9話 メッセージ
風舞
明日香に連れられてシルビア達と一緒に離宮へと戻ったら、扉の前で仁王立ちしている吸血鬼がいた。
少しだけ補足しておくと、先ほどの明日香が比にならないぐらいに恐ろしい。
「何か申し開きは?」
「エルセーヌがやりました」
「オホホホ。ご主人様がやりましたわ」
「………アン」
「エルセーヌさんが主犯で、フーマ様は確信犯です」
「そうですか。アスカ、ご苦労様でした」
「あ、ども……」
どうしよう。
フレンダさんがちっとも目を合わせてくれない。
「フーマさん。早めに謝った方が良いですよ?」
「…そうですね………フレンダさん」
「何か?」
フレンダさんの鋭い視線がこちらを向く。
しかしここで謝罪できなければ、俺はもう二度と謝れない気がする。
こういうのは早めに謝る方が良いに決まっているのだ。
さぁ、謝るぞ。
「心配させてしまってごめ…」
「お母様! 申し訳ありませんでした!!!!」
大声で土下座をするエルセーヌに全て持っていかれてしまった。
こいつ、主人を差し置いてここぞとばかりに土下座しやがって。
「おいフーマ」
「は、はい。なんでしょう?」
「今回は許してやりますが、次からは書き置きぐらい残すようにしてください」
「はい。気をつけます」
「よろしい」
ふぅ、どうにかフレンダさんのお許しは貰えたな。
エルセーヌはそのまま土下座していれば良いんだ。
「あぁ、そうそう。エリス」
「…な、何ですの?」
「お前の実力はよく知っていますから今更説教はしませんが、自らが後悔する選択だけはしないようになさい」
「オホホ。かしこまりましたわ」
「はぁ……。ほら、いつまでも膝をついていないで早く中に入りなさい」
「ちっ、お咎め無しか」
「オホホホ。日頃の行いの賜物ですわね」
「仕置きが欲しいのなら最初からそう言いなさい」
「い、いえ。遠慮しておきます」
「オホホ。右に同じくですわ」
そうしてフレンダさんに呆れられながらもお許しをいただけた俺とエルセーヌは部屋の中に入り、互いの無事をからかいながらダイニングテーブルを囲む。
そんなキリの良さを見計らっていたのか、入口の側にいた明日香が俺達に視線を向けて口を開いた。
「それじゃ、ウチはもう行くわ」
「ええ。うちの二人が迷惑をかけましたね」
「別に。ウチは幼馴染みを探しに行っただけですから」
謎の対抗意識を燃やしたのか、変なセリフを吐いた明日香がフレンダさんに一礼して去って行く。
「何だったのでしょうか?」
「まぁ、色々あるんだと思いますよ。立場が立場ですし」
そんな話をしながらエルセーヌの淹れた紅茶を飲んで一息ついた後で、俺達が出かけている間に何をしていたのかをフレンダさんに説明した。
エルセーヌに連れられて外に出かけ、冒険者ギルドでミレイユさんやアンやシルビアと合流した後で、話しがてらお店にでも行こうとしていたら明日香に捕まったところまで全てを軽く説明させていただいた。
「それでは昼食はまだだったのですね」
「そうなんですよ。腹減りです」
「食材は買い込んであるから、何か作ろうか?」
「そういえばアイテムボックスに色々と詰め込まれてたな」
「フーマ様のアイテムボックスは底無しなんだから、詰め込むって程じゃないよ」
「それでは昼食はアンにお願いしますか」
「任せてください。久しぶりに腕によりをかけて作りますよ! シルちゃんも手伝ってくれる?」
「分かった」
そうして料理係に立候補したアンとシルビアが俺のアイテムボックスから食材を取り出して、そのまま台所へと向かって行く。
女の子の手料理をこんな頻度で食べられるなんて、マジで異世界に来て良かったな。
「オホホホ。だらしない顔になっていますわよ?」
「ほっとけ。それよりも、結果的にトンボ返りになったけど、エルセーヌの当初の目的は果たせたのか?」
エルセーヌの目的は明日の何らかの事件に備えてこの王都の仕組みをいくらか理解しておく事だった。
冒険者ギルドに言ってそのまま戻って来るだけでは何かを理解できた気はあまりしないのだが…。
「オホホ。フーマ様が行方不明となった情報から確保するまでの大まかな時間は把握できましたわ。この人混みの中から特定の人物を見つけ出すのにあの程度の時間で済むとは、この国の警備隊は優秀ですわね」
「でも、俺は黒髪だしかなり目立つじゃん」
「オホホホ。今やこの王都では勇者という存在はそこまで珍しいものではありませんの。勇者だけでも数十人いるのに、ボンヤリした顔のご主人様だけを捕捉するのはそれなりに骨が折れますわ」
「ボンヤリ顔で悪かったな」
「オホホホ。そう拗ねないでくださいまし」
エルセーヌが自分から下げておいて俺を後ろから抱きしめる事で慰めるという得意技を使ってくる。
まったく、この後頭部の柔らかい感触があるから許してあげてるんだからな。
「やっぱり仲が良いですよねぇ」
「そうですか?」
「エルセーヌさんはソレイドでも何度かお会いしましたけど、フーマさんに対してものすごく心を開いているみたいですね。なんとなく見れば分かりますよ」
「オホホホ。そう言えばミレイユ様は事象を見通すギフトを持っていましたわね」
「まぁ、なんとなく相手の考えている事とか嘘をついているかが分かったりする程度なので、そこまで大層なものではないですけれどね」
そう言えばミレイユさんのギフトはそういう能力だったな。
ハルガで別れたっきりのビクトリアさんは他人の感情が分かるギフトを持っていたみたいだし、他人の心や思考を読んだりする能力はギフトの定番なのかもしれない。
トウカさんやカグヤさんの魂に関するギフトも似たような系統である気がする。
いや、あれは世界樹の管理が目的のギフトだから、魂云々はあくまでおまけなのか?
「ギフトはその人の魂を象徴するものですから、ミレイユらしいといえばらしい能力ですね」
「どういう事ですか?」
「ミレイユの様に他人の心を尊重出来る人物はそういないという話です」
「なるほど。確かに」
「えぇ〜、そんなに急に褒められても何もあげられませんよ? えぇっと、とりあえず私もフーマさんの頭を撫でましょうか?」
やっぱりミレイユさんの姉みはすごいと思う。
だって「撫でましょうか?」って聞きながら既に俺の頭を撫でてるんだもん。
最高かよ。
なんげ考えながらそんなすんばらしぃ状態を楽しんでいると、アンが美味しそうな匂いのするオシャレな昼食を持って来た。
「とりあえずパンに野菜とかお肉を挟んでサンドイッチを作ってみたよ……って、どういう状況?」
「いつも通りフーマが色目を使って女性をたぶらかしました」
「ほどほどにしとておかないと、マイ様とかミレン様に怒られちゃうよ?」
「あの、私はたぶらかされてないですよ?」
「たぶらかされてる人は皆そう言うんです。ミレイユさんはマスタードもかけちゃって大丈夫ですか?」
「あ、はい。辛いのは好きなので。それとたぶらかされてないですって」
「オホホホ。ウブですわね」
「エルセーヌに比べればそりゃあな」
「オホホ。愛のヘッドロックですわ」
「いたたたた。フレンダさん、ヘルプ」
「私はたぶらかされたくないので自分で何とかしてください」
「んなアホな」
フレンダさんは俺よりも食い気を優先したらしい。
もっと俺を大切にしてくださいよ。
そんな事を考えていたらフレンダさんに無言で差し出されたアンの料理がシルビア経由でエルセーヌの手に渡り、ヘッドロックから解放された俺の口へと運ばれる。
「うっま」
「そうかな? お腹空いてるからそう感じるんじゃない?」
「いやいやいや。普通にプロの味じゃん。これ、屋台で売ったら物凄い人気出るぞ」
「そう? ちなみにソースはシルちゃんのお手製だよ」
「シルビアは良い舌してるんだな。凄く美味しいぞ」
「ありがとうございます」
そうしてシルビアの尻尾パタパタから昼食が始まり、皆がそれぞれ腹を満たしたあたりでようやく本題へと移った。
本題とはもちろん、ミレイユさんに冒険者ギルドの様子を聞く事なのだが……。
「えぇ……。流石にフーマさん達でもそれは話せませんよぅ」
「そこをなんとか」
「そう言われても冒険者ギルドの職員は基本的に中立じゃないといけませんし、専属契約を結んでいるフーマさんでもお教えする事は……」
「オホホホ。やはり冒険者ギルドの方にも動きがあるのですわね」
「おそらく現段階では職員の保護が目的でしょうが、少なからず指令は出ているのでしょう」
「オホホ。ミレイユ様、助かりましたわ」
「………私は何も喋っていませんからね」
エルセーヌとフレンダさんはミレイユさんの態度からある程度を察したみたいだが、一方のミレイユさんは機密は守ったとばかりにそっぽを向いている。
確かにミレイユさんは何も話してないけど、俺達が冒険者ギルドに関する情報を持っていたら真っ先に疑われるのはミレイユさんなんだろうな。
「南無三」
「ナムサン?」
「いや、なんでもないです」
「そうですか?」
ミレイユさんが可愛らしく首を傾げているが、あまり厳しい現実は指摘しないでおこう。
きっとミレイユさんも分かっている事だろうし、俺の立場では言うのもどうかと思う。
きっと色々と大変な事もあるだろうけれど、これからも頑張ってもらいたいところだ。
◇◆◇
冒険者ギルドで働くミレイユさんの苦悩に同情しつつ昼食を済ませ、アンとシルビアがミレイユさんを冒険者ギルドまで送り届けている間、フレンダさんに歯を磨いてもらって午睡に身を任せようとしていたところに、何故かお姫様が現れた。
「こんにちは。ご機嫌はいかがですか?」
「ご機嫌ではありますけど、どうして殿下がここに? アメネアさんとの会談は良いんですか?」
まだ日も高いし、アメネアさんと両国間の条約に関してすり合わせている最中だと思っていたのだが、お姫様はヒルデさんやエスくんと一緒に離宮までやって来ている。
エルセーヌによれば明日には連合諸国の人達がこの王都にたどり着くらしいし、それに関した事なのだろうか。
「会談とは言ってもその都度陣営ごとに状況を整理する時間も必要ですから、何もずっと会議というわけでは無いのです」
「そうですか。それじゃあ、どうしてここに?」
「何となく足の赴くままに歩いていたらたどり着いたと言いたいところですが、先ほど明日香様をお見かけしまして」
「オホホホ。もしやご主人様脱走事件のお説教ですの?」
「いやいやいや。流石にそんな事でお姫様が直接来たりはしないだろ」
「いいえ。そうとも言いきれません」
「え? マジで…そうなんですか?」
「ええ。マジです」
お姫様相手にマジはどうかと思って言い直したのだが、笑みを浮かべるお姫様にそう言われてしまった。
まぁ、明日香はいつもタメ口だしそこまで気にする事でも無いか。
「とはいえ、脱走した件に関しては既にフレンダ様に叱られた様ですから、そちらについては何も申しません。ただ、もう少しだけ明日香様を気にかけてくださると、そうですね……嬉しいです」
「嬉しい……ですか?」
「はい。明日香様は私の友人ですし、信頼に足るお方ですから」
「そうですか………」
確かに明日香はお姫様と仲が良いし、近頃は色々頑張ってるもんな。
今度会ったら殴られない程度に褒めてやるか。
「ええ。アスカ様は我が国の未来を分ける方であると思っております。それに私の様な王族と対等な位置に立てる方など、勇者様方を除いて他にはおりませんから」
「流石にそれは言い過ぎな気もしますけど、明日香には気をかける様にしておきますよ」
「はい。是非そうしてください。それでは、私はそろそろ準備があるのでこれで」
てっきり他にも話があるだろうと思っていたのだが、お姫様は本当にそれだけだったのか、優雅な一礼をして去って行く。
まさか明日香をもう少し気にしておけなんてお姫様に言われるとはな。
「意外と友達思いなのかね」
「オホホホ。確かにそうかもしれませんが、それだけでは無いと思いますわ」
「そうなのか?」
「オホホ。兎にも角にも明日になれば全て分かりますの。おそらく明日からは激動の日々になるでしょうし、今のうちに目一杯気を緩めておく事をお勧め致しますわ」
「そう言われて休める奴がいるのかね」
「オホホホ。今日ならお母様も何でもお願いを聞いてくださるかもしれませんわよ?」
「それじゃあフレンダさん。膝枕してください」
「え? 疲れますし嫌です」
「…………」
本を読んでいたフレンダさんが顔を上げることもなくそう言ってペラリとページをめくる。
エルセーヌの方にこれはどういう事かと目を向けてみたが…
「オホホホ。脱力出来ましたでしょう?」
「脱力って言うか、虚脱って言った方が適切だけどな」
俺は従者の新手のリラックス法をズッシリと体感しつつ、ため息混じりにそんな事を言うのであった。
◇◆◇
謝肉祭3日目は生憎の雨であった。
雨の中でも祭りは賑わいを見せてはいるものの、外を出歩く人の数は昨日までに比べるとあまり多くない。
この祭りを契機に落ちかけていた景気を回復させようとしていた王室にとってこの雨天は受け入れがたいものであるはずだが、その日の城内はそれどころでは無かった。
「探せ! きっとそう遠くには行っていないはずだ!」
「こちら1-3班。城内の目撃情報を調べましたが、誰も見かけてはいないそうです!」
「ちっ、こちらもダメか。2-4班はまだか!?」
「2-4班、ただいま戻りました!」
「それで結果は?」
「ダメです。門の出入りを調べましたが、それらしき影はないとの事です」
多くの人員がとある人物を探すために東奔西走しているが、行方不明となった人物が人物だけに誰もその名を口にしようとはしない。
ラングレシア王国にとってその人物の存在はあまりにも大きいために、その人物の失踪は国の威信に大きく関わってくるためだ。
しかし、捜索部隊の指揮を執る一人のパラディンは思わずと言ったばかりに自分の主君の身を案じる様に言葉を漏らした。
「姫様……一体どちらにいらっしゃるのだ」
こうして、謝肉祭3日目は第一王女セレスティーナが不在のままに幕を開けるのであった。
次回、12日予定です




