57話 相変わらず
風舞
エルフの里には世界樹と呼ばれるダンジョンがある。
世界樹の巫はこのダンジョンに干渉するギフトを持っており、魔物の数や動きを抑制する事が可能であるのだが、現在は頻繁に魔物の駆除が行われているために世界樹の巫の意味は変わりつつあるらしい。
「曰く世界樹の巫は災厄から人々を守る存在であり、世界樹の朝露はそんな巫が慈愛の心で作り上げた奇跡の逸品らしいわ」
「へぇ。そりゃこんだけ美味いわけだ」
エルフの里へとやって来てトウカさんの実の弟であるユーリアくんやセイレール村出身の傭兵であるファルゴさんやシェリーさんを探している道中、やたら繁盛している店を覗いてみたら世界樹の朝露サイダーなるものが売っていた。
レーザープリンターの様な高性能な印刷機のないこの世界で精密な複製画を何枚も用意するのは大変だろうに、サイダーの瓶にはトウカさんをモチーフにしたキャラクターが美しい笑みと共に描かれている。
「オホホホ。一応僅かばかりの回復効果はある様ですわね」
「とは言っても擦り傷も治せないぐらいの回復量だろ? ポーションとしてはかなり微妙な部類だな」
「それは違うわ。毎日の激務に疲れて少しで良いから休みたいと思った時に、トウカさん(のイラストが描かれたサイダー)が優しく甘やかしてくれる。果たしてこれ以上のポーションがあると思う?」
「まぁ、確かに」
「でしょう!? というわけでトウカさんの生搾りサイダー一か月分を購入して来たわ! これでしばらくはいつでもどこでもトウカさんを感じられるわね!」
「……それってトウカさんと一緒に行動していれば要らなくね?」
「そんな事ないわ。私もトウカさんを内側からも感じた……まさか風舞くん。そういう事かしら?」
「……せいっ」
「あいたっ。むぅ、何もいきなりチョップしなくても良いじゃない」
「かなり目立ってるからさっさと移動するぞ」
「やれやれ。風舞くんは照れ屋さんね」
真昼間から人前でとんでもない事を言い出す人からすれば、全人類照れ屋になるだろとも思ったが、大人な俺は世界樹の朝露サイダーの空き瓶をゴミ箱に入れて、木製の箱を担ぐ舞の手を引いてその場を後にした。
「オホホホ。なかなか面白い見せ物でしたわ」
「そりゃどうも。それでユーリアくん達は見つかったのか?」
「オホホ。ご主人様とマイ様が目立ってくださったおかげで、すぐに見つける事が出来ましたわ。エルフの里では互いに有名である事が幸いしましたわね」
「ふふん! 全て計算通りだわ!」
「嘘つけ」
「この私がトウカさん成分が一切入っていないお土産用ソーダ如きであそこまで興奮するわけが無いでしょう? あれはトウカさんにいつもお世話になっている恩を、お母様の販売する商品へのセールストークによって少しだけお返しただけに過ぎないわ」
「って言ってますけど、フレイヤさんはどう思います?」
「ふざけ8割まじめ2割」
「あら、いつも真面目だと疲れてしまうでしょう?」
「はいはい。ほら、その箱持ってやるからここに下ろしてくれ」
「ありがとう風舞くん」
こういう時にまで思わず舞の笑顔を見ただけで幸せを感じてしまう自分が悩ましかったりする今日この頃の俺である。
そしてそんな俺の心情を知ってか知らずか、舞が嬉しそうな表情を浮かべているのが無性に悔しかったりもしてしまうのだ。
少し前に舞自身が自分と一緒にいるとその好意をどんどん抑えられなくなっていくと言っていたが、そのセリフに真実味が増して来て微妙にゾッとしてしまう。
幸せすぎて怖いとは何とも矛盾した話ではあるが、舞を相手に常識など意味を成す事などそうそうあるものでもないし、俺は深く考えるのをやめて近付いて来た気配の方に顔を向けた。
「相変わらず仲が良いみたいだね」
「奇行の方も相変わらずみたいだけどな」
久しぶりとは言っても何年も会っていない訳ではないし、この世界の感覚で言えば俺と彼らの再会なんて大したものでは無いのかもしれないが、胸を張って友人と呼べる人物に会うというのは少なからずこみ上げてくるものがある。
「……久しぶりですね」
「おや? もしかしてたかが数十日程度会わなかっただけなのに、僕達と再会できて感動しているのかな?」
「フーマが変なところで感傷的なのも相変わらずみたいだな。それよりも元気そうだな。調子はどうだ?」
「ボチボチですよ」
「ふふ。なんだかこういうの良いわね。男同士の友情って感じがしてとても素敵だわ」
「そうか? 別にこんぐらいよくある事だろ」
「シェリーさんは分かってないわね。ベタでよくある事にこそ価値があるものなのよ」
「オホホホ。たまにはマイ様も良い事を言いますわね」
「こんなんでイチイチ感動してたら私らはセイレール村とここを行き来しているジャミーに会う度に泣かなくちゃならないぞ?」
気本的にサバサバした性格シェリーさんはいまいち共感出来ていないみたいだが、竹を割った様な性格の知り合いのお姉さんにまで温かい目を向けられたらかなり恥ずかしかっただろうし、俺としてはシェリーさんの感性がかなりありがたく思えた。
「それで急に大勢でエルフの里まで来て、今日はどうしたんだ?」
「暇だったんで遊びに来ました」
「暇って…お前、ラングレシア王国の勇者なんだろ?」
「つい最近作戦が終わったばかりで、休暇中なんです。それでどうせだからファルゴさん達の様子でも見に行ってやろうかなって思いまして」
「あら、そこは素直に皆に会いたかったって言えば良いじゃな…」
「自分の恋人を容赦なく転移するあたり、流石は鬼畜王と名高い勇者様だね」
「うるさいぞユーリアくん。相変わらず可愛い顔しやがって」
「そうかい? 近頃は筋肉もついて来たし、里の皆には貴公子なんて呼ばれる様になって来たんだけどなぁ…」
「マジかいな。少し見ない間にユーリアくんがモテ男になってる」
「それを言うならフーマも大概だろうけど、取り敢えず場所を移さないか? そろそろシェリーが腹を空かせて我慢できなくなってる」
「そんな事ないぞ。私は我慢も出来る女だからな」
「オホホホ。そう言う割には通りの屋台に目を奪われていた様ですが…」
「チッ。相変わらずお前は目敏い奴だな」
「オホホ。そう言わずに移動しますわよ。きっとご主人様が美味しいおやつを作ってくれるはずですわ」
「おぉ、久しぶりにフーマの料理が食べられるんだね」
「俺は作るなんて一言も言ってないけどな」
俺達はそんな話をしながらエルフの里の路地裏を歩き始め、話をしながらゆっくりと宮殿へと向かう。
エルフの里の面々は相変わらず個性的で賑やかな連中ばかりだが、突然押しかけた俺達を暖かく迎えてくれたのは素直に嬉しかった。
しかし……
「やぁ、人間。久しぶりだね」
どこの世界においても親バカな父親とは厄介なもので、一人のエルフが宮殿の前で仁王立ちしながら俺に声をかけてくる。
「…久しぶりですねサラムさん」
「あぁ、そうだね。ところでうちの可愛いトウカに口付けをしたそうだが、それについて詳しく話を聞こうじゃないか」
「この後は皆に軽食を作る予定があるんで無理です」
「いや、俺達の方は後回しで良いぞ。サラムさんには色々お世話になってるしな」
「はっはっは。俺達の間で遠慮なんて無しですよファルゴさん。ほら、貴方の美人な奥さんだって…」
「お、おい。誰が美人で完璧な奥さんふぁって?」
「……何を食ってるんですか?」
「何って肉だけど?」
「シェリーさんがお腹を空かしていた様だから、ついさっきフーマとファルゴが話している隙に買って来たんだ」
「ユーリアくんって、無駄に気が効くよな」
「そうかい? いやぁ、友人にそんなに褒められると照れるなぁ」
「褒めてねぇよ! って、あれ?」
何故か急に体が動かなくなった。
いや、理由なんて一つしか無いか。
「それじゃあユーリア。彼は借りて行くよ。少しだけ大事な話があるからね」
「うん。まぁ、程々にね」
「………」
出来る限り汚い言葉でユーリアくんを罵ろうとしたのに、体が痺れていて上手く声が出ない。
ちくしょう。
折角久しぶりに皆に会えて嬉しかったのに、相変わらずヤンキーみたいな赤髪なのに根は真面目だったり、相変わらずファルゴさんに対してお熱だったり、相変わらず親バカだったり、相変わらず可愛い顔して腹黒だったり、どいつもこいつも相変わらず過ぎるだろ!
「…………!」
「はっはっは。魔法で逃げようとしても無駄だよ。この鎖は僕の娘への愛情がたっぷり詰め込まれた特別性だからね」
そうして転移魔法で逃げようにも無駄に頑丈な鎖のせいで完全に身動きを封じられてしまった俺は、宮殿の廊下をズルズルと引き摺られながら人気の無い方へ連行されるのであった。
◇◆◇
舞
風舞くんに遙か上空まで転移された後、空中でファルゴさんやユーリアくんと楽しそうに話しながら歩く風舞くんを見てほっこりした私は、そのまま風魔法で空を飛んで世界樹の頂上付近へとやって来ていた。
「えぇっと、確かこの辺りかしらね」
私はそう呟きながら世界樹の外壁を斬り開き、開けた穴が閉まる前にその中へ体を滑りこませる。
世界樹の最上部は裏ボスであるオーキュペテークイーンの巣があり、以前私や風舞くんやローズちゃんはそこで死闘を演じたが、その少し下にはドラちゃんの眠っていた古びた教会があったはずだ。
「ふむ。特に変わりは無いわね」
かなりの月日が流れたことにより風化が激しいこの教会は、私がドラちゃんと出会った時のまま何も変わらずにひっそりとそこに佇んでいる。
「ドラちゃんの出自に関わる物があればと思って来てみたけれど、やっぱりそれらしい物は無いわね。この建築様式も古いだけで珍しくも無いし、ドラちゃんが入っていた棺も極めてシンプル。この様子だと世界樹にこの教会が飲まれた当時からありふれた教会だったのかしらね」
誰もいない教会はひっそりと鎮まり帰っていて、私の声が石の床や壁に反射してあちこちに飛び回る。
何か見落としは無いかと気まぐれで足を運んでみたが、これと言った情報は特に何も無かった。
「まぁ良いわ。今の私は悪魔狩りに集中しないとだし、ドラちゃんのあれこれはまたの機会にしましょうか。ドラちゃんには申し訳ないけれど、大陸規模の問題を見過ごす訳にはいかないものね」
「流石は我らが勇者様。世界平和への意識は相当なものだね」
「確かスーシェルさんだったかしら? トウカさんのお母さんの友人の義理の姉妹の」
「それで間違いないよ。近頃は…いや、昔からエルフの里で諜報員なんてやってるスーシェルです。どうぞお見知り置きを」
「ええ。美人なエルフなら大歓迎よ。それで何故私に?」
私とスーシェルさんは顔見知り程度の間柄だし、彼女はどちらかと言うと風舞くんと仲が良かった印象がある。
何か話があるのなら風舞くんやエルセーヌあたりに接触しそうなのだけれど…。
「長年諜報員をやっている私から見てもこの短期間で頭角をメキメキと現して来たとある勇者様は眩しくてね」
「あら、それは光栄な事ね。まさかエルフ屈指の実力者にそこまで褒めてもらえるとは思ってもみなかったわ」
「私なんて勇者様やエルセーヌちゃんに比べればまだまだだよ。東側では私は無名も良いところだしね」
確かにエルフの噂はラングレシア王国がある東側の人族領域では聞かないが、それは単純にスカーレット湾を挟んだ西側の情勢が東側に影響を及ぼす事が少ないからであって、私が西側に拠点を築いていれば彼女の噂を聞かない話は無かった筈だ。
それだけにそんな大物が私に接触して来た理由が気になるわけで…
「そろそろ本題を聞いても良いかしら?」
「これは失敬。それでは本題に入りましょう」
スーシェルさんはそう言うと先ほどまでに気安い雰囲気をガラリと変え、冷たい気配を纏いながら話を始める。
どうやらここから先はおふざけ無しの真剣な話という事らしい。
「勇者様は悪魔の取引がどの様に行われるかご存知ですか?」
「確かリストと呼ばれる自分の欲しい物と渡せる物が書かれた目録を予め知り合いに配っておくのだったかしら?」
「はい。しかしそれは交渉の前段階であり、実際の取引とはそこまで関係がありません」
「話が見えないわね。悪魔の取引とは言えども品物が厄介なだけで、ただの物々交換でしょう?」
「確かに勇者様のおっしゃる通りですが、つい先日行われた複数の悪魔の取引にて、転移魔法に似た技術により大量の物資がやりとりされているのを目撃しました」
「あぁ、転移魔法陣の事ね。悪魔の間では一般的な品物らしいわ」
「既にご存知だったのですね。それならば話は早い。その転移魔法陣の描かれた魔道具を秘密裏に製造しているとある組織があります。勇者様にはその組織を壊滅させる為にお力をお貸しいただきたいのです」
「具体的には? 流石にその組織を壊滅させるまでエルフの里に滞在する事は出来ないわよ?」
「私もそこまで無理な要求をするつもりはございません。主要人物の暗殺や事後処理は私の方で行いますので、勇者様には組織の調査をお願いしたいのです」
「私にそれを頼むという事は、その組織のパトロンは東側を拠点としているという事かしら?」
「確証はありませんが、その可能性は高いかと。そして近頃は僅かではありますが、西側の闇市場に魔族製の武具や薬品が紛れ込んでいる事がございます。私は東側の事には疎いので何とも言えませんが、これが大陸規模であった場合は由々しき事態です」
「ふむ。それは確かに気になるわね。………良いわ。私の方でも市場の確認をしてその魔族製のアイテムの出所を確認してみましょう」
魔族製の製品が人族領域に流れ込んでいる原因が悪魔がジェイサット製の製品を売り捌いているだけならば良いのだが、これがジェイサット以外の魔族国家の製品であった場合、悪魔と関係のある国家がジェイサット以外にも存在する事になってしまう。
風舞くんやエルセーヌからその様な話は聞いた事がないし、魔族領域への影響は未だ小さいのだろうが、ここで対処しておかなければ人族と魔族の双方にとって不利益を生みかねない。
「ありがとうございます勇者様」
「このぐらい何でも無いわ。それより、これは一体何かしら?」
「勇者様はエルフの女性に目がないとお聞きしまして」
スーシェルさんが私に足を絡めながらそう言い、教会の古びた椅子の上に私を押し倒す。
抵抗しようと思えば抵抗は出来たが、人生で初めての色仕掛けに興味が尽きなかった私は何の抵抗もせずにされるがままだった。
「ふむ。流石はプロの諜報員ね」
「驚くのはこれからですよ?」
「いいえ。今日のところは遠慮しておくわ。私にはトウカさんがいるし、どちらかと言うと攻める方が好みだもの」
「おや、これは残念。フーマ様は鬼畜王と呼ばれるぐらいだし、マイム様は受ける方が好きかと思ったんだけどなぁ…」
「ふふ。ああ見えて風舞くんはベッドの上ではかなり可愛いのよ」
「ほほう。それは是非詳しくお聞きしたいですね」
「そういう事ならどこかお店にでも入ってゆっくり話しましょう。エルセーヌも貴女に会いたがっていたし、ダンジョンの中だと落ち着いて話も出来ないわ」
「それもそうだね。それじゃあ行こうか」
すっかりオフモードになったスーシェルさんがそう言いながら私を抱き起こし、私が自立したのを見てから転移魔法で世界樹の外へと転移する。
そういえば彼女はエルフの中で最高の転移魔法の使い手だったわね。
「ん? 何だか風舞くんの助けを求める声が聞こえた気がするんだけど…」
「この里で鬼畜王に手を出そうなんて思う人はそうそういないよ。それに不審者が紛れ込んでいてもカグヤ様が聴き分けて瞬時に捕捉しちゃうしね」
「それなら大丈夫なのかしらね」
そんなこんなでエルフの美人諜報員と思わぬ縁を築いた私は、風舞くんの身を少しばかり心配しつつも、美人でエッチなエルフのお姉さんを手篭めにする為の算段を心の中で企てつつ、彼女のオススメのお店へと足を運ぶのであった。
次回、26日予定です




