12話 協力者
風舞
情報が不足している中で状況を動かす方法はその数こそ少なくとも、切れるか否かを置いておけば手札と呼べる程度の選択肢はいくつか存在する。
その中でも最も単純な手札は、何も考えずにとりあえず動いてその都度で状況判断をする事なのだが、これは得られる損益の幅があまりにも開きすぎるし、大抵の場合は望んだ結果を得られない事が常である。
特に今回の様な幾つもの勢力が盤上に転がっている状況では、その不確定さはそれこそ想像できないものになってしまう。
「だから今回は俺達にとって現状味方ではない勢力を使おうと思う」
「オホホホ。現状と言うことは、アメネア様達を使うという事ですの?」
「ああ。でも、アメネアさん達は具体的な行動には出れないだろうから、それっぽい情報を掴ませて考え方を少し変えてもらうだけだ」
「それでは、具体的に動いてもらうのは連合諸国という事ですか」
「はい。この勢力はまだ王都に到着していないので、情報的には一歩遅れてるはずです。なのでこの王都で情報をすり合わせるタイミングに介入して、適当に場をかき回してもらいます」
連合諸国とはこの国の属国郡を指す俺達の間での通称だが、そもそもが属国であるという事はこのラングレシア王国の中には彼等にとって決して捨て置く事の出来ない人物がいるはずだ。
日本でもかつては将軍のところに自分の領地の娘を送って住まわせたりしていたし、国家間の付き合いにおいて高い地位にある人物を相手国に人質として差し出す事はそう珍しい事でもない。
「エルセーヌ。連合諸国からこの王都に派遣されて働いている人に目星はついてるか?」
「オホホホ。そもそも秘匿されていない情報なので、この国の貴族に嫁がされた娘からさえない文官として働く老人までもちろん全て把握していますわ」
「なら話は早い。その人達の中から今回連合諸国の使者に情報を流しそうな奴を洗い出してくれ」
「オホホ。それは構いませんが、その後はどうしますの?」
「勇者としてその場に同席する」
「おいフーマ。相手は戦争を視野に入れて動いている連中ですよ?」
「危険なのは分かってますけど、ここで大きく動いておけば後が大分楽になるはずです。エルセーヌ、連合諸国の人達がこの王都に着く時間を今日の深夜に調整する事は出来るか?」
「オホホホ。その程度なら余裕ですわ」
「はぁ…………。フーマ、勇者としての立場を利用するならアンもその場に同席させなさい」
フレンダさんが俺の意思は固いと見たのか、ため息を吐きつつも俺の提案を受け入れて話を進める。
いつも本当にありがとうございます。
「そのつもりでしたけど、アンに何かあるんですか?」
「あの娘はこの前の任命式の後に、この国において制定されている勇者に関する法を全て把握しました。勇者はこの国を守る存在ではありますが、それ故に勇者を使い潰す事の無い様に勇者を守る法や制度がいくつかあるのです。本来であればフーマ本人が把握しておくべき事ですが、今晩となるとそうもいかないでしょう?」
「まぁ、そうですね。俺は法律とか苦手ですし」
「オホホホ。法律は性犯罪が趣味のご主人様にとって弱点ですものね」
「そういう意味じゃねぇよ。あと、人を性犯罪者呼ばわりするな」
「オホホ。私にならいくらでも如何わしい犯罪をしても構いませんわよ?」
「それじゃあエルセーヌには社畜も青ざめるぐらいに労働基準法を無視した働きっぷりを見せてもらおう。さぁ、今すぐに俺の注文をこなしてこい」
「オホホホ。帰って来たらご褒美をお願いしますわ」
「働き次第だ」
「オホホ。俄然やる気が沸いて来ましたわ」
エルセーヌはそんな事を言いながらも先ほどの俺の指示を実行するために姿をくらませる。
これで連合諸国の方の下準備は済んだし、次はアメネアさん達の方を動かすか。
「それでアメネアさん達の方なんですけど、アメネアさんにとってこの国と条約を結ぶのって、条約によって得られる利益を見越してるからですよね?」
「はい。そうでなければ例えお姉様の命令と言えどもあのアメネアが出てくる事は無いと思います」
「それでも明後日いっぱいで帰るって言ってるって事は、この国の条約で得られる利益よりもアメネアさんが国を開ける事で生じる不利益の方が大きいって事ですよね?」
「悔しながらお姉様と言えども、もう一度クーデターを起こされたら国を立て直す事は出来ないでしょうし、諸勢力を抑えておく事も大事な事ですからね」
「その仕事って一度はローズやフレンダさんと対立しつつも、国民から愛されるアメネアさんだからこそ出来る事ですよね?」
「私が出来れば良いのですが、今の私の権威は地に落ちたも同然ですからね」
「……どう頑張ってもフレンダさんには無理ですか?」
「国家における責任は誰かが取らねばならぬものですので、こればかりはどうしようもありません。………まさか、フーマは私を帝都に送ろうとしているのではありませんよね?」
「はっはっは。そんなまさか」
「…………絶対に帰りませんからね」
フレンダさんがそう言って俺にジト目を向けているが、フレンダさんが出来ないと断言するという事は、アメネアさんに「フレンダさんを派遣しておくから、もうちょっとだけ王都に滞在してよ」と嘘をつく事も出来ない。
俺の予定では今晩の間に連合諸国の行動を捻じ曲げて、明日と明後日を使ってアメネアさんとの会談をどうにか終わらせるつもりだったのだが、このままでは不測の事態に対処するための予備的な時間が無くなってしまう。
「不利益を減らす事が出来ないなら、利益を増やすしかないか」
「他に選択肢があるなら初めからそちらを選んでください」
「でも、こっちは諸刃の剣というかやったらやったで後がキツいし、アメネアさん相手に通じるかも微妙なんですよね」
「言っておきますが、アメネアに色仕掛けは通じないと思いますよ」
「フレンダさんは俺をなんだと思ってるんですか?」
「さぁ? 鏡の中の自分にでも尋ねてみては?」
「…………フレンダさんだって色仕掛けとか出来ない癖に」
「出来ない訳ではありません。やる必要が無いだけです」
「へぇ……」
「おい。何か言いたい事でもあるのですか?」
「さぁ? 自分の胸に手を当てて考えてみては?」
「くっ………」
あ、珍しくフレンダさんとの口喧嘩で勝てた気がする。
自分の胸に手を当てて悔しそうにしているのが、自分の胸部装甲の薄さを嘆いているのか、俺に言い込められた事への嘆きなのかは分からないが、今回に限っては俺の勝ちで間違いないだろう。
「おい。それで結局のところ、アメネアを相手に何をするのですか?」
「あぁ、その話でしたね。アメネアさん相手にする事は至って単純です。アメネアさんにとっての利益…つまりこの国から得られる何かを上乗せするんですよ」
「なるほど。アメネアを相手に通じるか分からないとはそういう事ですか」
「お姫様なら例えば毎年国家予算の2%をあげますって言ってもそれなりに信用してもらえますけど、今の俺はこの国の代表って言うには不足してますからね」
「しかし、それを補う何かにも目星はあるのでしょう?」
「まぁ、これに限っては信じてみるしかないですかね」
「信じるとは、フーマの運をですか?」
「それもありますけど、一番は幼馴染みが今日まで積み上げてきたものですかね」
俺はそう言いながら次の行動への準備を始めるのであった。
◇◆◇
風舞
エルセーヌを送り出してから数時間が過ぎてその日の夕方頃、戻って来たアンとシルビアに今後の予定を話した俺は、二人に連れられて城の食堂へと向かっていた。
「何か目的がある訳でも無いけど、何か情報が掴めたら嬉しいなの食堂だ」
「なんとなく凄いのか凄くないのか分かり辛い理由だね」
アンは車椅子に座る俺の横を歩きながらそんな事を言うが、離宮に引きこもっていろという指示を破って食堂に足を運ぶだけの理由も一応はある。
とはいえその目的を達成する事はまた明日香に怒られる事を意味するのだが……。
「ちっ、外れか」
「ちょっと、人の顔を見て外れは酷くない?」
何故か食堂の隅でボッチ飯をキメていたまゆちゃん先生がパンを齧りながらそんな事を口にする。
食堂にはまゆちゃん先生以外の勇者はいないみたいだが、何故この女教師は一人で飯を食っているのだろうか。
「マユミ様。相席してもよろしいでしょうか」
「別に良いけど、高音くんが嫌がるんじゃない?」
「いや、この際まゆちゃん先生でも良いか」
「え? これ、真面目に聞かないとダメな感じ?」
「シルビア。一応まゆちゃん先生が逃げないように退路を塞いでおいてくれ」
「かしこまりました」
「かしこまられちゃったよ。あのぉ、出来れば普段高音くんがやってる様な一歩間違えれば責任に背骨を折られそうな計画には協力したくないんだけど…」
「はっはっは。頼りにしてますよ、先生」
「くっ、その言葉に弱い自分の性分が悩ましい」
なんて言いながらもよっぽど教師らしい事をする機会に飢えていたのか、しっかりと話を聞く姿勢を取り直している22歳の新米女教師がそこにはいた。
何はともあれ協力してくれるならそれでも良いか。
「それじゃあ単刀直入に聞きますけど、明日香とお姫様って仲良かったですよね?」
「そりゃあ、見ての通りだと思うけど」
「なら、明日香がお姫様に何かをもらっているのを見たりした事は無いですか?」
「何かって?」
「さぁ? そこまでは俺にも」
「もしかしてその何かに高音くんはお姫様が失踪した事に関する情報があると思っているの?」
「一応、俺はお姫様の失踪そのものを知らないって事になってるんですけど」
「この状況で離宮から勝手に出て来ておいてお姫様関連の話をしておいてその言い分は通らないでしょ。それで、どうなの?」
「教えても良いですけど、踏み込むからには寝首には気をつけてもらいますよ?」
「こっちもこっちで色々と困ってるから、ここは一つ協力関係って事で」
「協力関係ですか……」
俺が思うに、勇者の中で最も現実的な行動をとれるのはまゆちゃん先生だと思う。
それは年の功やなんとなく彼女から感じ取れる幸の薄そうな雰囲気がそう思わせているのかもしれないが、この前のジェイサットとの戦争でもまゆちゃん先生はしっかりと平常心を保っていたし、勇者として訓練を始めたばかりの頃にエルフの里で血反吐を吐く訓練をさせられた時も、泣き言こそ言いつつも決して心を折られる事は無かった。
その彼女が協力関係を求めてくるという事は、感情的にではなく打算ありきの考えを持っているという事だろう。
「困ってるって、何がですか?」
「私が貴族のお相手をしている事を知ってるでしょ? 本来であればお姫様が相手をする予定だった人達がこっちにまで回って来て仕事が増えてるんだよね」
「それだけですか?」
「いやいやいや。貴族のお相手をするのって凄く大変なんだよ? よく分からないけど派閥とかあるし、こっちに良い顔したらこっちにも良い顔をしないとダメだし………それに、どこぞの帝国との条約が不安なお偉方もいるみたいだし」
「…………どこまで知ってるんですか?」
「多分、さわりだけだよ。でも、そのさわりまでしか知らない人が多いから私にも分かる事が多いって感じ」
「なるほど。ちなみに、まゆちゃん先生って根回しとか出来る人でしたっけ?」
「私は基本的に運が無いから、自分の実力だけで生きて来たからね。毎日遊び呆けてパリピしてるコミュ力を酒の強さと勘違いしてるあいつらとは根本的に違う」
「……フーマ様、最後の方はよく分からなかったけど、マユミ様って凄い人なんだね」
アンは今のまゆちゃん先生の気迫を見てそう評価したが、俺としては灰色の大学生活を送った悲しい女子大生の嘆きにしか見えない。
とりあえずは一定以上の根回し力はあると思って良いのか?
「分かりました。それでまゆちゃん先生がこっちに求めるものは?」
「…………オススメのデートスポット教えて」
「はい? 根回しのためにデートまでするんですか?」
「違うわよ。そ、その……飲み屋は知ってるけど普通のお店とか知らないから……」
「あぁ、早乙女くんとデートするんですか?」
「……うん」
根回しの対価がデートスポットの提供で良いのかとも思うが、まゆちゃん先生がそれで良いのならこちらとしては他に何も言うことはない。
この世界は日本と違って一定水準の安全などないし、幸せに対してはどこまでも貪欲でありたいという彼女の気持ちも、今の俺には何と無く分かるからだ。
「それじゃあ、俺の持つコネを全部使って最高のデートを演出しますよ。最近、星宮にも似た様な事をしましたし」
「あぁ、なんか星宮くんが変わったと思ったらそういうことだったのか」
「変わったって?」
「なんか大人の余裕みたいなのが出来て、女性への気遣いが上手くなった気がする」
「ちっ、死ねば良いのに」
「え? なんで?」
「こっちの話です。それじゃあ、条約への反対派を宥めてもらう代わりに、早乙女くんの心を大人の魅力でガッチリ掴むデートプランを提供するって事で」
「了解。それじゃあ、私はまだ仕事があるから」
「はい。頑張ってくださいね」
そうしてシルビアに退路を開けてもらったまゆ先生が立ち上がり、使っていた食器を返却するためにトレイを持ち上げる。
そんな折、まゆちゃん先生はふと思い出した様にこんな事を言った。
「そういえば最初の質問だけど、篠崎さんはお姫様に何か書状みたいなものをもらってたよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「どういたしまして。それじゃあ可愛い幼馴染みちゃんに見つかる前にお家に帰りなよ、ワルガキ」
どっかの熱血教師みたいなセリフを吐きながら格好をつけたまゆちゃん先生がそうして去って行く。
なんとなくドラマのワンシーンを再現した雰囲気があったが、まゆちゃん先生の中ではそれなりにお気に入りのシーンだったのかもしれない。
それはともかく……。
「フーマ様。書状ってもしかしてもしかするのかな?」
「ああ。明日にでも明日香に接触してみるか」
今回ばかりはツキにも見離されていないし、最大戦果を得られるかもな。
俺は欲しかったピースを手に入れたそんな達成感を感じながら、手短に食事を済ませて離宮へと戻るのであった。
次回、18日予定です




