48話 一転
風舞
エルセーヌの部下であるアインさん達と行動を共にして強そうな悪魔を撃破して回る事数分。
目ぼしい敵をほとんど始末してしまい時間に余裕が出来た俺達は、食堂を完全に制圧して魔族の治療などをしていたトウカさん達と合流した。
「てな具合でこっちはアインさんとツヴァイさんが悪魔を5匹ほど討伐しているのを、ヒュンフさんとズィーさんに守られながら眺めていたら終わったって感じです」
「一先ずお怪我は無さそうで安心しました。気になるのは遊撃部隊として動いているマイ様達ですが…」
「なんかやけに派手に戦ってますよね」
先ほどからこの宮殿の上層階で激しい戦闘が行われているのだが、その中でも舞の気配だけが一際大きく目立っており、これっぽっちも加勢に行く必要が無さそうな気がしてしまう。
とは言えここにいても俺には怪我をした魔族の治療や精神を蝕まれた魔族の拘束に関しては大した活躍も出来ないだろうし、一応様子見程度には舞の元に向かった方がトウカさん達の邪魔にもならなくて良いだろう。
「マイ様の方はフーマ様にお任せしても構いませんか?」
「一緒にいるアンも心配ですし、見に行って来ますよ。皆さんはどうしますか?」
「………………」
「アイン様とズィー様がフーマ様と共に行動するそうです」
「ヒュンフさんとツヴァイさんはどうするんですか?」
「………………」
あぁ、二人はこの食堂に防衛に参加してくれるのか。
先ほどの戦闘を見た限りだと二人とも頼りになりそうだし、俺としても転移魔法で逃げ込める場所があると助かるからお願いしておこう。
それにしても風神と雷神のポーズなんてよく知ってるな。
風神役のツヴァイさんに少し照れがあるのがちょっぴり面白い。
「それじゃ、ちょっと行って来ますね」
「はい。どうぞお気をつけて」
そうして忙しそうに働くシルビアを眺めつつ、トウカさんに見送られた俺は食堂を出て上層階へと向かい始めた。
悪魔側の戦力もこちら側の兵士も上層に集まっているためか、道中には魔石や悪魔の死体が転がっているのみで、人影はほとんどない。
そのためだろうか……
「こんな男がエリス様を…」
上層階へと向かう道中、ピタリと足を止めたアインさんがそんな事を言いながらこちらを振り返る。
先ほどまで一切声を聞かせてもらえなかったために俺の勘違いかとも思ったが、周囲に張られた異常に強い結界を見る限りどうやら思い過ごしでは無いらしい。
「あの、アインさん?」
「気安く私の名を呼ばないでください」
「……すみません」
その顔は相変わらず隠されているためにどんな表情をしているのかは分からないが、それでも鋭い視線だけはひしひしと感じる。
ここまで俺の背後を守ってくれていたズィーさんもそれに気が付いたのか、俺とアインさんを見比べてオロオロしていた。
「エリス様が貴様の話ばかりするからどの様な男なのかと思えば、私とツヴァイの戦闘を見ているばかりでろくに加勢もせず注意力も散漫。にも関わらず毎日任務に追われるこの私よりも、エリス様の寵愛を受けているなど万死に値します」
どうやらアインさんはポッと出の俺がエルセーヌに好かれている事が気に食わないみたいだが、俺としてはそんな事よりもエルセーヌを慕ってくれている人物がいた事が嬉しくて、アインさんの鋭い剣幕よりもそちらが気になってしまう。
「アインさんはエルセーヌのことが好きなんですか?」
「好きなど単純な話ではありません。エリス様は異形の怪物でしかなかった私達に居場所を下さった至高にして絶対のお方です。その様な方に好意を寄せるなどあってはなりません」
「へぇ……。ちなみにズィーさんもエルセーヌが好きなんですか?」
「…………」
アインさんが張った結界の中ではおそらく俺の周囲の音がエルセーヌに届く事は無いのだろうが、真面目なズィーさんはコクコクと頷いて俺の質問に答えた。
「これからもエルセーヌをお願いします」
「貴様に言われるまでもありません。エリス様は私達の全て、全身全霊をもってお仕えするのみです」
「それを聞けて安心しました。それじゃ、そろそろ行きましょうか」
「話はまだ終わって……いえ。そうしましょう」
アインさんが結界を解くと同時に彼女の声はまた一切聞こえなくなったが、アインさんとズィーさんの間で何言か会話があった後で先ほどまでよりも足早に走り始める。
おそらく何らかの問題があるために早めに移動を始めたのだろうが、アインさんに警戒されているためか俺にはその内容を知る術は無いらしい。
「…………」
だが、ズィーさんが俺の方を見て気にする必要は無いとばかりに頷いているし、きっと彼女達でどうにかしてくれるのだろう。
………はぁ、また俺の出番は無いのかね。
◇◆◇
舞
「斬り結ぶ」という言葉がある。
「結ぶ」とは何かと何かをつなぎ合わせるという意味があるが、本来何かと何かを分ける「斬る」という相反する意味の言葉と合わさった「斬り結ぶ」とは何とも不思議な言葉だ。
「そして斬り結ぶという言葉は互いの刃が混じり合う様子を表した表現なのだけれど、ここまで一方的だとただ斬って終わりになりそうね」
「何が言いたい」
「これでお終いというだけよ」
「本当にこれで終わりだと思っているのか?」
私に刀を向けられ、まさしく絶体絶命の中でもゼパルと名乗った悪魔は不敵な笑みを浮かべているが、自らの悪意に呑まれ染められた悪魔の言葉など信ずるに値しない。
「終わりを決めるのはこの私よ」
そうして私はゼパルという名の悪魔の首を飛ばし、魔石に変わったのを確認した後で星穿ちを鞘に納めた。
「流石は勇者だな。俺達の出番がほとんど無かった」
「別に私でなくてもここにいる皆が出来た事でしょう? たまたま最初にこの部屋にたどり着いたのが私達だけというだけよ」
「だとさリーディー。素直に感心している場合では無さそうだな」
「余計な事は言わなくて良いの。それよりもマイちゃん。貴女も気が付いているのでしょう?」
「ええ。それに関してはアンちゃんに説明してもらいましょう」
6体の悪魔との戦闘中に合流した第一師団のクロードさんとリーディーさんに質問攻めにされる前にアンちゃんを呼び寄せ、会話に参加してもらう。
「えぇっと、私は何から話せば良いのかな?」
「ここまでに感じた疑問や今後の動きに役立ちそうな事を言えば良いのよ。そう緊張せずとも、アンちゃんの力は確かなものだから自信を持って話してくれれば良いわ」
「それじゃあまずはそうだな……。このリィンジェル離宮の中の兵力が弱すぎる事ですね。質に関しては私は確かな事は言えないけれど、量に関してはここに来るまでの道中の方が激しかったし、守るべきであるはずのここの守りが薄いのがなんとなく違和感を感じます」
「確かにそうだな。離宮に入るまでの方が手応えがあったのは俺も感じていた事だ」
「それと他にはソロモンの72柱を名乗る悪魔が少ない事も気になります。私達が遭遇した悪魔のほとんどは十分に言葉を使えない低級の悪魔だったし、72柱いると考えられるソロモンの悪魔の中で実際にここにいたのは30体程度かと」
「そうね。晩餐会の時間に合わせてここにやって来るのかもしれないけれど、確かに残りの悪魔の所在は気になるわ」
「それと最後の一つは、フーマ様の話ではソロモンの72柱の悪魔ってそれぞれが特殊な能力を持っていてかなり強力だって聞いていたんですけど、私が見た悪魔はどれもそうは見えなかったんですよね」
「それは貴女のご主人様が相手を高く見積もっていたという話ではないの?」
「いいえ。アンちゃんの言う事は私も感じていた事よ。つい今し方討伐したゼパルという悪魔は伝承では人の情欲を操る能力を持っているのだけれど、それらしい能力は一切使っていなかったわ」
「つまりその勇者達の世界にあるソロモンの72柱の伝承に合わせて無理やりに集められた悪魔達がこの実力不足に悪魔達だという事か」
「はい。そして自意識の強い悪魔達にそんな役割と名前をつけて操っている何者かがどこかにいるんだと思います」
「アンちゃんが感じた兵の配置の偏りもその何者かの思惑だとするとかなり面倒ね」
そうして敵の思惑を推測するために現在持っている情報を精査しようとしたその時だった。
キィンと一瞬耳鳴りの様な音が聞こえると同時に固まって話していた私とアンちゃんとクロードさんとリーディーさんが結界に包まれる。
あまりにも結界の展開が早過ぎて対応できなかったが、この場に現れた風舞くんの側にいたアインさんが張ったものだと分かり一時的に警戒を解いた。
「ん? これってどういう事?」
「私にも何が………いや、これは拙いわね。クロードさん。一先ずこの場を離脱するわよ」
「ああ。致し方あるまい」
私と同時に状況を把握したクロードさんが剣を抜いている間に私はアンちゃんを抱き抱え、アインさんが結界を解くと同時に風舞くんの方へ全力で走る。
「食堂でトウカさん達が守りを固めてるからそこに戻るぞ!」
「ええ。お願いするわ」
そうして私達は目を見開いてこちらをジッと見つめるラングレシア王国の兵士達の視線を全身に受けながら、風舞くんの転移魔法で窮地を脱するのであった。
◇◆◇
風舞
始まりは静かなものだった。
「これは友達の証」
舞やアンのいる上層階に到達するのとほぼ同時にか細い少女の声でそんなセリフが聞こえた俺は側にいたズィーさんの肩に手を置いて結界を張ってもらい、それに気が付いたアインさんが舞のいる場所を結界で包み込む。
危機感知スキルや気配探知に何かが引っ掛かった訳では無いのだが、なんとなくそうした方が良いという絶対的な危機感があった。
「こっちは無事か」
「フーマ様? それに舞様もどうかなさったのですか?」
転移魔法で食堂へと戻って来た俺達を見て、シルビアやフレイヤさんと何かの話をしていたトウカさんが首を傾げながらそう言う。
先ほどまでの優勢な状態から、急に焦った様子の俺たちが戻ってくればそんな表情になるのも無理は無いだろう。
「多分だけど、ラングレシア王国の兵士達が敵に操られました」
「それは本当なのですか?」
「ええ。アインさんが結界を張ってくれなかったら私達も危ないところだったわ」
「…………」
「なるほど。以前捕縛したジェイサットの魔族の記憶に誰かの声が聞こえると同時に洗脳されたという事例があったそうよ」
「それを先に言っておいてくれれば、皆ああならずに済んだかもしれないのに…」
「よせ。彼女達は俺達とは所属が違う。俺達にも他に言えない情報があるのと同じだ」
「はい……」
リーディーさんが渋々といった様子でクロードさんの言葉を受け入れ、アインさんに軽く頭を下げる。
今は身内で争っている暇はないし、仮にアインさんが重要な情報を意図的に伏せていたとしてもこの場で責める事は出来ない。
「一先ず状況の把握からよ。アインさんの話では謎の声を聞くと操られてしまうらしいけれど、私達は結界のおかげでそれを聞かずに済んだ。それは間違い無いわね?」
「私は耳には自信がありますが、その様な声は聞いていません」
「私もマイ様と一緒にいたけど聞いてないよ」
「俺も同様だ。おそらく結界によってその声が阻まれたのだろう」
あれ? もしかしてこの流れってそういう事なのか?
俺はズィーさんに結界を張ってもらう前に謎の声を聞いちゃったんですけど……。
「風舞くん? どうかしたのかしら?」
「……俺、聞いちゃったかもしれない」
「そんな………。どう? 意識は正常かしら? 今も私のこと大好き?」
「ああ。特に変わりは無いと思うけど……」
「なら安心ね。風舞くんが私の事を好きならそれで問題ないわ!」
「いやいやいや。一応拘束とかしといた方が良いと思うよ?」
「あら、アンちゃんは自分の主人が信じられないのかしら?」
「だってフーマ様だよ? 本当は操られてるのに、やる気が無いから襲って来ないだけかもしれないじゃん」
「あれ? ちょっとアンに意地悪したくなってきたかも」
「フーマ様。状況をわきまえてください」
「……すみません」
「ごめんなさい……」
トウカさんに叱られてキャッキャと騒いでいた俺とアンは二人揃って頭を下げる。
今のところはアンに揶揄われても危害を加えたいとかは思わないし、俺はまだ洗脳されて無いのか?
「それでタカネフウマ。お前は一体何を聞いたんだ?」
「あぁ、はい。女の子の声でこれは友達の証って聞こえました」
「いかにもそれらしいセリフね。ちなみに私は声では無いけれど軽い耳鳴りはしたわ」
「あ、それは私もしたかも。何かキーンってちっちゃい音がしたよ」
「耳鳴りは俺もしたな。他の者はどうだ?」
「私は耳鳴りもしませんでした」
「私も同様です。声も耳鳴りも聞こえていません」
「となると、あの耳鳴りも洗脳に関係があるのかもしれないわね。おそらくだけれど、風舞くんが聞いた声と耳鳴りをセットで聞くと洗脳されるんじゃないかしら」
「声を聞くだけで洗脳されるなら、この結界から出れなくないか?」
「仮にそこまで強力な能力があるのなら既にこの大陸は悪魔の手に堕ちているだろうし、他にも何かしらの条件があるはずだ」
「………アインさんは何か知りませんか?」
「…………」
アインさんは一度頷くのみで、何も語ろうとはしない。
先ほどの廊下での態度を見るに何かを知っているから足を速めたとは思うのだが、アインさんに話す気がないのなら俺にはそれ以上追求する事はできない。
あのエルセーヌが信用している部下なわけだし、きっと何かしらの考えがあっての事だろうと今は思っておくとしよう。
「とりあえず今後の方針を練るために少し考えを纏めましょう。幸いにも敵はまだ物理的な攻撃はして来ないみたいですし、もう少しだけ頭を動かす時間はあるはずです」
そうは言ってみたもののここまで圧倒的なチート能力を持つ敵を相手にした事は一度も無いし、仮に声を聞かせる必要すらも無かったとしたら俺達に抗う術は無くなってしまう。
さて、どうしたものかね。
次回、7日予定です




