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25話 犯罪者予備軍

 


 アン



 冒険者ギルドでの手続きを終わらせて、居眠りを始めたフレイヤさんを起こしてどうにか帰路へとついた道中、私達3人はとある男性に声をかけられた。



「すみません。道をお尋ねしたいのですが…」



 私達3人は勇者様の従者という事でそれなりに顔を知られてはいるが、王都にいる全ての人が私達を知っているとは思っていないし、こうして声をかけて来る人がいてもおかしくない。

 ここはフーマ様の従者として、スマートに……



「ふんっ!」

「ぐあぁっ!?」



 私が地図を広げながら近づいて来た男の人に近づこうとしたら、それよりも先に動き出していたシルちゃんが男の人を思いっきり蹴り飛ばした。



「ちょ、ちょっとシルちゃん!? いくら消化不良だからって一般人をいきなり攻撃しちゃ…」

「ううん。違うよアン」

「違うって何が……」



 シルちゃんの蹴り飛ばした男の人の方に目を向けると、しっかりと受け身を取っていたその男の人が地図の下にナイフを隠し持っていた事に気がついた。

 もしシルちゃんがいなかったら、私はあのナイフに刺されていたのかもしれないとゾッとする。



「そこの方。今なら警備隊に突き出すだけで勘弁して差し上げますが、いかがいたいしますか?」

「チッ……ちくしょう!」



 流石に私達3人を相手に出来るとは思わなかったのか、ナイフを持った男が地図を放り投げて路地へと入り込もうとする。

 しかし、そうして振り返った一歩目で男性はシルちゃんの張った糸で盛大に転び、その隙にフレイヤさんが土魔法で作った枷で男性を捕縛してくれた。



「おぉ、二人とも流石だね。私は何もする事がなかったよ」

「このぐらい何て事ないよ。それより、この人はどうする?」

「騒ぎになってるから、このまま待っていれば警備隊の人が来てくれると思うよ。それまではここで待機かな」

「アン」

「ん? どうしましたか?」



 暴漢をしっかりと拘束した事を確認したフレイヤさんが私に声をかけてくる。

 フレイヤさんはいつも無表情だけれど、今のフレイヤさんは少しだけ真面目な雰囲気を醸し出している気がする。



「あむっ」

「むぅうっっっっっっ!!??!!??」



 キスされた。

 キスされちゃった。

 こんな公衆の面前でキスを…。

 な、なんで? どうして?



「脱力したそのまま話を聞いて」



 フレイヤさんが私の唇に自分の口を触れされながら、その様に話す。

 私の頭と腰はフレイヤさんに抱かれてまったく身動きが取れないが、フレイヤさんには何か思惑があるらしい。



「多分、暗殺を命じた黒幕を見つけた。今から捕らえて来るから、アンはシルとここで待ってて」

「う、うん……」

「それじゃ、行ってくる」



 私が話を聞く間に黒幕の存在を警戒する仕草をしないための処置なのだろうが、何も私のファーストキスを奪っていかなくても良いと思う。

 勇者であるフーマ様の従者として、危険な事やプライドを曲げる覚悟はしていたけれど、今のキスはちょっと心にくるものがあった。



「もう……何で私ってば、こんなにドキドキしてるんだろ」

「アン。大丈夫?」

「あぁ………今はそっとしておいて。私は男の人が好きだから、美形なシルちゃんに見つめられると緊張しちゃう」

「そう言うならそうするけど、本当に大丈夫?」

「あぁぁもう! 今すぐにフーマ様にギュってされたい!」

「アン……」



 シルちゃんが呆れた様な顔を私に向けているが、こんな顔をしてしまう事も分かってもらいたい。

 あぁ……いきなり暴漢に襲われるし、キスもされるし、今日の私はついてないのかなぁ。




 ◇◆◇




 風舞




「アン!!」



 腕落としがアン達を狙っていると思いハルガからラングレシア王国まで足早に戻って来たら、アンとシルビアが何故か警備隊に保護されていた。

 なんとなくアンの様子がおかしくて一瞬ヒヤッとしたのだが、どうやら怪我をしたというわけではないらしい。



「フーマ様……」

「アン。何かあったのか?」

「何かあったと言えばあったけれど、特に問題はなくて、けれども困ったみたいな…」

「私とフレイヤさんで暴漢の対処をしたのですが、その後にアンがキスされました」

「は? どういう事だ?」

「ちょ、ちょっとシルちゃん!」

「ん? アン、いきなり引っ張られると危ないよ?」

「良いから!!」



 机に突っ伏していたアンがガバッと立ち上がり、シルビアの手を引っ張って部屋の隅へと連れて行く。

 アンがキスされたとか聞こえた気がするけど、いったい何だと言うのだろうか。

 仮にアンに手を出した輩がいようものなら、地獄の大王よろしくペンチで舌を引っこ抜くところなのだが……。



「……だからね。フーマ様にはやっぱり内緒で………」

「でも……さっきはフーマ様に抱きしめてもらいたいとか………」

「もうそれは良いの! 私は大丈夫だから!」

「そう?」



 アンとシルビアがコソコソ話しているが、特に問題が無いのなら良しとしておこう。



「風舞くん。少し良いかしら?」

「ん? どうした?」

「ドラちゃんの様子が気になるから私は少し失礼するわ」

「何かあるなら手伝おうか?」

「いいえ。どうやら既に終わっているみたいだから大丈夫よ。風舞くんはアンちゃん達についていてあげてちょうだい」



 舞は必要なときにはしっかりと頼ってくれるし、大丈夫と言うからには本当に大丈夫なのだろう。

 今はアンの精神が不安定みたいだし、お言葉に甘えさせてもらうか。



「分かった。気をつけてな」

「ええ。それじゃあ少し行ってくるわね」

「失礼します」



 そうして舞とトウカさんを見送った俺は、未だに何故か悶絶を続けるアンの方に意識を向ける。



「アン。何か辛いことがあったら言うんだぞ」

「…………フーマ様って、こうして見るとそこはかとなくカッコ良いよね」

「…………ありがとう?」



 俺の顔をジッと見つめてくるアンになんとなくお礼を言ってみたが、自分がいったい何を言ったのか後になって気がついたのか、アンが顔を赤くして手と尻尾をブンブンと振りながら訂正する。



「あぁ、もう! 何言ってるんだ私!? ほんとにもう!」

「シルビア。アンは大丈夫なのか?」

「先程はフーマ様に抱きしめてもらいたいと言っていました」

「そうか? それじゃあ…」

「にゅああぁぁっ!!?」



 シルビアの助言通り、椅子に座っていたアンを抱きよせて頭を撫でてやったら、アンから聞いた事もない声が漏れた。

 普段ならこんな事をされても冷静だろうに、今日のアンはいったいどうしてしまったのだろうか。



「ほらほら、とりあえず落ち着け〜」

「そ、そうは言われてもこの状況で…」

「ほら、背中とんと〜ん。良い子良い子」

「あぅ…私は子供じゃないのに」

「お、ようやく普段のアンに戻った」

「あっ……」



 アンが元に戻った事を確認して、抱きしめていたアンを解放して離れようとすると、アンに服の裾を掴まれてしまった。

 まさか、まだ甘えたりないのか?



「仕方ない。ほら、離宮までおぶって行ってやるから背中に乗れよ。よくわかんないけど、疲れてるんだろ?」

「う、うん……ありがとう」

「気にすんな……よっと。アンは軽いなぁ」

「えへへ……そうかなぁ?」



 耳元でアンの柔らかい声が響いて妙にむず痒いが、珍しくアンが俺に甘えてくれたのだし、目一杯甘えてもらうとしよう。

 それにしても、アンの精神がここまで不安定になるなんて、一体何があったんだ?

 敵が特殊な精神攻撃でも仕掛けて来たのだろうか?


 俺はそんな事を考えながら、背中にぴったりと抱きついてくるアンを背負いつつ、シルビアと共に離宮へと戻るのであった。




 ◇◆◇




 舞




 つい先程ドラちゃんから神降しの力の供給を求められたために、気になってドラちゃんの元へ向かったら、王都の貧民区の建物でドラちゃんが気絶させた男達の中央に立っていた。

 最近は王都の壁の外にある難民街が発展しているために、貧民区から一般の人が移住した事で貧民区の治安が相対的に悪くなったと聞いていたが、その話の通りというべきか転がっている人達のほとんどが堅気には見えない。



「これまた随分と派手にやったわね。彼らは?」

「私達を襲ってきた刺客の仲間。アンがナイフで刺されて動揺したところを魔道具で狙撃するつもりだったみたいだけれど、失敗して動揺しているところを追跡して本拠地ごと潰した」

「なるほど。それで彼らがドラちゃん達を襲って来た目的は分かったのかしら?」

「誰かに依頼されたらしい。依頼主について聞いてまわったけど、分からないって答える人を順に殴っていったら誰もいなくなった」

「まったく……瀕死になっている人もいるではないですか。殺人は極力避けるのが私達の流儀だと話しましたでしょう?」

「…………ごめん」

「まぁまぁ。ドラちゃんのおかげでアンちゃん達も無事なんだし、そう目くじらを立てないであげてちょうだい。それよりも……」



 床に転がる男達の間を歩きながら建物の奥へと進み、一番奥の薄い壁を切り開いてその奥のスペースへと足を踏み入れる。



「隠し部屋ですか?」

「ええ。外から見たサイズと建物の間取りが合っていないと思ったのだけれど、案の定隠し部屋があったみたいね。それでこの部屋は……」



 六畳程度の隠し部屋には金貨の詰まった金庫やら、何かの帳簿やらが乱雑に置かれていたが、そこにはこれでもう目にするのも何度目か分からない真っ黒い丸薬が大量に保管されていた。



「ドラちゃん。彼らはこれを使っていたのかしら?」

「多分使ってた。Bランクの冒険者よりも手強いのが何人かいた」

「なるほどね。それと他に手がかりは……」



 ドラちゃんとトウカさんで気絶させた悪党の捕縛と治療をしている間に隠し部屋を漁って、悪魔の手がかりを探す。



「悪魔のリスト………あぁ、この高利貸しで稼いだ金貨で悪魔の祝福を買っていたのね。それを王都の中で流通させようとしていたところを、ドラちゃんに締め上げられたと……」



 悪魔のリストには望む物品に金貨と書かれているし、このリストを書いた悪魔は人族の貨幣を欲している事がわかる。

 これなら難民街の件で付き合いがある財務大臣に話しを聞けば、何かしらの手がかりがつかめそうね。



「マイ様。一通り治療と捕縛を完了しましたが、この後はどうしますか?」

「貧民区のことはここを取り仕切っているグラッザファミリアに任せましょう。彼らは風舞くんとも懇意にしているらしいし、きっと適切に処理してくれるはずよ」

「かしこまりました。それで、一体何をなさっているのですか?」

「何って、せっかく悪党を倒したんだから戦利品ぐらいもらっておこうかと……」



 壁に固定されていた金庫をひっぺがして、背負いあげようとしていたらトウカさんに止められてしまった。

 あら、これは久しぶりに本気で怒っている表情ね。



「マイ様は一応は勇者様なのですよね?」

「そうね。歴とした勇者よ」

「そのマイ様が、いくら相手が悪党とは言えども窃盗をなさるのですか?」

「弱肉強食は世の常よ」

「何か言いましたか?」

「うっ………分かったわよ。流石に金庫ごと持って帰るのはあれだから、一袋だけで我慢…」

「今晩はお説教があるので、フーマ様と寝るのはお預けです」

「そんなぁ……」

「まったく、勇者様はその称号を持っているだけである程度の善性を獲得するのではないのですか?」

「ふふん! 土御門舞は勇者という名目よりも強いということね!」

「フレイヤ。マイ様も拘束してください。この犯罪者は一度警備隊の取り調べを受けた方が良さそうです。きっと余罪が山ほどありますよ」

「分かった」

「あ、あら? どうしてこんなにガッチリ拘束するのかしら? 流石の私も関節をキメられた状態で拘束されたら抜け出すのが難しいのだけれど…」

「ふふふ。さぁ、参りましょうか」

「もしもーし。聞こえてないのかしら?」



 ドラちゃんもトウカさんも私の話が聞こえてない…というより聞く気が無いのか私を担いだまま、意気揚々と敵のアジトを後にする。

 あのぉ…流石にこの角度だと下着が見られてしまいそうで恥ずかしいのだけれど、もうちょっと優しく運んでもらえないかしら。



「私とした事が、1番の悪党を見逃すとは抜けていた」

「仕方ありません。この方の潜伏技術はかなりのものですから」

「それって私のことじゃ無いわよね?」

「「…………」」



 どうやら私の従者はご主人様の事を犯罪者予備軍だとでも思っているらしい。

 まったく、失礼しちゃうわね!

次回、13日予定です

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