら負けにしよっか」
どうしよう。
ここまで俺に有利だと、何か世界の強制力的なあれやこれやで俺が負けそうな気がしてくる。
大丈夫だよな? どう計算しても俺が勝つよな?
「ユーリア。試合開始の合図と審判、お願いして良い?」
「うん。それじゃあ双方構えて…」
団長さんの回復を終えたユーリアくんがゆっくりと手をあげる。
やっぱり見落としは無いし、仮に不測の事態が起きても5秒もあれば対処できるはずだ。
「始め!」
「テレポーテーション……って、あれ?」
ターニャさんを目の前に転移させようとしたが、転移魔法が発動せずに魔力だけが消費される。
これはもしや…
「なるほど。魔力操作ですか」
「そ、流石に魔力消費がキツイけどね」
転移魔法は魔法の一種であるために、抵抗しようと思えば抵抗できなくも無い。
一番オーソドックスなやり方はターニャさんが今こうしてやっている様に、体の周りを自分の魔力で包み込んで簡易的な盾を張る事なのだが、あれでは魔力消費も激しいだろうに、何か策でもあるのだろうか。
「まぁ、いっか」
今回の勝負は魔法のみの勝負だし、ターニャさんが魔力操作で盾を作っていたとしても、転移魔法で攻めている俺の方が魔力消費は少なく済む。
流石に抵抗されている分、普段よりも消費魔力が多いが、このペースならば先にターニャさんの魔力が切れる方が早いだろう。
「2…1…0。ふぅ、ギリギリ間に合ったか」
「キッツ………」
ターニャさんからもらった5秒というハンデが終わると同時にターニャさんが魔力を枯渇させ、膝に手をついて肩で息をする。
ターニャさんにも少しだけ魔力が残ってはいるのだろうが、おそらく一発でも魔法を撃てば倒れるぐらいのはずだ。
「ギブアップしますか?」
「いいや。私は何があってもギブアップしないよ?」
「そうですか。それじゃあ……」
そこで俺はふと気付いてしまった。
ターニャさんは魔力の残りが殆ど無くて、ろくに抵抗は出来ない。
そして俺の勝利条件はターニャさんの服を破壊することだ。
つまり、俺は今から殆ど無抵抗な女の子の服を破かねばならないわけで……。
「謀りましたね」
「師匠を相手に真面目に戦うなんてアホらしいし、私は勝てればそれで良いからね」
俺はエルフの里で鬼畜王と呼ばれる存在だ。
それは以前、ターニャさんを相手に完封勝利をしてしまった故についた異名なのだが、それでもここ最近はエルフの里にあまり顔を見せていなかったために、先程舞と街を歩いていても性犯罪者の様な目を向けられる事は無かった。
しかし、ここでターニャさんを剥いてしまえば俺の評価は地に落ちる。
「まぁ、剥くんだけどな」
「えぇ!? ちょっ、えぇぇ!?」
おそらくこのままターニャさんの服を破けば、俺の評価は地に落ち、身内にはものすんごい怒られる事だろう。
だが、俺が搦手で負ける事などあってはならないのだ。
「ターニャさん。俺は勇者として強くあらないといけません。俺は決して負けるわけにはいかないんです」
「そ、それはわかるけど、だからって普通女の子の服を脱がせようとする!?」
「俺がプライドを捨てる事で皆を守れるなら、安いもんですよ」
「そうかもだけど、そうかもだけど!」
俺が一歩詰め寄るたびに、ターニャさんが一歩ずつ下がる。
しかし後退するターニャさんよりも前進する俺の方が歩幅が広いのか、十歩ほどで俺はターニャさんに手が届く位置に立っていた。
「ほら、降参しても良いんですよ?」
「そ、それだけは絶対嫌」
「なら、後は大勢の前でその肌を晒すだけですね」
「くっ……くっぅ」
あ、ターニャさんが涙目で俺を睨みつけている。
ターニャさんは黒髪で正統派エルフとは言い難いけど、やっぱりエルフはくっころ展開がよく似合うな。
「空間断裂」
ルールでは魔法を使わない攻撃は禁止されているために、人差し指に空間断裂を纏わせてターニャさんに向ける。
さて、後はターニャさんの服を破ると同時にマントでそれを隠せば……
「勝者、フーマ!」
「師匠ズルい!」
「どの口が言うんですか」
模擬戦を終えて観客席の方へと向かう俺にマントを被ったターニャさんが後ろからついて来る。
服を破きはしたものの、他の人には見えない様に気を使ったのだから勘弁してもらいたい。
「フーマとター姉の試合は見応えが無かったね」
「実践的と言ってくれ。高度な知能戦ほど、地味なものなんだ」
「そうだよユーリア。派手だから良いってものではないの」
「派手好きなター姉がそれを言うのかい?」
ターニャさんが俺とユーリアくんにそれを言うのか言われている間に、トウカさんが俺の方へと寄って来て、タオルを差し出してくれる。
一滴たりとも汗はかいていないのだが、マネージャーっぽいトウカさんが素敵だったために、とりあえずタオルを受けとっておいた。
「お疲れ様でしたフーマ様」
「どうも。……ん? アンとシルビアがどこにいるか知りませんか?」
「はい。私は訓練場に来てから見ていませんが…」
「フーマの従者の二人なら、マイムの試合中にどこかに行ったぞ」
「そうですか…」
あの二人が行き先を告げずにどこかに行く事など珍しいが、何か用事でも思い出したのだろうか。
このエルフの里では危険な事などそうそう無いだろうが、少し心配だな。
「舞、ちょっとアンとシルビアを探して来るわ」
「私達も手伝うわよ?」
「いや。エルセーヌに聞けば一発で分かるだろうし、舞は皆といてくれ。折角のトウカさんの里帰りを邪魔したくないからな」
「なるほど。そういう事なら大人しくしているわ」
トウカさんがターニャさんと話をしている間に、舞との話を終えた俺は訓練場を一人で出て、とりあえず暇そうなエルセーヌを呼び出す。
「エルセーヌちゃーん。あーそーぼー」
「オホホホ。いーいーよーですわ」
「アンとシルビア知らない?」
「オホホ。お二人なら、先程カグヤ様から武具を購入して世界樹に向かいましたわ」
「……なんでいきなり?」
「オホホホ。マイ様の試合を見ていて、血が騒いだのではありませんの?」
「何じゃそりゃ」
「オホホ。とは言え何も心配は要りませんわ。スーシェルちゃんが護衛をしてくれていますし、夕飯までには戻るつもりの様ですわ」
「なるほど。それじゃあ、どうしたもんかな……」
アンやシルビアを探すつもりで一人で出て来てのに、急にやる事が無くなってしまった。
他にやる事も無いし、訓練場に戻って皆と合流するか?
「オホホ。お暇なら、私達も世界樹に行きますわよ」
「何かやる事でもあるのか?」
「オホホホ。ご主人様のレベリングですわね。とりあえず最上層から順に全ての魔物を殲滅して周りますわよ」
「荒らしかよ」
「オホホ。日頃忙しくてレベリング出来ないご主人様を思っての進言ですの。いつまでもお子ちゃまレベルでは、皆様に舐められてしまいますわよ? それに、アン様にまでレベルを追い抜かれたくは無いのではありませんの?」
「ちなみにアンの今のレベルって?」
「オホホホ。確か作戦前に80を突破していたはずですわね」
「……よし。今日中に最低でも200にするぞ。魔物寄せのアイテムとか持ってるか?」
「オホホ。もちろんですわ」
流石にいつまでもレベルが低いままではいられないし、このままでは従者全員にレベルで負けてしまう。
レベルが高ければ良いという訳では無いが、高いに越した事がないのもまた事実だ。
「オホホホ。とりあえずは世界樹の中にある神殿まで転移してくださいまし。そこで上半身裸のご主人様の両足を縛り上げて、魔物寄せの香を使いますわ」
「足を縛るのはまだ良いけど、上半身裸って意味があるのか?」
「オホホ。少しでも効率的にレベルを上げるためですわ」
危険を冒せば冒すほどにレベルアップに必要な経験値も多くはなるが別に上裸にならずとも、鎧を着ないだけで十分な気がする。
「まぁ、いっか。どうせ暑くなるし脱いでやろう」
「オホホホ。その意気ですわ」
そんなこんなで急遽レベリングをする事になった俺は、エルセーヌと共に世界樹へと転移するのであった。
◇◆◇
アン
マイ様が強い事は知っていた。
悪魔の晩餐会では私を守りながらも余裕で戦っていたし、マイ様はフーマ様の体が動かなくなってしまった時に、物凄い無理をして更に強くなったとエルセーヌさんにも聞いている。
しかしセイレール騎士団の団長さんがあそこまで強いとは思わなかった。
私には目で追う事も出来ない戦闘だったが、シルちゃんが言うにはマイ様とほとんど互角だったらしい。
セイレール騎士団の人達は特殊な力があるわけでもなく、私と同じただの人族だ。
団長のシェリーさんは赤い狂人ではあるものの、魔法が使えないというハンデがあるのだから、むしろ私よりも厳しい環境で生きているに違いない。
「せいっ!」
世界樹の第3階層にて、私はグリーンエイプという緑色の猿の魔物に槍を突き刺し、命を落としたのを確認してから槍を引き抜く。
カグヤさんが私に選んでくれたこの槍は今の私にちょうどあっているのか、強すぎるわけでも弱すぎるわけでもなく、非常に扱いやすい。
「アン。そろそろフーマ様の試合も終わるだろうし、帰ろう?」
「ううん。もうちょっとでこの槍にも慣れそうだから」
「大丈夫ですよシルビアさん。エルセーヌちゃんとカグヤ様は私達がここにいる事を知っているし、帰りは私が転移魔法で送ってあげるから」
「でも……」
「ほらほら、次の魔物が来ましたよ〜」
私は昔から運動が苦手で体が弱かったが、それでもレベルを上げる事で少しずつ強くなっている事は実感出来る。
流石にシェリーさんの様にマイ様と戦えるほどとは言わずとも、足手纏いにならないぐらいなら私でも強くなれる筈だ。
「はぁぁぁっ!!」
フーマ様は天才だ。
レベルが低くても他の勇者様に負けないぐらい強いし、各国で最強クラスの人たちにもその実力を認められている。
フーマ様は自分の実力はハリボテだなんて言うけれど、圧倒的な強者に追いつけるほどのハリボテを作れるなんて、それは才能以外の何物でもないだろう。
「……もっと」
私は何の才能も無いただの孤児だ。
シルちゃんの様に戦闘の才能も無ければ、ミレイユさんの様に人の考えを見抜く特別な力も無い。
ただの獣人に過ぎない私がフーマ様の従者であるためには、誰よりも努力が必要なのだ。
「もっと」
おそらく私がフーマ様と肩を並べて戦える日など一生来ない。
それでも私がフーマ様にお仕えし、そばに居るためには最低限自分の身を守るぐらいのことは出来なくてはならないのだ。
「もっと!」
だから私は身の丈を超える槍を振るう。
何の才能も無い私はただひたすらに槍で突き刺す。
追う背中はどれも大きく遠いが、決して私は足を止める訳にはいかないのだ。
次回、1日予定です




