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26話 始まり

 


 ローズ



 スカーレット帝国には序列というものが存在する。

 もともと妾が国を興した頃に戦闘能力の大小でつけられていた順位なのだが、現在では政治的にもこの順位が大きな意味を持つようになっていた。

 とはいえ戦闘能力がいくら高かろうが国を束ねるには然程大きな意味を持たぬために、政治の場ではこの序列とはその補佐役までもを含んだそれぞれの勢力を指して呼ばれる事が多い。



「そういう意味では、たった一人で序列2位の座を我がものとするフレンダはかなり異質な存在なのかもしれんの」

「滅相も御座いません。私は以前からエリスの力を借りていますし、現在はフーマ達の力も借りております。私が異質だと言うのなら、政務だけでなく軍事も一人でこなしてきたお姉様は何といたしましょう」

「もともと妾が始めたくて始めた国なのじゃ。最も責任を負う立場に立つ事は当然のことじゃよ。……うむ、交易路と関所の敷設に関してはこのまま進めて良い。資金は国庫から排出し、働き手は財政悪化で職を失った者共を動員せよ」

「かしこまりました。後は人族に関する我が国の意識調査に関してなのですが…」



 フレンダがそう言いながら妾に細かく整理された資料を提示する。

 フレンダがこうして国へと戻って来た時にはフウマをどうしたのかと叱ってしまったが、フレンダがいてくれるだけでこうも計画が早まるのじゃから、近いうちにねぎらってやらねばの。



「お姉様? いかがなさいましたか?」

「いいや。それで、意識調査の結果じゃったか?」

「はい。我が国が人族と戦争をしたのはおよそ400年以上も前の事ですので、基本的には関心が無いという意見が多い様です。特に勇者に関しての忌避感は他の魔族国家よりも低い指数となっております」

「ふむ。その理由はなんじゃ?」

「我が国の勇者に対するスタイルが、お姉様一人で対峙するというものだったからでしょう。城を国境付近に建てた成果がしっかりと出ている様です」

「そうか。妾の何でもない思いつきが功を奏したのなら何よりじゃな」



 元々は妾の都合に民を突き合わせるのも悪いと思い始めた事じゃったが、結果的にフウマへの敵対意識を減らせたのなら重畳だ。

 さて、そろそろエリスが定期報告に来る頃合いじゃろうが……



「誰か来たようですね」

「おぉ、ようやく来たか! 此度は一体どの様なフウマの私物を…」

「……陛下」



 てっきりエリスが来たと思い執務室の扉を開けたが、そこに立っていたのは書類を手に持つアメネアだった。

 どうやら寝不足気味で集中力を欠かしていたために、気配の感知分けが出来なかったらしい。



「あぁ……用はなんじゃ?」

「諸外国への悪魔に対抗する事を目的した同盟に関してなのですが……お忙しい様なので出直します」

「いや、待て。大丈夫じゃ。申すが良い」

「いいえ。そういえば書類の不備を修正し忘れていましたので後にします。1時間後にまた参りますので、どうかお待ちください」

「そ、そうかの?」



 アメネアのまさしく蛇の様な鋭い目つきに押されて僅かに言葉を詰まらせてしまう。

 最近のアメネアはラングレシア王国での会談以来、どうにも妾に対する視線が厳しい気がするんじゃよなぁ。



「オホホ。このままでは、アメネア様に玉座を奪われる日も近いやもしれませんわね」

「不敬ですよエリス」

「オホホホ。アメネア様がこの国を率いるために尽力する様になったのですから、そう悪いこととも言えませんわ」

「そうじゃな。妾としてもこの国のことをよく考えてくれる者がいるというのは嬉しい限りじゃ。して、アメネアが部屋を出て行くのを待ったからには、期待して良いんじゃろうな?」

「オホホ。あまり何度も私物を盗み出しては気づかれてしまいますので、今回はこちらですわ」

「これは、手紙かの?」



 エリスが妾に渡した封筒には便箋が入っている様じゃが、これが何かフウマに関係しているのじゃろうか。

 む? フレンダが頭を抱えておるが、疲れでも溜まっておるのかの?



「オホホホ。とりあえず開けてみてくださいまし」

「うむ………」



 そうしてエリスに言われるがままに封筒を開けて中の手紙を開いてみると、そこにあったのはフウマの文字で綴られた妾をどう思うかという文章であった。



「な、なな、なんじゃこれは!?」

「お姉様? いかがなさいましたか?」

「な、なんでもない! なんでもないぞフレンダよ! なんでもないから手紙を覗こうとするでない!」

「まさかフーマがまた何か失礼な事を?」

「そうではない。そうではないから少し待ってくれ」

「オホホホ。それはご主人様に次に陛下にお会いした時のために、気持ちの整理をしておいた方が良いと言ったら思考の整理のために書き始めたご主人様の率直な気持ちですわ」

「お、おぉぬしぃ!」

「オホホ。お気に召しましたの?」

「う、うむ……よくやったのじゃ」



 こればかりはエリスを褒めずにはいられない。

 フウマの気持ちなどそう聞けるものではないし、それどころか妾の好きなところがこうも沢山書き連ねられているというのは涙が出るほどに嬉しいことである。



「……あぁ、フウマがこの様な事を」

「エリス。一体あれには何が書かれているのですか?」

「オホホホ。ついでにお母様へのご主人からの率直な気持ちが書かれた書き残しもありますわ」

「ほう。なんだかんだ言いつつもフーマなら私を尊敬していると…………エリス。次に会ったら容赦はしないとフーマに言っておいてください」

「む? お主の方には何と書いてあったんじゃ?」

「そ、それは…」

「オホホホ。それは聞かぬが華というものですわ。持つ者には持たざる者の気持ちはわかりませんの」

「エリス。それはどういう意味ですか?」

「オホホ。私も肩が凝って仕方ないという話ですわ。それより、今回の魔封結晶ですわ」

「おぉ、今回も大量じゃな」

「オホホホ。ご主人様方は連日、転移魔法で各地を跳び回り冒険者ギルドの依頼をこなしていますので、確かにこの短期間で回収した量はかなりのものですわね」

「はぁ…話を逸らされた事は気になりますが、フーマ達が元気にやっているのならよしとしておきましょう」

「オホホ。私もお母様や陛下が一先ず元気にやっていると報告できそうで何よりですわ。こちらはいよいよ悪魔の晩餐会に向けて本格的に動き始めますので、その前にご主人様の懸念を一つでも減らせるというのは助かりますの」

「そうか。いよいよなのじゃな」

「オホホホ。そう心配せずとも、今回はラングレシア王国の力を全面的に動員できるためにそう心配は要りませんわ。陛下はジェイサット侵攻への準備を着実にお願いしますの」

「うむ。こちらは任せておくが良い。ここが条約締結まででおそらく一番大きい山場じゃ。双方気を引き締めて行くとしよう」



 まだ全ては読み切っておらぬが、こうしてフウマからの熱い声援も貰えた事じゃし、今の妾なら未だ情勢の安定しきっていないこの国をまとめる事など簡単に出来るはずじゃ。

 もう少し、もう少しでまたお主らと共に暮らせる日が来るのじゃから、もう一踏ん張りせねばの。




 ◇◆◇




 風舞




「へっくしょい」

「あら、誰か噂しているのかしら」



 悪魔の晩餐会への対処をお姫様と話し合うために城内の会議室へと向かっていたら、くしゃみが出た。

 最近は秋も深まって寒くなってきたし、俺としては軽く風邪でも引いたのかと思っていたのだが、舞は俗説の方を推すらしい。



「くしゃみをする時は誰かが噂をしている時だって説は俺も好きだけど、実際のところはどうなんだろうな」

「風が吹けば桶屋が儲かると言うのだし、この説も強ち見当違いでも無いと思うわ」

「その根拠は?」

「花粉症が流行る季節は年度の変わり目で人間関係にも大きな変化が出来るし、風が流行る冬場はハロウィンにクリスマスに正月とイベントが目白押しでしょう? あの人とどこかに行きたいだの、あの人はどこかに行くだの、そういう噂が増えてもおかしくないわ」

「直接的な因果関係はなくても、噂をするタイミングとくしゃみをする時期が重なるぐらいの因果はあるって事か。こうしてみると、くしゃみ噂説もなかなか深い命題なんだな」

「そうかなぁ…?」

「アン様。このお二人はあまり中身の無い話を真剣にするのがお好きな方々なのです。こういう時は優しく見守って差し上げるのが従者としての仕事ですよ」



 俺たちの後ろを歩くアンやトウカさんが、俺と舞の深い話をそんな事呼ばわりし始める。

 くしゃみ噂説はかなり考察の余地がある素晴らしい説だと思うんだけどなぁ…。



「…………それじゃあ、次はどうしてエルフには貧乳が多いのか考えてみましょうか」

「大人気ねぇ……」



 そんな取り止めもない話をしつつ会議室へと向かうと、今日の会議室はかなりの人数の人達が列席していた。

 既にお馴染みとなりつつある王国最強の第一師団の面々や、舞と顔馴染みである財務大臣のおっさんに、冒険者ギルドの制服を着たミレイユさんとその上司らしきおっさん、更にはスライス伯爵や、見るからに鍛治師らしきドワーフもいた。



「後は、明日香もいたのか」

「ウチがいたら悪い?」

「いや、知らない人も多いから、顔馴染みがいてちょっと安心した」

「あっそ」



 そうして淡白な返事を返した明日香やまゆちゃん先生や天満くん達の横の席に、俺は舞と並んで腰掛け、その後ろにシルビアとアンとトウカさんが並ぶ。

 ちなみにフレイヤさんは会議だけなら寝ていると言っていたため、今日は離宮でのお留守番だ。



「そういえば高音くん達の最近の活躍は凄まじいみたいだね」

「そうか?」

「そうだよ。この短期間で冒険者のランクを物凄い勢いであげてるパーティーがあるって、噂になってるよ」

「へぇ、俺たちも有名になったもんだな」

「あら、貴方達の噂はグルーブニル砦奪還の頃からかなり聞くわよ? というより、この世界に召喚されてすぐに脱走した勇者として、あの頃の上層部はその話題で持ちきりだったもの」

「マジかいな…」



 天満くんとどうでも良い雑談に興じていたら、第一師団のおっとり龍人お姉さんことリーディーさんに茶々を入れられてしまった。

 これは今後は行動に気をつけて、悪いイメージを払拭しないとだな。



「ふふ。そう構えずとも、貴方達の功績からすれば誰も悪く言える人などいないわ。そこの本来従者なんて立場に収まるはずのない彼女が、エルフの里を壊滅から救ったという噂の動かぬ証明になっているのだしね」

「あら、私の大事な従者に唾をつけようとしても無駄よ?」

「別に他意は無いから心配しないでちょうだい。その年で団長とほぼ互角の貴女にちょっかいを出せるほど、私も愚かではないわ」



 舞の言葉にリーディーさんがふんわりとその様に返し、それを聞いた冒険者ギルドのお偉方やドワーフのおじさんがわずかに眉を動かす。

 どうやらリーディーさんはこの二人に俺達は迂闊に手を出して良い存在ではないと暗に分からせるために、この様な周りくどい話をしてくれたらしい。

 流石は曲者揃いの第一師団を裏で支えていると言われるだけの事はあるな。


 そんな事を考えながらお姫様の到着を待つ事暫く、いつもの様に凛とした姿で白髪の少年と一人のメイドを連れたお姫様が会議室へと入室した。



「皆様お揃いの様ですね。それでは悪魔の晩餐会への対処…もとい、ジェイサット侵攻作戦に関しての会議を始めましょうか」



 それが季節が秋から冬になるまで続く、ジェイサット侵攻の第一歩目であった。

少し私用が立て込んでいるために、次回投稿は20日とさせていただきます。

今後とも当作をご愛顧いただけますと幸いです。

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