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43話 耳元

 


 風舞



 フレンダさんと仲良くなった1番の要因というかきっかけは何かと問われれば、俺は白い世界であると間髪入れずに答える。

 トウカさんが言うにはこの白い世界は俺の精神の形そのものらしいのだが、何にも無いこのだだっ広いだけの世界が俺の心のあり方を表しているのかと考えると、なんとなく違和感を感じてしまう。



「まぁ、俺の心が広いと考えれば強ち間違いとも言えないか」

「ふふ。そうですね」

「………どうしてトウカさんがここに?」

「来てしまいました」



 確か今夜はアンやシルビアと布団を並べて寝ていたはずだが、何故かトウカさんが白い世界にいる。

 トウカさんがこの世界に来るにはすぐ側で寝なくてはならなかったはずだったが、もしかして夜這いでもしたのだろうか。

 ただ、その割にはどうにも…



「遠くないですか?」

「そうですか?」



 トウカさんと俺の間には5メートルほどの距離があり、俺が一歩踏み出すとトウカさんは一歩下がる。

 夜這いするほどの度胸があるのならもう少し近くで話せば良いのに、アルカイックスマイルを顔に貼り付けたトウカさんはどうにもよそよそしい。



「何か飲みます?」

「どうぞお構いなく」

「そうですか…」



 構わなくて良いというのなら放置しておきたいが、最低限トウカさんの前にソファとローテーブルとコーラの瓶を置いておく。

 あ、コーラは飲むのね。



「さてと………もしもしフレンダさん。今って大丈夫ですか?」

『…………ええ、構いませんよ。どうかしましたか?』

「昼間の件なんですけど、何か奥の手が欲しくてですね」

『聖剣がうんたらとはそういう意味だったのですか』

「魔剣でも構いませんよ?」

『魔剣ぐらい、適当に買ってくれば良いではありませんか』

「そうじゃなくてこう……舞の星穿ちみたいなすごいやつが欲しいです」

『ろくに剣術も使えないのにですか?』

「最近は舞に教わってますし、ちょっとぐらいなら剣だって振れますよ」

『それならば城にある魔剣をエリスに持たせても構いませんが、相手の傷の治りを遅くしたり火が出たり雷が出たりする程度のものしかありませんよ?』

「天下のスカーレット帝国でもそんなもんなんですか…」

『魔道具は簡単な機構のものでもかなり生産が難しいですから、フーマが望む様な武器はありません。というより、一足飛びに力を得ようとしないで真面目に訓練に励みなさい』

「ですって、フレンダさんは相変わらず頭が硬いですよね」

『おい。誰か側にいるのですか?』



 フレンダさんの声は白い世界に響いているためにトウカさんにも聞こえているのだが、トウカさんの声をフレンダさんに届ける術は無いためにフレンダさんにはこちらの状況がわからないらしい。



「フーマ様は大変真面目に訓練に励んでいると思いますよ。マイ様も乾いた雑巾の様に吸収が早いから教えていて面白いと言っていました」

「……俺は雑巾なんですか」

『雑巾? 一体何の話をしているのですか?』

「そう言えば、今日の朝方にアン様が出してくださった紅茶は以前フーマ様と出かけた際に購入した物をベースにアン様とブレンドした物だったのですが、いかがでしたか?」

「あぁ、それでいつもとは違う風味がしたんですね」

『本当に何の話をしているのですか? もしや私が目を離している間に雑巾の風味を味わう様な悪い癖でも付いたのですか?』

「な訳ないでしょう。トウカさんがそこにいて紅茶の話をしてたんですよ」

『あぁ、トウカがそこにいるのですか。元気にやっていますか?』

「まぁ、そうですね。最近は一人でダンジョンに潜ったり舞とタイマンしたりと近接戦も鍛えているみたいです」

『トウカもそこそこに頑張っているのですね』

「なんとなく鼻につく物言いですが、今日の私は機嫌が良いので聞き流して差し上げましょう」

「胸は無いのに偉そすぎてわら…って言ってます」

「フーマ様? 私はその様な事は言っていませんよ?」

『確かにトウカよりも私の方が胸がない事は認めますが、脚の長さでは私の方が上です。そして付け加えるなら、フーマは私の脚を魅力的だと言ったことがあります』



 そんなこと言ったっけ?

 言った様な気もするが、言っていない様な気もする。

 というより、トウカさんよりも胸が小さいって事は認めるんですね。



「フーマ様。今のフレンダ様の話は本当ですか?」

「え、ええ。まぁ……」



 あれ?

 ついさっきまで少し離れた位置にいたトウカさんが何故か目の前にいる。

 い、いくらなんでも近くないですか?



「しっかりと答えてください」

「………言いました」

「……私にはあまりそういう事は言ってくださらないのに、フレンダ様には言うのですね」

「すみません」

「何故謝るのですか? 私は何も怒っていませんよ? 例えフレンダ様に私の声が届かないのを良い事に私をからかったとしても決して怒ったりはしませんし、シルビア様とはそういう雰囲気で共に時間を過ごすのに、私とは良い雰囲気になる事を避けようとしていたとしても決して文句を言ったりはしません。私がシャンプーを変えたのに気がついてくださらないのにも、腕によりをかけて料理をしたのに外で食べて来たりしても、決して文句は言いませんとも」

「マジですみません」

「ふふ。ですから私は怒っていないと言っているではありませんか」



 ヤバイヤバイヤバイ。

 ちっとも隙の無い微笑みを浮かべたトウカさんの顔がちょっとずつ近づいて来ている。



『おいフーマ。急に黙ってどうしたのですか?』

「え、ええっとですね」

「またそうやってフレンダ様に相談するのですか? 私にはいつも弱味を見せまいとするのに」

「……何でもないです」

『? 一体何をしているのですか?』



 どうしようどうしようどうしよう。

 白い世界では口にした事しか転移魔法で送信出来ないし、フレンダさんに助けを求めようにも目の前のトウカさんがそれを許してくれない。

 どうにかしてトウカさんの話をフレンダさんに届ければ活路が見えそうなのだが、何か良い方法は無いのか?


 考えろ考えろ考えろ。

 このままじゃエルフのお姉さんに溜めすぎた鬱憤を一撃で晴らされる事になるぞ。



「そうだ。この方法なら」

「誤魔化そうたってそうは……ふ、フーマ様?」



 目の前のトウカさんを抱き寄せて背中側からトウカさんの鼓動を感じとり、その奥にあるトウカさんの魂を意識する。

 フレンダさんが俺と魂を繋ぐソウルコネクトの劣化版として俺は魂を活性化させるソウルブーストを使えるし、この世界にいるトウカさんの魂ならどうにか感じ取れる筈だ。



「よし、捉えた。後はこの波長を一度俺の中に通してからギフトの力で転移魔法として作用させれば……」

「フーマ様? 強く抱きしめてくださるのは大変嬉しいのですが、私はこの様なことでは……その………フーマ様……フーマ様」

『…………トウカは何をだらしの無い声を出しているのですか?』

「き、聴こえて? フーマ様、一体何をなさったのですか!?」

「トウカさんの魂の声っていうかこの世界での思考をフレンダさんに転送しました」

『なるほど。ソウルコネクトの派生として簡易的にトウカの魂と自分の魂を繋いだわけですか』

「はい。トウカさんのギフトは他人の魂に干渉する事が出来ますけど、それをフレンダさんの方にも送れないかなと思ってやってみたら意外と出来ましたね」

『たまにはフーマもやるではないですか』

「足りないところはギフトで補強してますけど、このぐらいの負荷ならちょっと疲れるぐらいのものですし、もしかすると俺もトウカさんも起きてる状態で使えるかもです」

『どうやら切り札を掴む事が出来そうで良かったですね』

「フレンダさんのおかげです」

『私は何もしていないのですから礼は要りませんよ。フーマに手玉に取られるトウカの情けない声も聞けましたしね』

「わ、私は決して手玉になど…」

『それだけ感情を揺さぶられておいてよく言えたものですね。毎度毎度そんな反応をされてはフーマが疲れてしまうのも無理はありません』

「……そうなのですか?」

「いや、別にそんな事はないですよ。トウカさんと話したり一緒に紅茶を飲んだりするのは結構好きですし」

「ふふ。そうですか…」



 あ、トウカさんがすごい嬉しいそうにしている。

 良かった。どうやら機嫌を治してもらえたらしい。

 ただ、トウカさんにあんなに不満を持たれていたとは、ちょっと考えが甘かった。



「あぁ……それとトウカさん。後で少しだけ相談したい事があるんですけど、大丈夫ですか?」

「はい! もちろんです!!」

『っ!? おいフーマ。この技術はもう少し改良が必要ですね。感情と音量が直結しているのはいくらなんでも使い辛すぎます』

「フレンダ様。それに関しては私がフーマ様と二人で確かなものへと昇華させますので、一切問題はありません。ですのでフレンダ様はそろそろ公務へ戻ってくださっても構いませんよ? 何かとお忙しいのでしょう?」

『別にフーマと話すのが邪魔になる事はありませんが、トウカがそう言うのならそうしましょう』

「………。しばらくは私がフーマ様をお支えします。ですから…」

『トウカ』

「…何でしょう」



 フレンダさんがトウカさんの話を遮って名を呼び、トウカさんはフレンダさんの話に集中する。

 普段はしょっちゅう口喧嘩なんかをする二人ではあるが、一緒にお酒を飲みに行ったりするぐらいに仲は良いみたいだし、二人だけに通じる考えがあるのかもしれない。



『フーマは耳が弱点なので、甘く耳元で囁けば大概言う事を聞きます。フーマが言うことを聞かなくて困った時は試してみてください』

「いや、何の話だよ」

「ふふ。やはりフーマ様は可愛いらしいお方ですね」

『そういうわけでもうしばらくはフーマを頼みましたよ』

「はい。そちらもお体に気をつけて」

「ふん。言われるまでもありません」



 相変わらずぶっきらぼうな挨拶と共にフレンダさんの気配が遠ざかり、それに気がついたトウカさんが柔らかい笑みを浮かべながら俺の首に腕を回してくる。



「トウカさん。近くないですか?」

「ふふ。フーマ様が抱き寄せてくださったのではありませんか」

「それはトウカさんの魂を認識するのに必要だったからでして」

「フーマ様は私が側にいるのはお嫌ですか?」

「……ずっる」

「ふふ。これが大人の魅力というものですよ」



 大人の魅力という割には随分と強引だが、事実トウカさんに抱きしめられながら耳元で囁かれるのはどうにもこそばゆくて辛抱できない。

 この後に悪魔の晩餐会での動き方について相談しようと思っていたのに、トウカさんにずっとこうしていてもらいたい欲が微妙に出て来てしまっている。



「フーマ様。質問の答えはまだですか?」

「…………嫌じゃないです」

「ふふふ。ありがとうございます」



 駄目だこりゃ。

 自分では自覚していなかったが、俺の弱点は本当に耳にあるらしい。

 フレンダさんがどうしてこんな事を知っているのかは分からないが、今後トウカさんにこれをされ続けたらおかしくなりそうな気がする。



「もう少しだけ、こうしていても構いませんか?」

「………………はい」

「それではもう少しだけ」



 あぁ、マジでどうしたものかね。

次回26日予定です

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