32話 主従訓練
風舞
問題:相手は数多の武術を修めた天才にして秀才にして鬼才です。
どうすれば勝てるでしょう?
答え:運次第。
「というわけで、運が良ければ今の舞にも勝つことが出来るぞ」
「いやいやいや。1勝29敗でそんなにドヤ顔されても困るんだけど」
たまたま訓練場で同じパーティーの連中と連携の練習をしていた明日香が、たった今30戦目を惨敗した俺を見下ろしながらそんな事を言う。
だって俺はろくに剣も振れないんだから、もう運勝負に持ち込むしか無いじゃんよ。
「あまり風舞くんを卑下するものでは無いわよ。今の私と風舞くんでは天と地ほどの実力の差があるのに、風舞くんはそれを運だけで返しちゃうんだもの。なかなか真似できるものでは無いわ」
「そうは言うけど、運勝負って事は風舞は何もやってないんしょ? たまたま運が良いだけの奴にドヤ顔されるとイラッと来るんだけど」
「それはそうかもしれないけれど、たまたま私が攻め辛い間合いで、たまたま私が動いた先に、たまたま私が耐えられない攻撃を、たまたまぴったりのタイミングでそこに置いておける風舞くんは、果たして本当に運だけで勝負しているのかしらね」
「それって、風舞が舞ちんの動きを予想して動いてるってこと?」
「ふふ。明日香ちゃんも風舞くんの強さがわかって来たかしら?」
「……いや、魔力も尽きて自力で回復も出来ずに死にそうになってる風舞がそんなこと出来るわけ無いじゃん」
「死にそうになってるのが分かってるなら早く回復してくれ。なんか、視界が暗くなってきた」
「ったく……ほら、歩ける程度には回復してやっから、あっちでヒヤヒヤしてるシルっちを安心させてあげな」
「はいはい。よっこらせっと。回復ありがとな」
「おう……」
何故か顔を逸らした明日香に回復魔法をもらってどうにか立ち上がり、観戦していたシルビアの方に手を振って、尻尾を逆立たせていたシルビアを一先ず安心させる。
「もうちょっとで舞の神降しに干渉出来そうな気がしたんだけど、なかなか上手くいかないもんだな」
「あら、それでなんだか今日は精神のバランスが上手く取れなかったのね。ちなみに、少しだけヒントをもらえたりするのかしら?」
「共感覚ってあるだろ? あれを魔力感知でどうにか引き起こせないかと思って試してみた」
「共感覚って?」
「赤い物を暖かく感じたり、青い物を冷たく感じたりするあれよ。一つの感覚器官で得た情報が脳の中で他の感覚器官と繋がった結果として処理される現象の事ね」
「風舞はそれを魔力でやろうとしたってこと?」
「この世界に来てから伊達に何度も死にかけてないからな。その時に感じていた周囲の魔力の流れを真似て、魔力操作で舞にぶつけてみた」
「なんか、超陰キャっぽい」
「ギャルに言われたく無い言葉ランキングベスト1位かよ」
「ちなみに2位と3位は?」
「2位がキモいで3位が臭い」
「………ウザ」
「……ちょっと泣いて来ても良い?」
前に比べると明日香ともそれなりに話せる様にはなったはずなのだが、未だに俺の中にあるギャルへの恐怖は払拭できそうに無い。
こういう時はクールビューティーシルビアに文字通り癒してもらうか。
「フーマ様。お疲れ様でした」
「ああ。次はシルビアとアンの番だっけか?」
「ふぅ……やっぱり何度やっても緊張するなぁ」
「大丈夫だって。さっき教えたこと試してみそ?」
どうやら俺と舞の戦闘を一緒に観察していたさっちんがアンに助言をしたらしい。
双剣使いのさっちんと槍使いのアンでは戦闘スタイルから違うだろうし、心構え的なアドバイスなのだろうか?
「うん。それじゃあ頑張ってみるね」
「それではフーマ様。行って参ります」
「ああ。回復ありがとな。明日香は中途半端にしか回復してくれなかったから、かなり助かった」
「あーちゃん。そこは最後まで回復してあげないと。高音くんにつんけんしちゃうの、直したいんでしょ?」
「……舞。ちょっとお手洗い行って来るな」
「アンちゃんとシルビアちゃんの試合を見てからにしてちょうだい」
「いやいやいや。俺の危機感知系のスキルがここにいるとヤバいって言ってるから。というより、明日香がガチでプルプルし始めてるから!」
「頑張れあーちゃん」
「………座んなよ」
「あ、はい」
険しい視線の明日香に命じられて逆らう事など出来るはずもなく、舞に腕を掴まれて脱出に失敗した俺は明日香と舞に挟まれて観客席に座り、横からの殺意がこもった回復魔法をじんわりと受ける。
怪我の方はもうほとんど治ってるから、そんなにガンガンに回復魔法をかける必要は無いですよ?
「さて、アンちゃんとシルビアちゃんの試合が始まるみたいね。風舞くんはどちらが勝つと思う?」
「ステータスと経験的にはシルビアの方が有利だけど、シルビアのハンデは武器と魔法と徒手格闘攻撃が禁止だからな。意外と良い勝負になるんじゃないか?」
「それって、シルっちは攻撃出来ないってこと?」
「ああ。アンが一度でも攻撃を当てられたら勝ちだ」
「ふーん。ちなみに二人のレベル差ってどんぐらいなん?」
「シルビアが200ちょいで、アンが40ちょい」
「これ、試合になんなくない?」
「魔物を倒せばレベルは上がるけど、対人戦には経験が必要だからな。勝負になるならないじゃないんだよ」
「流石、化物ばかり相手にして来た奴は違うわ。教育方法もイカれてる」
「……舞。化物って言われてるぞ」
「ぎゃおぉぉぉぉ!!!」
急な無茶振りでも一切タイムラグを感じさせない反応を返す化物さんの頭を撫でてやりつつ、シルビアに攻撃を始めたアンを眺める。
アンアはフレンダさんに教わった槍を使ってシルビアに攻撃を仕掛けるが、ステータス的にも技量的にも隔絶した差があるシルビアには一向に当たらない。
それならばと魔法を使ったセットアップを仕掛けるが、魔力の流れを感知できるシルビアは魔法が来るタイミングを正確に読み、アンの魔法を素手で弾いて、続く槍での攻撃も華麗に避けて見せた。
「いつもならこのままアンちゃんの魔力が切れるまでシルビアちゃんが相手をするところだけれど、果たして今回はどうかしらね」
「最近のアンは俺が魔法を使えない間にどうしていたかとか質問して来たし、面白いものが見れるかもな」
「さて、お手並拝見ね」
このままでは魔力よりも先に体力が尽きると考えたのか、アンが一度槍での連撃を中断して、少しばかり距離を取る。
あの距離ではシルビアの間合いからは抜けられていないのだが、今回のシルビアは攻撃出来ないというハンデ付きだ。
ルールがあるのなら、それを使ってこそ賢者というものだろう。
「そういえばさっちんはアンに何を吹き込んだんだ?」
「吹き込んだって人聞きが悪いなぁ。私はフンジンバクハツっていう必殺技を教えてあげただけだよ」
「それ、オサムに聞いたのか?」
「そうだけど、何で分かったの?」
「いは、なんとなく」
オタクは粉塵爆発って大好きだもんな。
彼氏がオタクのさっちんも粉塵爆発大好き病にかかってしまったのかもしれない。
「アンちゃんって粉塵爆発ぐらい知ってるわよね?」
「ああ。原理から理解してると思うけど…」
「でも、アンちゃんはなるほどって言ってたよ?」
「さっちんが自慢げに話すから気を使ったんじゃん?」
「えぇ〜。そんなぁ……」
「粉塵爆発は知ってたけど、さっちんの話を聞いて何か思いついたんだろうな。ほら、何か準備を始めた」
アンが腰に下げていたポーチから薄茶色のボトルを取り出し、それを槍の先に縛りつけ始める。
ルール上ではシルビアは攻撃出来ないために、ただその様子をジッと眺めていた。
「アンちゃんってやっぱり風舞くんの従者なのね」
「アンは転移させるけど、万が一に備えてもらっても良いか?」
「ええ。任せてちょうだい」
舞とそんな話をしている間に準備が終わったアンが先ほどと同じ様にシルビアに攻撃をしかけ、シルビアはそれを楽々と躱す。
ただ、先程までと違うのは槍の穂先に薄茶色の瓶がくくりつけられているということだ。
例えばシルビアに思いっきり突きを仕掛けたアンがそれを躱され、つまづいた拍子に穂先に括りつけられた瓶が割れ、その中の液体が激しい発火性能を持ってたりなんかして、アンが火魔法も同時に使っていたらどうなるか。
ズガン!!!
「女の子が捨て身の攻撃をするもんじゃないぞ」
「えへへ。ごめんなさい」
「舞。シルビアの方はどうだ?」
「多少怪我はあるけれど、軽い火傷程度ね。私の出番は無かったわ」
「流石に全部避けるのは厳しかったか」
「はい。やはり魔力の流れが読めないと攻撃の威力が分かりませんね」
シルビアの体から少しばかり煙が上がっているが、特に大きな怪我も無さそうで自分で回復魔法を使って治療している。
今回はどうやらアンの勝ちみたいだな。
「いやいや。いやいやいや。おかしいっしょ。何であんだけ爆発させておいて、普通に話しちゃってるわけ?」
「爆発ぐらい明日香も起こすだろ?」
「そりゃあ魔法を使えばそれぐらい出来るけど、流石にアンちゃんがあれ食らったらタダじゃ済まないじゃん」
「明日香ちゃん。そう心配しなくても、あの爆発でアンちゃんが大怪我を負う事は無かったのよ」
「どゆこと?」
「あの地面を見れば分かるけれど、爆発の被害を受けているのはシルビアちゃんが立っていた方が大きくて、アンちゃんの方はほとんどないでしょう? 瓶が割れる事によってアンちゃんの火魔法が中の爆発物に着火したけれど、瓶の中に細工をしておいたおかげで試方向性が付与されていたというわけね」
「それじゃあ、風舞が助けなくってもアンちゃんは怪我しなかったってこと?」
「流石に無傷とはいかないけれど、きっと自分で歩けるぐらいの怪我しかしなかったと思うわ」
「なんだ。てっきりアンちゃんが自爆したのかと思って、それを教えてる風舞にガチ切れしてたけど、それならただ単純にアンちゃん尊敬できるわ」
「……ガチ切れしてたのかよ」
危ねぇ。
アンがガチで自爆していたら、俺が明日香に殺されるところだった。
今度からアンには自分の体を大切にする事をしっかりと教えておこう。
「そりゃあするっしょ。風舞はウチよりも強いしちゃんと他の人を大切に出来る奴だから何も言わなかったけど、女の子に自爆しろって教えるとかマジ無いから」
「あはは……ごめんねフーマ様。私がちょっと無茶しちゃったせいで」
「いや、アンは悪くないから謝らなくて良いぞ」
「ふふ。優しい幼馴染みと賢い従者を持つと大変ね」
「いやはや。一見落着ですね」
アンに粉塵爆発の事を吹き込んだためにアンが自爆したのかとヒヤヒヤしていたさんちっんが、話が丸く収まったのを見てそんな事を言いながら話に入ってくる。
明日香はそんなさっちんと俺の顔をチラリと見て何か悪巧みでも思いついたのか、舞にこんな提案をしてしまった。
「舞ちん。そういえばさっちんが剣の修行をつけてくれる人を探してるんだけど、ちょうど魔力が切れてインチキ出来ないけど、そこそこ戦える人とかいない?」
「ちょっとあーちゃん? 私はそんな事は……」
「そうねぇ……。そういえば、そろそろ武術を真面目に覚えようかと思っているけれど、持ち前の戦闘センスと賢さだけでかなり戦えちゃうから中々重い腰が上がらない大好きな人がすぐ側にいた気がするわ」
「舞さん? 俺、今日はもう疲れたんだけど……」
「ふふふ。負けたら【短期集中!1週間で剣術の基礎をマスターしよう講座】が待っているから、頑張ってちょうだいね!」
「ちなみに、さっちんは負けたらしばらくウチの訓練の相手をしてもらうから」
「………高音くん。疲れてるとこ悪いけど、本気でやらせてもらうから」
「悪いが、手加減は無しだ。どんなに卑怯と言われようが、全力で勝ちに行かせてもらう」
「流石にそれは二人とも可哀想だよ…」
「確かにそうかもしれないけれど、これも強くなるためよ。仮に風舞くんが負けてしまっても、私が責任を持って風舞くんをいっぱしの剣士にしてみせるわ」
「ウチも、仮にさっちんが負けちゃったら、ちゃんとさっちんも強くなれる様な訓練をするからさ。それにほら、あっちの二人はやる気みたいじゃん?」
絶対にこの勝負に負けるわけにはいかない。
どう考えても舞の訓練が厳しくないわけが無いし、下手をしたら訓練がキツすぎて精神がポッキリ逝ってしまう可能性すらある。
さっちんには悪いが、ここは奥の手を使ってでも勝たせてもらおう。
「う〜ん。でもなぁ…」
「アン。もしもフーマ様が負けちゃったら、私達でしっかりサポートしよう」
「それもそうだね。うん。フーマ様。きっとマイ様の訓練は凄く大変だけど、私とシルちゃんで精一杯サポートするから頑張ろうね」
おかしいぞ?
どうして俺の従者は二人とも俺が負ける事を前提に話してるんだ?
「……絶対勝ってやる」
「ええ。きっと風舞くんなら勝てるわ!」
「…頑張れ」
「あれ? あーちゃんまで高音くんを応援すんの? 私には味方いない感じ?」
「だってウチ、訓練に付き合ってくれる人欲しいし」
「そっかそっか。あーちゃんは友情よりも愛情を選ぶんだね」
「はぁ!? 違うし! ただ訓練でボコる相手が欲しいだけだし!」
「うわぁ……それはそれで色んな意味で傷ついちゃうなぁ」
まるで全てを失った様な顔をしながらさっちんがそんな事を言い、腰に提げられ二本の剣を抜いて訓練場の真ん中へと向かう。
「来なよ。たまには私の本気を見せてあげる」
「なんか、めっちゃ強そうじゃない?」
「ちなみに攻撃性能に関してはウチよりもさっちんの方が上だから、防御力に自信が無いならマジでキツいと思うよ」
「マジかいな……」
どちらかと言えば俺も攻撃に特化したタイプだし、魔力が切れた状態では防御力なんてちっとも自信が無い。
これ、マジでどうすりゃ良いんだ??
俺はそんな事を考えながら、舞に背中をグイグイ押されて訓練場の真ん中まで運ばれるのであった。
次回、2日予定です




