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42話 目標

 


 風舞



 軍事行動において最も重要なもの、それは情報である。

 例えば要人の暗殺をするのなら、その要人が最も信頼する人物に当人ですら気がつかない間に毒を盛らせる事も、情報さえあれば容易にできる。



「そして逆もまた然りだ。敵の情報を掴むのと同じぐらい、自分達の情報を漏らさない事はかなり重要になってくる。例に挙げた要人は自分の生活パターンを外に漏らさなければ死なずに済むわけだからな」

「それは先生も言ってたことだけど、戻って来ていきなりそんな話をされても何の事だか分からないよ?」

「もしや風舞くん。昨夜のうちにシルビアちゃんと行くところまで行ってしまったから、それを黙秘したいとかそういう話じゃないわよね?」

「そうなのですか!?」

「よく分かりませんが、フーマ様には大変良くしていただきました」

「あぁ………」

「気を強く持って! まだ傷は深くないわ!!」



 俺はつい今し方お姫様から聞かされた話を皆と共有するために話を始めたのだが、思惑に反してあらぬ方向に話が逸れて行ってしまう。

 腰が砕けた様にその場に座り込むトウカさんも何もそこまでのリアクションをしなくても良いだろうに、それなりに舞台劇がお好きらしい。

 あ、看護するフリをしてトウカさんの脚を触っていた舞が魔法で痺れさせられてる。



「オホホホ。朝から騒がしいですわね」

「まったくだ。とりあえず結界をお願いして良いか?」

「オホホ。お任せくださいまし」

 俺の従者であるアンやシルビアやエルセーヌは落ち着いたもので、お茶を出したりそれを手伝ったり黒板を用意したり結界を張ったりしているというのに、舞の従者は今日も賑やかだな。

 たまたま水を飲みに一階まで降りてきたフレイヤさんも一緒になって痺れて動けない舞を突いて日頃の鬱憤を晴らしてらっしゃる。



「そ、それで風舞くん。シルビアちゃんとのムフフな夜の話は後で聞くとして、本題は別にあるのよね?」

「ああ。実は……」

「悪魔の晩餐会の日が5日後に迫っている。当日の作戦に参加する騎士はお姫様が当日発表するが、その代わりに防衛力が落ちる各所に勇者を派遣するからその手伝いをして欲しい……とか、そんなところかしら?」

「………そんなところだ。それで各地への勇者の割り振りも俺に任される事になったんだけど、何か意見はあるか?」

「派遣先っていくつぐらいあるの?」

「あぁ、それを言い忘れてたな。派遣先は全部で3つ。グルーブニル砦とハルガと王都だ。陸の要所と海の要所、それに全ての中枢に勇者を割り振るって感じだな」



 俺の説明と共にシルビアが黒板にそれぞれの派遣先を書き、それを見た舞が床に寝そべったまま真剣な顔で意見を口にする。

 あの舞でも未だに動けないって、トウカさんはどんなレベルの麻痺魔法を舞にかけたんだ?



「ハルガには精神力、王都には武力、グルーブニル砦には決断力が求められるわね」

「なんとなく言いたい事は分かるけど、もう少し詳しく聞いて良いか?」

「まずは簡単なところだけれど、王都の武力というのはこの国にとって最大の要所を守り通す力の事よ。この王都が落ちれば何もかもお終いだし、ここを任せるからには並大抵であってもらっては困るわ」

「確かに優先順位として王都に勝る場所は無いし、もっともな話だね」

「ええ。とは言えハルガも同様に捨てがたいわ。ハルガは例の災害から復興段階にあるのは言わずもがするな、交易量が落ちた今でもこの国の海上貿易においてはかなり重要な要所よ。仮にハルガが落ちて何の対処もしなかった場合、飢えて生きていけなくなる国民は全体の0.2%にも及ぶと推定されているわ」

「それでそのハルガを守るのに必要なのが精神力だったか?」

「ええ。あそこの街は元自治区なだけあって王政府直属の勇者と言えども暖かく迎えてくれるわけではないし、様々な文化が入り混じる地だから治安もあまり良くない。そんな中であそこに住む人々を守るというのは中々一筋縄ではいかないわ」

「オホホホ。確かにハルガにおいてはどの様な状況でも冷静でいられる精神力が必要そうですわね」

「ただそうなると、ハルガとグルーブニル砦はどう違うんだ? 精神力と決断力ってかなり似たり寄ったりだと思うんだけど…」

「グルーブニル砦は魔族領域から人族の領域を守る上での重要なポイントだけれど、最悪の場合はあそこを捨てて撤退しなくてはならないの。あの砦を守る兵士達と協力してより実践的な決断が求められる可能性も出てくるわ」

「なるほどな。なんとなく分かった気がする」



 幸いにも勇者達のパーティーはどこもそれぞれの個性や特徴があるし、それぞれ適切な場所に配置すればそれなりの結果を残しそうではある。

 後は各パーティーの指導役を務めた彼女達に任せておけば問題は無いだろう。

 さて、それじゃあ勇者達との接点があまり無い寂しい俺は、舞達が各パーティーの派遣先を話し合っている間にエルセーヌの報告を聞いておくか。



「エルセーヌ。あっちの様子はどうだ?」

「オホホ。ご主人様が集めてくださっている結晶のおかげでそれなりの力は取り戻しています」

「それなりって言うと?」

「オホホホ。ご主人様が本気で立ち向かっても勝てないぐらいですわね」

「本気ってギフトとか全部使ってもって事か?」

「オホホホ。かつての陛下は単純な身体強化や基本的なスキルに低レベルの魔法、そして卓越した戦闘技術だけでそこらの神にも匹敵していたほどなのですわよ? 本来、多少宴会芸に心得のあるご主人様が立ち向かえる相手では無いのですわ」

「お前、その宴会芸に何回か助けられた事を忘れたわけじゃ無いよな?」

「オホホ。もちろんですわ。あのご主人様の勇姿は私の目に焼き付いて離れませんもの」

「……落として上げれば俺が揺らぐと思うなよ」

「オホホホ。やはり奇術師を騙すというのはそう簡単にはいきませんわね」

「はいはい。それで調印式はいつ頃になりそうなんだ?」

「オホホ。既に最終局面に入っていますし、後は体裁を整えればすぐにでも可能ですわ。ただ、こちら側が落ち着くまではあまり派手に動きたくないというのが帝国中枢…と言うよりお母様達の総意ですの」

「こっちが動いてる時の方が悪魔の意識を割けるし都合が良いんじゃないのか?」

「式典での首脳の暗殺は昔からよくある話よ。そんな修羅場に片方の代表が自国が不安定な状態で参加しては、失敗した場合には目も当てられ無いということでしょう?」

「オホホホ。その通りですわ」

「話はもう良いのか?」

「ええ。後は皆を集めてからにするわ」



 舞がある程度意見が纏まった事を伝えながら現在の候補が書かれた黒板に目を向ける。


 エルセーヌと話ながらも様子を見ていたから知っているけれど、やっぱりコミュ力のあるパリピ軍団は元自治区で反発のありそうなハルガ。

 そして最も基礎に忠実なアンの教えを受けた寺田くんと、フレイヤさんの睡眠訓練で瞬時の判断力がある浅沼さんのパーティーはグルーブニル砦というのもなんとなく分かる話ではある。


 後は武力的にトップの明日香のパーティーと主人公力の強い天満くんをどこに配置するかを悩んでいるみたいだけれど、ここは当人達も交えるしか無いか。



「それじゃあ今日はこれで解散だけど、皆はこの後用事とかあるのか?」

「私はシルちゃんとダンジョンに行くよ。今日はレベリングに付き合ってもらうの」

「シルビアが一緒なら大丈夫だろうけど、気をつけてな。トウカさん達はどうなんですか?」

「今日はフレイヤとひたすら模擬戦をする予定です。作戦までそう時間もありませんし、最終調整の様なものですね」

「そうですか。……エルセーヌは?」

「ねぇ、風舞くん。皆に予定を聞くのは構わないけれど、風舞くんの今日の予定は剣術の稽古から変わったりはしないわよ?」

「……………はい」

「オホホホ。それでは私はご主人様が血反吐を吐くところでも眺めながらゆっくり紅茶でも飲みますわ」

「悪趣味な貴族みたいな趣味しやがって」

「オホホ。精々楽しませてくださいまし」

「それじゃあ、勇者の皆には私から今晩にでも集まる様に言っておくから任せてちょうだい。それと作戦の時までもう時間は無いから、強くなろうとするのではなく今の自分に出来る事を見直すことに集中してちょうだいね。それじゃあ解散!」



 そうして舞がお開きにした事で会議に参加していた面々は出かけるための支度をしたり、朝食の準備を始めたり、二度寝をしに行ったりと各々で動き始める。

 視界の端でトウカさんがシルビアに声をかけて台所に連れ込むのが見えたが、カツアゲされそうな雰囲気でも無かったし放って置いて良いだろう。

 それよりも俺は……



「あら、随分と浮かない顔ね」

「舞の訓練って実戦よりキツいんだもん。いくらご褒美があってもマジでキツい」

「とはいえ何だかんだ言いつつも、訓練は真面目に取り組むのだから偉いわよね」

「そりゃあ強くなりたいですし」

「目標には届きそうなのかしら?」

「分かんないけど、今回は何が何でも大事な存在と離れ離れにならない様にはするつもりだ」

「それでこそよ。風舞くんは何があっても私が守るから、風舞くんは自分のやりたい事を何が何でも成し遂げてちょうだい。そしてそれがローズちゃんを助ける事に繋がってくれたら………そうね。私は嬉しいわ」

「それじゃ、今日も頑張りますかね」

「ふふ。優しい彼氏を持てて幸せだわ」



 朝食の準備を手伝いに行く俺の後ろを歩きながら舞がそう言う。

 本来だったら男である俺が舞を守るべきなのだろうが事実今の舞は俺よりも数段強いし、俺は自分の目標に向けて積み上げて行くしか無いのだろう。


 そのためには死の際を歩き続ける訓練も、大事な従者に無理をさせた上でスカーレット帝国内の情報を精査する事も、倫理を踏み砕いて歩く悪魔の軍勢を廃す事も躊躇わずに行わなくてはならない。

 おそらくこの過程で俺は何度も目の前で散る命を目にする事になるだろうが、それが嫌だからと脇道に逸れるぐらいなら初めからそれすらも救うルートを算出するしかないのだ。



「後で白い世界に行っておくか」



 俺が現在持っている盤面をひっくり返す能力は転移魔法と空間魔法とギフトの3つだけだ。

 これまではこれだけでどうにかやってこれたし、今は舞の訓練で地力を少しずつ上げてはいるが、最終的は可能性を0から1にするための秘策が必要になる事は間違いない。

 それはちょうど物語の勇者が伝説の聖剣を手にする様なもので、そしてそのありかを知るのは高名な賢者であると相場は決まっているのだ。



 ◇◆



「というわけで、俺にむちゃんこ強い武器をください」

『は? そんな物あるなら私が欲しいのですが?』



 今日のフレンダさんはお仕事中で忙しいのか、あまり機嫌がよろしくないらしい。

 それにしても伝説の聖剣とか、隠されし秘剣とかは無いのかぁ。

 どっかに四つ葉のクローバーぐらいの手軽さで聖剣が手に入る霊峰とかないもんかね。

次回、24日予定です

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[一言] 「オホホ」がないと寂しく感じるのは秘密。
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