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16話 弱さと憧れ

 


 風舞



 アメネアさんを初めて見た時の印象は、裏社会の女傑といったものだった。

 それは堅苦しくもどこか野性味があり、そして腕一本で勝ち続けた来た様な風格から感じ取った印象だと思う。

 そしてそんな傑物である彼女は今、俺とローテーブルを挟んで対面に座っていた。



「久しぶりですね。その後はどうですか?」

「あぁ、お陰様で苦労の絶えない日々だ」

「あれだけの事をしておいてそれで済んでいるなら何よりです」

「………」



 アメネアさんの皮肉を皮肉で返すと、俺に向けられたいた視線が更に鋭くなる。

 それでも彼女が口を開かないのは、すぐそばでラングレシア最強の騎士であるクロードさんが監視しているからだろう。



「クロードさん。少しだけ席を外してもらえませんか?」

「ああ。分かった」

「クロード!? 彼女からは絶対に目を離すって…」

「そこの勇者なら信用できるし、俺はそっちの吸血鬼に目を付けられたくない」

「でも……」

「それなら後の事は任せたぞ」

「はぁ……。フーマくん。5分だけね」

「はい。無理を言ってすみません」

「そう思うのなら、また今度美味しいお料理でもお願いね」



 そうしてクロードさんと同じく第一師団のおっとり龍人お姉さんことリーディーさんが部屋から出て行く。

 そういえば、リーディーさんは以前焼きそばを振る舞った時にべた褒めしてくれていたっけ。

 そのうちに差し入れさせてもらうか。



「さて、人払いはしましたし、そろそろ俺を呼んだ目的を話してください」

「今回の騒動。解決のためにお前が一役買ったようだな」

「途中かなり回り道もしましたけど、それなりに頑張ったつもりです」

「そうか……」



 アメネアさんが俺をジッと見つめたまま、数秒ばかり時が流れる。

 俺の横でフレンダさんがアメネアさんとペトラさんがいきなり襲いかかって来ても大丈夫な様に目を光らせているのだが、それでも冷や汗が滲む程度の迫力があった。



「お前は以前の陛下を知っているか?」

「まぁ、何度か話には聞いています」

「それならば話は早い。陛下はかつて、あらゆる魔族を統べその名を聞くだけで遍く者が震え上がり、畏怖と畏敬を我が物となさる天上のお方だった」

「そうですか…」

「陛下をたぶらかしておきながら随分とひと事なのだな」

「俺が知っているのは今のローズだけですし、ローズがすごいやつだっていうのは知っていますからね」

「陛下を穢しておいてその言い草か。勇者とはこうも身勝手なものか」

「………魔族から見ればそうでしょうね」

「おいアメネア。言いたい事があるのならハッキリ言いなさい。小言を言うためにフーマを呼び出したと言うのなら、お前を殺しますよ」



 フレンダさんがアメネアさんの態度をじれったく思ったのか、殺気を駄々漏らしながら低い声でそう言う。

 しかしこれは……仕方ないか。



「フレンダさん。アメネアさんと二人きりにしてもらえませんか?」

「なっ!? 正気ですか?」

「はい。殺気がだだ漏れのフレンダさんが横にいると俺まで緊張しちゃうので、外で大人しくしていてください」

「おい。それは私が邪魔という事ですか?」

「後で何戦でもオセロに付き合いますから、今はお願いします」

「…………分かりました。くれぐれも気をつけるのですよ」



 フレンダさんがそうして部屋を出て行き、アメネアさんに目配せをされたペトラさんもその後に続いて部屋を出て行く。



「見たところ今のお前は一切動けない様だが、よく私と二人きりになる気になったな」

「アメネアさんはスカーレット帝国の代表として来ていますし、万が一にも俺を攻撃したら国際問題になりますからね。アメネアさんの政治家としての一面を信用しているんですよ」

「ふん。よく口の回る男だ」

「よく言われます。それで、用件は?」



 なんとなく既に察しは付いているが、アメネアさんの真意を確認するためにあえてこちらから詰め寄る。



「陛下から手を引け」

「………理由をお聞きしても?」

「陛下はお前と出会い変わられてしまった。かつての威光は見る影もなく、今やそこらの小娘の様に現を抜かすばかり。これ以上は言うまでもあるまい」

「ローズが今の姿になったのはアメネアさん達がクーデターを起こしたからでしょう? 自分の責任を人に押し付けないでください」

「あくまでも陛下から手を引くつもりはないと?」

「ええ。ローズは大切な仲間ですから」

「そうか。ならば……死ね」



 アメネアさんの長い蛇の尾が物凄い勢いで俺に迫るが、俺は笑みを浮かべたまま何もせずに車椅子に体重を預ける。



「何故避けない。得意の転移魔法を使えば避けられるだろう」



 俺の顔の前で蛇の尾を止めたアメネアさんが俺を睨みながらそう言う。



「当てるつもりのない攻撃を避ける必要も無いですし、自分の弱さから目を逸らす今のアメネアさんに殺される気はしませんから」

「私の弱さだと?」

「アメネアさんはスカーレット帝国の更なる繁栄のためにクーデターを起こし、そしてローズを玉座から引きずり下ろした。ローズを苦しませた事には腹が立ちますが、その行動自体は理にかなっている。しかしその後の国は荒れ、結局弱体化したローズに国を守らせて、アメネアさん自身は全てをローズに任せていた頃のまま何も変わろうとしない。あんたはいつまでローズに甘え続けたら気が済むんだ?」

「人間如きが知った口を!!」

「反応が想像の域を出ないな。結局あんたは自ら行動する勇気がない臆病な魔族だ。クーデターを起こすぐらいの気概があるなら、今度は他に借りた武力じゃなくてあんた自身の力で玉座に上がってみろよ。あんたはローズが認めるほどの傑物なんだろ? なら、自分の弱さを知ったうえで歯を食いしばって立ち上がれ。一歩たりとも動くことも出来ない勇者に舐められてんじゃねぇよ蛇女が」



 いったい彼女がどういうつもりで俺を呼び出したのかは分からない。

 しかし、それでも俺はこれだけは彼女に伝えたかった。

 ローズとフレンダさんをスカーレット帝国から追い出しておいて、尚も現状に甘んじのうのうと生きるなど断じて許せることではない。


 時代を動かした者には果たすべき責任というものがあってしかるべきなのだ。

 そうでなくてはローズがいつまでも自分の望む生活を手にできないまま、多くの魔族を守り続けなくてはならなくなってしまう。



「……話はもう良いですね?」

「…一つ。一つだけお前に聞きたい事がある」

「なんですか?」

「お前は陛下をどう思っているのだ?」

「ローズは純粋で誰よりも優しくて面倒見が良い普通の女の子ですよ」

「ふっ。千年を生きる大魔帝を女の子呼ばわりか」

「千年なんて言われても、20も生きていない俺には想像も出来ませんからね。ローズを見て思った事をそのまま言っただけです」



 そうして俺は部屋の外でソワソワしているフレンダさんに転移魔法で声をかけ、部屋の中に招き入れる。

 フレンダさんはアメネアさんに俺に何か吹き込んだのでは無いかと詰問していたが、アメネアさんは口を閉ざしたまま何も語る事はなかった。


 そして俺とフレンダさんが部屋を去ろうとしたその一瞬に見えたアメネアさんの顔が、何かに諦めがついた様なスッキリした表情だった事が、印象的な一幕だった。




 ◇◆◇




 ラングレシア王国の王都にて催されている謝肉祭には数多くの観光客や金の匂いに敏感な商人など、他種多様な職業、人種の人々が参加している。

 その多くの者が祭を純粋に楽しみ、時折見かける黒髪に黒目の少年少女達に尊敬や憧れの視線を向けていたが、その雑踏に紛れるとある3人は冷めた目でそんな賑やかな光景を眺めていた。



「王都には存外すんなりと入れはしたけれど、流石に城の方の警備は厳しいわね」

「おじさんは一度潜入した事があるけれど、あの時は流石に死を覚悟したから腕試し感覚では挑戦したくないかな」

「私なら潜入できそうですけど、変装にはあまり自信が無いので出来ても門を超えるぐらいですね」



 そんな物騒な会話を酒を片手に雑談程度にする3人は、いずれも風舞と深く関わり彼の記憶にその存在を刻み込んだ3人だ。

 それぞれの目的が一致したために集団で行動しているが、彼らには決して協調性などなくあくまで自分の目的のために他の二人を利用しているに過ぎない。

 その中でも極めて悪意の強い黒いスーツ姿の女性がワインのグラスについた口紅を指で拭いながら、話を本題へと進める。



「それで第一王女は結局勇者様に救出されて無事に帰還したけれど、わざわざ私たちが残したメッセージは伝わっているのかしら」

「あっちには大魔帝の妹もいるし、流石に懐に忍ばせておいたお手紙を見逃す事は無いと思うよ。まぁ、あんな口封じが出来る存在がそれを見逃してくれているかは分からないけれどね。そのあたり、手紙をあの悪魔の懐に忍び込ませた当人はどう思うんだい?」

「本人があの封筒に気がついていた可能性はありませんが、人一人を一瞬で潰してしまえる様な存在の目を欺けたかは分かりません。しばらくはフーマさんの動きを待つしかないでしょう」

「随分とあの勇者に入れ込んでいるけれど、あの子は動けないんだろう? おじさんは少し心配だなぁ」

「それなら心配要らないわ。以前私が食べ損ねたマイとかいう勇者が動いているみたいだもの」

「おや? ベルベットちゃんが他人を褒めるなんて珍しいね」

「この私が久しぶりに相手をして震えた相手だもの。私が食べるまでは育ち続けてもらわないと困るだけよ」



 風舞達が表舞台を進む存在だとするなら、彼らは舞台裏で思惑を巡らせる存在だ。

 彼らの目的は未だ知れず、誰一人として彼らの動きを想像する事も出来ないが、ひとつだけ確かな事があるとすれば、それは次に彼らと風舞達が出会ったその時が両者にとって極めて重要なターニングポイントとなるという事だけだろう。

 運命の歯車はまだ動き出してすらいないのである。

次回、26日予定です

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