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38話 小声

 

 風舞




「風舞くん。起きてちょうだい」

「…………まい?」

「ええ。おはよう風舞くん。よく眠れたかしら?」



 朝……という感覚はあまり無いが、ジェイサットがダルスクで迷い込んだダンジョンで仮眠をとった俺が目を覚ますと、舞がベッドの端に座って俺を見下ろしていた。



「んん……変わりはないか?」

「この3時間は特に何も変わりは無いわね。強いて言えば風舞くんの頭に軽い寝癖がついたぐらいよ」

「……ありがと」

「ふふ。まだ眠いのなら寝ていても良いのよ?」



 舞がそう言いながら俺のカツラについた寝癖を水魔法を使って直してくれるが、交代で睡眠をとった後にこのダンジョンの探索をすると約束していた手前、俺だけが長く睡眠時間をとるわけにもいかない。

 仮眠のためだけにベッドまで置いているが、それでもここは危険なダンジョンの中なのだ。

 あまり長居するべきでは無いし、さっさと他の皆と合流して脱出するべきだろう。



「顔を洗えば眠気は飛ばせるし、予定通り探索を始めよう。とりあえずはそこの階段を降るって事で良いか?」

「この階層の迷宮王を倒してから6時間以上経っているのに誰もここには来なかったし、きっと他の皆も違う階層にいるでしょうから、そうするべきでしょうね。今日は迷宮王3体を目標に頑張りましょう」

「マッピングしながらだと3体は厳しくないか?」

「マッピングぐらい頭の中でも出来るし、その点は任せてくれて大丈夫よ!」



 なんて舞が自慢気に言っているが、もしかしてそういうスキルを覚えたのだろうか。

 いや、これで舞のオートマッピング能力が自前の賢さによるものだったら普通に泣けるし、そこを追究するのはやめておこう。

 俺の彼女が凄く優秀で誇らしい。

 ただそれだけの事で良いじゃないか。



「風舞くん? 目を潤ませて儚げな美少女の練習とは、朝から精が出るわね?」

「そんな日課は俺には無い。顔を洗っている時に目に水が入っただけだ」

「それなら良いのだけれど、声が震えているわよ?」

「朝だから喉の調子が良く無いだけだ」

「へぇ、異性の声を出すというのも難しいものなのね」

「…………良いからそろそろ探索を始めようぜ」

「それもそうね。それじゃあ今日も張り切って行くわよ!!」



 そんなこんなで舞と共にジェイサットの軍事基地がベースになっているダンジョンの探索を始めたものの、探索を始めてから6時間経ったにも関わらず特にこれといった成果はなく、俺と舞はテーブルに座って優雅にピザを食べていた。



「んん〜。このピザ、生地の焼き加減が絶妙ね!」

「アンが俺の知識を元に焼いてくれた非常食だからな。是非とも味わって食べてくれ」

「流石はアンちゃんね。パン屋としての腕は未だ健在といったところかしら」



 なんて呑気にダンジョンの中でチーズの匂いを漂わせながらピザを食べていられるぐらいにこのダンジョンに危険は無い。

 舞のオートマッピング能力によってすんなりと探索は進み既に4階層は下に降りているのにも関わらず一切魔物に遭遇しないし、これといった罠も一切ないのだ。



「なぁ、舞。魔物がいないからかダンジョン探索が順調に出来てる気が一切しないんだけど、どう思う?」

「そうは言ってもとりあえず先に進むしか無いのだし、初志貫徹するしか無いと思うわよ?」

「それはそうかもだけど、何かこう……ここまで何も変化が無いと物凄い不安なんですけど」

「風舞くんがこのダンジョンで遭難していることはフレンダさんやエルセーヌも知っている事だし、あんまり長い間ここから出られないなら助けに来てくれるはずよ。それにほら、ズィーちゃんとはこうして合流出来たじゃない」

「まぁ、それはそうだけど………。いつからそこに?」

「…………」



 いつの間にか舞の横に立ってズィーさんがピザを頬張っている。

 相変わらず黒いベールで顔は見えないが、器用に舞が取り分けたらしきピザをモグモグしていらっしゃった。



「風舞くんが起きた時にはいたわよ?」

「俺が寝ていた3時間は変わりは無いって言ってたじゃん」

「だって風舞くんが眠る直前に合流したんだもの。私は何も間違っていないわ」

「とんちかよ」

「お茶目と言ってもらいたいわね」

「やかましいわ」

「………」



 いつもの調子で舞と話していたら、ズィーさんがピザを置いて頭を下げ始めてしまった。

 違うんです。ズィーさんは悪くないんです。



「あぁ、いや。ズィーさんが謝る事じゃ無いです。大方エルセーヌにあんまり俺の前で目立つなとか言われてるんでしょうし、俺の気配感知がザルなだけなんで謝らないでください」

「風舞くんの気配感知は敵意に反応するものが多いし、ズィーちゃんの気配を掴めなくても仕方ないわね」

「そう思うなら教えてくれれば良かったのに」

「だって風舞くんが気付いていないと思わなかったんだもの。ズィーちゃんはこの通り無口だし、余計な負担はかけない様に気を使っているのかと思っていたけれど、そうじゃなかったのね。通りでズィーちゃんがずっとしょんぼりしていた訳だわ」

「え? しょんぼりしてたのか?」

「今はピザを食べて持ち直しているけれど、さっきまで凄いしょんぼりしていたわね」

「それなら気配遮断を切れば良いのに……」

「………」

「話しかけられない限り無闇に姿を見せ無いのが彼女達の流儀らしいわ。ズィーちゃんは風舞くんに呼ばれるのを今か今かとずっと待っていたのね」



 何故か舞の耳元でコショコショと話したズィーさんの言葉を舞が説明しているが、俺に隠密の流儀など分かるはずもないし、ズィーさんが落ち込んでいる事に気がついていたのなら先に舞が声をかけてくれれば良かった気もする。

 そういえばエルセーヌが呼べば絶対に現れてくれるのも、隠密の流儀だったりするのか?

 エルセーヌ系列の隠密部隊は相変わらず謎が多いな。



「えぇっと、ズィーさん。エルセーヌに目立つなとか言われてるかもですけど、せめて俺が感知できるぐらいの気配遮断でいてくれると助かります。それと今回はしょんぼりさせちゃってすみませんでした」

「………」

「気にする事ないぜい! って言ってるわ」

「絶対言ってないだろ」

「…………!!」



 ズィーさんが舞に気を使ってか、セリフに合わせて腰に手を当てた決めポーズをしている。

 ズィーさん、良い人や。



「まぁ、何はともあれズィーさんもどうぞ座って食べてください。飲み物はお茶で良いですか?」

「…………」

「こういう時は大人しく受け入れるべきよ。貴女の上司なら図々しく風舞くんの膝に座って口に食べ物を詰めてくれと言い出すでしょうし、何も遠慮は要らないわ」

「…………」

「ええ。それが良いでしょうね」



 何故に舞とだけは意思疎通が出来ているのかは分からないが、俺の提案通りズィーさんが椅子に座ってくれて少しだけホッとする。



「どうぞ。つい先日買って来たばかりの茶葉なんですけど、王都では流行っているらしいですよ」

「…………!」

「美味しいぜい! ですって」

「あぁ、そうみたいだな」



 そうしてなんとなくズィーさんの事が分かった気がする昼休憩も終わり、今度こそ3人組となった俺達は再度探索を始めた。

 もう1階層降りたところに幽霊型の迷宮王が待ち構えていたが、舞の飛翔する居合で一撃だったために割愛する。

 それよりも俺達の興味を惹いたのは、そんな残念な迷宮王の階層から更に二つ降りた階層での事だった。



「ん? ここから先は洞窟になるのね」

「ところどころにランタンがあるし、さっきまでよりは遠くが見えるな」



 階段を降りてこの階層に来るまではボロボロの石造りの建造物に外から光が差し込んでいる風の照明だったために場所によって明るさに差があったが、この階層からは洞窟の端端に火の灯ったランタンが置いてあるために先ほどまでよりも平均的に明るく感じる。



「風舞くんの読みだと、ここはかつての軍事基地をベースとしたダンジョンなのよね?」

「ああ。自然発生なのか人工的に作られたのかは分からないけど、ジェイサットの軍事基地がベースなのは間違い無いと思う」

「それなら、あの壁掛けのランタンも元からあったものをベースに作られたものなのよね」

「多分な」

「軍事基地の中にある謎の地下施設。これは期待できるんじゃないかしら?」

「ああ。それにほら、どうやらここからは魔物もいるみたいだぞ」

「ふふ。これはますます期待できそうね」



 そんな事を話している間に上の階層で昨夜俺が襲われたゾンビもどきの迷宮王によく似た魔物がゾロゾロと集まって来る。

 頭から腕を生やしている個体や、胸に大きな目玉がある個体など様々であったが、そのどれもが異形と呼ぶに相応しい風貌をしていた。



「気をつけて風舞くん。相手はそれなりに武術の心得があるみたいよ」

「特訓の成果を見せる時だな。ズィーさんも派手に行きましょう」

「………」



 あ、ズィーさんが小さいナイフを構えて小さく頷いてくれた。

 ズィーさん、本当に良い人や。



「まずは切り開くわ! 土御門舞流剣術 真・斬波!」



 舞の斬撃が既に無数と化しつつあった魔物集団を押し破り、それと同時にズィーさんが群れの中に飛び込んで1匹ずつ的確に魔石に変えて行く。

 暗部の存在である彼女には人型の魔物は与し易いのか、無駄な動きなど一切見せずに次々に敵を葬り去って行った。

 それとは別に舞も魔物の群れの中で星穿ちを振り続けているし、多少出遅れはしたものの俺もそろそろ動かねばなるまい。



「折角だし、教わった事を試してみるか」



 この世界における武術はいかに相手を的確に葬るのかにかかっているとは俺の師匠である舞の言葉だ。

 舞の教える武術は地球にいた頃には必須だったはずの視界の確保すらも無駄な要素として廃し、より最適な動きでより素早くより強力な攻撃を放つ事に重きを置いている。



「まずは体の軸を意識する。人間の体で出力を上げるには回転運動は欠かせず、これはどんなステータスでも変わらない」



 どうせ敵は放っておいても襲いかかって来るのだから、自分はただ攻撃を放つための準備を進めれば良い。

 回転運動に必要な軸が揺らいでは碌な攻撃にならないために、先ずは体の軸に力を溜める。



「ただ、力を溜める事と力む事は違う。あくまでも自然体で敵を捉え、最適なタイミングで正しい方向に体を回し、全身の力を使って刃を加速させる」



 先ずは1匹。

 腕を振り落としながら襲いかかって来た魔物の攻撃を半身になって避け、それによって生じた回転の勢いのままに、敵の首を斬り飛ばす。


 続く2匹目は攻撃をした事で隙を晒す俺に飛びかかって来たが、何も俺の攻撃は剣術だけではない。



「テレポーテーション」



 2匹目は舞の攻撃の軌道上に転移させて処理してもらい、俺は体内に残る回転をバネとして次の獲物に斬りかかる。



「回転とは言ってもただ回れば良いわけじゃない。筋肉を適切なタイミングで動かし無駄なエネルギーの放出を削いだ結果がただ回転であるだけ」



 舞の教えを思い出し、今度は実戦でそれを実践する。

 俺はこれまで転移魔法を戦闘の中心に添えて来たが、あれでは魔力の消耗が激しすぎるし、武術を習得すれば避けられる攻撃を硬直のある転移魔法で避けるのは単純に時間がもったいない。



「良い調子よ。ただ、個の連続として相手を見るのではなく、相手は個であり群である事も意識してちょうだい。そうすればもっと良い動きが出来るはずよ」

「個であり群……」



 舞の教えはいつも抽象的ではあるものの、表現とタイミングが的確であるためにすんなりと頭に入ってくる。

 魔物の軍勢とは言えども、二足歩行の魔物には通れるルートがあるものだし、横に他の魔物がいる状態では魔物のとれる動きも限定されてくる。

 舞の表現を俺の得意とする分野に落とし込んで言い換えるなら、敵の侵攻パターンは絞られているという事だ。


 ならばやるべきことは単純だ。

 周囲の環境を捉え、敵の動きを予測し、それに対抗するための手段を舞に教わった武術をベースに計算すれば良い。



 先ずは目の前から3体。

 一番右の一体は錆びた剣を持っているために片手剣でその攻撃を流して、中央の殴りかかって来た魔物の進行ルートを阻害し、無作法に腕を振り下ろす左の一体の喉を斬り裂いて魔石に変える。


 続いて俺の目の前でもつれあった二体が後ろから走って来た魔物に押されてバランスを崩したタイミングでファイアーボールで軽く攻撃し、そのまま後列の頭上に転移させて次の二体に備える。


 今度の二体のうちの一体はやけに右腕だけ長かったが、その分懐に入り込めば避けるのも簡単だし、その長い腕を盾にすればもう1匹の攻撃を自分で避ける無駄が減る。



「疾!」



 腕の長い個体の胸に片手剣を突き刺し、肉が硬くなる前にそれを抜いてから片手剣を逆手に持って横でフレンドリーファイアをかましていた魔物の首を飛ばす。


 敵の数は未だに多く援軍も次々と現れるが、軍勢となる事で選択肢の限られた相手は確かに舞の言う様に個であり群であるかもしれない。

 それがなんとなく実感出来た頃には周囲に魔物の姿はなく、地面には無数の死骸と魔石が転がっていた。



「お疲れ様。途中からはじっくり見せてもらったけれど、なかなか良い感じね。後は意識しなくても出来る様になるまで慣れるだけよ」

「そうすれば免許皆伝か?」

「まさか。自分の体を自由に動かせる様になってからが本番よ」

「……マジかいな」



 今回は結構良い動きが出来たと思っていたのに、土御門舞流武術はまだまだ先が長いらしい。

 あの辛すぎる修行はまだ続くのか……。



「とはいえ、この短期間の内に実戦でこれほどまでに仕上げられるのなら大したものだわ。ご褒美に次はメイド服を着てあげるわね」

「…………?」

「いや、ズィーさんは気にしなくて良いです。大人の話ですので。深い意味は無いですので」



 いったいズィーさんが何歳なのかは分からないが、この風貌の女性の前で性癖を暴露できるほど俺も図太くは無い。

 舞の事だからズィーさんには伝わらないという確証があったのだろうが、いくらなんでも俺をヒヤッとさせ過ぎだろう。

 ただ……



「……ちなみにご主人様って呼んでくれたりは?」

「当然よ。風舞くんの理想のメイドとして完璧な振る舞いをしてみせるわ」

「っしゃ!」

「……?」



 例えズィーさんの前だとしても確認するべき事はしておかなくてはならないのだ。

 とはいえその……自分だけ除け者にされたズィーさんが少しだけ悲しそうに見えるのはどうすれば良いのだろうか。

 理由があまりにも下世話すぎるだけに、罪悪感がものすごいんですけど……。



「そ、そうだ。そういえばズィーさんって凄く強いんですね。ナイフでシュパパって、凄くカッコ良かったです」

「………」

「ん?」

「………。………!!」

「えぇっと。やってやったぜい!! ですって」



 俺がズィーさんの言葉を聞き取れなかったために首を傾げていたら、ズィーさんが少しだけ首を傾げた後にお昼の時と同じ決めポーズをしてくれた。

 黒い手袋に包まれた小さなおててのVサインが可愛らしい。



「ねぇ、風舞くん。ズィーちゃんってエルセーヌの配下なのよね?」

「自分の従者にしようと考えてるなら無駄だぞ。エルセーヌの配下なら俺の配下でもあるからな」

「むぅ。風舞くんの意地悪。せっかく私もちっちゃ可愛い従者が欲しかったのに」

「…………」



 またズィーさんが舞の耳元でポショポショ話している。

 何でズィーさんは舞にだけそんなに心を許してるんだ?



「え? マイ様の従者にはなれないけど、マイ様は好き? ねぇ、風舞くん。エルセーヌの好物とか知らないかしら?」

「まさかあの舞がエルセーヌに賄賂を贈る日が来るとは…」

「だってズィーちゃんってばこんなに可愛いんですもの! なんとしても従者として迎え入れてこれでもかと言うぐらいに可愛がってやるわ!!」

「…………」

「あぁ、はいはい。舞のこれは発作みたいなものなんで無視して大丈夫ですよ。さぁ、また魔物が来る前に先に進みましょうか」



 ズィーさんを従者に迎え入れようと無駄にやる気を燃やす舞を見てズィーさんが戸惑っているが、ああなった舞は中々戻っては来ないし、俺とズィーさんだけでも先に進むとしよう。

 さてさて、そろそろダンジョン探索の方にも何か進展はないものかね。


次回、15日予定です

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[一言] あかん、ズィーさんがNTRされちゃう?
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