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51話 悪手

 


 風舞



 自慢では無いが、籠城に関しては俺の右に出る者はいないという自負がある。

 俺のアイテムボックスには基本的な生活必需品からベッドや調理台はもちろん、更には暇つぶし様の本やチェス盤に、消耗用の弓矢や鉄製の剣なんかも十分に入っているのだ。

 アイテムボックスの中に入れておけば食品も腐らないという名目でアンが俺のアイテムボックスの備蓄を増やすために色々と買って帰って来るのだが、その従者の働きが今まさに俺達への恩恵として機能していた。



「チェック。今回は私の勝ちね」

「………参りました」



 暇つぶしにチェスをしていたトウカさんと舞が接戦だった勝負を終えて、ソファの上でボンヤリしていた俺の方に近付いて来る。

 今朝は出発が早かった事もあってもう少し仮眠をとっていたかったのだが、舞とトウカさんは俺に話したい事があるらしい。



「ねぇ、風舞くん。しばらくここに立て篭るのは良いけれど、いつまでこうしていれば良いのかしら?」

「さっきも言ったとおり晩餐会が始まるまでだ」

「晩餐会はいつ始まるのですか?」

「晩餐会って言うぐらいですから、日が暮れてからじゃないですかね」

「……ちなみに今って何時ぐらいなのかしら」

「まだ昼前だな。多分11時ぐらい」

「ねぇ、風舞くん」

「どうした?」

「ものすっごぉぉぉく暇なんですけど!!」

「そうか」



 暇だと言われても十分に娯楽は提供したし、俺がアイテムボックスから取り出した本を読んだり麻雀をやったりダルマを落としたり紅茶をブレンドしたりしていれば、夜になるまでの時間ぐらい余裕で潰せるはずだ。



「私もアインさん達みたいに外に出て調査に参加したいわ」

「アインさん達は結界魔法が使えるし、隠密行動のプロだから調査を任せてるんだ」

「それなら私も結界魔法を覚えれば外に出ても良いのかしら?」

「舞は隠密行動とか出来ないだろ」

「私だって気配を消すぐらい出来るわよ」

「隠密行動っていうのは気配を消すだけじゃ駄目なんだ。舞の場合、敵を倒したいって欲が出るだろ? むしろ敵を倒さずにはいられないだろ?」

「確かに。マイ様に隠密行動は難しそうですね」

「トウカさんは私の味方じゃなかったのかしら?」

「私はフーマ様の味方でもありますので」



 トウカさんがそう言いながら流れる様な動作で俺の横に座り、そのまま俺の体を横に倒して自分の太ももの上に俺の頭をのせる。

 どうやらトウカさんは膝枕さえ出来れば俺が寝ること自体には反対ではないらしい。



「むぅ。私だって隠密行動ぐらいできるわよ」

「それならとりあえず3時間ぐらいそこで正座でもして大人しくしていてくれ。それができたら外に出る事を考えてやらなくもない」

「風舞くんの意地悪」

「そうは言っても、アインさん達の調査だって俺たち以外の兵士が殺し合いをしない様に見守るだけだから別に面白いもんじゃ無いぞ」

「私は今日一日最高のパフォーマンスが出来る様に体のリズムを調整して来たから、風舞くんと違ってちっとも眠く無いのよ」

「それじゃあそこで気絶してる魔族から悪魔に何をされたか聞き出しておいてくれ。そしてシルビア、舞が人道的な事情聴取をしていなかったらグーでパンチする役目を授けよう」

「かしこまりました」

「風舞くんは私を何だと思っているのかしら? メンタルヘルスの技能ぐらい救命活動の一環として心得ているに決まっているでしょう?」



 普通、救命活動と言えば心肺蘇生やら人工呼吸を指すと思うのだが、舞の救命活動にはメンタルヘルスまで含まれているらしい。

 この世界には回復魔法があるから外科手術の必要はほとんど無いが、もしかして舞は一般的なオペや何かも出来ちゃったりするのだろうか。



「それなら任せても大丈夫そうだな。彼らは被害者だから、くれぐれも頼んだぞ」

「ええ。トウカさんの太ももを堪能している風舞くんとは違う、有意義な時間の使い方を見せてあげるわ!」



 少しだけ頬を膨らませた舞がそう言いながら、トウカさんの魔法で眠らされてズィーさんの結界に保護された魔族達の方へズンズンと歩いて行く。



「ふふ。それではフーマ様にはマイ様に負けないぐらい有意義な睡眠を提供しなくてはですね」

「……お願いします」

「はい。お願いされました」



 そんなこんなでトウカさんの膝枕という極めて効率的な睡眠を手に入れた俺は、トウカさんがかけてくれた魔法も相まってかなり深い眠りへと落ちる事が出来た。

 ちなみに余談だが、トウカさんの太ももはあったかくてとても良い匂いがしましたとさ。




 ◇◆◇




 風舞




 俺にとって敵陣の中での仮眠は睡眠以外にもう一つの意味がある。



『フレンダさん。助けてください』

『そろそろ泣きついて来る頃合いだと思っていました。ある程度はエリスから聞いていますが、フーマの口から詳細を聞いても良いですか?』



 白い世界にフレンダさんの声が響き、俺はそれに答える様にこの離宮で起こっている事を説明する。

 舞は俺の昼寝を惰眠だと言っていたが、フレンダさんとの作戦会議があればその評価もきっと一変するはずだ。



『……というわけで、今は食堂に籠って敵の動きを待っています』

『敵の気配は掴めないのですか?』

『アインさん達がラングレシア王国の兵士の偵察がてら悪魔探しもやってくれてますけど、それらしき気配は無いそうです』

『それではフーマがとれる行動は3つですね。1つ目は今すぐに王都まで撤退です』

『その場合、ラングレシア王国の精鋭たちの帰りの足が無くなりますね。まだ彼らを見捨てるほど切羽詰まって無いので、1つ目は却下で』

『それでは2つ目。2つ目は敵が動くまでそのまま待機です。しかしこれは悪魔が動かない場合は進展はありません。あまり良い策とは言えませんね』

『ですよねぇ……。それじゃあ、3つ目は良い策なんですか?』

『敵の洗脳を受けた時点で良い策などあるわけが無いでしょう? 出来る事は最悪な現状を大きいリスクを払って少しでも良い方向に持って行くぐらいです』

『………3つ目を教えてください』

『良いでしょう。それは……』



 正直、俺はこのフレンダさんの策を聞いてかなり後悔した。

 その作戦はあまりにも乱暴でリスクが大きく、一歩間違えば目も当てられない惨事が俺を待っている事は間違い無い。

 ただ、その作戦はリスクを度外視したくなるぐらいに効果的で、その上決して無謀とは言えないぐらいに理路整然としているのだからタチが悪い。



『最終的に決めるのは現場のフーマですが、お前ならどの様な状況でも乗り越えられるはずです。この私が無事を祈っているのですから、しっかりと勝って帰って来るのですよ』

『まぁ、ボチボチ頑張りますよ』



 そうして諸刃の剣をフレンダさんに摑まされた俺はしっかりと惰眠を貪って頭をスッキリさせた後、悪夢でも見た様なげんなりした顔で目を覚ますのであった。




 ◇◆◇




 風舞




 幸いにも俺が寝ている間に襲撃は無かったが、次の大きな動きは日が傾き始めた午後5時の事であった。



「………」

「風舞くん。ラングレシア王国の兵士達に動きがあったそうよ」

「みたいだな。アインさん、離宮の中に悪魔の姿はありましたか?」

「………」



 偵察から帰って来たアインさんがふるふると首を横に振る。

 そうなると、ラングレシア王国の兵士達は俺たちを拘束するために自主的に動き始めたというわけか。



「フーマ様。相手の兵士達が私達も操られていると思い込んでいるのなら、抵抗はせずに受け入れれば良いのではありませんか?」

「その場合、俺たちはガチガチに拘束されて後は全部ラングレシア王国の兵士達に任せっきりになるだろうな」

「それは困りますね…」

「あっち側がどれだけ現状を把握しているのか分からない以上、余計な接触はしないのが賢いだろうな。というわけで、地下のコロシアムに逃げるぞ」

「ねぇ、風舞くん。その前に彼らをスカーレット帝国に送り届けてもらっても良いかしら?」

「いや。その魔族達もこのまま連れて行く」

「まさか彼らを囮にしたりはしないわよね?」

「仮にも俺は勇者だからな。当然そんな事をするつもりは無いぞ」



 彼らは俺が責任を持ってなんとしても守り抜く。

 いくら強くても守るべき者がいなくては勇者として映えないのだから仕方あるまい。



「何か考えがある様な顔をしているけれど、私達は聞かせてもらえるのかしら?」

「いや。この作戦は話せない。多分30分後には死ぬほどピンチになるだろうけど、頑張ってどうにか生き延びてくれ」

「死ぬほどピンチか……。出来れば死にたくないわね」

「要は全力でやっても良いという事なのだから深く考える必要はあるまい」

「あら、次は全力でやっても良いのかしら?」

「敵の規模が分からないからペース配分だけ考えてくれれば後は好きにしてくれ」

「ふふふふ。腕が鳴るわね!」



 そうして皆が移動の準備を始め俺の作戦を前向きに捉えてくれてはいるが、俺がフレンダさんに教えてもらった作戦は決してコストパフォーマンスは良く無いし、敵が姿を見せる確率をあげるためだけのものであって絶対的なものでも決してない。

 引き時を間違えれば命を落とす可能性さえあるのだから、俺だけは楽観的である事は出来ないのだ。



「…………」

「大丈夫ですよ」



 俺の顔色が悪い事に気が付いたアインさんに正常な思考を保っている事を告げて息を吐き、ツヴァイさんが確保してくれている地下のコロシアムへ向かう準備を始める。

 あのコロシアムへ行くには隠し階段を降りて行く以外に道は無いし、戦線の維持においてはうってつけの場所だろう。



「よし。それじゃあそろそろ行くか」

「大丈夫よ風舞くん。風舞くんは私が必ず守るわ」

「ああ。いつも頼りにしてる」

「ええ! この私に任せてちょうだい!」



 なんだか味方を騙している様で気が引けるが、クロードさんやリーディーさんが口を出して来ない以上、この面々の指揮は俺が執る他にはない。

 プレッシャーは重くのしかかり自分の思考すらも信じられない現状ではあるが、皆の期待に応えるためには俺は焼き切れる程に頭を回すしかないのだ。



「はぁ……」



 俺は吐きかけた弱音を飲み込み、余裕綽綽な態度で笑みを貼り付けて背筋を伸ばす。

 さてと、まずは操られてしまった兵士達をどうにかするとしますか。

 

次回、13日予定です

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