23話 従者達
風舞
マッドアリゲーターは群で生活する魔物らしく、ワニらしく基本的には湿地の中を生息地としている。
今回冒険者ギルドに依頼をしてきた村はその湿地から少し離れた位置で付近の小川を生活用水として活用しているらしいのだが、なんでもその小川にまでマッドアリゲーターが生息域を広げてきた事が依頼に踏み切った理由らしい。
「マッドアリゲーターはBランクの冒険者パーティーでも苦戦する魔物なんだけど、依頼料と危険度が釣り合っていなくて今日まで受注してくれる冒険者がいなかったんだって」
「それでやって来たのがCランクの冒険者だったから、あの曖昧な顔だったのか」
「それもあるかもだけど、フーマ様とマイ様が黒髪だからっていうのもあるんじゃない? 勇者様の特徴と一致する見た目なのに、冒険者ランクはCっていうのが不思議なんだろうね」
「それでも俺達に任せてくれたのは、先輩冒険者のシルビアのおかげだな」
「滅相もございません」
なんて平坦な口調ではあるが、俺達の前を歩くシルビアは褒められて嬉しかったのか、尻尾をブンブンと振っている。
「そういえば、俺たちがシルビアと同じBランクになるまでに必要な依頼ってどのぐらいなんだ?」
「私と風舞くんはこのぐらいの難易度の依頼を3つも受ければ昇級試験を受けられるわ。アンちゃんとトウカさんとドラちゃんはそれに追加で3つぐらいね」
「やっぱり難易度が高い依頼を受けるとランクが上がるのも早いんだな」
「ただ、Bランク以上の昇級試験は難しいらしいわよ」
「シルビアが昇級試験を受けたのはラングレシア王国でなんだよな?」
「はい。誘拐された少女を助け出すというものでした」
「へぇ、冒険者の試験なのに対人戦なのか」
「高ランクの冒険者は一回で入るお金もかなりのものだから、盗賊に負けない様にって事で対人戦なんだって」
「冒険者を守るための試験とは、流石は組合を名乗るだけの事はあるわね」
「っ……捉えました。ここから風上に2キロほどの地点に数匹の匂いがあります」
「今回は俺と舞は手を出さない方が良いんだよな?」
「うん。フーマ様とマイ様は強すぎて普通の魔物じゃ相手にならないだろうからね」
「ですって、言われてるわよ風舞くん。流石はチートキャラね」
「舞ほどじゃないと思うけど、そう言うなら俺たちは上から見学させてもらおう。ギリギリまで手出しはしないから、頑張ってな」
「うん。先生の教えだとギリギリになったらそれは智将として負けって事らしいから、圧勝してみせるよ!」
「トウカさん。皆を任せるわね。ドラちゃんも頑張って!」
「はい。私も誠心誠意頑張らせていただきます」
「……分かった」
「シルビアもアンを任せたぞ」
「はい。お任せくださいませ」
そうして従者組に一通り声援を送ってマッドアリゲーターの生息地へと向かっていったのを見送った俺と舞は、適当に近くの岩に腰掛けながら二人きりで話をしていた。
「今日も悪魔に関しての情報は掴めなかったけど、舞が女王様の依頼を終えた後に近隣の町に戻ったら悪魔がいたんだよな?」
「ええ。あの村の人達は悪魔に脅されて無理矢理に協力させられていたみたいで、私とトウカさんとドラちゃんで悪魔を討伐したら凄い感謝されたわ」
「そういう村もあるかもと思って近頃は各地を探っているけど、これといった収穫もない。これは悪魔がやり方を変えてきたと考えるべきなのか?」
「ただ単純に目立つ行動をする悪魔が討伐されたとも考えられるけど、悪魔の間で隠れて行動するのが流行っているのかもしれないわね」
「そうなると、ジェイサットでの悪魔の晩餐会はかなり重要になってくるな」
「スカーレット帝国の方でもジェイサット側に向かう人物には注意して欲しいってお願いしたけれど、転移魔法陣なんてものがあるから中々対処出来なさそうなのよね」
「お姫様が転移魔法陣の対抗手段を用意してくれているらしいけど、それも広範囲となると厳しいしなぁ」
「お姫様の方でも悪魔の対処に向けて動いてもらっているのだし、今はローズちゃんを助ける事を中心に考えましょう」
「それもそうか。んじゃ、そろそろ始まったみたいだし皆の応援に行くか」
「そうね。文字通り高みの見物と洒落込みましょう」
そうして俺と舞は上空へと転移し、魔封結晶探しを兼ねた依頼を頑張るアン達の様子を確認するのであった。
◇◆◇
アン
フレンダ先生に教わった事は、前線でたくさんの敵を倒す方法ではなく、味方を適切なタイミングで適切な位置に投入して最大限の利益を捻出する方法だ。
そのためにはまずは敵の規模とそこから求められるそれぞれの役割を明確にする必要がある。
「前衛は最も近接戦闘能力の高いフレイヤさんにお任せします。出来るだけ敵の注意を引き付けつつ敵の頭数を減らす事を意識してください」
「分かった」
「シルちゃんはフレイヤさんの援護をお願い。常に私達とフレイヤさんの間のルートを確保して、フレイヤさんが孤立しない様に動いて」
「うん。任せて」
「トウカさんは後方支援をお願いします。特にフレイヤさんの回復は厚めにしてください」
「ええ、お任せください」
「今回は遮蔽物の少ない湿地での戦闘という事で、魔法での援護は足場を固められる氷魔法中心にお願いします。足下の氷が溶け始めたら何があっても撤退するから、そこだけは気を付けてください。それじゃあ……行動開始!」
フーマ様が教えてくれた格好良い作戦開始の合図と共にシルちゃんとトウカさんが魔法の詠唱を始め、その魔力の動きを感知したマッドアリゲーターがこちらに向かって一斉に走ってくる。
湿地という事もあり足場はかなり悪いはずなのだが、水かきのあるマッドアリゲーターはそんな障害をものともせずに一斉に襲いかかってきた。
「フレイヤ。数秒ほど足止めをお願いします」
「分かった。………マイ、力を」
トウカさんの詠唱の時間を稼ぐために土魔法で槍を作り出したフレイヤさんが、黒い雷を纏いながらマッドアリゲーターの群れに斬り込んで行く。
シルちゃんは私の指示通りにフレイヤさんを孤立させまいと一足先に氷魔法を地面に撃ち込んでその後を追ってくれたが、フレイヤさんの動きはマッドアリゲーターの数の暴力を楽に凌駕していた。
「あれってもしかして……」
「はい。従魔契約を通してマイ様の力をお借りしているのです」
「従魔契約ってそんな事も出来るんですね」
「マイ様が求めに応じてくださらないと発動もできませんし、精神が蝕まれるので数秒しか維持出来ませんが、戦闘能力が飛躍的に上がるので、かなり有用な戦闘手段ですね」
「なるほど……二人とも、トウカさんの詠唱が終わったよ!」
私の声で戦線を押し上げていたフレイヤさんとシルちゃんが高く跳躍し、上へ向かって大口を開くマッドアリゲーターにトウカさんが高威力の氷魔法を叩き込む。
今のトウカさんはほとんどの魔法の詠唱を口に出さずとも同じ威力で撃てるほどの技量があるらしく、かなりレベルの高い魔法を撃った後なのに既に次の魔法の準備を始めていた。
「私もしっかりやらないとね。振動感知!!」
これが私がなけなしのステータスポイントを使って覚えたとっておきのスキルだ。
生き物の気配や魔力の動きは私以外の皆が感知できるし、マイ様やフーマ様は敵意なんてあやふやなものをかなりの精度で感じ取る事が出来る。
その中でも私が活躍できるスキルを習得するとしたら、これ以上に最適なスキルはないだろう。
「フレイヤさん! 4時の方角に魔法を逃れた敵が2匹! シルちゃんは氷漬けになっているマッドアリゲーターを一気に殲滅して!!」
「「了解」」
クールな二人が私の指示通りに動き始めたところで、私は少し離れた位置の水面に広がる不審な波紋を感知する。
この水面の波紋と空気の流れはおそらく………。
「トウカさん。おそらくここの湿地を進んだ先にある滝に大型の魔物がいます。周囲の魔物の行動から推察すると今回の主戦場はそっちになりそうなので、魔力は温存しておいてください」
「分かりました。しかし、振動感知とはその様な事まで分かるのですね」
「フーマ様が言うにはエコロケーション? と似た原理らしいですけど、スキルの力のおかげで本来肉体では感じ取れないはずの振動まで感知できるそうです」
「ふふ。私やフレイヤもそうですが、従者の戦い方とは主人のそれに似るものなのかもしれませんね」
「私はまだまだフーマ様には遠く及ばないですけど、そう言ってもらえるのはやっぱり嬉しいですね」
そんな話をしている間に粗方の敵性存在を倒し終えたシルちゃん達はが戻って来た事で、一先ずの戦闘が終了した。
さて、ここから先は私達だけじゃ手に余りそうだからフーマ様達にも手伝ってもらわないとね。
次回、9日予定です




