22話 発破
風舞
謝肉祭から二週間がたったある日、俺と舞はとある酒場で無駄に味の濃いソーセージをつつきながら、とある人物を拉致するために時間を潰していた。
「そういえば最近物凄くレベルが上がったって言ってたけど、ステータスポイントはまだ使ってないのか?」
「ええ。ミレンちゃんはステータスポイントはステータスの強化に使うのが良いと言っていたけど、しばらくはこのままにしておくつもりよ。余らせておけばいざという時に感知系のスキルも覚えられるし、便利なものよね」
「確かに、ポイントで新しい技能を習得できるっていうのはかなり便利だよな。魔法に関する知識がどこから来ているのかは気になるけど、一度覚えれば皆が同じ様に使えるっていうのはよく出来てるよなぁ」
「私の予想だと、一般的なスキルや魔法は世界の理を基にしていて、私達のギフトは私達自身の理を基にしていると思うわ。そしてその個人の理をいくつも習得した存在が神と呼ばれる存在なんじゃないかしら」
「そうなると、俺たちの知り合いで一番神様に近いのはボタンさんなのか」
ボタンさんは人の心を読むギフトの他にも炎尾を生み出す術を身につけているし、スキルや魔法以外の技に関してはかなりの数を身につけていると思う。
ローズや舞も持ち前の戦闘センスから、時折スキルや魔法では辿り着けない様な領域の動きを見せるが、ボタンさんの能力は物理法則を超えている点では舞の言う個人の理を最も強く持っているのだろう。
「そういえば、あの日以来ボタンさんを見ないのだけれど、元気にやっているのかしらね」
「キキョウも城にいるし流石にこのまま戻って来ない事も無いだろうけど、やっぱり心配だよなぁ」
「ええ。出来れば連絡ぐらいつけば良いのだけど……行くみたいね」
雑談をしている間にターゲットが席を立ったのを見て、俺と舞はテーブルに食事代を置いて酒場を出る。
後はあの人物が人気のない場所まで行くのを見計らって、軽く締め上げれば……
「って、おいおい。悪魔の祝福の取引が始まったぞ」
せっかくなので潜伏場所まで把握してやろうと思い長々と尾行を続けていたら、ターゲットの男がとある廃屋で、商人らしき男と取引を始めてしまった。
「仕方ないわね。このまま両方とも捕まえてしまいましょうか。私は商人の方をやるわ」
「了解。それじゃあ3カウントで……3、2、1、GO!」
そうして俺と舞は廃屋の扉を蹴破って中へと入り、元からのターゲットの男と商人、そしてその護衛の3人を捕らえて、エルセーヌの用意した隠れ家へと戻る。
「ふぅ……今度こそ当たりかしら」
「どうだろうな。そろそろ当たりを引いても良い頃合いだとは思うけど……」
近頃、俺と舞は連合諸国内で悪魔と関与しているであろう人物を片っ端から捕獲し、悪魔に関する情報を入手し続けるという作戦を行なっていた。
数日後の『悪魔の晩餐会』までにせめてその主催者だけでも掴んでおきたいのだが、今のところは入手した招待状に載っていた開催日と、会合の開催場所がジェイサット魔王国内であるという事以上の情報は掴んでいない。
「私達の動きに気が付いた悪魔が報復に来てくれれば良いのだけれど、風舞くんの言う通りその気配はまったくないものね」
「あいつらに仲間意識なんてものが無いのもそうだけど、悪魔は自分の損害にまで無頓着だからな。手駒が行方不明になっても補充すれば良いか程度にしか思わないんだろ」
「ふぅん。なんとも酷い話ね」
舞が部屋の外で待っていた俺の元へ、そう返事をしながらやって来る。
この先の尋問部屋はエルセーヌの配下がいるために、何故か俺の出入りは禁止となっているのだ。
エルセーヌ曰く、「オホホホ。どうしても私の翼を見たいのなら、私を抱いてからにしてくださいまし」という事で、中々この部屋の中に入れずにいる。
「なぁ、エルセーヌの配下って普通の魔族なんだよな?」
「魔族じゃない人もいるけれど、皆親切で美人さんばかりよ」
「良いなぁ…俺も会ってみたい」
「それなら部屋の中に入れば良いじゃない。その場合、即座にエルセーヌに襲われるのでしょうけれど……」
「…………さて、それじゃあノルマも達成したし、冒険者ギルドに行って魔封結晶に関する情報を確認するか」
「ふふ。風舞くんは相変わらず奥手ねぇ」
つい最近までベッドチキンだったくせに、一度実戦を迎えてみたら俺よりも舞の方が上手だったから、言い返すに言い返せない。
こうなったら以前、ボタンさんとエルセーヌに教わった普通の女性ならこれをされるだけで何でも言いなりになってしまうという、禁断の技を使うしかないのか?
「これも彼氏としての威厳を保つためか」
「? 何の事かは分からないけれど、風舞くんは今日も素敵よ?」
「くっ…覚えとけよ!」
「何の話なのか分からないわ……」
俺と腕を組む舞が首を傾げながらそう言うが、そんな可愛い顔をしても絶対に俺は諦めないからな!
◇◆◇
風舞
舞へのリベンジを誓った午前中を終えてその日の午後、俺と舞はダンジョンでレベリングをしていたトウカさんと睡眠学習ならぬ睡眠訓練をしていたフレイヤさんと共に、ラングレシア王国の冒険者ギルドへとやって来ていた。
トウカさんもフレイヤさんもこの前の遠征から訓練に励んでいる様で、舞が言うには近頃の二人の成長速度はかなり凄まじいらしい。
「というわけで、次の怪しい場所はこれかな。マッドアリゲーターの大増殖をどうにかして欲しいって事らしいよ」
「その魔物が大増殖したのはちょうどフーマさん達が召喚された時と同じぐらいみたいなので、指定の時期とも重なると思いますよ!」
頼りになる我らが参謀アンと、優秀な受付嬢のミレイユさんが冒険者ギルドの一角で一枚の紙を見せながら今回の依頼について説明してくれる。
「ふむ。確かにこれはありそうね」
「マッドアリゲーターは当地では天敵のいない魔物ですが、その代わりに個体数はあまり多くないんです。それが増えたとなると…」
「そこの生態系にとって何らかの外部的要因があったって訳か。よし、それじゃあ早速行こうか」
「ええ! 依頼料も美味しいし、存分にやりましょう!」
「そう言うと思って、依頼主に関する情報も調べといたよ。行けばすぐにでも顔つなぎが出来ると思う」
「私も精一杯頑張らせていただきます」
「ふふっ。腕がなりますね」
「…………」
そうして俺たちはそれぞれの武器を手に立ち上がり、今回の依頼を達成するために一歩を踏み出すした。
「あぁ……あのフーマさんやマイさんがこんなに立派な冒険者に……」
一人椅子に座ったままのウサミミが素敵な受付嬢さんが何か感動したことでもあったのか瞳を潤ませているが、今は依頼が優先のために一先ず放置だ。
それにこの依頼は俺たちにとって、ローズを助けるという大事な目的も付随するものだし、気を引き締めていくとしよう。
「それじゃあ行くぞ。テレポーテーション!」
◇◆◇
フレンダ
フーマ達の元を離れ、スカーレット帝国へと戻った私を待っていた者は、タダの一人もいなかった。
城内の使用人はかつてに比べて圧倒的に数が減り、掃除の行き届いていないところどころか、ひび割れた窓や崩れた壁までもがそのまま放置されているほどである。
そしてそれは皇帝陛下のおわす執務室も同じで、その部屋の空気は酷く淀んでいた。
「陛下。フレンダ・スカーレット。ただいま戻りました」
かつてのその姿に寄せたお体で執務室の椅子に腰掛けるお姉様はとても顔色が悪く、睡眠不足だけでなくギフトの過剰な発動や過労が体力を削っている事が窺える。
そしてその辛そうな顔に浮かんでいるのは私の帰還を喜ぶ表情ではなく、フーマの元を私が離れた事による激しい怒りだった。
「…………よもや、妾がお主にあやつらを任せた意味を忘れてはいないじゃろうな?」
「もちろんでございます」
「ならば、何故ここにお主がいる。妾が国を束ねるに不足しているとでも思ったか」
「いいえ。陛下であれば国を率いるなどそう難しいことではないでしょう」
「ならば何故!!」
「陛下は、此度のラングレシア王国に関する条約について、アメネアからどの様に聞いていますか?」
「ラングレシア王国の姫が攫われたが、お主とフーマがそれを解決したのじゃろう。それがどうした」
「それではフーマの容態についてはどの程度聞き及んでおりますか?」
「フーマの容態……じゃと?」
やはりエリスはそのことをお姉様に伝えてはいなかった様ですね。
大方、フーマがエリスにお姉様を心配させない様にと言いつけたのでしょうが、この場ではあえてそれを伝えさせていただきましょう。
「つい先日までフーマは一歩たりとも…いいえ、指一本たりとも動かせない様な状況にありました。幸いにもマイの尽力により現在は全快しましたが、アメネアが使者として王都に滞在していた頃は、立ち上がる事も出来なかった時期と重なります」
「…………」
「フーマがその状態の中でも条約締結のために体を張ったのは、他ならぬお姉様のためです。お姉様が本国にて尽力なさっているのだから、自分もこのぐらいの事はやって然るべきだとフーマは考えたのです。そして会談は無事に終了し、講和条約まで残すは調印式のみとなりました」
「そうか……あやつが………」
「今のフーマなら、ラングレシア王国内の条約に反対する派閥も抑え込めるでしょう。ならば先を行く我らが、フーマの手本となるべき我らがこの様なところで揺らぐわけにはまいりません」
「…………あぁ、そうじゃな。すまなかった……皆が、そしてフレンダが無事で何よりじゃ」
「はっ、ありがとうございます!」
ようやくお姉様が微笑みを浮かべてくださった事に胸を撫で下ろす。
後はここから、条約締結に向けて進むのみだ。
そう思っていた矢先、この感動的な雰囲気をぶち壊したのは私の愚娘だった。
「オホホホ。お話は済んだ様ですわね」
「なんじゃ。お主も戻っておったのか」
「オホホ。ご主人様や皆様から陛下への贈り物を預かっていますの。まずはこちら、魔封結晶ですわね」
「おぉ、これほどの量を集めてくれたのか」
「オホホホ。近頃は毎日集めていらっしゃいますので、定期的に陛下の元へお届け出来ると思いますわ」
私が出立する前に確かに魔封結晶を集めるとは言っていたが、この僅かな期間でこれほどの成果を出すとは流石は私の相棒だ。
ふふっ、戻ったら褒めてやらねばなりませんね。
「オホホ。贈り物はまだありますわよ。こちらは皆様からのお手紙、そしてご主人様の枕とジャケットですわね」
「おいエリス。手紙は分かりますが、何故フーマの枕とジャケットを?」
「オホホホ。陛下に元気を出していただくためですわ」
「はぁ、まったくお前というやつは……。申し訳ございませんお姉様。エリスには後で厳しく…」
「む? 何か言ったかの?」
「お、お姉様……」
少し目を離した隙に、お姉様がフーマのジャケットを着て枕を抱きしめていた。
ま、まぁ……お姉様がよろしいのでしたら私は構いませんが……。
「オホホホ。それと最後に一つだけ大事な報告ですわ」
「うむ。申すが良い」
「オホホ。ご主人様とマイ様が褥を共にしましたわ。これにより、ご主人様は童貞を、マイ様は処女を卒業しましたの」
「…………なんじゃと?」
「オホホホ。ですからご主人様が…」
「エ、エエェェェリスゥゥゥゥ!!! それは色々と落ち着くまではお姉様にはお伝えしない様にとあれほど!!」
「そ、そうか………妾がいない間にあの二人はその様な……」
「オホホ。ちなみに、私がご主人様に抱いていただくのも、そう遠い話ではありませんわ」
「エリス! お前というやつは本当に! 申し訳ございませんお姉様! この狼藉者は今すぐに縛り上げて独房に」
「オホホホ。お待ちくださいお母様。私が抱いていただくのもそう遠くはないと言いましたが、ご主人様は未だマイ様以外とは褥を共にしていませんの。むしろマイ様以外とは共にしない様にしているというわけですわね」
「それが何だと言うのです! ただ単純にフーマがマイを愛しているという……」
「オホホ。お母様は甘いですわね。それだからいつまでも…」
「エリス。ぶち殺しますよ?」
「オ、オホホホ。話を戻しますわ。ご主人様がマイ様以外と褥を共にしない理由……それは陛下のことを思っているからに他なりませんわ」
「わ、妾を……?」
「オホホ。そうですわ。ご主人様と陛下は既に何十日も顔を合わせていない遠距離恋愛状態。つまり、ご主人様の陛下への想いは日に日に増して行く一方ですの。そのご主人様が次に陛下にお会いしたらどうなるか……聡い陛下なら既にお分かりですわね?」
「わ、わわ……妾はどうなってしまうんじゃ!?」
「オホホホ。そういう事ですわ」
「いや、どういう事ですか」
口にするつもりは無かったが、顔を真っ赤にするお姉様と自慢気な顔のエリスを見ていたら思わず口からこぼれてしまった。
フーマは何もそこまで性欲だけで動いてはいないと思うのだが、エリスとお姉様の中にはそういった一面を持つフーマが共通認識としてあるらしい。
「オホホ。しかしあまりご主人様を待たせていては、溜まりに溜まった欲望を持て余して私に手を出してしまうかもしれませんの」
「そ、それは困る!! フレンダ! 今すぐに条約締結に向けて計画を進めるぞ! まずは不穏分子を全て洗い出し、適切な対処をして地固からじゃ!」
「はっ! 全ては陛下の御心のままに」
「オホホホ。どうですのお母様。陛下のやる気を再燃させてみせましたわ」
「………後でお説教です」
「オホホホ。世知辛いですわね」
まったく……お姉様に発破をかけるなら他にもやり様はあっただろうに、どうしてこうも下世話な方向で話をもって行ったのだろうか。
しかし、お姉様がフーマの枕とジャケットで元気になったのも確かだし、案外思考がズレているのは私の方なのかもしれない。
「はぁ。別にフーマの匂いなど珍しくも無いと思うのですが、何が良いのでしょうか…」
私は嗅ぎ慣れた匂いを思い出しつつそんな事を言いながら、帝国内の諸勢力についての情報を洗っていくのであった。
次回、8日予定です。
遅くなり申し訳ございません。




